5話
更……新……です……(´・ω・`)
世界は残酷だ。
……そんな簡単なこと、もうわかっていた筈なのに。
「どうして……こんなことになっちゃったのかな……」
本当はこれもわかってる。
でも、ここはあえて言わせてほしい。
「どうしてこうなった?」
薄暗い洞窟の内部。その窪みを利用して作られたのであろう木網が見える檻の中、荒縄で両手首だけを縛られ転がされていた私は、時折自分の中で鳴り響く空腹のメロディーに目を伏せて、これまでの経緯を思い出していた。
――
火魔法 P0 創造魔法 P2
これらが今まで私が使っていた魔法の熟練度だ。
しかし、今まで私が使ってきた魔法は初戦を除けば火魔法のみ。それがどういうわけか火魔法の熟練度が上がらずに創造魔法だけがその熟練度を上げていたのだ。
というわけで、私はその原因を解明すべく瀕死のレッドマスタースライムを使って火魔法の実験をすることにした。今度はちゃんと、神様が言っていた手順で。
私は足元にて虫の息となっているレッドマスタースライムの前で目を瞑り、体内に意識を集中。神様の言っていた魔法を行使すべく『想像』を始めた。
「(まずは……そうね。神様が言ってた『魔力』、自分の中に有る『未知の力』。その感覚を掴み取る)」
私の体から白い靄のようなものが生まれ、それは両掌に集中していく。
「(次はこの足元のスライムを包み込めるぐらいの『火』を、イメージ)」
そのイメージを固めたところで未無は双眸を見開き、靄はついに『それ』を起こす。
「"火魔法"」
その言葉と共に私の両手に集まっていた靄は姿を変え、半径約二メートル四方の空気を薄くするほどの火柱となっていた。私はその炎を纏った両腕を一度後ろに引いて、
"火の棺"
たった今完成した魔法を瀕死のレッドマスタースライムに叩き付けた。
そして、その魔法は次の瞬間にはまさしく私が想像した通りの火の棺となってレッドマスタースライムの全身を包み込んでいた。
それを確認した私はすぐに『ステータス』でウィンドウを出し、画面上の『→(やじるし)』をタッチ。熟練度のページに合わせ、表示される数値に期待して目を向けた。その結果は……
綺堂未無
LV4
火魔法 P1
創造魔法 P2
「よっしゃ」
結果は期待通り、今度はしっかりと火魔法のPが上がっていた。
これで今度こそ火魔法を行使出来たのが証明された。
――と、
私がウィンドウを消した、その時。
未だ燃え続けていた炎の中から、何か細長いものが風を切るように飛び出してきたのが視界を掠めた。そして――
「……え?」
『ポタリ』、『ポタリ』と。
胸のあたりから、何かが脈打ち流れるような気配を感じる。これは、いったい?
私がゆっくりとその気配の方へ目を合わせると、そこには何故か赤い触手のようなものが伸びていた。
「(やば……)! ゴフ……ッ!!」
ヒュン、と私は急ぎその触手から逃れたい一心で創造魔法を慣行。血を吐きながらも消えるようにしてその場から一瞬で離脱したのだった。
――
「で、その後は洞窟の入り口っぽいところでぶっ倒れて……」
気づけば『Ω(こんな)』状態。もう、ホントにワケわかんない。
「そういえば傷も治しとかないと」
と、私はそのときになってようやくレッドマスタースライムに刺し貫かれた胸部を右掌で触って確認したのだが――。
「あれ……?」
何故か、そこには目立った外傷も血痕すら見られなかった。痛みも無い。ただ服に穴が開いているだけ。
「(どういうこと? 私はまだ能力を使ってない筈……)」
――まさか、無意識?
