1話「メダ」
一太郎は背中に残る痛みを感じながら目を覚ますと、そこにはクリーム色の空が視界に広がっていた。雲と言う雲は何処にもなく、穏やかに吹きつける風が一太郎の肌を優しく撫でていた。一太郎はふと右手を空にかざす。それは未だ半透明のままで、クリーム色の空が透けて見えていた。
とりあえずクッションのような柔らかな地面から上体を起こし、あたりを見回してみる。するとそこにはアメリカのハイウェイみたいに地平線の先までモノが何一つとしてなく、クリーム色の色彩のみが遥か彼方まで広がっていた。
一太郎は幾度か瞬きをした後、その光景が幻でないことを確認し、高まる気持ちが沸々と心底から湧いてくるのを感じていると、突然後ろからあのときの脳内に流れた丁寧口調だった声と同じ声が聞こえてきた。
「目が覚めましたね」
一太郎が後ろを振り返ると、そこには白いワンピースで身を包み、銀髪の長い髪をなびかせ、黄金色の煌々と輝く瞳でこちらを見下ろす可憐な少女がいた。こいつがメダ様ってやつかな?そんなことを思いながら、一太郎は目の前の銀髪の少女の顔をまじまじと見つめる。
小さな顔はどこか幼い感じを彼女に与え、少し高めの鼻は大人らしさを彼女に与えていた。そこには子供である彼女と大人である彼女が同時に同居しており、年齢はそれに見合った十六、七歳といったところであろうか。
長い銀髪の儚げな感じがリストの「愛の夢 第三番」を彷彿とさせ、触れてはならない何かをそこに感じ、黄金色の瞳はトパーズを連想させ、違った角度でその瞳を見つめると万華鏡のように見る景色が一転してしまうようであった。一太郎がその少女の顔を吟味している中、少女は少しはにかみながら、自己紹介をし始める。
「ふふ、自己紹介をしときましょうか。私の名前はメダと申します。ついさっきあなた様の脳内に声をかけていた者です」
「ああ、やっぱり。あんたがメダ様か」
「あれ?知っていたのですか?」
ポカンとした表情になり、一太郎を見つめる。
「ああ、あんたの使者が教えてくれた」
「そうですか。では、さっそくあなた様に異世界に行っていただきたいと思うのですが、その前にまずあなた様の身体をどうにかしないといけませんね」
メダはそう言って、一太郎の半透明な体を見つめた。そして、右手の人差指と親指でパチンと指を鳴らす。すると驚くべきことに富士山の天然水並みに透き通っていた一太郎の身体がみるみるその色彩を取り戻していくではないか。
体が色を取り戻すと、今までバカみたいに軽かった体に従来の質量が戻ってきた。試しに立ち上ってその場で走ってみる。体を流れる血液が、神経が、心臓の鼓動が一太郎に満々と溢れる生の実感を与える。
体を乗っ取られてからどれほどの時間が経っているのかは分からなかったが、それでも一太郎にはなんだか久しぶりに体を取り戻せたようで嬉しかった。そんな一太郎を微笑ましそうに見つめながらメダがこんなの朝飯前みたいな感じで話す。
「今のは復元<リストレーション>という魔術です。あなた様の肉体はすでにどこにもなかったので復元させちゃいました」
お気楽な感じで話すメダだが正直これには驚いた。魔術を初めて見た上にその初めての魔術が肉体の再生とはもはや超常現象の連続で一太郎の常識という枠組みの延長線上を遥かにいってしまっている。一太郎は素直に感心し、メダに対して何か自分には到底敵わない崇高なる存在に見えた。
「すげえな、あんた。こんなのどうやってやるんだよ…」
「ふふん、この術は術を極めて出来るとかいうレベルの話じゃないのですよ」
そう言ったメダの顔は得意げで、自慢という言葉を顔で表すときっとこうなるのだろうと思いながら、一太郎はそんな彼女の可憐な顔を見つめていた。
「そうなのか?」
「はい。この術はですね、人間の肉体を再生する以外にも死亡した人間を生き返らせてしまうことも可能な、いわば禁術なんですね。だから、術を極めようが何をしようが使ったら最期というわけです」
