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ラスボスだらけのこの世界で  作者: 安藤行灯
序章ーある少年の地球での下劣で滑稽で最悪な一日ー
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3話「半裸集会」

 一太郎が教室に戻って先ほどの甘い余韻に浸りながら体操服から制服に着替えている最中、そんな一太郎の背中を強かに叩く者があった。「ぶべら!」と思わず古典的なやられ台詞を吐いた後に後ろを振り返ると、そこにはこの高校でできた悪友の向島秀司の姿があった。


 背丈はさして一太郎と変わらず目はどす汚い灰色一色に染まっていて、いつも邪悪な笑みを浮かべている男だった。そいつは今日もいつも通り、嗅覚を破壊するのではないかと思われるくらいの口臭を口から撒き散らし、邪悪と醜悪で塗り固められたその表情を公の場に晒していた。


「何だよ、お前か…って臭!こっち来んな、気持ち悪い」

 

「おいおい会って第一声がそれかよ。しょうがないだろう、この口の臭さは毎朝健康のために納豆とにんにくをもりもり食べてきているのだから」


「じゃあ、食べてこなければいいだろ!」


「言っただろう?健康のために食べていると。お前に俺の朝食を否定する権利はないはずだぜ」


 確かに否定する権利はない。ないのだが、せめてこいつ自身も周囲の迷惑というものを考えて、少しは納豆やにんにくの量を控えめにするとか、週のこの日とこの日はそれらを禁ずるとか、朝食にしていたそれらを夕食に回すとかいろいろと方法があるのだから、そうするべきなのが当然と言ったところであろう。


 それなのに、こいつは月火水木金きっちり週五で毎朝納豆とにんにくをもりもり食べてきて、学校で煙草の副流煙のごとく、周囲に有害とも思えるくらいの臭い息を撒き散らし、しかもそれらを平然とした顔でやってのけるのだから性質が悪い。もはや、これはちょっとしたテロに等しい。迷惑の飽和状態である。

 

 よくよく見ると半開きの口から覗いている二本の前歯に謎の黄色い食べかすが引っ付いている。それはとても汚ならしくて、見ていて眼球の表面に垢をベッタリとつけられたような思いになった。


「それより聞いてくれよ」


 視覚的且つ嗅覚的不快さを兼ね備えた最凶の戦士、秀司はそう言うと口角をあげ、その謎の黄色い食べかすが引っ付いた前歯を更に露わにする。その食べかすは牛乳を温めたときの表面上に張られる膜のように、きれいに前歯を覆っていた。

 

 どうしたらこのようにきれいに前歯に食べかすが引っ付くのだろうか。ぜひ、その真相が知りたいというどうでもいい好奇心を抱いたところで一太郎は面倒臭そうに返事を返す。


「…なんだよ?」


「俺、ついに受かったんだよ!」


「何に?」


もったいぶった言い方で秀司は焦らしてくるが、どうせどうでもいい事だろうと興味なさげに返事を返した。


「ふふん、聞いて驚け!その名もアロマテラピー検定だ!」


「アロマテラピー検定?」


 聞いたことがあるその検定名。芸能人とかをWikiとかで検索したときに持っている資格の欄に何回か見かけたことはあったが、それがどのような検定かの詳細についてはよく知らない。まあ、名前がアロマテラピーというくらいなのだからアロマテラピーに関することなのは間違いないのだろうが。

 

 だが、それを今一太郎に話してどうしろというのか。こいつが何を考えているのか全くもって分からない。とりあえず、それが一太郎にとってはどうでもいい話であることには疑いようもない。


「あっそう。だから何?」


「え?それだけ!?アロマテラピー検定だぞ!しかも一級だぞ!」


「いや、その凄さが分からないし、正直俺にとってはめっさどうでもいいことだし。というか、そもそもお前がアロマテラピー検定を受けたことがすごいよ。お前、口からアロマの華やかな香りとは真逆の車の排気ガスみてえな息出してんだから」

 

 実際そうなのだから仕方がない。秀司の息の臭いは一度嗅いだら忘れることのできないものとして、一生鼻についてまわることだろう。


 だからなるべく秀司とは関わりたくないのだが、まるで待ち伏せでもしていたかのように突如として目の前に現れ、今まで幾度となくこいつと会わないようにするためにはどうしたらいいかという対策まで立ててきたものの、ことごとく失敗に終わり、学校がない休日の日でさえ、秀司と会わない日はないくらいだ。


 ここまで来るともうストーカーと大差ないが、やつは一太郎に会うとたわいもないどうでもいい話をして、すぐその場から立ち去る。その間の時間だいたい平均して五分から十分といったところであろうか。たったそれだけなのだ。


 それだけのために何故か一太郎の前に秀司は姿を現す。最初はこの行為に何か意味があるのでは思い、用心深く秀司の話を聞いていたこともあったが、途中で阿呆らしくなってやめてしまった。