否。この世界に来る前の状態だったならまだしも、魔法という枠に納まった今の私の能力が発現時のような暴走を起こしたとは考えにくい。
「(でも実際に傷は無いし、それになーんか忘れてるような……ん?」
なんだろう? この匂、い。
ぐきゅるるるぅ~…。
「あー、そうだ思い出した。私――」
お腹空いてたんだった。
◆◆
フリミード王国。その王都から北西に15キロの距離にフリミードでも最高峰を誇る活火山がある。
およそ百年前に噴火したらしいそこは、今も未発見の希少金属が採れるという王国でも数少ない重要な火山だ。
そして噴火当初は定かでないが、現在は鬱蒼と木々が生い茂り、凶暴な魔獣も彷徨っていることなどで、別名『まよいの森』とも呼ばれている。
しかし、やはり大昔に噴火した影響なのか山の中腹を超えた辺りで森は終わり。森を抜けるとそこからはごつごつした岩と虫食いのような洞窟が点々と目立つ、岩床地帯に出る。
これらの火山洞窟は何故か内部が発光していることで有名で、昨今は賊の根城にされることもあり問題となっている。
そんな数ある洞窟の一つ。
その中で作られ、取り付けられた鉄製の格子にわたしたちは囚われていた。
目の前には格子越に下品な顔でエール酒片手に耳障りな笑い声を上げて話している灰色のバンダナをそれぞれ付けた、十人以上の男たちが見える。
そう。正にわたしたちはこの盗賊たちに攫われ、この状況へと至っている。
どうして自分がこんな所にいるのか、そんなことを何度考えたかわからない。
周りで一緒に縛られている少女たちも泣き疲れてしまったのか、もう声を上げることすら無くなって、只ぼぅっと宙を眺めているだけになってしまった。
なるほど、確かに不安で押しつぶされそうなこの状況下では現実逃避も一つの選択かもしれない。
考えて、一瞬わたしもそうしてしまおうかとも思ったが自分的にはどうにもその案は合わなそうですぐに棄却した。
ではどうするかと考えてわたしはふ、と男たちの会話に耳を傾けてみた。
「がっはっは! まったく、今日は想定以上に上手くいったな」
「ああ、まさか街の連中も自警団の中に盗賊団が紛れてるなんざ思いもしなかったろうからな。普段の奴らが信頼を得てる証だ」
「おかげでこっちは五人も牝を仕入れられたわけだ。自警団さまさまだよ」
がっはっは、とまた酒を煽っては笑い出す男たち。そしてどの組の会話も概ねは同じ内容だった。
唯一毛色違った話があったとすれば距離が遠く余りよくは聞き取れなかったが、ここ以外にも牢が存在していて他にも誰か捕まっているようなことを聞いた程度だろうか?
皆が皆笑っているものだから試しにと聞き耳を立ててみたが、正直参った。
これではもう本当に現実逃避ぐらいしかやれることが無くなってしまうではないか、とそんなことを想いつつわたしは膝を抱えた体勢で何気なく上を見て、
ピシ、と固まった。
「何……アレ」
格子の外に居る男たちを見るのに飽きて偶然にも視線を外した先、洞窟の天井は一面薄く赤みがかったスライムのような物体で覆われていた。
私がソレから目を離せないでいると、
ギロリョッ!!!
「ヒ……ッ!!」
血よりも少し薄い赤色をした巨大な天幕は全身を靡かせると、体内にゴロゴロという表現ができるほど大量の眼球を出し、今も酒盛りに興じている盗賊たちへ向けていた。
盗賊たちはまだ気づいていない。
天幕の視線は腹を空かせた獣のごとく、ギラギラと眼下の餌たちをねめまわすと赤い涎まで垂らし始める。
しかしどういうわけか、その赤い涎が自分たちのところまで落ちてきて上の化け物に気付いた餌たちだったが、少し驚いたという様子は見せるものの危機感を示す者は居らず、一番手前の男などは両手を広げて歩み寄ってすらいた。
それを見たわたしは一瞬 "あの化け物が男たちの物だったのでは?" と考えかけた。
そう考えた、次の瞬間
バチュ!
