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ラスボスだらけのこの世界で  作者: 安藤行灯
序章ーある少年の地球での下劣で滑稽で最悪な一日ー
5/12

4話「謎の声」

 昼休みの間、一太郎は先ほどの半裸騒動について教育指導担当の先生たちに原因を追及され、ただでさえボロボロに擦りきれてしまった一太郎の自尊心はそこで完全に散り散りになってしまった。まさに泣きっ面に蜂である。

 

 だが、そこでただ黙ってはいはいと聞いているだけの一太郎ではない。もちろん、こちらにも言い分はある。百パーセント一太郎の自己責任という帰結で終わらしてしまうにはあまりにも残酷すぎる話である。なぜ、そのように考えているかについては以下の三点があげられる。

 

 まず一つ目に倉敷先生の確認不足である。一太郎が着替えている最中という情報を廊下で待っている女子たちに聞いているにも関わらず何事もなく教室に入ってきて、まずこの時点で完全におかしいのだが、その上よく確認もしないで女子たちを教室に入れてしまった張本人なのだから、当然罪は彼女にもあるはずなのだ。

 

 だが、彼女にも言い分はあるわけで途中から来たために情報量が少なかったのと意図的に女子たちを教室に入れさせたわけではないため、過失であったということ。この二点が彼女にも言い分があると思う根拠だ。まあ、基本教師という立場上責任をとらなければいけないという点もあるだろうから、これらの言い分が彼女にとってそこまで大きな情状酌量にはならないだろう。


 次に二つ目だが、これは当時教室にいたクラスメートの男子全員であろう。いくら一太郎のことを疎んじているからといって、必死になってクラスメートの一人が自分のパンツを探しているのだから何かしら手を貸すとか、あるいは女子たちと時間延長のための交渉をしてくれるとか何かしらあの場を凌ぐことができそうな方法はいくらでもあったはずなのだ。それなのにただひたすら傍観に徹した彼らにも罪はあるはずだ。

 

 だが、彼らにももちろん言い分はあることだろう。そもそも彼らには一太郎を助ける義務がない。これはかなり大きな考慮すべき点だ。何しろ、見殺しとは違って傍観に徹したところでそれは犯罪にはならないし、そもそも彼らは巻き込まれた側であるとも言える。いくらクラスメートと言えども、所詮は赤の他人。自分の利益にならぬことは行わないということなのだろう。


 最後に三つ目だが、これはあくまで一太郎の推測の中の話であるため、事実かどうかは分からないが、もしこの推測が本当であるとするならば、それがこの半裸騒動を引き起こした源流であると言ってもいい最も重要な理由となりうるのだ。それは秀司による一太郎のパンツ強奪である。

 

 これは、一太郎がまだパンツを履いてないことを秀司自身が知っていたがために、意図してやったことであり、そこに何らかの悪質性を感じることができる。それに秀司はおそらく常習犯だ。高校に入ってから自分のパンツがやたらと無くなるなと一太郎は感じていたが、無くなる直前はいずれの場合においても決まって体育の授業後、自分のクラスで着替えているときに秀司の姿がいつもそこにあったのだ。これはもう間違いないだろう。

 

 ただ残念なことにこれに関しては明確な根拠というものがまだ示されていない。もしかしたら単なる一太郎の被害妄想でしかないかもしれないのだ。まあ、一太郎自身秀司が百パーセント盗んだものと頑なに信じているから、この推測がひっくり返ることなどあり得ないと思っているが。


 以上の三点が一太郎を抜きにして考えられる半裸騒動の原因の数々だ。これらのことを一太郎は隈なく先生たちに話したところ、倉敷先生の過失とクラスメートの非協力性にはそれなりの理解を示してくれたが、三点目の秀司が一太郎のパンツを強奪したということに関しては実際根拠がないからどうにもできないとして、後日秀司のクラスの担任が直々に本人にそのことについて訊ねてみるという結論に至った。その結果次第では大きく情勢が変わるため、信じて結果を待つしかない。


 とりあえず昼休みの間、ずっと先生たちによる尋問を受けていたせいかひどく精神的に疲れてしまった。元々こんな災難に巻き込まれる予定などなかったから尚更疲れてしまって、教室へと戻る足取りがふらつく。思考は停止し、一太郎は完全にただの動く肉の塊と化していた。


 そんなフラフラとした足取りで教室に戻り、ドアを開けると、案の定周囲の視線が鋭く尖った矢のように一太郎の心を突き刺してきた。特に、女子からのそれは程度が甚だしく、一太郎を軽蔑、侮蔑、嘲弄の対象とし、ヒソヒソと小声でいろいろ言っているのが聞こえる。それらが何と言っているのかは大体想像は出来た。


 だが、残念ながら肉の塊と化した一太郎の前ではそれは無意味なことに過ぎない。思考を停止したそれは彼らに対して動揺することなく、小言を言う彼らの前を素通りし、泰然自若とした態度で自席についた。そこでようやく疲労を重い荷物のようにドサッと下ろした気分のようになり、思考を再開させる脳内スペースはなんとか確保できた。ふうっと大きなため息を吐いた後、フックにかけてある鞄から教科書を取り出そうとしたそのときである。


