シヴァの受難 1
シェリーさんと協力し、家事を手早く終わらせると、私は階段を駆けおり、階下へ向かった。
「シヴァ君! シヴァく~ん! どこ~?」
声を上げながら家の中を歩き回り、シヴァ君を探す。
すると倉庫のほうから、シヴァ君がひょっこり姿を現した。
「俺ならここだよ。どうかしたのか、クレハ?」
「シヴァ君! 家事終わったから、出かけようよ!」
シヴァ君の姿を視界に捉えた私は、そう言いながら側へと駆け寄って行く。
シヴァ君も私のほうへと歩み寄りながら、僅かに首を傾げ、口を開いた。
「出かける? いいけど、どこに?」
「勿論、街だよ! 昨日結局聞き逃した吟遊詩人さんの歌、聞きに行こうよ!」
「!?」
胸を弾ませながら満面の笑みを浮かべて私がそう言うと、シヴァ君は何故か表情を強張らせ、ピシリと固まった。
その様子に、私は首を傾げる。
「シヴァ君……? どうかした? あ、もしかして、今日何かやりたいことあった? もしそうなら、フレンさんを誘うか、私一人で行ってくるけど」
「あ……い、いや、大丈夫だ。……一緒に行く」
「そう……? 良かった。ありがとう、シヴァ君。じゃあ、行こ?」
「ああ」
どこか浮かない表情をしたままのシヴァ君に疑問を覚えつつも、私は問題ないのだろうと判断して、街へと出発する事にした。
あの吟遊詩人さん、いつ街から旅立ってしまうかわからないから、早く行かないと永遠に会えなくなっちゃうからね!
もう数年ここに住んでるけど、吟遊詩人さんが街に来たのは初めてで物珍しいし、あの綺麗な歌声は、是非ともゆっくりじっくり聞きたいし!
ああ、楽しみだなぁ。
★ ☆ ★ ☆ ★
街に着いた私達は、そのまま広場へと直行した。
広場には昨日と同じ場所に人だかりができていたから、そこに吟遊詩人さんがいる事がすぐにわかった。
近づくにつれ、爽やかな歌声がはっきりと聞こえてくるようになる。
ああ、やっぱり素敵な声だなぁ。
「ねぇシヴァ君。歌ってる歌、昨日聞こえたのとは違う歌みたいだよね? やっぱり日によって違う歌を歌ってるのかなぁ?」
「……さぁ。昨日より早い時間だし、毎日同じ歌を、時間ごとに変えて歌ってるのかもしれないぞ?」
「あ、そっか。……う~ん、どうなんだろう……あとでその点について本人に聞く事ってできるかな? もし日によって違う歌を歌ってるなら、毎日通わなきゃだしねぇ」
「な、ま、毎日!?」
「うん。だってどうせなら、全部の歌を聞きたいじゃない? あっ、シヴァ君は、無理に付き合ってくれなくてもいいからね? シヴァ君はシヴァ君のやりたい事を優先して大丈夫だから!」
「……い、いや。……付き合うよ。……俺も、どうせなら、全部聞きたいし……」
「え、そう? ありがとう。じゃあもし毎日違う歌を歌ってるなら、一緒に聞きに来ようね!」
「……ああ……」
良かった、シヴァ君と一緒に来れる!
ちょっと浮かない顔をしてるのは、歌を歌ってるのが男性だからなのかもしれない。
歌は聞きたいけど、男性の元に毎日通うというのは、同じ男性のシヴァ君からしたら複雑なのかもしれないな。
ああ、それにしても、本当に素敵な歌声。
さすが、吟遊詩人を職業にしてる人だよね。
人だかりができてる場所まで辿り着くと、その一番後ろに立ち、私はシヴァ君とのお喋りを止めて、暫くその歌声に聞き入った。
そうしていると、やがて歌声が途切れて、吟遊詩人さんが一礼する。
「お聞き戴き、ありがとうございました。ひとまず、これで終了とさせて戴きます。お昼を挟み、午後からまたこの場所で歌いますので、お時間がございましたら、またお聞き戴ければ嬉しく思います」
吟遊詩人さんがそう言って顔を上げ、にこりと微笑むと、拍手と黄色い歓声が一斉に降り注ぎ、歌を聞いていた人達が次々と、吟遊詩人さんの前に置いてある袋にお代を入れていく。
「あっ、お代! 私達も払わなきゃ! えっと、どのくらい入れればいいのかな? シヴァ君知ってる?」
「……さあ。けど、100マニーでいいんじゃないか」
「え、そんなに安くていいの? 100マニーっと……」
「はあ!? 100マニー!?」
「え?」
シヴァ君の助言に従って、財布から100マニーを取り出し、袋に入れる。
すると、前方から女性の険しい声が聞こえて、視線を向ける。
そこには、いつの間にか、吟遊詩人さんを囲むように女性達が群がっていた。
今の声は、その中の一人が発したものらしい。
「信じられない、ユージン様の歌声のお代が、たったの100マニーだなんて! 貴女、どういうつもり!? ユージン様を馬鹿にしているの!?」
「え? えっと」
「失礼。吟遊詩人を見るのは初めてで、相場がわからなかったもので。決して、こちらにそんな意図はありません」
「お待ち下さい。どうか、穏便に。それに、そのような物言いは可憐な貴女には似合いませんよ?」
女性が凄まじい剣幕で捲し立ててきて、その迫力に私が思わずたじろぐと、スッと、シヴァ君が私を庇うように前に出てくれた。
それと同時に、吟遊詩人さんが女性を宥めてくれていた。
「あ、あら……。……そうなの。わからなかったのなら、仕方ないわね」
吟遊詩人さんの言葉に気を良くしたのか、はたまた格好いいシヴァ君を見て態度を変えたのか、女性はそう言ってコホンとひとつ咳払いをした。
そのあと、吟遊詩人さん本人から相場を教えられた私達は、適正価格を支払うと、ひとまずその場を後にした。
歌についての質問をしたかったけど、群がる女性達を後目に平然と話しかける勇気は、出なかった。