お別れと新たな出会い 4
ギルドのおじさんに依頼品を納めると、私はゆっくりとギルド内にある食堂へ向かった。
毎回シヴァ君は私より先に依頼品を納めると、食堂に行き、そこにいる冒険者のお兄さん達と話をしているのだ。
以前、『いつも何を話しているの?』と聞いたら、『広く、情報を仕入れているんだよ』と言っていた。
たぶん、錬金術で使う珍しい材料の在りかの情報を聞いているんだと思う。
冒険者の皆さんは、色々な場所に行くしね。
「お待たせ、シヴァ君。終わったよ」
「!」
シヴァ君達に近づきそう声をかけると、ピタリと会話は途切れ、シヴァ君が席を立つ。
「じゃあ、今日はこれで。帰ろう、クレハ」
「え? まだお話しててもいいよ?」
「いや、いいよ。聞きたい情報は聞けたから」
「頑張れよ、シヴァ!」
冒険者のお兄さんに挨拶をして、私の隣へと歩いてくるシヴァ君は、私の言葉に首を振ってそう言うと、出口へ向けて歩き出した。
一瞬遅れて私も歩き出し、シヴァ君の隣に並ぶ。
後ろから、冒険者のお兄さんの声が聞こえた。
「今日は、何かいい情報があったの?」
「ん? ……ああ、まあ、そうかな」
「?」
冒険者のお兄さんにかけられた『頑張れ』という言葉を、材料の在りかについて情報が聞けて、それを"頑張って見つけろよ"という事だと推察した私はささやかな期待をして尋ねたけれど、シヴァ君からは曖昧な返事が返ってくる。
その様子に、私は僅かに首を傾げた。
シヴァ君はそんな私を見て少し困ったように笑うと、再び口を開いた。
「……クレハが思うような情報は、なかったよ。……それより、クレハ。帰る前に広場へ寄って行かないか? 今、街に吟遊詩人が来てて、毎日そこで歌っているらしいんだ」
「えっ、吟遊詩人!? うん、行く!!」
シヴァ君から告げられた内容に私は表情を一変させ、はしゃいだ声を上げた。
「そう言うと思った。じゃあ、行こう」
「うん!」
笑顔で大きく頷いた私に、シヴァ君は今度はどこかホッとしたような顔をして、手を差し出してくる。
街の広場には大抵何かイベントがやっていて、多くの人がいる。
きっと、はぐれ防止の為だろう。
私はシヴァ君の手を取って、一緒にギルドを出た。
★ ☆ ★ ☆ ★
広場には、行き交う人波の向こうに、一ヶ所、人だかりができている場所があった。
きっとそこに吟遊詩人さんがいるのだろう。
私達はまっすぐにそこへ向かった。
近づくと、ハープのような楽器の音色と、爽やかな歌声が聞こえてきた。
歌声の主を一目見ようと、私達は人だかりの隙間から前方を伺い見る。
「あっ……!?」
「え?」
途端、シヴァ君がどこか困惑したような声を出した。
顔を上げてシヴァ君を見ると、何故か眉間に皺が寄り、強ばった表情をしている。
「シヴァ君……? どうしたの?」
そう尋ねながら、私はシヴァ君の視線を追って、再び前方を見た。
すると、人の隙間から、吟遊詩人さんの姿が視界に入った。
「!!」
中性的な顔立ちに、すらりとした長身。
背中ほどまで伸びたさらさらな銀色の長髪に、綺麗な金の瞳の美丈夫。
ハープの音色と、爽やかな歌声。
人だかりの向こうには、とても絵になる綺麗な男性が立って、歌っていた。
「うわぁっ……素敵な吟遊詩人さんだね……!!」
思わずそう感嘆の声を上げると、次の瞬間、突然私の体が反転した。
目の前には、強ばったシヴァ君の顔がある。
「クレハ、帰ろう。そういえば俺、作りたいアイテムがあったんだ」
「え?」
「いつもより人も多いし、危ないし。さ、行くよ」
「え? えっ?」
突如シヴァ君は早口にそう言うと、私の手を引っ張り、早足でその場を後にしようとする。
「え、あの、待ってシヴァ君? それって急ぐの? せっかくだし、私もうちょっと聞きたいんだけど……」
「っ、銀髪だから……?」
「えっ? 何?」
私が慌てて声を上げると、シヴァ君は小さく何かを呟いた。
聞き取れずに聞き返すと、シヴァ君は溜め息をひとつ吐いて、振り返った。
「……何でもない。わかった。聞いて行こう」
「あ、ありがとう! ごめんね。その代わり、帰ったらその作りたいアイテム、作るの手伝うよ!」
「いいよ、そんなの、別に。……はぁ、失敗したな……」
「え?」
「何でも。ほら、静かにしないと。歌、聞くんだろ?」
「あっ、うん……」
また小さく何かを呟いたのが気になったけれど、続けて言われたシヴァ君の言葉に促され、私は再び吟遊詩人さんのほうへ視線を向けた。
けれど、次の瞬間。
「うああああああっ!! お前まで~~!! この裏切り者~~!!」
後方、広場の入り口辺りから、そんな絶叫が聞こえてきた。
「え、い、今のって……セイルさんの声?」
「そうだね。……裏切り者……?」
聞きなれたセイルさんの声に、私とシヴァ君は顔を見合わせ、結局歌は聞かずに、声のしたほうへと駆け出した。
そして、広場の入り口まで行くと、そこには悲壮な顔をしたセイルさんと、もう一人、よく知る男性が立っていた。
男性は駆け寄った私達に気づくと、一瞬驚いた顔をしたあと、にこ、と微笑みを浮かべた。
「やあ、クレハちゃん、シヴァ君、久しぶり。街に来てたんだね。ただいま」
「えっ、フ、フレンさん……!?」
「え……ど、どうしたんです!? ……その子……!!」
突然旅に出て、数年離れていたフレンさんは、以前と変わらぬ様子で自然に挨拶をしたけれど、私達はその腕に抱かれた、フレンさんによく似た幼児に視線を奪われ、ただただ驚きの声を上げていた。