 何やら脳内に何者かの声が聞こえてきた。な、なんだ!?一太郎はそう思いつつ、脳内に響くその声を聞こうと集中する。だが、その声は小さすぎて何と言っているのか分からない。次第にその声ははっきりとした輪郭をもって、だんだんと音量を増してきた。その声の高さから察するに、声の主は女性であろう。それは、まるで長年探していていたものに出会えたかのように途切れ途切れに聞こえてくる。


見つけた…見つけた…見つけた…


 見つけた…って一体なんだよ!?一太郎は脳内でそう言った。しかし、脳内に聞こえてくる謎の声は、それには答えずひたすら、


見つけた…見つけた…見つけた…


見つけた…見つけた…見つけた…


見つけた…見つけた…見つけた…


 と繰り返すばかりである。今朝から不幸なことばかり起きているせいで少々気が立っている一太郎は、その謎の声にしびれを切らして椅子からガタっと立ち上がり大声で怒鳴った。


「いったい…いったい何なんだよ!?」


 周囲の視線が一斉に一太郎に集まる。思わず脳内で言うはずだった言葉を声に出してしまっていることに気付き、溶けいるようにして椅子に座ると再びその謎の声が脳内に聞こえてきた。しかし、その声は今までと違って希望に満ち溢れ、仰々しいくらい一太郎の脳内に響く。


ごめんなさい、君の体に決めた!


 えっ?と思ったときにはすでに意識が暗転し、視界は真っ暗闇に包まれた。何が何だか分からぬまま一太郎の見ていた世界は一瞬にして崩壊した。






______________________________________________________________________________________________







 どれほどの時間が経っただろうか。一太郎は重く閉じられた瞼を開けると、白い天井が真っ先に視界を覆った。よく見るとその白い天井にはどことなく見覚えがあった。小さなくぼみが疎らにあり、おそらく材質は石膏ボードで出来ていると思われるこの天井。間違いない。学校の天井である。


 一太郎はなぜ自分が学校の天井なんか見上げているんだと思いながら、自分の身体が地面と接地していないような奇妙な感触に襲われていた。それに何だか体がとても軽くなったような気がする。何が何だかよく分からないまま、そのやけに軽い上体を起こしてあたりを見回す。すると、そこで驚くべき事実が発覚する。


 自分の身体が宙に浮いていて且つ体が富士山の天然水並みに透けていたのだ。実は少し前から天井がやけに近く感じられ、周囲に誰からの視線も感じられなかったため、おかしいとは思っていたのだが、それがまさか自分が半透明になりながら宙に浮いているとは奇想天外すぎる。


 一太郎が自分の置かれた状況に呆然としていると、なにやら自分の真下できゃはは、あははと女生徒たちの笑い声が聞こえてきた。ところどころ男の笑い声も混じっている。「ふん、くそリア充め!いったい誰だ?」と思い、下に目線を向ける。そこには女生徒たちと楽しげに笑う一太郎自身の姿があったのだ。


「えっ!なんで俺がいるの?ま、まさか…これって…」


 一太郎は今の自分が置かれた現象に心当たりがあった。これは間違いなく…


「幽体離脱ぅぅぅぅぅう!?」


 信じられない出来事。ザ・○っちのコントくらいでしか聞くことがあまりないその言葉。法螺とラッパは大きく吹けとはいうが、もしこれが何かの悪い冗談であるならば、大きく吹きすぎてもはや事態の収拾がつかなくなってしまっている。てか、そもそもこれが法螺なのかどうかが分からない。これが本当に今現在進行形で起きていることならばとんでもないことである。


 このとき一太郎は、自分の親戚のおじさんが幽体離脱の体験談を稲川淳二風に物語ってくれたのを思い出した。あの話を鵜呑みにするなら今起きているこの現象も決してありえない話ではない。だが、だとしてもこの状況…信じるに信じられない…


「ふふっ」「きゃははは」


 真下から聞こえてくる笑い声が何とも腹立たしいが、それよりも一太郎の中にはいったい誰が入っているのか?それに、なぜ一太郎はあんな親しげに女子と話しているのか?一太郎の頭の中にそれらの疑問がぱっと浮かびあがる。一太郎はそれらの疑問に対し、少し冷静になって考えてみる。


 まずは、一太郎の肉体の中に誰が入っているかだが、これにはなんとなく心当たりがあった。一太郎の意識が暗転する前、彼の脳内に聞こえてきた謎の声…あの声が意味するものが一太郎の肉体の事であるならば、今あの体に乗り移っているのがその声の主であり、話はうまく通る。