聞きづてならない言葉が聞こえた。その言葉は一太郎の頭の中で静謐なる水面に一石を投じた後のようにだんだんとその波紋を周囲に響かせ、頭をいっぱいにした。
「使ったら最期って…それってヤバいんじゃないのか、お前」
「いえ、私は大丈夫ですよ。あっでも一般の術式レベルをお持ちの方が使ったら間違いなく、術者本人は術を使った際のその莫大なエネルギーに肉体が耐え切れなくなって消滅不可避。対象者にも何かしらの後遺症が残ることは間違いないですね。
例えば、四肢欠損とか感覚器官の麻痺とか発達性異常とか。まあ、亡くなった人間の肉体や魂を再生しようとするものですから、それくらいのリスクはあって当然だとは思いますけどね」
それらの話を聞いて一太郎は自分の顔が急に青ざめていくのを感じた。本当に大丈夫なのだろうか。メダは表面上では笑顔を取り繕っているが、その笑顔が今になって余計怖い。ピエロの顔がなぜ恐いのかが少し理解できた気がする一太郎であった。
だが、そんなことよりもこの少女が一体何者かが余計に気になる。使者を二人従え、天界という天国のような場所に住み、禁術クラスの魔術を使っても平然としている。どう見たって只者ではない。
「あんた、一体何者だよ?」
「あー私ですか?えーとですね、うーん簡単に言うと神様です」
「はあ?」
突拍子もないその回答に一太郎は素っ頓狂な声をあげざるを得なかった。それは嘘を言うにしてももう少しマシな嘘はないのかというレベルのものではあったが、よくよく考えてみるとやはり彼女の今までの行いから察するにそれがあながち嘘でもないようにも思えてきてしまう。
「本当に神様なのか?」
「ええ、まあ一応。といっても私はこっちの世界じゃ三番目位に偉いって感じですかね」
「三番目って…神様って一番偉いんじゃないのか?」
神様という存在はすべての人間の上に立つ存在、あるいは概念であり、その地位は絶対的に揺らぐことのないものとして人々の間では信じられてきた。その存在が三番目に偉いということはどういうことであろうか。単純な疑問ではあったが、気になったのでつい聞いてみると、メダは失笑ともいうべき笑いを見せ、「それはないですよ」と否定して見せた。
「神様が一番偉いという言い方は、まるで神様が一人しかいないみたいな言い方ですね。神様が一人な訳ないじゃないですか。神様が一人しかいないという考えはきっとおそらく人間側からして神様という存在は別格なものであって、皆それぞれ心の中に描く神が一人しかいないからじゃないですか?当然、神様はたくさんいます。その中でもまあ、三番目くらいに偉いという感じなんです」
どうやら、メダの話だと神様はたくさんいるらしい。よくよく考えれば神様が一人しかいないわけがなかった。現に、地球ではキリスト教、イスラム教、仏教、ヒンドゥー教などその他諸々の宗教にもそれぞれたくさんの神々が存在しており、一太郎の出身国である日本という国も神道という宗教が存在し、それは八百万の神という様々なものに神が宿っているという考えを持つ多神教であるのだ。
神が一人しかいないと考えるのは完全な主観的な見方でしかないだろう。一太郎はメダの言うことに納得せざるを得ない。
「でもそれじゃ、三番目に偉いってなかなかすごいんじゃないのか?」
「ええ。めちゃくちゃ凄いですよ」
しっかりと肯定するメダに一太郎は何も言えなかった。「えっ?謙遜とかないの?」というのが一太郎の本音だが、実際本気で凄いことだと思われるため、何も言えない、いや言わさないあたりのところが何というか、物凄い図々しさを感じさせた。それはスーパーの試食コーナーだけを目当てに来るオバサンのようなものと言ったところか。
それに何かそれに対して、返事を期待しているようなメダの一太郎の顔を窺うような仕草。本当に偉いんだぞ!とでも言いたげな自信に満ち溢れたその眼差しに見つめられて、
「そ、そっか、すごいんだな…」
