シヴァの受難 3
「吟遊詩人というのは、歌を聞いて下さる方がいてこそ収入の入る職業ですから、聞きに来て下さる方には丁寧に対応しているのですが、さすがに、日中毎日側にというのは息が詰まってしまいますので、こうして変装して、彼女達は絶対に来ないであろう冒険者ギルドに避難しているのですよ。ここの食事は美味しいですしね」
そう言って私達と同じテーブルについた吟遊詩人のユージンさん。
息が詰まるからとギルドに避難しているのに、あの人達と同じく歌を聞いていた私達と一緒するのはいいんだろうか?
運良くこうして会えて一緒に食事する事になったし、せっかくだからさっき聞けなかった事を聞きたいけど……質問ぜめにしちゃうのは、悪いかなぁ?
そんな事を考えて小さく首を傾げながら視線をさ迷わせていると、パチッとシヴァ君と目が合った。
一瞬じっと見つめられ、どうかしたのかな、と口を開こうとすると、それはスッと逸らされた。
逸らした視線は、ユージンさんに向かっていた。
「わざわざ変装までしてギルドに避難したのに、俺達と一緒に食事するのはいいんですか?」
次いでシヴァ君が口にしたのは、私と同じ疑問だった。
どうやらシヴァ君も同じ事を思っていたらしい。
答えを聞こうと、私もユージンさんを見ると、ユージンさんは穏やかに微笑んでいた。
「貴方方ならば、構いませんよ。彼女達のように振る舞う事はないでしょうから」
うっ。
か、彼女達のようにはって、どんなだろう?
女性が、知り合ったばかりの、好感を持つ男性にする事って、とにかく相手の事を聞いたり、自分の事を話したりとか……だよね?
とすると、やっぱり質問ぜめは駄目かなぁ。
色々、聞きたかったんだけど……。
ユージンさんがシヴァ君へと返したその返答に、私はぴくりと体を揺らし、肩と共に視線を段々下へと落としていった。
「……彼女達のようにと言われても、俺達はそれがどんなふうにかは知りません。食事を一緒する事ができるなら、いくつか聞きたい事があるんですが、それは構いませんか?」
私が俯いていると、シヴァ君が更にそう尋ねる声が聞こえてきた。
え、と思って顔を上げる。
シヴァ君の視線はユージンさんに向かったままで、私を見てはいなかった。
だけど……だけどもしかして、シヴァ君、私の代わりにユージンさんに聞いてくれてる……?
シヴァ君が尋ねている内容は、私がユージンさんに聞きたい事だ。
シヴァ君は聞きたいけれど遠慮して聞けない私を察して、代わりにと思ってくれたのかもしれない。
「聞きたい事ですか? 勿論構いませんよ。何でしょう? 答えられる事なら良いのですが」
「ありがとうございます。ならお言葉に甘えて。……クレハ。聞いていいって」
「あ、う、うん! じゃあ……!」
シヴァ君に促され、私は聞きたかった事を全てユージンさんに尋ねた。
結果、このトルルの街には、春までいること。
滞在する期間が長いから、毎日違う歌を歌う事は難しいけれど、お客さんを飽きさせない為に、適度にまだ歌っていない歌を取り入れて歌う事。
3日歌って、1日休んで、また3日歌う事がわかった。
この街に春までいるのは、もうじき冬になるから、らしい。
寒い時期に移動して、万が一にも風邪をひくのを防ぐ為らしい。
もし風邪をひいて、その影響が咽にでも出たら、吟遊詩人さんには死活問題だもんね。
適度に新しい歌を歌うという事を聞いた私は、次の瞬間『なら頻繁に通います!』と口走っていた。
すると、ユージンさんは微笑んで、『ありがとうございます。では貴女達が来た日には、できるだけ違う歌を歌うとお約束しましょう』と言ってくれた。
とても嬉しい。
これも、シヴァ君が私の代わりにユージンさんに尋ねてくれたおかげだ。
精一杯の感謝を込めて、その日の夕飯はシヴァ君の好きなもので揃えた。
何故か表情にはあまり出なかったけれど、喜んで食べて貰えたと思う。
そして私は、翌日から早速、公言した通りにユージンさんの元へと、歌を聞きに通った。
シヴァ君は毎回ついてきてくれたし、お昼はいつもギルドでユージンさんを交えて、3人で楽しくお喋りしながら食べた。
……けれど、ふと気づくと、シヴァ君は何故か暗い顔をしていた。
何回か『どうかした?』『悩み事?』と聞いてみたけど、シヴァ君はすぐに笑顔を作って、『何でもない』と言うだけで、答えてくれなかった。
気にはなったけれど、教えて貰えない以上どうする事もできず、様子を見るしかなかった。
シヴァ君のそんな表情はなかなか消えず、日数を増すごとに、増えていった。




