2話
ドン。
私は後ろの声に振り返った。そこには白髪白鬚を蓄え、胸あたりまで届く長い杖を持ったいかにも「仙人じゃ」というようなお爺さんが立っていた。
「あなたは……?」
「儂か? 儂は……神じゃ」
「はぁ……」
頭わいちゃってるのかなこのじいちゃん。いや、それよりも……。
「あなたが私を呼んだ、ってどういうことよ」
「単刀直入に言おう。お嬢さん、そなたは死んでしまった」
何故だろう。普通、知らないおじいちゃんに自分が死んだと聞かされたところで信じられる筈ないのに。不思議と納得してしまっている自分が居た。
「なら……貴方は本当に神様?」
「その通りじゃ。実はの、そなたは本来の寿命より少し早く召されてもうてここに来たというわけじゃ」
「あ、そうよ。ここっていったい何なの? どこ見回しても真っ黒だし、そのわりに視界ははっきりしてるし」
例えるならそう、まるで夢の中に居るようなのだ。神様は私の質問を聞いて、ひとつ頷いてから答えた。
「ここは神界。死者の魂が行く冥界より少し上の層にある空間でな、魂への特別措置を施す場所じゃ」
「特別措置?」
「そなたが寿命より早く死んでしまったことは話したじゃろ」
「うん」
「そういった本来死ぬべきではなかったにも関わらず死んでしまった者の魂を、そのままの状態で異世界へ移す。というようなことをしておるんじゃ」
「なるほど。つまり、前世の記憶を保持したままの転生ってこと」
「飲み込みが速いの。それで合っとるよ」
「でも、異世界って言ったわよね。元の世界には転生出来ないの?」
「それは出来ん。一度死んだ人間の魂は記憶と人格といった記録を消し、まっさらな状態にせんと同じ世界へ転生させることは出来ないようになっておる。すまんな」
「そう……仕方ないわね。じゃあ、私はどんな世界に転生するの?」
「『神世界ギルガイア』、所謂ファンタジー系の世界じゃな。まぁ、向こうにも宗教の違いはあるからの。地域によって名称は異なるぞい」
「神世界……なんかすっごく危険な響きだけど、大丈夫なの?」
「そうじゃな。確かに魔獣や魔人といった存在も蔓延っておるし、科学と言う概念も無くいろいろ未発達なところも多い世界じゃが、魔法がある。それに、いくら神という立場の儂でもそんな所へただ送り出すほど無情ではないつもりじゃ」
そう言って、神様は懐から五枚のカードを取り出し扇状に広げてみせた。
「それは?」
「これは特典カードと言っての。ここで対応する転生者にはこのカードにある能力を三つ、ランダムに授けることになっておるんじゃ」
「つまり、私がその中から引いた三枚のカードにあった能力を貰えるってことね」
「そういうことじゃ。さ、引いてみなさい」
「ふむ……」
突然だが、ここで思い出してほしいことがある。諸君は憶えているかな? 私が家族を喪失した直後に発現した不可思議な力を。
私が認識する全てを粉々に粉砕出来る超圧力から始まり、手で触れず物を動かす念動力や相手の心を読むサイコメトリーetc。
凡そ超能力と呼ばれる類のものはあらかた使えるこの能力には当然、超能力で有名な透視も含まれている。
つまり何が言いたいかというと、――――――――私はカードの内容を見て選べるということだ。
「どうした? 早く引かんかい」
若干ズルイような気がしないでもないが、こちらは自分の来世が掛かっているのだ。多少のイカサマは仕方がない。むしろ手段があるなら使うべきだ。
「ふぅ……」
私は意識を集中し、その五枚の特典カードに目を向けた。
――透視!!
