第1幕「愛というそれを真剣に考えてみたりした」③
お目覚めの時間でございます。
あれは小学四年生の時だっただろうか
所属する委員会を決める時間
皆が嫌がる美化委員を、俺は進んで選んだ
皆が続く形で賛同の拍手をし始め、俺は美化委員に就任した
勿論、俺だって美化委員はやりたくない
けれど、このまま誰かが決まるまで帰れません、なんてジョークはこりごりだろ?
正直、周りがどんな思いで賛同したのかなんてどうでもよかった
周りが嫌がるようなことを代わりに請け負う
空気を読んで適切な行動をとる
己の意思を殺して
そんな愚かともいえる自身の姿が大好きだった
ナルシスト?ちょっと違う
ナルシストってのは自分の全てをこよなく愛する奴のことだ
俺は他でもない、その愚かさに好意感を抱いているのだ
まあ、自分でもその価値観を理解しきっているか、と言われると正直「はい」とは言いにくい
とにかく愚か、愚か故の思案、行動、結果
何をとっても「まあ、俺だからしょうがないか。」と結論付けることができる
これが俺の編み出した、人生を楽に生きる方法
美化委員の仕事で失敗した?
あの時安請け合いした俺が愚かだった、しょうがない
大学受験に落ちた?
安易な気持ちで望んだ俺が愚かだった、しょうがない
給料が少ない?
軽い気持ちで始めたバイトが辞めにくくなっているのは、俺が愚かだったからだ、しょうがない
結婚に踏み出せない?
ノリで付き合い始めた俺が愚かだった、しょうがない
俺が愚かだった、しょうがない
…別に、人生に後悔しているわけじゃない
そこは勘違いするなよ?
ただ俺は面倒くさいことをしたくないだけなんだ
ただ楽に生きたい、それだけなんだよ
けれど、ある日誰かが俺のことをこう言った
『いい人だ』と
正直、吐き気がしたね
自分の価値を下げて楽に生きたいだけなのに、勝手に評価を上げようとしてきやがる
それじゃあ言い訳できないじゃないか
楽に生きれないじゃないか
俺はただ認めてほしいだけなんだ
『愚か者だ』と…
「愚者の正位置…なるほど。」
「ど、どうなんだ!?俺はやっぱり愚か者ってことなのか?」
俺は理解者を得られるチャンスだと思い、つい食い気味になって尋ねてしまう
「愚者の正位置、つまり貴方から見て絵柄が正しい位置に向いている時。それは自由や可能性、始まりや楽観的な意味を持ち合わせております。」
「…えっと、つまり?」
「貴方が悩んでいること、それは『生き方』でございます。」
「…は?」
…とんだ拍子抜けだ
俺は呆れたと言わんばかりに、身体から力が抜けていくのを感じた
俺は自分の生き方について悩んでなどいない
「そう慌てずに、先ほども言ったように愚者のカードは始まりの意味を持ちます。つまり、これから生き方について悩み始める、ということ。また、愚者は何者にもなれる…すなわち今は変化の時、ターニングポイントでございます。」
「ターニングポイント…?」
そうか!わかったぞ!
俺はこれからもっと楽な生き方に変われるんだ!
もう誰にも『いい人だ』なんて言われない
自分の価値を自分で決められるような自分になれる!
「そういうことだったのか…!」
思わずガッツポーズをしてしまう
「…頭の中でお楽しみのところ申し訳ございません。終業のお時間でございます。」
エアリーの言葉に、ハッと我に返った
「俄然、私も貴方に興味が沸いてきました。」
「え…興味?」
「貴方がこれからどう変化していくのか、近しい存在としてみてみたいと思った次第。」
どういう意味だ?
そう問いかけようとしたときには、もうすでに俺の身体は動かなくなっていた
「またお会いしましょう…チャールズ。」
待ってくれ…俺はまだ…聞きたいことが…
意識が朦朧としていく中、俺は一心不乱にエアリーに手を伸ばそうとしていた
視界の端に、青い蝶が見えた気がした
「…っと?…ちょっと…?ねえ、チャールズってば!」
ハッとなって頭を上げると、そこはいつもの見慣れたカフェの店内だった
「あ、あれ…?エアリーは…?青い部屋は!?」
誰かに尋ねているわけでもないのに、つい大声になってしまった
上手く状況が読み込めないからか、俺はゆっくりと辺りを見渡した
マスターや周りの客は、俺を心配そうに見つめてきている
皆がシンと静まっているせいか、クラシック音楽がやけに大きく聞こえてくる
「…夢…だったのか…?」
俺の阿呆面に、周りからどっと笑い声が溢れた
アリエルも笑っていたが、大分恥ずかしそうに顔を赤らめていた
「チャールズってば、働きすぎなんじゃないの?」
「は、はは…そうかもしれないな…ははは。」
俺は手を頭に当て、笑い飛ばした
珍しく、きちんと笑えているか不安だった
笑いが収まり、暫く間が空いた後
店のドアがチリンチリンと音を立てて開いた
あとがきのひとこと…タロットカードには様々な占い方が存在する。