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ラスボスだらけのこの世界で  作者: 安藤行灯
序章ーある少年の地球での下劣で滑稽で最悪な一日ー
3/12

2話「約束」

 一太郎の通う高校は、家から電車を使って三十分ほどのところにある清栄高校という名のところだ。校舎はまだ建造されてから五年しか経っておらず、外観内観ともにかなり近未来的且つ異質な造りとなっており、外観はところどころにタージ・マハルのような先端がこんもりとした屋根が突起し、初めてこの校舎を見る者は口を揃えてこれは本当に高校か?と疑わざるを得ないものとなっている。 

 内観は、まず登校口を入ると大きな吹き抜けとなっており、階段は壁沿いに伝い、螺旋状となって最上階の五階へと伸びている。教室は仕切りがガラスでできているため、廊下側から見ると丸見えで、プライバシーもへったくれもない。


 その理由として我が校の校長が言うには、こうすることによって生徒は教壇に立つ先生からの視線だけではなく、廊下側からの授業そのものを観察する何者か(ここではおそらくその何者かが先生や他のクラスの生徒にあたるのだろうが)の視線を感じることによって、生徒の意識に視線が働きかけ、授業に緊張感が生まれるのだそうだ。


 また、先生の死角でこそこそと授業とは他のことをやったり、スマートフォンをいじったり、友達とゲームしたりするのを防止したりする効果もあるのだそうだが、実際問題、授業中に他のクラスの生徒たちが廊下を歩く機会は、次の授業のために少し早めに終わった体育の生徒たちくらいなもので、後はたまに校内を徘徊する校長先生、教頭先生、名前は知らないがやたらと眼力だけはある中年の男性教師だけである。

 

 まあ、一太郎自身はもうそんな環境に慣れてしまったから、正直どうでもいいことではあるのだが。


 そんな校舎の西棟四階。プレートに二-四と書かれた教室の窓際の一番後ろの席。そこに一太郎の席がある。この席に座って窓を望むと、グラウンドの向こうに青い海が見える。


 昼休みには爽やかな海風が窓から入り込み、目を瞑ってカモメの鳴き声とセットでそれらを感じるのがとても心地よい。一太郎はいつもこの自然の恩恵を素肌で感じながら、のんびりとしたスクールライフを送っていた。

 

 だが、生憎今日に限っては朝からサラダしか食べてないことに対する不満もさることながら右足の筋肉痛による不自由さも重なって、そのような自然の恩恵にゆったりと浸かるほどの器量を持ち合わせていなかった。また、朝からサラダしか食べてこなかったために、午前中はずっと腹が鳴りっぱなしであった。


 おかげで二時間目の体育の授業中、跳び箱を飛んだ際に腹が鳴ってしまい、それを屁と勘違いしたクラスメートから「飛びながら屁をこくとはぶったまげた。その屁を使えば空でも飛べんじゃねーの?」と揶揄された。


 平生であるならばこの程度の揶揄は気にもしないのだが、今日に限っては一太郎にそれらを受け入れる器量がなかったため、怒気に満ちた表情を浮かべながら彼らを睥睨した。平生ならば笑って見過ごす一太郎の機嫌が悪いと知って、クラスメートはそれ以上一太郎に話しかけてくることはなかった。


 二時間目の体育の授業が終わり、西棟に向かう中央廊下を渡って一人で教室へ帰ろうとしたその道すがら、向こうから一太郎の長年の幼なじみである芹川竈が「やあ」と声をかけながら小走りで駆け寄ってくるのが見えた。赤茶色のショートカットの髪に薄茶色の輝きを放った瞳は元気で溌剌とした印象を彼女に与えていた。


「一週間ぶりくらいに会ったね、一太。元気にしてた?」


 そう言って竈は一太郎に顔を少し近づける。彼女の純真な眼差しは一太郎にとってはとても愛おしく感じられた。おそらく、それは毎日毎日母のぼろ雑巾のように汚れた瞳を見ているからであろう。その分余計にこの眼差しの純真さ、美しさを感じざるを得なかった。

 

 ここで少し突っ込んでおくが、竈は一太郎のことを一太と少し省略した形で呼ぶ。これは去年の春くらいからそう呼ぶようになったのだが、理由を竈に訪ねてみると自分だけしか呼ばないようなニックネームで一太郎のことを呼びたいからとのことだった。

 

 実際、一太と呼ぶような人物は他に例を見ないし、竈だけがそう呼ぶのだが、やはりそのニックネームで呼ばれることの違和感は今になっても払拭できないでいる。それになんだか気恥ずかしくもある。