 次に、なんで一太郎が女子と楽しげに会話しているかだが、これに関しては一切分からない。あれだけひどくクラスメートから疎まれ、さらに先ほどの半裸騒動で女子たちの一太郎を見る目は格段に悪くなっているはずなのだ。考えられるとしたら恐らく一太郎の意識が暗転している間にかなりの月日が流れ、その月日の間に無事和解を果たしたという感じであろうか。

 

 と言っても、一太郎の意識が暗転している間にどれほどの月日が流れたかは知らない。見たところクラスメートの座席配置が暗転前と全く変わってないところを見ると、ほとんど月日は流れてないものと思えるし、下手をすれば数時間しか経ってないことも十分あり得うる。

 

 一太郎は頭の中で目の前で起きている現象をいろいろ考えはしたが、今はそんなことよりもやらなければいけないことがあるのは十分に分かっていた。それは体を取り返すことである。このまま、自身の体が乗っ取られている姿をただひたすらに見続ける生活などもちろんしたくはない。あれは自分の体だ。


 いくら、自分の肉体が冴えないものであろうが、顔が不細工であろうがずっと生まれた時からその体とともに心も育ってきたのだから、それなりに愛着も湧くものだ。それに、見ず知らずの何者かが自分の体を何の断りもなしに使っていたらそれは誰だって抗議の一つくらいはするものだろう。


「さてと、まずは体を取り返さなきゃな…」


 とは言ってみたものの…


「体を乗っ取られたときの解決手段ってなんだ?」


 平生通りの生活をしていれば、というかそもそもフィクションでしかありえないような出来事の解決手段など容易に思いつくはずがなかった。ならば、フィクションでやったとおりのことをすればいいのでは?という意見も聞こえてきそうではあるが、それは全くと言っていいほどあてにはならないだろう。


 よく考えてみてほしい。ここは現実の世界なのである。あっちはフィクションであるから魔法やら怪力やらで強引にこの状態から脱出することができるかもしれないが、現実世界ではそんな簡単にうまくいくはずがない。と言ったところで、この状態自体がそもそも現実的ではないことを考えれば、割とフィクション通りの行動でもいけるんじゃないかという考えもあることにはある。ならば…

  

「とりあえず、いろいろアプローチしていくしかないな」

 

 結局はそうなるのが一太郎らしさと言ったところであろう。実際、一太郎は考えるよりも感覚や行動で示すタイプの人間である。それがいい方に転ぶときもあれば、悪い方に転ぶこともあるが、ただ自分の直感は少なからず自信はある。そう、悪い直感ならば…


「まずは…無難に呼びかけだ…と思ったけど、聞こえてなさそうだよな俺の声。てか、そもそも俺の姿でさえ見えてないよな…」


 さっきから声は出してはいるが、おそらく聞こえてはいない。それに、姿の方も誰にも見えてはいないだろう。何せ、今の一太郎は透明人間と言ってもいいくらいに透けているのだから。声が聞こえないのも自分の存在があやふやになっている影響下だと思われる。


「となると、荒々しい手を使うしかねーよな」


 自分の姿が見えない上に声も聞こえないのでは、間接的なアプローチまた、手を使わずして体を取り返すことは不可能だ。そんな状態で自分の体を取り返せと言われたら、やるべきことは大分限られてくる。一太郎は頭の中にあった理性的な考えを振るい落として、実は結構前から思いついていたかなり野蛮な策をとることに決めた。それは…


「いっちょ、突撃するしかねーな!」


 相手の体に直接突撃するのである。これは自分の体が実体を伴っていないことから突撃しても通り抜けてしまうのでないか?仮に突撃が成功したとして、その際の衝撃とかで何かしらの後遺症などが残ってしまうのではないかという考えから忌避していたが、策がない以上致し方ない。一太郎は意を決して自分の身体めがけて猛突進する。だが…!


「な…んだ?」


 そこに行こうとすると急に目に見えない壁が働き、自分の身体に辿りつくことができないようになっていた。そんなはずはなかろうともう一度突進を試みるも、さっきと同じように目に見えない壁が働き一太郎は逆に跳ね返されてしまった。その後、何度やっても結果は変わらず、一太郎はその方法を断念せざるを得なくなった。


「こんなの一体どうすりゃいいんだよ…」

 

 人生諦めが肝心という言葉がある。この言葉の誘惑は、必死に努力してきた人間にとっては唾棄すべき言葉として忌避されるかもしれないが、方法が閉ざされ、もうどうしていいか分からなくなっている人間にとっては、これ以上はない格別の甘言となりうる。その言葉に飛びついてしまえば後は楽だ。勝手に絶望の淵から引っ張りあげてくれるし、嫌なことを全て忘れさせてくれる。


 いっそ、その言葉に飛びついてしまおうか。この見えない壁を破る方法がないのだからどうしようもない。諦めるという行為そのものに魅惑を感じ始めたそのとき、再び一太郎の脳内に声が聞こえてきた。その声はさっきのものとは違って別人であり、丁寧な口調で一太郎に訊ねてきた。


「沼地一太郎…あなたは沼地一太郎さんですね?」

 

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