と言う何のひねりもない、月並みな言葉を吐いた。一太郎はなんだか、心の奥底から無理矢理褒め言葉を発掘させられたような気分になった。心のこもってなさそうなその言葉にきっとメダは大層気分を害したことだろうと、メダの顔色を窺うと、なんと満面の笑みを浮かべていた。
これを見るに、どうやら滅茶苦茶嬉しかったものと見える。「こんな言葉で?」とは思うが、おそらく褒め言葉であるならば、どんな言葉でもよかったのだろう。それを口に出すという行為が重要なのだ。
メダは一区切りというような感じで両手をパチンと合わせる。
「さて、私の話はこれくらいにしといて、とっとと異世界に関する契約を交わしちゃいましょう。とりあえず、ずっと立ち話もなんなのであちら側に置いてある椅子に座りながら話しましょうか」
そう言うとメダは自分の右後方あたりにある白いテーブルと椅子を指差す。一太郎の記憶ではさっきまであそこには何もなかったはずだが、些細なことを気にしてもしょうがないし、ましてやここは非現実的な空間なので、気にしないことにした。
メダに案内されてその白いテーブルと椅子に向かう途中、一太郎はそういえば自分が目を覚ます前まで一緒にいたムリリンとユリリンはどこに行ったのかと疑問に思い、メダに訊ねてみた。
「そういや、ムリリンとユリリンの姿が見当たらないけどあいつらどうしたの?」
「ユリリンなら今地球をエンジョイ中、ムリリンは今爆睡中です」
「なんじゃそりゃ…」
一太郎に異世界に行くようあそこまで言ったくせして、その言った本人たちがそんな有様では何だかやりきれない。あそこでのやりとりが何だかちんけなものだったように思えてきてしまう。一太郎が深い溜息を吐いたところで、ちょうど椅子のところまでたどり着いた。
メダが一太郎に座るよう促し、一太郎が椅子に座ると、メダもそれを確認してから椅子に座った。突如メダが右の親指と中指をパチンと鳴らす。すると、机の上に紅茶がはいったカップと花柄のソーサーが現れた。
「ではこれから異世界に関する契約をしたいと思うのですが、その前にこれからあなた様が行くことになる異世界についての説明を少しだけしたいと思います」
そう言ってメダはカップを乗せたソーサーに手を伸ばし、自分の胸元に持っていく。「いよいよ行くことになるのか」と思いながら一太郎はメダの話に真剣に耳を傾ける。
「まずは、文字の読み書きや言語についてですがこちらは向こうに行けば自動的に習得できるので問題ないでしょう。新聞に書いてあるような難しい文字とかも読めますので何の心配もいりません。ただ、あなた様の覚える言語はあくまで標準語なので、人種の未開部族や獣の姿かたちをした獣種、魔王の末裔である魔種の一部には言葉が通じない恐れがありますのでご注意してくださいね」
「へえ、人種以外にもいろんなのがいるんだな」
「ええ、と言っても人種含めて四種だけです。まだ言ってないのは精種ですね。ちょうどユリリンとムリリンがそれに近いでしょうか。と言っても彼らは人種と精種のハーフですが」
「ああ、そう言えば人型妖精みたいなこと言ってたな…」
記憶の中に僅かに残っていたその言葉。今になってその意味がよく分かった。一太郎の感心をよそに、メダは種についての話を進める。
「もう一度確認しますと、種の種類は全部で四種類。上からスペック順に並べますと魔種、精種、人種、獣種と言ったところでしょうか。といっても、もちろん全ての生き物がこの四種だけから成り立っていると考えるのは至極早計な話で、ムリリンやユリリンのような両親が別種なために生まれてきたハーフのような存在もいれば、この四種以外にも神変人というたった五人しかいませんが、もともとは人種であったにもかかわらず、神の位付近にまで上り詰めたどの種にも属さない選ばれし存在もいます」
「何だか話が急に大きくなったな…えーと、その四種以外にもどっちつかずのハーフとか神変人とかいう化け物がいるってことか?」