 自分だけしか呼ばないようなニックネームで呼びたいという意図がなんなのか、もしやそれは遠回しの告白なのではないか。様々なことを頭の中で考えはしたが、結局それは本人のみぞ知ることであって、いくら一太郎が頭の中で想像を膨らましたところで何の意味もない。全ては徒労に過ぎないのだ。

 

 ならば、直接本人に聞けばよいではないかと思うかもしれないが、基本女に奥手の一太郎にとってそれを聞く勇気はない。一太郎にとってそれを聞くという行為は蛮勇に等しく、ラインでいきなり女の子に話しかけたり、会って間もない女の子に連絡先を聞いたりするような行為をする男どもを見るとどこか人としておかしいのではないかと思ってしまうほどである。


 まあ、ただ単にそう呼びたかったからという理由ももちろん、考えられることではあるが相手からどんな答えが返ってくるか恐いという理由も少なからずあるのだ。


 でも、幼なじみなんでしょ?それくらい別に気にしないでしょ?という別の角度から突っ込んでくる方もいるかもしれないが、残念ながら幼なじみという基盤は一太郎にとって男と女という垣根を越えるものではなく、あくまでも男は男、女は女と自らに課す必要のない戒めを与えてしまい、ライクの感情として見ることはできるが、ラブの感情として相手を見るとショートを起こしてしまう。


 全く不器用な男だと我ながら思うが、こればかりにはじっくりと時間をかけて慣らしていくしかあるまい。

 一太郎は気恥ずかしさを覆い隠すように、平生を装ってその返事に答える。


「元気もなにも何も変わってねーよ、いつも通りだ」


 そう言って一太郎は掌を広げ、何も変わってないことをアピールした。


「ほんとお?」


 竈の顔がさらに接近し、二人の距離が急速に縮まる。いや…近い近い近い!心臓がトランポリンのように跳ね上がり、一太郎はその場で冷凍された鰯のようにガチガチに固まってしまった。


「うん、そうだね!何も変わってない、今日もいつもの一太だ」


 竈は一太郎から顔を離し、にっと歯を露わにしながらはにかんだ。その笑顔からは雲一つない青空を連想させる透明さや純粋さが感じられ、彼女の肌のきめ細やかさが触れてはならない禁断のエロスをそこに思わせた。一太郎は心臓の跳ね上がりを身に感じつつ、竈から目を逸らす。すると、竈が再び顔を近づけてきた。


「どうしたの?顔、赤いよ?」


「いやいや近いから!おかしいと思わないのお前?仮にも男と女だぞ、俺ら!」


「んーだから?」


 一太郎の言っていることを意味が分からないとでも言うように竈は首をかしげる。彼女には貞操観念というものがないのだろうか。いくら幼なじみと言えど、高校生にもなれば異性として相手を意識してもおかしくはないはずなのに、この子供のような無邪気さと何よりもこの何色にも染まっていない純白な心が彼女にはあって、きっと危機感なんて微塵も感じてはないのだろう。


 だからこそ、一太郎はそんな彼女がとても崇高なる存在に見えてしまう。決して汚してはならない何か。それが彼女なのだ。


「ねえねえ、今度さ一緒にどっか出掛けない?」


「……は?」


 何を言ったのか分からなかったために聞き返した訳ではない。何を言ったのか分かったからこそ聞き返したのである。


「だからさ、今度一緒にどこでもいいから出掛けない?」


 驚いた。どれくらい驚いたかというとクララが車椅子の上でフエラムネを吹きながら逆立ちをしている様を初見で見るときくらいには驚いた。


 なにせ、一太郎たちは幼なじみと言えど中学生になって以来二人きりで遊ぶことなど皆無に等しかったからだ。それが今になって二人きりでどっか行こうと言うくらいなのだから、これは確実に誘っているとしか言いようがない。そうだ!これはチャンスだ!一太郎は少しぎこちない返事を返した。


「べ、別に構わんねえよ」


 そんなガチガチの一太郎の返事に竈はあははと笑い、「じゃ」と言ってもと来た方へ振り向きざまに、竈の純朴な瞳が一太郎の心を貫き、「約束だよ」と一言言って去ってしまった。


 時間にしてはおおよそ五分もかからないほどの出来事だっただろうか。一太郎にとってその短い時間がかなり濃密な時間に感じられ、またかなり有意義な時間にも感じられた。自分の半生を振り返ってみて、これほどまでに心揺さぶられる出来事はなかった。まさに青天の霹靂とも言うべき出来事に等しいのではあるまいか。血脈を駆け巡る液体が自分の中に流れているのを感じながら、脈を打つ心臓の音の速さにただただ驚いていた一太郎であった。


 すみません、まだ異世界行きません…

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