養子
私は子供が欲しい、妻と育てる子供が欲しい。此の薄汚れた世界の光明と為て、針の先程でも輝く人間と為て、夫婦の間で輝いて欲しい。
だが、其れは養子でなければならぬ。養子でなければ愛せぬと、養子でなければ愛する資格は無いと情念が訴え掛けて来る。
妻は何と思おうか。妻の両親は何と思おうか……。然り乍ら、我が愚昧な情念は其れを跳ね除ける。
情念の言わんと為る事を詳らかに為よう。
私は自身が産み落とされた事を恨んで已まぬ。母を憎み、私の憎悪も知らずに私を愛でた母が悍ましい。父は居ない。物心が付いた頃には母しか居ず、軈て迎えた二人目の父も、父と為乍ら父子粧した思い遣りが苦手であった。此れが縁起であろう。
私は生きたいと思わない。酒を煽り、晩秋の雨の中、薄着で寝て死のうと思ったが、朦朧と為る頭が私を屋内へ引っ張り込んだ。部屋には何時も首を吊る為の縄がぶら下がって在った事も記憶為て居る。私の根底は死にたくないと見える。全く情けない事だと思い、自分を騙し、然う為て今迄生きて居る。
私が何を感じ、何を以て斯様な性癖を構築為たか分からない。確かに幼少の砌、家庭に暴力は在ったし、相応の反抗も経た。室内に蛆が湧き、腐った雑巾の様な異臭を放つ制服に袖を通した事も少なくない。此れは飽く迄も普遍的な家庭であって、私が特別に不幸だ等と申す積りは無い。
其の中で幼い弟妹を大事に思い、刺し違えてでも守ろうと思った。然う為て今、育った弟妹の為ならば四肢を切り落とす事に微塵の躊躇も無い。然う為て、弟妹の一人々々が妻と同様に愛しい。
其の私が何故、子供が欲しいと云えようか。斯様に薄汚い人生を積み重ねた私の情念は甚だ理性に背く不良であった。
私は此の世界に産み落とされ、味わわされた痛苦を自分の子供に味わわせたくは無いのである。其れと同時に、味わった純然たる苦痛が次第に流される屈辱を味わわせたくは無いのである。常に味わう苦しみも、軈て過去と成り果てる。苦しんだ事が無為に為る。此れが真実の苦痛なのだ。
親の自愛、其れ以外に子供は生まれない。望む望まざるは介入為得ない生命の創造。其れは悍ましく恨めしい。私の様に、生まれたが故に死にたく思う苦痛を味わうとも考えずに両親は私を排出為たのである。否、私の苦しみは其れ許りではあるまい。今、斯う為て、自分の子供を残す事にすら悩み、何事かを吐露為ねば成らぬのである。
其の様な罪深い事が私に出来ようか。
私は誰かの自愛に依って産み落とされた子供が欲しい。然う、私に罪は無いのだと思わねば、思う処の話では無い、私が設けたのではない、私が此の苦しい世界へと背を押したのでは無い、私は其の様な自愛に支配為れる様な軽薄な人間では無い、私は悪くないと弁明為る証左を得なければ子供を育てられぬ塵芥に成り下がった……。
私の情念を見て醜悪極まれりと思った者は居らっしゃろうか。子供を、人間を生み育てる事は此れ程の悟りを覚えなければ成らぬ。己が子に、何故に私を生んだのかと問われて、答えられねば生んでは好けない。