フレンの真相
夜。
私の家には、また皆が集まった。
『別々に説明して回るのは手間だから、皆を揃えて、その場で話すよ』というフレンさんの為に、遠く離れたギンファちゃんとライル君も、親愛の水晶を通じてフレンさんの話を聞くように連絡済みだ。
親愛の水晶には、ちゃんと二人の姿が映っている。
その二人も含め、ここにいる全員の視線は、フレンさんの腕に抱かれている小さな幼児に向けられていた。
「そ、それじゃあフレンさん、説明を始めて貰えますか? ……その子は、フレンさんの……?」
「うん、僕の娘だよ。可愛いでしょう? フレアっていうんだ。僕が名付けたんだよ」
私が恐る恐る尋ねると、フレンさんはにっこり笑って、さらりとそう言った。
すると次の瞬間、セイルさんが盛大に椅子を倒しながら立ち上がる。
「うわぁぁやっぱり! フレンにまで先に結婚されたぁぁ! しかも子供まで! お前は大丈夫だと信じていたのに……う、裏切り者ぉぉ~~!!」
「うるさいな……少し落ち着きなよ、セイル」
「ぐはっ!!」
セイルさんが頭を抱えながら絶叫すると、フレンさんはうっとうしそうに眉を寄せ、座ったまま足を振り上げ、物理的に静かにさせた。
……相変わらず、セイルさんには容赦がない。
「別に、僕は結婚なんてしていないよ」
「えっ? い、今なんて?」
「け、結婚していないって……どういう事ですかフレンさん?」
続いたフレンさんの発言に、アージュとギンファちゃんが反応した。
「フ、フレン、さてはお前……! 行きずりの女性と一夜の火遊びをしたのか!? それが原因で子ができて、責任を取るのが面倒で子供だけ連れて逃げて来たんだな!? 最低だ、ぐふぅっ!!」
「そんなわけないだろ」
痛みがおさまったのか、再び立ち上がったセイルさんは驚愕の表情を浮かべながら自分の想像を口にした。
その言葉にフレンさんは少しだけ目を細めると、また物理的にセイルさんを黙らせた。
「セイルが想像したような事は、一切ないから。第一、もしあったとしてもそんなヘマしないよ」
「そ、そうよね……フレンだものね」
「はい。で、でも、そうすると一体……?」
アイリーン様とイリスさんは、フレンさんの言葉に納得しながらも首を傾げている。
「だとすると! フレン! お前、穢れを知らない深窓の令嬢に手を出して、ご両親の怒りを買って、子供共々追い出され、かはあっ!」
「もう喋らないで貰おうかセイル」
懲りずにまたもや立ち上がり自分の想像を口にしたセイルさんを、フレンさんは精霊を使い、今度こそ床に沈めた。
「今のも勿論違うから」
「ああ、まあ……フレンなら、ご両親にも気に入られるように振る舞えるだろうしね」
「そうだな。それなりの演技力がある事を、以前見たからな」
アレク様とフェザ様が、頷きながらそんな事を口にした。
……たぶん、かつてのカップルコンテストでのフレンさんの事を思い出しているんだろうな。
「……あの、フレンさん。もしかして……なんですけど。……恋に落ちた女性を、亡くしたんですか……?」
「あっ……! じ、事故ですか? それとも、病気で……?」
「……。……それなら、あり得る話だな」
「え、じゃあ……その子は忘れ形見って事……!?」
「……フ、フレンさん……!!」
ライル君とシヴァ君が遠慮がちに告げた言葉をきっかけに、全員の、哀れむような、痛ましい視線がフレンさんに注がれる。
「……ちょっと待って。それも違うから。そんな切ないストーリーはないよ」
「えっ? じゃ、じゃあ、一体どういう経緯なんです……?」
全員の視線を受け止めたフレンさんは、どこか嫌そうに否定して、溜め息を吐いた。
どの想像も否定するフレンさんに、私は首を傾げて、尋ねた。
「どうもこうも。……順を追って話すけど……僕は、積極的に人助けをしながら旅をしていたんだよ。時々謝礼が貰えて旅費が増えるからね。その上、一夜の宿として自宅に招かれる事もあってね。宿代が浮くから、遠慮なくお邪魔していたんだけど……少し前、とある豪商の家に、どうにも諦めの悪い娘さんがいてね。僕に一目惚れしたらしくて、アプローチしてきたんだ。僕は適当に交わしながら、家に引き止められるのを幸いに、街を出るまでお世話になってたんだ。それで、いよいよ明日出発すると告げた日の、翌朝。僕はその娘さんと一緒に、仲良くベッドで寝ててね。……どうも、理性のなくなる薬を使われたようなんだよね」
「え、ええっ!? そ、それって……!!」
「じゃ、じゃあフレンさん、夜這いされて……!?」
「それで子供ができちゃったのか……なんて、いうか……結婚、迫られたりもしたのか?」
「そうすると、フレン。お前、子供だけ連れてその女から逃げて来たのか……?」
「いいえ。そこはきっちり片をつけてありますよ。今まで助けた人の力を借りてね。けど、僕を縛る鎖になり得なかったこの子が、これからどういう扱いをされるのかが案じられたので、引き取ったんです。経緯はどうあれ、僕の子ですから」
「な、なるほど、確かに……」
「……そういうわけなので」
フレンさんは説明を終えると、一度言葉を切り、腕の中の幼児ーーフレアちゃんを、顔の位置まで抱き上げ、皆のほうを向かせた。
「僕は子育てなんてしたことないから、色々不慣れで、ここへ戻る道中も色々な人に助けて貰ったんだ。だから、皆。僕を助けて欲しい。姉や兄貴分として、フレアと遊んであげて欲しい。……僕の可愛い娘なんだ。お願いするよ」
次いでフレンさんはそう言うと、私達に深々と頭を下げた。
「……何を言っているんですかフレンさん。水くさい」
「そうですよ。そんな事は、当たり前です」
「私達は、ずっと一緒に暮らしてきた、家族ではありませんか」
「だな。助け合うのは当然だろう」
「今慣れておけば、将来、自分の時の為にもなるしね」
「遠慮は無用ですよ」
「私も遊びたいから、街にも連れてきて下さいね!」
「フレンの子なら、大歓迎だよ」
「困ったら、いつでも相談にいらっしゃいフレン」
「私も子育て中ですから、協力できますよ。この子にも、歳の近いお友達ができましたね」
「……ありがとう」
皆が思い思いの返答を返すと、フレンさんはホッとしたように、微笑んだ。