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ラスボスだらけのこの世界で  作者: 安藤行灯
序章ーある少年の地球での下劣で滑稽で最悪な一日ー
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5話「ムリユリ」

 突然脳内に響いてきた謎の声。だが、別段驚く必要もない。今の自分の置かれている状況が普通ではないし、それにもうこんな超常現象ばかりのことにも慣れてしまった。今なら目の前にビックフットが居ても驚きはしないだろう。一太郎は当たり前のように返事を返す。


「そうだけど何?」


「あなたをある世界へご招待しようと思いまして。一緒に来ていただけますか?」


「ある世界?」


「はい。地球とはまた別の世界…簡単に言えば異世界です。あなたは地球上にいる七十億人の人間の中からただ一人、その異世界へと行くための権利を手にしたのです。これは大変素晴らしいことなのですよ?」


「素晴らしいことっていきなり言われても…」


 一太郎が言い終える前に重なるような形で脳内ボイスが話を進める。


「今からあなたのいる場所に私の使者をお送りいたしますので、その使者の指示に従って私のいるところまで来ていただきます。そして、そこで異世界に行くための契約を交わし、それが完了したらいざ行かん!異世界へ!という感じなのでよろしくお願いいたします。では、また会いましょう」


「えっ?ちょっと待って俺まだ異世界に行くなんて一言も言ってないんだけど?…ってもういなくなっちゃったよ…」


 いきなり訳の分からないキャッチセールスにひっかけられたような気持ちで呆然と立ち尽くしていると、いきなり右の耳元近くで女の子の溌剌とした声が聞こえてきた。


「どうもー、使っ者でーす。あなたが沼地一太郎さんですね?」


 ハッと驚いて右を向くと、そこには掌サイズの小さな天使姿の女の子が宙に浮かんで、一太郎の方をはにかみながら見つめていた。


「し、使者って…もう来たのかよ。」


 いくらなんでも早すぎるだろ。光ファイバーかよ。


「はーい。来ちゃいましたー。」


 おちゃらけた口調でそう言うと、ミニマムサイズの女の子はピースサインを送ってきた。な、なんだこいつ…人間か?そんなことを思いながら一太郎がその少女に呆気をとられていると、今度は一太郎の左耳近くで男の子の気だるそうな声が聞こえてきた。


「はぁ…何だよ。男かよ。女の子がよかったなぁ…」


「ひい!」


 二度目の唐突な声。一度目は驚く暇もなかったが、二度目はなんとか驚く暇が与えられ、一太郎は狂った鶏のような声を上げた。その周波数の高さといったらそんじょそこらの女子たちの悲鳴に匹敵するものがあっただろう。一太郎は声を上げた後、思わずその場に尻もちをつき、その声のした方に視線を向ける。


「何だよ、うるさいな…少し黙っててくれない?はぁ、俺昨日全然寝てないから頭に響くんだよぉ…」


 そこには、見下すような形で女の子と同様の身なりをしたミニマムサイズの男の子が目をこすりながら大きな欠伸をしていた。その一連の動作はとても緩慢で、一太郎はそこから何か自分の母親と相通じるものを感じ取ることができた。そんなミニマム男の子のだるそうな態度にミニマム女の子は腰に手をあてて、叱責する。


「こら!そんな言い方しちゃこの人に失礼でしょ!あくまでもこの人はメダ様が招待をなされた客人なんだから!」


「わぁーってるよ、んなこと。あぁ、めんどくせぇ。早く連れて行こう」


 話すことも面倒くさそうな緩慢な口調でそう言うとミニマム男の子は一太郎の半透明な右の二の腕を掴み始めた。


「お、おい!ちょっと待って!メダ様って何だ?俺は別に一言も異世界に行きたいなんて言っちゃいねーけど!?」


 冗談ではない。こんなもの、裁判も鑑定もなしにいきなり犯罪者として牢屋にぶちこまれるようなものである。一太郎の表情が少し曇ったのを見て、ミニマム女の子が慌てて場を取り繕うために自己紹介をし始めた。


「あっ!そういえばまだ私たちの名前を言ってなかったですね。私の名はユリリンと言いまーす。そっちで今あなたの二の腕を掴んでいるのがムリリン。オグシオみたいな略し方で言うと、二人そろってムリユリ!よろしくお願いしまーす!」