「……え」
わたしの予想に反し、赤い天幕の化け物は親しげに近づいていった男の首をその触腕で刈り取っていた。
首を刈り取られた男は、鉄の香りがするワインレッドの噴水を一度だけ大きく噴き上げると、力無く仰向けに倒れた。
そして今度は盗賊たちも呆然と天幕を見上げ、天幕内の目と自分たちの目が重なり合うとようやくアレの凶刃が自分たちへ向いてる事に気がついたのか一斉に顔を青くして弓などの武器を取り出そうとしたのだが相手が触手を伸ばしてくる方が断然に速かった。
弓を取ろうとした者はその腕ごと喰いちぎられ、逃げようとした者は背中から心臓を貫かれる。
盗賊たちの祝勝の場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へ成り果てていた。
しかし、わたしが鎖で繋がれて不自由ながらも頭を抱えて円くなっていると、いつの間にか盗賊たちの悲鳴は消えていた。
わたしは思わず頭を押さえていた手を離し、顔を上げるとそこには救われない現実だけがあった。
先ほどまでは気持ちよさそうに酒盛りを楽しんでいた盗賊たちが、今では一人の大柄な男を除いて血みどろを吐き出す肉塊へと姿を変えて地に沈んでいる。
そして、赤い天幕のようだった化け物もその巨体を地に降ろし、全容を晒していた。
外部にはヌラヌラとテカる赤みがかった薄いゲル状の体、その中に大量の眼球プカプカと浮いている。
特徴としては、知識にある。
この火山の魔獣では一番多く知られている魔獣、レッドスライムを唯一軍として率いることができると言われる上位の魔物(知恵が働き、戦略の立てられる魔獣は魔物と呼ぶ)、レッドマスタースライムだ。だが、それにしてもサイズがおかしい。
まず、一般的なレッドスライムのサイズとしてその全長は10センチ~50センチとかなり小ぶりだ。
それがさらに10センチ単位で大きくなると変異種、ビックレッドスライムになる。その大きさは60センチ~80センチほど。
そしてこれ以上に大きくなると魔獣のスライムとしては最上位種と言われているレッドキングスライムとなり、その体長は1メートルから2メートルにまで及ぶという。
ではそれら全てを率いることができるレッドマスタースライムはこれ以上に大きいのかというとそうでもない。むしろその大きさは変異種であるビックレッドスライムに届くかも怪しいもので、中には通常のスライムと同程度の大きさで見られたこともあったとかなかったとか。
であるから、魔物であるレッドマスタースライムと魔獣のレッドスライムを見分けるにはレッドマスタースライムが生物の眼球に存在する内臓魔力を生命エネルギーとして吸収していることから、体内に眼球を浮かべているかどうかで判断すれば良いとされている。
つまり何が言いたいかといえば、魔物であるレッドマスタースライムは通常そこまで大きくない筈なのだ。
だが、目の前にいるのは何だ?
わたしたちが居る洞窟の天井までが10メートルはある中、あの化け物は今にもその天井に届きそうではないか!
あんなものは今まで見たことも聞いたこともなかった。
そんな化け物と対峙する男は必死に自身の右手にある赤い宝石のような謎の球体を突き出して 「何故言うことを聞かないっ!?」「何故だこのポンコツめ!!」 などと、そんなことを叫んでいる。
あれが何か頼みの綱でもあったのだろうか?
「くっそー!!」
男は手に持つ宝石が何の効果も顕さないことを知り自棄になったのか、最終的にはそれを目の前の化け物に投げつけた。
投げだされた宝石は狙い違わず真っ直ぐに飛んで行き、『ちゃぽん』とあっけなく体内へ沈む。
そこで男の心は折れたようで、両膝と両手を地面について涙を流した。
だが、その直後で化け物――巨大レッドマスタースライムに変化が起きた。
「(あれは……火の魔法式? うそ、どうしてスライムがっ!)」
目の前では巨大レッドマスタースライムが己が身を中心に紅く煌めくドーム状の魔方陣を築き、その周りにスペルまで飛ばす火の魔法式を形成していた。あの規模であれば相当な火力のある魔法が発動されるだろう。それも、この洞窟全体を巻き込むレベルの。
しかし、本来であればこれはありえないことだ。
スライムは魔力そのものを生命エネルギーとしている性質上、その魔力を運用して発動する魔法は自身の生存本能によって使えないようになっているのだ。
それはどんなに内包する魔力が高くとも生命エネルギーとして活用している以上、身体が大きくなるだけで魔法になど使える筈がない。
そのようなことを考えている間にも事態は進む。
10メートル級のレッドマスタースライムは、展開した火の魔法式で凝縮した魔力を空気中のエナジーによって確かな形へと変えてゆく。
「(とうさま……かあさま……)」
目の前の煌びやかな光景に触発されるように、今までの人生が水泡のように浮かんでは消えて視界がぼやけてくる。
「やだ……っ」
魔法の熱がついにこちらの瞼にまで伝わってきて、意味など無いことを知りつつも思わずその涙を零してしまう。
"死にたくない"
「誰かっ――――」
"助けてッ!!"
カッ!!
激しい閃光が、全てを飲み込んだ。
就活のため次回またしばらく開きます。ニートが許されるのは二十歳までだそうです(*´ω`*)