一太郎の解釈の仕方がどこかおかしかったのだろうか。メダは口元に手を当てて、涙目になりながら笑っている。
「化け物とは、あなた様はとんでもないことを言いますね。まあ、あながち間違ってはないかもしれませんね。おそらく彼らは私たち神様という存在を抜きにして考えたらあなたがこれから行くことになる世界、それをティエラと呼ぶのですが、そのティエラの中では間違いなく一番強い存在でしょうね。運悪く出会ってしまったら戦闘などは決して考えるべきではないでしょう」
「当たり前だ。そんなこと考えねーよ」
当然の事であろう。一太郎はあくまで地球という現世の星が嫌になって、ただそれだけの理由で異世界に転生したいから、異世界への転生を決意したのであって、そんなラスボス級の奴らと戯れるために異世界へ転生したわけではないことは確かなのだ。異世界に行ってまでも訳の分からないいざこざに巻き込まれるのは勘弁願いたい。平和な人生を満喫するつもりだ。
一太郎が心の中でそう固く決意していると、メダが何やら小声で呟いたのを一太郎は聞いた。
「まあ…いつかはそんな存在さえも楽に倒せるような存在になって欲しいんですけどね…」
「ん?どういうことだ?」
一太郎が素直にそう問うと、メダは慌てふためき、「いえ、何でもありませんから」といかにも何でもあるやつが嘘をつくときに使う常套句をそのまま口に出して、一太郎の中の不信感を更に煽らせる結果となった。メダは今の発言がなかったように仕切りなおして、次の話題へと移った。
「さて、これで種については大まかには分かって頂けたと思いますので、次に世界の地理的なことについてお話したいと思います。ティエラには五つの国があるのですが、それぞれ順々に軽く説明したいと思います」
そう言うとメダは先程と同じように右手の親指と中指をパチンと鳴らす。すると机の上に大きな世界地図のようなものが現れた。メダは地図上の国をそれぞれ一つずつ指を指しながら説明していく。
「まずは北にあるセーヴェル大陸の北西側に位置するのがモニーク王国。ここは過去に争いという争いをしたことはほとんどなく、国王のバーバラは平和路線をとっているため国民性は非常に穏やかです。
また、魔力をその場で急激に高めるために必要な魔力強化剤の原料であるコンソリダの実の原産地で、それを他国へ輸入することによって国自体が莫大な利益を得ているので、国民の八割以上が豊かな生活を送っているいわばユートピアのような理想的な国ですね。転生するならここが一番でしょう」
「えっ?転生する場所って選べないのか?」
「いえ、ランダムなので選ぶことはできません。さすがに転生する場所まで指定できるほど私、力を持っていませんので至らぬ点に関してはご容赦ください」
いくら三番目に偉いと言っても、転生場所は指定できないんだなと神様だから何でもできるわけではないことの現実を一太郎は知った。メダはそんな一太郎に対して、少し残念そうな顔をすると、再び地図の方に目を向け、さきほどの話の続きを始める。
「話を元に戻しますね。セーヴェル大陸の南東側に位置するのがヘルト民進国といいます。この国は王国ではないので、行政や立法、司法を執り行っているのは一般大衆となります。ただ、この国には勇者という英雄的な存在が居まして、軍事的な指揮権は彼の手中にあり、彼のおかげでこの国が保護されているといっても過言ではないでしょう」
「勇者ってのがいるのか」
「はい。勇者はオスマイヤー帝国というティエラ最大の領土を持つ帝国を統治しているラスボスという存在を倒すことを使命としている者です。古くからヘルトの民衆によって英雄的な扱いを受け、このヘルトを建国したのも勇者だという話が出てきていますが、まあそれについては神話に過ぎないでしょう。
実際、彼は名ばかりの存在ではなく、実力も相応でティエラの中じゃトップクラスの実力を誇っています。流石にそんな彼でも神変人には敵いませんでしょうけど」