 秀司の話はどれをとっても下劣なものばかりで、例えばクラスの中で一番可愛い子のリコーダーを舌でなめ回してその後尻の穴に突っ込んだとか、女性教師の前で卑猥な発言をひたすら耳元で囁き続けたとか、メンソールを染み込ませた綿棒を鼻の穴に突っ込んだら痛すぎて暫くの間、鼻を触ることもできなかったとか、そんな話ばかりである。それらの話に到底意味があるとは思えない。まあ、意味なんて本当にないのだろうが。

 

 また、何か暇さえあれば一太郎のもとに来てその臭い口臭をまき散らして帰ることから、一太郎のクラスメートの間で密かにダイオキシンと名付けられていた。


 その上、一太郎自身も当然ながらそんなダイオキシンを自分たちのクラスに呼び寄せる厄介者として、ダイオキシンの取り巻きという烙印を押されてしまい、クラスメートたちからひどく疎まれていた。

 

 ここで何故そんなやつと今でもつるんでいるのかと疑問に思う方もおられよう。それについては単純明快な答えがある。そう、高校に入って初めて一太郎に話しかけた人物がその向島秀司であり、彼以外一太郎にとって友達と呼べるような存在が一人もいないからだ。


 ちなみに言っておくが、芹川竈はあくまでも友達ではなく幼なじみであり、一太郎の中で友達と幼なじみはまた別のものと考えていることをここで留意して頂きたい。

 

 そんな状態であるため、一太郎は秀司という自分にとっては何のメリットもない、むしろデメリットばかりを提供してくるような男でも居てくれさえすればそれなりに学校生活は寂しいものとはならないし、秀司からの話はほとんど聞きあきてはいるものの、いい暇潰しにはなる。口だけはいつまでも臭いが。そんなわけで一太郎は自分の寂しさを紛らわすために仕方なく彼とつるんでいるのだ。そう、仕方なく。

 

 秀司は一太郎の言葉に眉間に皺を寄せ、一太郎を見るド汚い灰色の瞳に炎を宿す。あっこれめんどくさくなりそう。


「この野郎!分かったよ、教えてやるよアロマテラピー検定の凄さを!」


「いや、いいわ。めんどくさそーだし。それより俺は次の授業のために早く着替えなきゃならんのよ。とっととどっかいけ」


「な、なんだとー」


「ねぇ、もう入っていいー?」


 秀司の叫びと口臭が教室内に十分に行き渡ったところで、ドア越しに女子の一人が待ちきれない様子で言葉を放った。これは体育の着替えは女子と男子が分かれて着替えるために、他の教室で着替えていた女子たちが戻ってきたときに必然的に生じる、いわば早く教室戻りたいんだけど、男子早くしてくれない?という状態なわけなのである。


「ん?もうそんな時間か。残念だ。今からおまえにアロマテラピーについて三時間は語ろうと思ったのに」


「阿呆か!こちとら授業あるんだよ!お前も授業あるだろ?とっとと帰れ!」


「そうだな、ではさらばだ友よ!次の休み時間にまた会おう!」


「二度と帰ってくんなよー、そして消えろ」


 一太郎の台詞を言い終える前に秀司はゴキブリ並みの速さで教室を出て行った。どこまでも気持ちの悪い奴である。


「ねぇ、まだぁ?」


 女子の甘ったるい声が聞こえる。一太郎は秀司のせいでまだ着替えが終わっておらず、上半身は既に制服に着替え終えていたが、下半身が絶賛露出中であった。なぜ、ここで一太郎が下半身を露出しているのかについて答えると、一太郎は体育の授業前と授業後でいつもパンツを履きかえるのである。


 これはただ単に体育を終えた後のパンツは汗で湿っていて気持ちが悪いからというただそれだけの理由であるのだが、このときは丁度その授業前のパンツから授業後のパンツへと履き替える真っ只中であった。


 というわけで、そんな状態ゆえ、ここは少し迷惑かもしれないが女子に待ってもらうしかあるまい。一太郎はその声の主に向かって、もう少し待つよう懇願した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺がまだ着替えてないんだ」


「その声はぁ、もしかしてぇ、向島君?早くしてよね、皆待ってるんだからぁ」


「お、おう」


 その甘ったるい声に少し苛立ちを感じながらも、一太郎は急いでパンツを履こうと体操服やら制服やらでごっちゃごっちゃになっている机の上を漁る。だが…


「あれ?ちょっと待て。あれ?」


 おかしい。ここに置いてあったはずのパンツがどこにもないのだ。あの白と黒の縞縞模様のパンツが。他の場所にはないかと机の下や、ロッカーの中、教卓の中や掃除ロッカーの中など隈なく探してみたがどこにもない。これはどういうことであろうか。まさか…強奪?一太郎のパンツ欲しさに強奪した奴がいるとでもいうのだろうか。


 考えられるのは一太郎と秀司が会話をしていたあの隙。あの間であるならば犯行に及ぶことは可能なのだが、果たして本当にここに今いるクラスメートの誰かが盗んだのだろうか。相手は常日頃から一太郎のことを疎んじていた連中だ。いや、疎んじていたからこそ盗んだとも考えられなくはない。その場合、完全にいじめという形にはなるが。

