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ラスボスだらけのこの世界で  作者: 安藤行灯
序章ーある少年の地球での下劣で滑稽で最悪な一日ー
1/12

プロローグ

 夜の帳がおり、満月が雲の隙間から顔を出すとき、ぼんやりとした月明かりが漆黒の針葉樹林の間隙を教会のステンドグラスから一筋の線となって差し込む光のようにやんわりと照らしだす。辺り一帯は厳粛さを極め、物音ひとつ聞こえやしない。

 

 それもそのはず、この地はフォレノワールという入ったら最後出ては来れなくなるという聞いただけではいかにも胡散臭いが、実際に行ってみると考えが百八十度変わること間違いなしのいわくつきの場所なのであると同時に、この地には過去に生物が一体も観測されてないというくらいなのだから、そんな不気味かつ禍々しい場所に自ら入っていこうとする勇気ある者、いやここは皮肉を込めてそんな蛮勇を持つ者はほぼいないに等しいからである。

 

 「いやいや、そんな恐ろしい場所だからこそ入ってみたくなるでしょ」と言う方は、実際に現地に行って確かめてくるといい。そもそもこの地に行くまでが山あり谷ありのまるで人生のような険しき道のりの数々を超えていかなければならないのだから、そこで半数以上は脱落してしまうだろうし、たとえ現地にたどり着いたとしてもその森から伝わってくる禍々しい雰囲気や圧倒的な威圧感から入っていくことを断念をせざる得なくなるだろう。もし、本当にそのまま何の気もなしに入っていく者を見たら、そいつはおそらくその時点で人ではない。人を超越した超人か、または神そのものか、あるいはただの自殺志願者に他ならない。

 

 ここまで説明すればこの森の恐ろしさを何となくでも分かってはいただけたではないだろうか。それでは、話を始めたいのだが驚くべきことにたった今、決して人が入るべき場所ではないし、過去に生物が観測されたこともないというこの森の事実を呆気なく覆す事態が起きているのだ。


 なんと、木々の隙間から一つの黒い塊のようなものが一直線に北の方角へと駆け抜けていくのが見えるのだ。これはなんなのだろうか。人?いや、人にしては動きがあまりにも早すぎる。さらには、その少し右斜め後方からは甲冑の音を響かせながら大剣を片手に携えた者が、前方を行く黒い塊の後を追っている。こちらは中身はともかく、見目は百パーセント人間であろう。一体何が起きているのだというのだろうか。

 

 彼らの距離は四、五メートルといったところで、甲冑を身につけた者がその大剣を前に突き出してしまえば相手の背中に触れるか触れないかぐらいではあったが、その者は一向にそのような行為に及ぶことなく、ただ相手の背中を見逃すまいと目を閉じることも忘れて、空気で干上がりそうな目をくりくりさせながらひたすら追跡に集中している。

 

 前方にいる黒い塊は、月明かりによって木々の隙間からまるでサーチライトで照射されたようなスポットに姿を現した時に、その全貌が明らかとなった。黒いローブのようなもので頭からすっぽりと全身を覆っており、前のはだけた部分を風で飛ばされないように必死で抑えている少し小さめな左手が見えた。その左手は雪のように白く、この漆黒の森の中では異様に目立ったため、いやでも目をそこに引きずり込まれそうになる。

 

 そこで分かったことがある。前にいる黒い塊も完全に見目は人間であるということである。となるとこの場は、二人の人間が追跡劇を行っているという解釈で間違いはないはずだ。現にかたや必死に追いかけて、かたや必死に逃げているのだから。だが、どうしてこんな事態が起こっているのだろうか。今のところ真実は二人にしか分からない。もう少し様子を見てみよう。


 二人の距離は依然として縮まることはなかった。だからといって離れるようなこともなく、ずっと一定の間隔が保たれていた。このような状況において、後行よりも先行の方が心理的にきついはずなのだが、前方を行く者はまるでこの場を楽しんでいるかのような大きくステップを踏んだり、右に左にと無駄な動きを見せていた。

 

 その行為を見て、後行である甲冑を身につけた者が憤りを感じたのか。歯ぎしりをした後、片手に持っていた剣を両手に持ち替え、グリップに力を籠めはじめた。すると、鍔のところから青いオーラのようなものが発生し、それはやがて剣全体に行き渡り、青いオーラが青い炎へと移り変わる。その炎は氷のような冷たさで見る者を魅了し、触れればすぐにでも溶けてしまうくらい熱く、そのギャップに驚く者が多いことは疑いようもない。


 その状態のまま、甲冑を身につけた者は剣を上に振りかざす。そのモーションはださく言えば畑を耕すのに鍬を振りかざしているおじちゃん、おばちゃんと大差ないが、少しカッコよく言えば汗を振りまきながら竹刀を懸命に振る剣道の達人とも言える。青い炎が妖艶な動きでメラメラと燃えている最中、甲冑を身につけた者は剣を勢いよく前へと振り下ろす!!


