穢美と嘘の色
すぐ読めると思うので、騙されたと思って読んでみてください。すると、読んでからやっぱり騙されたと思います。
嘘を言う。
僕は死のうとして、失敗した。
気持ち悪い。ただ心はいやあな紫だ。
目覚めたか。と傍らの少女の色したものが僕に尋ねる。
彼女の本当の輪郭は僕には掴めない。恐らく永久に。生きようとしていれば出会わなかっただろうし、死のうとした時点で僕にはみることができない。皮肉だ。とてもおかしい。本当はちっともおかしくないのに、心が橙になってきた。
何故意識があるのに答えないのか。喋れないのか。と彼女は聞く。そうだ、喋れないのだ。と目で訴える。
彼女がいるはずの世界に向けた瞳は、果たして届いたのか。と思ったが刹那、思い切り、腹をやられた。何をされたか分からないが、思わず声が漏れた。
喋れるじゃないの。目を使ってまで嘘をつくなんて、ひどいじゃないの。と彼女も目で嘘をつく。輪郭すらつかめない彼女の目が見えるのは嘘色に染まっているからだ。
僕の世界の色に染まったとき、彼女を認識できるらしかった。
彼女は、喋れるならば、聞こえているのならば良かった。調子はどう。欲しいものはないの。と続ける。
観念して僕は汚い口を開いて、橙がさっき終わって紺色だ。何も求めない。とだけ呟く。じゃあ、話を聞いて頂戴。貴方に聞いて欲しいの。和らかな声に不相応なくらいの艶めかしい唇が震えていた。君の気紛れに付き合おう。と告げる。
私は穢れているの。貴方でも存在に気付けるほどに。ここに幾つも存在があるのに、貴方が感じられるのは私だけ。私だけが穢れている。穢した側は穢れないのね。いいことが知れたわ。有り難う。
彼女は酷く哀しい顔をするので、思わず僕は言った。いや、君は美しい。だからこそ穢れしか映さない僕の心にまで差し込むのだと。
慰めの体を装った皮肉ね。穢れているから美しく見えるのでしょう。なかなかうまく言ったものね。まさしく貴方は私の穢れた心に浮かぶ皮と肉しかみていない。
ねぇ、私の穢れた体をもっと穢してくれない。そうすれば、もっともっと「それ」たどり着けるかもしれない。
そうして、彼女は躰を魅せた。それは、未完成の少女のものだった。咲きそうなつぼみの膨らみであり、鋭利な刃物のようでもあった。彼女の細部までよく見えてしまったので、僕は目を背けた。
嘘よ。まだ貴方には触れない。見せるだけ。でもよく見えたでしょ。幾度となく語られた昔話をしましょうと言って彼女は、その甘酸っぱい桃色が僕にも見えるに至った物語をとうとうと話した。
それが終わったとき、僕は彼女を押し倒していた。
彼女は嬉しそうな顔をした。この顔を壊さねばといけないときっと僕は分かっていたが、こうして今回も彼女の笑顔を残そうとしてしまう。ふっ。と今回という言葉に我に帰る。その我は最早僕ではなかった。僕だったものの集まりだった。何回目なのか。と彼女に尋ねた。とうに数という概念で表せないほどだと答えた彼女の顔は見えなかった。
やはり待たせた。やっとさよならだ。
彼女は「美しく」泣いていた。
解釈は読者様次第です。
私も解答を持たないのですから。
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