「いや、なぜ略したし!?」


 そんな一太郎のツッコミには一切触れずに、ユリリンは話を進めていく。


「私たちムリユリはどちらもメダ様に仕えている人型妖精なんです。ちなみにメダ様というお方はあなたの脳内に声をかけていた人物ですね」


「あぁ…なるほど。あいつがね…」


 自分の脳内で二番目に声をかけてきた丁寧な口調の人物。いきなり異世界に来いとか言って説明も何も放棄してそれを自分の使者にやらせる。なんという怠惰であろう。上の立場に立つということは本来こういうことなのであろうか。地球の一般的な会社じゃ上の立場に立つ人間は決して怠惰などというものを見せることはしないはずだ。


 まあ、いろいろ汚職とか賄賂とか汚い裏事情もあるだろうが、そういう悪徳を抜きにしたら怠惰などというものは上司のあるべき姿とは対極のものであるはずだ。それなのに、この異世界の連中ときたら…一太郎はここまで考えたところで、これ以上の思索は意味をなさないと考え、適当に二度ほど頷いて見せた。それをオーケーのサインと捉えたのか。ユリリンが一太郎に向かって嬉しそうに、


「あっ!納得してくれたんですね!では異世界の方に…」


 と言って勝手に話を進めていくので、一太郎はその暴走する話の進行方向にパイロンを立てて制止する。


「おい待て!少し待て!お前らは人の意見を聞くと言うことをまず学べ!いいか?俺はまだ異世界に行くとは一言も言ってない。これは理解してるよな?」


「ええ、もちろん」


 ユリリンはそう言って頷いた後、ムリリンの方を見やると頷くことなく興味なさげな顔でただ黙って聞いている風であった。


「おい!お前は聞いてんのか?」


「うっさい、聞いてるから」


 どうやったって反抗期の女子中学生が先生からの叱責に耐え兼ねて「うっさい!聞いてる聞いてる」と聞いてもいないのにそう言ってその場を凌ごうとする場面と大差ないが、一太郎はこいつにいちいち言ったってしょうがないと思い、ユリリンの方を向いて話を進める。


「その異世界ってのはどうしても行かなきゃならないのか?俺に拒否権とかないの?」


「えーと…」


 一太郎がそう言うと、何故かユリリンはひどく困惑した表情を浮かべた。彼女の視線はそのまま一太郎からムリリンの方に向かい、助けを求めるような視線を送っている。ムリリンは未だに一太郎の二の腕をしっかりと掴みながらいいから早くしろと言わんばかりの感じで顎をしゃくる。


 これらの動作が何なのか一太郎にはまるで分からず、ただそれらを黙って見ていると、再びユリリンが一太郎に視線を合わせる。その表情からは今までのハキハキとした様子と違って暗い雰囲気が漂っていた。


「あのー…多分気づいてないからそのようなことを言うのだと思うんですけど…一太郎さん…もう死んでるんですよ?」


「へっ?」


 ユリリンがいきなり突拍子もないことを言い始めたため、一太郎は一瞬何と言ったのか理解ができなかった。だが、後からその言葉が自分の脳内に木霊のように響いてきた。死んだ…?俺が死んだ…?


「信じたくないかもしれないですが、これは事実でーす」


顔は深刻なユリリンであったが、間延びした口調のせいでどうもシリアスな雰囲気が台無しであった。一太郎はそんなはずはなかろうと、反駁を試みた。


「いやだって、幽体離脱しているんじゃないのか?この半透明な体だってその影響だろ?」


 ユリリンは静かに首を振った。それでも一太郎は信じられない。抑えきれないまでのそんなはずはないという気持ちが高ぶってきて、口を開こうとしたそのとき。


「じゃあ、なんであれ動いているんだ?」


 今までほとんど喋ることのなかったムリリンが少しだけ声に重みをもたせ、そう言って一太郎たちの真下にいる、未だに女生徒たちと笑い合っている一太郎の肉体<カラダ>を指差す。一太郎はその問いに返す答えが思い浮かばなかったので黙っていた。ムリリンは一太郎から言葉がでないと分かると、辛辣な口調で真実を語り始める。


「幽体離脱ってのは意識が肉体から離れることを言うんだ。意識を失った肉体は当然動くことはないが、時間が経てばそのうち意識は体に戻る。だが、お前の場合は違う。お前は何者かによって肉体から魂を追放され、肉体を奪われた。一度奪われたあの肉体を取り返そうにも、なぜだか結界が張られてしまってて取り返すことはできない。お前はもうあの肉体に戻ることができないんだよ。