ラスボス…勇者……何だかRPGのゲームに出てくるような用語がどんどん出てきて、最早現実にある話を聞いているのか、ゲームの話を聞いているのか分からなくなってきた。とりあえず今分かっていることは、今ここに沼地一太郎というある一人の冴えない自分が居て、その自分は肉体を持ってこの天界とかいう天国のような場所で目の前にいる銀髪の少女…神様メダの話を聞いているということだ。
それだけはどうしたって夢ではなく、まぎれもない現実だ。それだけが分かればとりあえず平生は保っていられる。訳もなく「ここはどこ?私はだれ?」などというはたから見たら頭がおかしい以外何物でもない人の台詞は出てきやしまい。
とにもかくにも、これらの話はこれから行く世界において、全部実際にあることの話なのだ。ゲームの中の世界に入り込んでしまったような感覚で聞いていればよい。何もそんな難しい話ではないだろう。あり得ないものをあるものとして理解すればいい。それだけだ。
「次にセーヴェル大陸から南に進んだところにあるユーク大陸というのがあるのですが、この大陸のほとんどはオスマイヤー帝国の支配下にあります。このオスマイヤー帝国というのが先程の話にも出てきましたが、ラスボスという存在が統治している国ですね。帝国主義ですので、基本的には他国の土地を侵略することを目的としていますが、ここ最近目立った活動はなく、二百年ほど前の最盛期と比べて今は完全に廃れてしまったといっても過言ではないでしょう。それに数日前に現ラスボスが謎の失踪を遂げてしまって、帝国は混乱し、さらに廃れていっている状態ですね」
「そうなると、ここに転生したら平和な生活は難しいってことか?」
あくまでも平和に生きていきたい一太郎にとってはこれは重要な質問だ。真剣に問うている一太郎に対し、メダは淡々と回答する。
「そうですね。平和な生活を望まれるならこの国では難しいでしょう。私は現地に行っていないので何ともいうことはできませんが、治安は乱れ、犯罪は年々増えていき、今じゃ自警団がない町なんてありえないと言われているほどです」
「まじかよ…ぜってー行きたくねえわ…」
メダは一太郎の質問に対し同調し、他の国に転生するのが最善であるとのことだった。一太郎自身も強くそう思い、この国には転生しないことを強く祈った。その祈りを横から踏みにじるように、メダが一太郎の顔を窺いながら、
「それはフラグですか?」
「いや、ちげえから!余計なこと言わんでいい!」
「大丈夫ですよ。ちょっと恐い人たちに絡まれなければ死にませんから」
「いやだから余計なこと言うな!お前のせいで立たなくていいフラグがどんどん立っているんだよ!」
「まあ、最悪死んだとしても私の復元<リストレーション>で生き返らせることはできますから、安心してくださいよ」
そう言ってメダはあははと呑気に笑い始めた。「全く他人事だからってお気楽だな」と思いながら、一太郎はメダの方を呆れた表情で見つめているとメダがいきなり、
「もしかして他人事だからってお気楽だなとか思ってたりしてません?」
との一太郎の内心を完全に見抜いた発言をした。その発言に一太郎は思わず驚き、返事を返すことができなかった。メダは口元は笑ってはいたが、表情全体から不真面目さを感じるとることはできない。
そして、突然メダは椅子から立ち上がって上半身をテーブルの上に乗るようにして、テーブル越しに一太郎に急接近し耳元でこう囁いたのだ。
「大丈夫、あなたを死なせはしませんから」
何か含みのあるその言い方に一太郎はメダが何を考えているのか分からなくなってしまった。それがどういう意味で言われたのか。何かを意図して言ったのか。それともただ単純に言外に何の意味もない純真なる言葉なのか。
また、それを言い終えた後のメダの表情からどこか哀愁が感じられるのは何故なのか。その答えは今現在、ここに座ってメダの話に耳を傾けているだけの一太郎には分かるはずもなかった。