昇格? 1
フレンさんの話が終わると、リビングはまるで宴会のように賑やかになった。
男性陣はフレンさんを囲んでお酒を酌み交わし(但しシヴァ君はノンアルコール)、女性陣はフレアちゃんを囲んで可愛がり尽くした。
リシェロ君も興味津々でフレアちゃんを眺めていた。
やがて時間が経つと、すっかり酔っぱらったセイルさんが、フレンさんを始めフェザ様やソールさんに絡み出したみたいだったけど、フレンさんの手によって返り討ちに合い、何度か床とお友達になっていた。
そして、夜も更けて。
成人していない私とシヴァ君は、船を漕ぎ出したリシェロ君とフレアちゃんをベッドに寝かしつけ、自分達も自室へと戻って行った。
★ ☆ ★ ☆ ★
部屋の扉を開け、一歩中に入り、扉を閉める。
パジャマに着替える為にタンスに向かい、ミニテーブルを通り過ぎようとして……足を止めた。
「え。……あれ? 何、これ?」
ミニテーブルの上には、部屋を出た時にはなかった大きなホールケーキがドン、と置かれ、その存在を主張していた。
……これは、まさか。
「あっ、こんばんは華原さん!」
「……」
ふいに背後から聞こえた声に、僅かに眉を寄せ、溜め息をひとつ吐く。
突如現れたその男性は、そんな私の様子に全く気づかずに、私を追い越し、手に持った料理をミニテーブルに置いていく。
「料理、まだ全部運び終えてないんですよ。だからもう少し待って下さいね」
「……いや、あのさ。何してるの? あんた?」
「はい、お祝いのパーティーをしようと思いまして! 先輩とエンジュも呼んでありますから、もうすぐ来ますよ!」
「ラクロさんと、エンジュさんも? お祝いって……フレンさんの帰宅と、フレアちゃんのお祝い?」
「あっ、いえ、そうじゃないんです。実は…………へへへっ、僕、この度」
「違う……? ……まぁ、その事は取りあえずいいわ。問題は……ねぇ、馬鹿天使」
「めでたく……って、え? 何ですか華原さん?」
「歯、食い縛りなさい」
「えっ!?」
私はゆっくりと馬鹿天使に近づくと拳を握り締め、目を見開いて静止した馬鹿天使の頬にめり込ませた。
「痛ぁっ!? な、何するんですか華原さん!?」
「自分の胸に聞きなさい……って言っても、わかんないんでしょうね、あんたには」
私は再び溜め息を吐くと、手を伸ばし、馬鹿天使の両耳を引っ張った。
「いい? よく聞きなさい。私はね、もう十五歳なの。レディの仲間入りをしつつあるのよ。その私の部屋に、しかも留守中に、無断で入り込んで、パーティーをしようと思って? ラクロさん達も呼んである? 私の部屋を使うのに、事前に私に一言もなしに、勝手にそんな事していいと思ってるわけ?」
「あっ……い、いえ、それは……。……す、すみません。で、でもっ、だからって殴るのは酷いです!」
「今後あんたが何かしでかしたらそうするようにって暫く前にラクロさんに言われたの。……殴られたくないなら、これから、私の所に来る時は礼儀をわきまえなさいよね。……全く、ラクロさんもエンジュさんも、少し前から私を訪ねる時は光の扉を出現させて、ノックをして声をかけた後現れてるっていうのに、あんたはもう……」
「えっ、せ、先輩達いちいちそんな事してるんですか……?」
「女性へと成長しつつある人の元を訪ねるなら、それが当たり前だ、ルーク」
「えっ!」
馬鹿天使にお説教をしていると、ふいにラクロさんの声が響いた。
馬鹿天使と共に声のしたほうを見れば、そこには淡く金色の光を放つ扉が出現していた。
「華原さん、お邪魔致します」
そう言ってから扉を開き、ラクロさんが姿を現す。
「申し訳ありません。ルークが失礼を致しました。……まさか、華原さんの許可を得ていなかったとは……さすがにその程度の礼儀くらいは身に付いたろうと思っていましたが……確認すべきでした」
ラクロさんは頭を押さえ、深く溜め息を吐く。
「……やはり、神様にはもう一度考え直されるよう進言したほうがいいかもしれんな」
「えっ、そ、そんな! だ、大丈夫です先輩! 僕今まで以上に頑張りますからっ!! のっ、残りの料理、取って来ます!!」
重々しく告げられたラクロさんの言葉に馬鹿天使は慌てて声を上げると、その場から姿を消した。
「……ち、逃げたか……」
「あ、あの、ラクロさん? 今の、何の話ですか? 馬鹿天使の言う、お祝いって、何の?」
「……ああ……。……実はこの度、ルークが見習い天使を卒業し、準天使になる事が、決定致しまして……」
馬鹿天使が消えた場所を見つめ小さく呟いたラクロさんの袖を引き尋ねると、ラクロさんは心底嫌そうに顔を歪めてそう言った。
「へ……?」
……馬鹿天使が、見習いを卒業して、準天使になる事が、決定した……?
ラクロさんが告げた言葉をゆっくりと反芻するが、意味がよくわからない。
……いや、わかりたくない。
「えっと、あの……それは、おめでたいですね。……その、馬鹿天使と同じ名前の天使さん、今度紹介して下さいますか、ラクロさん?」
「……華原さん。現実逃避をしてはなりません。昇格するのは、貴女のいう馬鹿天使のルークで」
「嫌っ、聞きたくないです! そんな恐ろしい話……!!」
嫌そうな表情を変えないまま、改めて衝撃の事実を口にするラクロさんの言葉を遮り、私は思いっきり耳を塞いだのだった。