第2幕「気が付くと僕は地雷原を両足で踏み込んでいた」①
第2幕、開演でございます。
「んで、お前これからどうするわけ?」
都心から少し離れたところにある、忙しい時間は忙しく、忙しくないときは本当に暇なファミリーレストラン『キャッツテイル五号店』
厨房ではキッチン担当の男二人が近況について語り合っていた
「どうする、って言われてもなぁ…。」
そう、この俺チャールズは非常に困っていた
そう、修羅場なのだ
しかも俺自身がよく分かっていない状態で
「ストーカーと幼馴染、どっちを取るかなんて決まり切ってるじゃゃねぇか。」
「そうなんだけどさぁ…。」
俺は大きくため息をついた
「…ストーカー女に運命みたいなの感じちゃってるわけ?」
「…まあ、そうなるかな…。」
厨房には皿と皿がこすれる音と、水が流れ続ける音が混ざり合って響いている
今俺と一緒に休憩がてら皿洗いをしているのは、高校時代に出会った友人「ナタリオ」
料理好きなところで馬が合い、意気投合した唯一無二の仲だ
今の仕事もナタリオから紹介してもらったもので、お互いに競争したり励まし合いながら、およそ18年間一緒に働いてきた
そんな彼に今起きている状況をある程度話したのだ
流石に夢の中に出てきた、とかまでは言えなかった
そんな話、誰が信じられようか
なので、大体アリエルに説明したようなことを話した
「運命ねえ…憧れたよな、中学生の頃とか。」
「空から美少女が降ってくる、とかな。でも、そういった感じの運命とはまた違うんだよ、たぶん。」
思わず俺は皿を洗う手を止めてしまった
「違うって、何が?」
「うーん、理想ってよりかは、現実味を帯びてる的な?」
「曖昧だなー。まあ、わからんでもないけど。」
ナタリオはどちらかと言えば、所謂アニオタ寄りの思考を持ち合わせている
故に柔軟な発想を持ち、昔から俺の悩みに対して良いアドバイスをくれる
今回もそのアドバイスに期待して相談したのだが…
「…とにかく、お前がストーカーのことをそこまで嫌ってたり、避けたいってわけじゃないなら、話を聞いてみればいいんじゃないか?…勿論、アリエルにも相談してな。もしかしたら、純粋に新しい友人になれるかもしれないだろ?」
「…成程。でも、聞くって言ったって…なあ?」
一体、何を聞けばいいのか
何を聞きたいのかもよくわかってない
つい、俺は皿を洗う手を止めてしまった
それに気が付いたのか、ナタリオも手を止めて、こちらに顔を向けてきた
「いいか、所詮その女はストーカーだ。向こうがお前のことを知っていたとしても、お前はその女のことを何も知らないし、ぼんやりとした運命しか感じていない。アリエルはたまに厳しいところもあるが、いつだってお前の味方だったぞ。…選ぶ余地なんて無いんじゃないのか?」
そうか、最初から決まってたんじゃないか
「…そう、だよな。ありがと、お前のおかげで迷いが吹っ切れたよ。やっぱり、俺にとって一番大事なのはアリエルだ。」
僕はアリエルを選ぶ
別に人生において理解者なんて必ず必要とは限らない
確かに、いつまでも自分のことをわかってくれない、承認してくれないというのは辛いかもしれない
でも、今の俺にとってはアリエルを失う形になってしまう方がよっぽど辛い
「そうと決まれば、今晩にでもアリエルにお前の気持ちを伝えておかないとな。」
「ああ!ちょっくらメールで誘ってくるわ!」
今にも走り出しそうな俺の行く先を、ナタリオが濯ぎたてのお皿で制止する
「馬鹿、仕事が先だっつーの。」
しばらくして休憩時間になり、意気揚々と携帯の電源を入れに、スキップで休憩室へと足を運ぶ
シフトの関係上、今休憩時間に当たっているのは俺だけのはず
それなのに…なんで…?
俺の高揚感を一気に沈め、足に鉄球でも着けられたかのように動きを止めたのは
休憩室から聞こえてくる女性の鼻歌だった
まさか…エアリーのやつ、ここまで来やがったのか!?
でも、あいつの声質とはまた違うような…?
俺が休憩室に入るかどうか悩んでいる間も、聞こえてくる鼻歌はどんどん大きくなっているように感じた
それどころか、最初は一つだったはずの声が、いくつものハーモニーとして重なって聞こえてきた
まるで、その鼻歌以外、世界に音が無いかのような感覚に陥って
心地よくも不気味なそのメロディーに全てを委ねてしまいそうになる
動くことも、考えることも、果ては呼吸することさえも…
畜生…なんだか感覚がおかしいような気が…
フラフラして…クラクラして…フワフワして…
徐々に自分の鼓動が静まっていくのを感じる
これは…そう…まるで…
『死』
視界が…暗くなっていくのを…感じる…
頭も…身体も…動かない…
もう…何も…できな
「この程度でくたばるなんて…情けないですね、旦那様。」
あとがきのひとこと…エアリーの好物はお酒とヤモリ。