 

 てか、待てよ。過去に二度ほどパンツが盗まれたことがあったのを一太郎は思い出した。そのときはいずれの場合においても秀司と会話をしていたときであった。そして、帰るときのあの逃げるような速さで帰ることにも意味があるのだとするならば…


「ねぇ、さすがにおそくなぁい?」


 再びあのどこか人を小馬鹿にしたような、甘ったるく、苛立たせるような声が聞こえてくる。


「すまん!もう少し待ってくれ!」


「えぇ、おそぉいぃぃぃ」


「早くしてよー」


「次の授業始まっちゃうよー」


「先生来ちゃうよー!」


「ヘイヘイヘイ!オッパイモマセロー!」


 一太郎が時間の延長を再び懇願すると、女子たちの堪忍袋の緒が切れたのだろう。一斉に一太郎に向かって罵声を浴びせる。最後の謎の台詞はおそらく交換留学生のチン・ポンポンくんだろう。最近、秀司が彼に卑猥な言葉を教えているという噂が立っていたが、まさか本当だったとは…とどうでもいい驚きながら、思ったことがある。


「てか、お前は女じゃねーだろ!何でそこで待ってんだ!」


「男の人のアレ、見たくない」


「バカヤロー!お前自身男のアレみたいな名前しているくせしてよくそのようなことが言えるな、おい!」


 一太郎がポンポンくんに言葉を返していると、教室の入り口側のドアが急にガラッと開かれる。


「なんだー?随分と騒がしいじゃないか…いったい何が起きている?」


 そう言って人が着替えているというのに当たり前のように入ってきたのはこのクラスの担任でもあり、教育指導担当の倉敷香里先生である。長い茶髪をポニーテールでまとめ、藍色の鋭い眼光が印象的なすでに三十路を超えた中堅教師である。


 倉敷先生はじっくりと辺りを見回す。一太郎は正直もう気づかれてしまったのではないかと思っていたが、幸いなことに一番後ろの窓際の席だったためか、対角線上にいた倉敷先生からは机と椅子が下半身にうまい具合に重なって、適度なカモフラージュが出来上がっていたのだ。だが、結果としてこれがまずいことになってしまう。


「おい向島。お前がまだ着替え終わってないと言われて来てみたんだが、なんだどうやら着替え終わっているみたいではないか」


「いや、ちょっと待ってください!まだ下半身が…」


「おい、皆!入っても大丈夫だぞー」


「ってちょっと!ウソでしょ!?」


「ん?何だ?」


 倉敷先生が振り返って一太郎を見たときには時すでに遅し。教室のドアが前後両方とも開かれ、女子たちがやっと中に入れたとでもいうように眉間に皺を寄せながら教室に流れ込んできたのだ。唐突な出来事だったために一太郎はすぐさま近くの物陰に隠れることも、服でアレを隠すこともできなかった。


 女子たちの眼前に一太郎のアレがその汚らわしき姿を露わにする。それを見るや否や女子たちの目が大きく見開かれ、絶叫、悲鳴、号泣、叫喚が辺りを一瞬にして包み込み、一種の女子たちの阿鼻叫喚によるオーケストラが出来上がっていた。


「イヤーイヤーエッチー♡」


 女子たちの悲鳴に乗じてポンポンくんも悲鳴をあげるが、なぜだか一太郎を誘うように尻を突出し、股間を抑えてウインクをした。その動作の視覚的気持ち悪さと言ったら筆舌に尽くしがたいが、妙に自信満々な表情を浮かべているのが一太郎の腹を立たせた。


 また、その隣で月の表面みたいな凸凹の肌を晒した不細工が腹を抱えてけたたましく爆笑している。声を察するにその不細工があの甘ったるい声の主なのであろう。声の正体がこいつだと知って何だかそれが余計に一太郎の腹彼女らの悲鳴を聞いて職員室にいた先生たち、隣のクラスの生徒たちが駆けつけ、ドア越しに野次馬のように群がっている。


 これにより、一太郎の股間はより多くの人の視線に晒されることになり、見た者は悲鳴を上げ、その悲鳴を聞きつけ今度は別の階の別の学年の生徒たちが駆けつけ、悲鳴が上がり、理科室で実験を行っていた生徒たちが、音楽室で歌を歌っていた生徒たちが、さらにはグラウンドで体育を行っている生徒たちがどんどん来て、一種の汚れた全校集会が一太郎の教室で行われていた。


 うん、大丈夫。大丈夫だ。ほら、人生山あり谷ありっていうし。それに、雨のち晴れともいうじゃないか。明日はきっと快晴だ。そうだ、そうに違いない。


 そう思うことで一太郎は何とかこの屈辱と恥辱に焼かれて丸焦げになった自分の中のちっぽけな自尊心を守ろうとした。だが、頭ではそう思ってもやはり体は正直であった。目からはとめどなく涙が溢れてくる。


 ああ、体は素直なんだな…


 そう思った一太郎であった。


 そろそろ異世界行きます!

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