そうして力を発動させた次の瞬間、私の目にはカードの内容がはっきり見えていた。
・適正魔法全属性
火、水、土、風、光、闇、無の全七属性の魔法を扱えるようになる特典
・超魔力
潜在魔力を人間の限界値まで引き上げる特典
・並列思考
複数の情報を同時に認識、処理が出来るようになる特典
・憑依体性
自らの肉体に神霊や精霊といったものの魂を憑依させられるようになる特典
・蘇る不死鳥
不滅の魂、または不老不死の肉体を得る特典
私は特典を選ぶ前に幾つか神様にそれらについての質問をすることにした。
「ねえ」
「何じゃ?」
「さっき魔法って言ってたわよね。それって一体どういうものなの? やっぱりよくあるファンタジー小説にあるようなものと一緒?」
この質問は実際に使われている魔法の技術という物がどういうものなのかを把握する意図があり、神様の返答によっては特典カードの中にある『適正魔法』という単語とその全ての適正を得るという特典がどれほどのアドバンテージになるか、この特典を選ぶかどうかの目安になるのだ。
神様が答える。
「そうだの……これはちゃんと説明しておくべきか。ギルガイアの魔法もそなたの言うファンタジー小説のような物とそう変わらん。じゃが、その例えでは色々な仕組みがあるからの。そなたはどんなものを想像しておる?」
「えっと、思いつくのだとそうね……火属性や水属性、土属性に風属性、光、闇、無……みたいな? 七個くらい属性があって、魔力だけじゃなくその属性への適正も必要になってくるようなものかな」
特典カードの文を参考にしてるのは気にしたら負けだ。
神様は私の言葉に大きく頷いた。
「まさにそうじゃ。では何故それぞれの属性に適正が必要なのかは解るかの?」
「わかんないわ」
一瞬サイコメトリーで読んでしまうことも考えたが、答え過ぎれば私の力がバレかねない。ここは素直に聴こう。
「そうか。では説明しよう」
神様の説明は以下の通りだった。
1、ギルガイアの大気にはエナジーというものが含まれている。
2、魔法はこのエナジーと体に宿る魔力を合わせることで発動する。
3、エナジーは、魔法を発動する際に込める魔力の属性また術者のイメージによって現れる効果が変わる特性がある。
4、体に宿る魔力は鍛錬次第で大きくも小さくもなるが、魔力に込められる属性の適正は生まれた瞬間に決まってしまうため後天的に得ることは出来ない。
5、適正の無い属性魔法は魔道具などによる発動を除き、使用は不可。
なるほど、これなら全ての属性に適正を得る特典は強力だ。
「ありがとう。参考になったわ」
「うむ」
ぜひ欲しいが、とりあえず他の特典も見てみよう。
『超魔力』
「(いらないわね)」
私は一見使えそうに見えるこの特典をあっさり切り捨てた。
それは無尽蔵の魔力などならともかく、さっきの神様の説明も考えると人間が到達可能な最高の魔力を得るというだけのこの特典は明らかなハズレに思えたからだ。
――貰える特典は三つ
――魔力は修行次第で大きくなる
――適正を後天的に得ることは出来ない
……これらのことを考えるとそれほど旨みが無いのが分かるだろう。
ということでスルー。
「(次は……『並列思考』、ね)」
複数の情報を同時処理が出来るようになる特典。つまり、『複数の物事を同時に考える能力』ということだろうか? だとするなら、これは紛れもない大当たりの能力だ。
ギルガイアの魔法が本当にイメージ――術者の想像力によってその効果を変える特性を持っているのなら、この能力があることで複数の属性を同時に操るなどということも可能になるのだから。
「(これは要チェック、っと)」
「ハックション!! っとと」
なんか神様から変な声がしたが、今はこっちに集中しよう。
次――『憑依耐性』
「(神霊や精霊を憑依させられるように……って、呼び出すならともかく憑依ってなんか怖いわね)」
これは絶対やめておこう。
そして、最後。
『蘇る不死鳥』
不滅の魂、または不老不死の肉体を得る能力。
「(……よし)」
選び取る特典は『適正魔法全属性』に『並列思考』、そして『蘇る不死鳥』。
これで決まりだ。
私は透視で見た神様が持つカードから、目当てのカードがあった位置より三枚を引いた。
その直後、私の脳内になにやらコンピューターゲームのシステム音を思わせる「Pi」というコマンド音と無機質な声が流れてきた。
――綺堂未無は『適正魔法全属性』を取得しました
――綺堂未無は『並列思考』を取得しました
「(あ、なるほど。スキルを覚えたときはこんな風になるのね)」
と、まるで本当にコンピューターRPGのような思わぬ親切設定に私は高揚し、次に聞こえてきた音声の意味を一瞬理解することができなかった。
――綺堂未無は『憑依耐性』を取得しました
「……え?」
「決まったようじゃな。ではの」
「ちょ、待――!!」
音声の意味を理解し、制止の声を上げようとした時には既に遅かった。
「良き人生を」
神様の声が聞こえたのと同時、私は異世界へ旅立っていた。
神様side
「良き人生を」
そう言って未無をギルガイアに送った後、神は自身以外誰も居ない筈の空間に声をかけた。
「これで良かったかの」
そして、その声に応えるようにちょうど神の真後ろといった位置の空間が開き一人の男が現れた。
「久しぶりじゃのう。元気にしとったか」
そこまで話してからようやく振り向き、神はその男と対面した。
「魔琴よ」
次は三月更新予定です。お楽しみに(^^)/