昇格? 2
「やりましたわ、華原さん! ルークがやっと準天使に昇格しましたわ~!!」
「わ、わわっ! エンジュさん、ちょ、ちょっと、落ち着いて……!」
耳を塞ぎ、ラクロさんの声を遮断していると、また光の扉が現れ、それが勢いよく開くと、そこからエンジュさんが飛び出して来た。
エンジュさんは私に抱きつき、満面の笑顔を浮かべながら喜びに満ちた声を上げてピョンピョンと跳び跳ねる。
そんなエンジュさんを見て、ラクロさんはひとつ重い溜め息を吐いた。
「……私は反対なのだがな。エンジュ」
「お黙り下さいラクロ様。いかにラクロ様とて、今回ばかりは反対しても無駄ですわ。これは神様の決定ですもの!」
「えっ! あ、あの、エンジュさん……!?」
変わらず嫌そうな声で呟くラクロさんに、エンジュさんは笑顔のまま強気の発言を返した。
エンジュさんがラクロさんに、こんな態度を取ることを初めて見る私は、戸惑いの声を上げただただエンジュさんを凝視する。
「……まぁ、そうなんだが。……エンジュ、お前は本当にこれでいいのか? ……最初に言っておくが、何か起ころうと、私は関知しないぞ?」
「勿論、いいに決まっていますわ! 大丈夫です、私がしっかり面倒を見ますもの!」
「? ……エンジュさんが、面倒を……?」
「ああ、すみません、華原さん。そういえば、詳しい内容を言っていませんでしたね」
目の前で交わされるやり取りにイマイチ意味がわからず首を傾げると、気づいたラクロさんが私に視線を戻した。
「ルークは、準天使に昇格し、エンジュの補佐につく事になったのです。私の雑用をする見習いから、エンジュの仕事を手伝う補佐に変わるのですよ」
「エンジュさんの……?」
……あれ?
でもエンジュさんは確か、ラクロさんの補佐をしてるんじゃなかったっけ?
そう聞いてからだいぶ経つけど、それが変更になったって話は聞いてないから、たぶん今もそうだよね?
という事は、えっと、つまり……。
「……ラクロさんの補佐をするエンジュさんの補佐をするんですか……? あの馬鹿天使」
「ええ。……私の仕事をエンジュが補佐し、そのエンジュの仕事をルークが補佐します。……つまり、実質的には私の雑用をするのと何ら変わりないのです。ただ、あいつの失敗の尻拭いをするのが、私からエンジュに変わるだけで」
「まぁ、ラクロ様ったら! まるでルークが失敗するのが当然みたいな言い方しないで下さいませ! 大丈夫ですわ、以前に比べたらルークは成長してますもの!」
「……。……まぁ、お前がそれでいいなら、私は構わんが。重ねて言うが、何があっても、私は関知しないからな」
「ええ、構いませんわ!」
「…………」
う~ん……エンジュさんはああ言ってるけど、私はラクロさんが言ってる事のほうが事実に近いと思うなぁ。
念を押すラクロさんに、強気に言い返すエンジュさんの言葉の応酬を聞きながら、私はなんとも言えない気持ちで二人を眺めた。
……けど、やることを特に変えないなら、別にあの馬鹿天使を昇格なんてさせなくてもいいんじゃないのかな?
教育係であるラクロさんの反対を押しきってまで昇格させる意味があるんだろうか?
「あの、ラクロさん? 馬鹿天使を昇格させる理由とか、何かあるんですか?」
「……理由、ですか。……今度、天使の卵という、人間で言えば十代の子供に等しい存在が新たに見習い天使となるのですが、その中で将来有望な者が一人いて、その者の教育係を、神様はどうしても私に任せたいらしく……それに集中させる為にルークの世話を他に移そう、とお考えになられたようなのです」
「え……そ、それって」
馬鹿天使の成長を認めての昇格じゃなく、ただラクロさんの手を空ける為に馬鹿天使を異動させるって事……なんだ。
「……それ、馬鹿天使は知ってるんですか?」
「…………いえ」
「どんな理由にしろ、昇格は昇格ですわ! ルークはその事実だけを知っていればいいのです!!」
「え~……」
「お待たせしました~~! 料理はこれで全部です、さぁお祝いパーティーを始めましょう!」
視線を逸らし、少しの間を開けて答えたラクロさんに、ちょっと笑顔をひきつらせながらもキッパリと言い切ったエンジュさん。
そして、ますます微妙な気分になる私。
そんな三人の元に、喜色満面の馬鹿天使が戻って来た。
「はいエンジュ、先輩、華原さん! グラスを持って下さい! 乾杯しましょう!」
私達の間に流れる微妙な空気に気づかず、馬鹿天使は持ってきた料理をテーブルに並べるとグラスに綺麗なピンク色のドリンクを注ぎ、私達に手にするよう促す。
「さぁいきますよ! 僕の昇格に! 乾杯~~!!」
「ええ! ルークの昇格に、乾杯!!」
「……乾杯」
「か、乾杯……」
私達がそれぞれグラスを手にすると、馬鹿天使は自分のグラスを高々と掲げて嬉々として音頭を取った。
それに同じく嬉々としたエンジュさんが続き、一拍遅れて、嫌そうなラクロさんと微妙な気分の私が声を上げた。
……馬鹿天使、本当にこれでいいのかなぁ。