第二十五話 時間線を遡って
魔力を使って次元の隙間を強引にこじ開ける。そして、ジリジリと過去へ過去へと沈んでゆく。まるで泥水の中を漂っているようだ。
過去への遡行は単純に負荷が大きいが、次元間の移行途中には様々な、『あり得なかった可能性』が浮かんでいた。
人と爬虫類の不格好な融合体、八本足の人間のような物、子犬ほどの大きさのウィルス、魚のように見える猫。
まるで呪いの詰まった空間だ。高度な知性を持ちながら、手も足も無く発声器官さえ持たない者の怨嗟の波動が響き渡る。
気力を振り絞って、頭だけがいくつも連なった女が笑う横をすり抜ける。
上も下もわからない。そもそも、三次元の存在である僕たちがまともに認識できる空間ではないのだ。
だが、僕には切り札がある。
記憶の封印が効いている間ならば、異世界と元の世界の間に細いリンクが生きているのだ。
全身が眼球で出来た男が紫色の泣き声を上げる。
あと少し、あと少しだ。
虚無の中から内臓だけの赤ん坊が笑う。イボが生えた紅い笑い声だ。
水面に浮かび上がるように、元の世界に落ちてゆく。
深夜の丹沢山中だ。
滅茶苦茶に潰れた黄色いコンパクトカー。
姉から借りた車だ。折れた樹が車体を貫き、地面には血溜まりが出来ている。
もう少し前に戻らないと……。何分前だろうか? いや、何時間前?
車を覗き込んだが、死に掛けている自分と死んでしまった友人たちがいるだけだ。まったく現実感がない。
車のメーターパネルに付いていたはずの時計は壊れてしまったのか消灯している。
僕は地面に吸い込まれるように、もう一度狭間の空間へと入り込んだ。
さっきよりも向こうの世界とのリンクが細くなっているような気がした。
もう一度、上下左右前後ではない方向へ自分を押し込んでゆく。
薄膜のような境界を通して世界の様子を伺う。
今度は時間が早すぎたようだ。まだ夕暮れの光景が広がっている。僕たちがここを通り掛かるのは数時間後の事だろう。
境界に触れながらそっと動いてみる。今度は時間ではなく座標が移動したようだ。異世界側から魔力を送り込んでいるもう一人の僕にも焦りが出始めた。こちらの僕が動けば動くほど物凄い勢いで魔力を消耗していっているのだ。
ジリジリと戻って、今度は別の向きに進む。座標は事故の起きた場所にピッタリと合ったようだ。あとはもう少し時間を進めれば目的の時刻に出られるはずだ。
ゆっくりと時間軸を合わせ、僕はもう一度元の世界に降り立った。
事故が起きるまでにはまだ少し時間がありそうだった。
新緑の香りが夜風に乗って漂ってくる。獣の糞尿の臭いも薄っすらと混ざっていた。
僕は事故を止める方法を考え始めた。最初は車の前で手を広げて止めれば何とかなると思っていた。だが、そこで失敗したら僕を避け損ねた僕が車を谷底に落とすかもしれない。となると、原因を作った大型トラックを消滅させるのが手っ取り早いだろう。
記憶が急速に戻りつつあった。
残り時間はあまり無さそうだ。記憶が鮮明になるにつれて、向こうの世界とのリンクが細くあやふやになってきているのがわかる。
狭間の世界に戻ってやり直していては間に合わない。
僕はあの日僕たちに向かって大型トラックが走ってきた方向へと走り出した。
――そして。
僕は見覚えのあるトラックの真正面に立ち塞がり、極大のファイアボールを撃つべく魔力を練り上げる。
登場人物がごちゃごちゃしてきたので、次は登場人物大紹介と行きます。