 鋭い轟音と共に青い閃光が暗闇を一刀両断とでもいうように切り裂き、周囲の木々が一瞬にして焦土と化してしまった。辺りは煙が立ち込め、もはや相手は肉片の一つすら残ってはいないだろうと思われるくらいの衝撃が走った。なにせ、たった四、五メートルほどの距離しか離れていなかったのである。そうなるのが然るべきといったところであろうか。だが、甲冑を身につけた者は剣を振り下ろした後、立ち止まるようなことはせず、ただ同じ方角へと全力でその焦土と化した地の上を駆け抜ける。どういうことであろうか。まさか、あの衝撃の中、生き残ったとでもいうのだろうか。普通の人間なら絶対に生きてはいないあの状況で呼吸をしているということなのだろうか。


 そのまさかである。甲冑を身につけた者が剣一振りで煙を振り払うと、驚くべきことに四、五十メートル前方に動く黒い塊が確認されたのだ。あれは間違いない。あの黒いローブをまとった者だ。その証拠に左手は依然として、前のはだけた部分を必死に抑えているのが見える。甲冑を身につけた者は先程までとは比べ物にならないくらいの速さで追跡を再開した。だが、おかしなことにその距離はまたしても一向に縮まらない。それはまるで二人の間に空間の断絶が起きているようであった。


 月がふと、横から流されてきた雲に覆い隠され、ただでさえ月明かり以外明かりがないこの漆黒の森の中を、遮光性のカーテンで覆ってしまったかのように影という影をすべて消し去ってしまった。そんな中、彼らの行く数百メートル先にはダム穴のような真の暗闇が迫っていた。その暗闇は、地平線の果てまで広がる森を定規で横に線を入れたようにきれいに大地を横断しており、その暗闇の向こうは比較的なだらかな丘が続いている。


 再び、月が雲の切れ間から顔をのぞかせるとき、その暗闇が何であるかが明白となった。暗闇の両方の縁から切り立った岩肌がベールを脱ぐかのように少しずつ露わになっていき、その縁に挟まれた暗闇の部分は全く見えないままであった。それは、まさしく冥界にでも繋がっているのではないかというくらいに深い谷であった。

 

 やがて、その幽谷が彼らの眼前に露わになったとき、先を走っていた黒いローブをまとった者は崖を前にし、その場で立ち止まる。後を追っていた甲冑を身につけた者はその間に二人の距離を縮めていき、黒いローブをまとった者をあっという間に追い詰めてしまった。

 

 風が横から吹きつけ、ローブが風にはためき、旗が勢いよく風に打ち付けられるような音を立てる。甲冑を身につけた者は十メートルほどの間合いをとり、再びその大きな剣を両手に構え、戦闘態勢に入る。ダークブラウンの瞳には闘志が宿っており、驚くべき集中力で黒いローブをまとった者を睨み付けている。二人の間には異様な緊張感が流れ、周囲の木々のざわめきもそのときだけは音をたてないようと言わんばかりに静まり返っている。


 どのくらいの時間が流れただろうかと思わせくるくらい、この場は緊張感に充ち溢れている。時間の感覚はもう分からない。彼らの間に何があったのかは知らないが、このときだけは驚くほどに彼らの間に一体感があったようにも思う。ただ、その一体感が心地のよいものではないことだけは確かで、むしろ一体にならざるを得ないとでも言った方が的確だろう。とにかく、一体感は一体感でもその一体感の種類が明らかに違ったのだ。


 どちらが動くか、その動向を息を呑んで見ていると突然、黒いローブをまとった者が崖を背にして、甲冑を身につけた者と対面する形で向き直った。そして、ローブの影から相貌をのぞかせる。月光に照らし出された青白い顔に見覚えのある甲冑を身につけた者はその表情を強ばらせる。その後、黒いローブをまとった者は微笑みながら甲冑を身につけた者に向かって言った。


「私の勝ちだよ」


 次の瞬間、黒いローブをまとった者は深きその谷へと吸い込まれるように落ちていった。残された甲冑を身につけた者は、崖に近寄ってしばらくその谷を見つめていた。


「まさか…生きていたとはな…」


 独り言を呟いて、甲冑を身につけた者は漆黒の森の中へと踵を返して消えていった。


 ここで起こった出来事が何であるか。それは神である私でさえも未だ分からない…

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