 てなわけでつまりはだ、今のお前は帰る場所を失った魂だけの形而上的で非科学的な存在ってなわけだ。地球の言葉を使って分かりやすく言えば…幽霊なんだよ、お前」


 つきつけられた真実。出来れば信じたくないその真実。思えば俺の人生、そんなにいいことばかりではなかったのかもしれない。禍福は糾える縄のごとしとはいうが、俺の場合縄目がないつるつるのビニールでできた縄なため、最初が不幸であるとそのまま生涯ずっと不幸のままなのである。


 幼き頃に交通事故で父親を失い、そこから母親は安逸を貪る日々を繰り返し、おみくじで六年連続凶を引くし、小学生の頃はなぜだか虐められたし、中学生の頃は全校集会でしてもないことで吊り上げられたし、そして高校では……とにかくこんな具合に俺の人生は不幸の立て続けだったのだ。


 こんな人生であるなら、死んだとしても滅茶苦茶悲しいなどということもないし、むしろ清々したというものだろう。ならいっそのこと、異世界に行って人生をやり直すというのもありかもしれない。そんなことを考えながら一太郎が俯いていると、ムリリンが再び辛辣な物言いで話し始める。


「お前は死んだのだから、選択肢なんてないんだ。とにかく早くメダ様のもとに来い。俺は早く寝たいんだよ」


 しばらくの間、場に沈黙が流れる。その間ユリリンは心配そうに一太郎の顔色をうかがい、ムリリンは気だるそうに欠伸を何回かしていた。だが、その沈黙は突如として意外な形で破られる。一太郎が鼻でフッフッフと笑った後、大声で笑い始めたのだ。これにはユリリン、ムリリン両名とも驚き、目を丸くして一太郎を見つめる。


「はあ、死んだか俺。ああ、そうか死んだのか…」


 まるで自分自身に問うているようなその口調。一太郎は自分の死を認識、あるいは実感するために死というものを言葉に託して自分自身につきつけようとした。だが、まるで実感が湧かない。


「死んだんならしょうがねーな。いいぜ。異世界でもどこでも、好きなとこ連れて行けってんだ」


 突然の豹変ぶりに驚いたユリリンは口をポカーンと開けたまま呆然としていたが、ムリリンはやっとかとでもいうようにその開くことも面倒くさそうな口を開けて、


「決まりだな」


 と一言だけ言った。一太郎はそれに応じ、「ああ」と生返事ではあったが、生き生きとした表情から嘘はついているようには見えにくい。


「ちょ、ちょっといいんですかー?」


 二人のやり取りを呆然としながら見ていたユリリンがここでようやく口をはさむ。こんな簡単に一太郎が異世界に行くなんて予想していなかったのだろう。目をパチパチとさせて一太郎の顔色をうかがっている。


「ああ、かまわねーよ。だって俺死んだんだろ?こんな世界で輪廻転生するよりは、こことは全く違ったその異世界とやらで転生したいって思ったわけよ」


 嘘はついてない。すべて本心である。この言葉には一太郎の人生の大半を占めている苦悩と悲境からの解放を喜ぶ一太郎自身の姿があり、新たな世界へと向けて心躍る年相応の少年らしさを秘めた本質的側面が同時に立ち現われていた。


 一太郎の豹変ぶりに未だに信じがたい目を向けるユリリンにムリリンが黙って視線で合図を送る。これを察したユリリンは慌てた様子で一太郎に向き直る。


「わ、分かりました。では、今から一太郎さんにはメダ様がおられる天界という場所に行っていただきまーす」


「天界…?ああ、もしかして天国みたいなところか?」


「んー、少し違いますけど、まあそんな感じでーす。あの、すみません。ムリリンが早くしろと目で訴えているので説明は後でもいいですか…?」


 ユリリンの視線の先を見やると、ムリリンが一太郎の方を睥睨し、怒気をはらんだ表情を浮かべていた。


「ああ、分かったよ。早く行けばいいんだろ?異世界に」


「あっすみませーん。では、その場で目を瞑って仰向けに寝転がってもらってもいいですか?」


「おう、構わねーぜ」


 一太郎は言われた通り、目を瞑って体を横にする。とりあえず、そのメダという人物に会って、そこで契約を交わしていざ異世界か…くう!たまらん!一太郎は胸の中でそのときを今かとでもいうように待ち望み、ワクワクした修学旅行前のようなテンションを持っていた。


「いいですか?では転送始めまーす」


 ユリリンの声が聞こえてきたところで、閉じた瞼の裏側に淡い緑色の光が閃光のように映し出され、背中が焼けるような熱さを感じた瞬間、一太郎の意識は暗い奥底へと沈んでいった。


ようやく異世界!…ではなく天界です。

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