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第一章第八部


「社長とは上手く話せたかな」

 9階に戻ったジョーは、エレベーターの前で待っていたシジマにそんな風に聞かれて首を傾げるしか出来なかった。

 あのつかみ所のない雲のようなアマガミと上手く話が出来たかといえば、否だろう。だがアマガミは一貫してご機嫌だったようだし、気分を害してはいない…と思う。

 シジマはそのジョーの反応を見て曖昧に微笑んだ。

「その表情からすると、社長は噂の通り本当に変わり者なんだねぇ」

「そう…ですね。変わった人でした。でも、どうしてかな。俺なんかがこんなこと言うのもおかしいんですけど、なんとなく放っておけないような…」

 そこまで言って、ジョーは首を振った。相手は自分の倍以上の年月を生きている大人の男だ。目上の人にこんなことを言っては失礼にあたるかも知れない。

「いえ、何でもないです」

 その発言についてシジマは不思議そうな顔をしたが、結局何も言わなかった。

 カリオペのオフィスは9階にあるのだとシジマは言った。カリオペの人手不足は深刻で、現在ジョーの他には一人しか所属していないらしい。つまり、その一人がジョーの唯一のチームメイトとなるのだろう。

 シジマの後についていくと社長室へ向かうエレベーターとは逆に奥まった場所にある扉の前に連れて行かれる。エウテルペに所属していた時と同じような社員証を鍵とする自動ドアだ。だが、今までと違うのは、その扉に記されたチーム名「カリオペ」。

 ジョーはごくりと喉を鳴らした。

 そして、シジマに促されるままにドアの横にある認証パネルに社員証をかざした。しゅん、という音と共に扉が開き、廊下より一段階明るい光が中から漏れてくる。

 ジョーはその眩しさに軽く目を伏せながら、カリオペのオフィスに入った。

 中に入ってぐるりと辺りを見回せば、中は思ったほど大きくない。エウテルペのオフィスの半分程度だろうか。揃っている機材などはエウテルペとほぼ変わらないが、数が圧倒的に少ない。だから、エウテルペのオフィスよりもがらんとして見えるのかも知れなかった。

 そして、何よりも目を惹いたのが、部屋の中央に配置された4つのスリープポッドに寄りかかり、こちらを見つめる少年の存在。

 その少年は痩せていてひょろりと背が高く、上品なモスグリーンのブレザーを雑に引っかけるようにして着ている。真っ黒な髪は肩に付きそうなほど伸び放題で、以前切った時も自分で適当に切ったのかも知れないと思うほど毛先はばらばらだ。やはり伸び放題の前髪の隙間から、大きな三白眼が値踏みをするような視線でジョーを見ていた。

「ハジメくん!居てくれて良かったよ!」

 後から入ってきたシジマがそうその少年に話しかけると、ハジメというのだろう、その少年はふんと鼻を鳴らした。

「好きで残ってたわけじゃない」

 それだけ言うと、ハジメはつかつかとジョーに近寄り、頭から爪先までじろじろと無遠慮に眺め倒す。その態度に気圧されて、何も言えずにいるジョーを、ハジメははっと鼻で笑うと興味を失ったかのように後ろを向く。

「随分、役に立たなそうなのを連れてきたもんだな」

 揶揄のたっぷり込められたその言葉に、ジョーは目を見開いた。

「ハジメくん、そんなこと言うもんじゃないよ。ジョーくんはちゃんと、試験に受かってカリオペに来たんだから」

 二人の間に立ったシジマがハジメを諫めたが、ハジメはそれを聞く気もないらしい。つんと澄ました顔でそっぽを向いたままだ。

「ごめんね、ジョーくん。こちらはハジメくん。君のチームメイトだよ。ちょっと口は悪いけど、悪い子じゃないから…」

 シジマがそう言って取りなそうとするが、既にハジメはジョーに対して敵意を超越して嫌悪感を露わにしている。一目でそこまで嫌われたというのは、ジョーにとって初めての出来事だった。

 展開の早さに若干ついていけずにいたジョーを、またハジメが挑発する。

「社長に気に入られて、舞い上がってたんだろ。んで、今になって俺にこき下ろされて泣きそうになってるって訳だ。残念だけど、そんな軟弱な意志と覚悟じゃカリオペの仕事なんて務まる訳ないね。早くお家に帰ってママに慰めてもらってこいよ」

 そこまで言われて、ジョーはようやく自分の頭に必要以上の血がのぼっているのに気づいた。だけど、その時にはもう遅くて。

 パシッ!と小気味よい殴打音がその場に響き、ジョーは自分のしたことに気づいた。平手でハジメの頬を張っていたのだ。それほど力は入っていなかったが、ハジメの頬は軽く赤くなっていた。

「あ…ご、ごめ…」

 いきなり暴力に及んでしまったことに頭にのぼっていた血がすうとひいていくのを感じた。だが、ハジメは楽しそうに舌を出して更なる挑発を続ける。

「平手とか、女かよ。男なら拳でこいよ」

 ハジメがそう言って握り拳でジョーの胸をドンと突いたが、その直後、再度間に入ってきたシジマによって二人は引き離される。

「はいはい、二人とも、そこまで!全く、最初は協力してミッションをクリアして貰おうと思ってるのに…」

 シジマのため息のような声に反応したのは、案の定ハジメだった。

「協力だって?そりゃいいや!こいつが無様に失敗するとこ、現場で見られるんだろ?」

「……ない…」

「あ?」

 けたけたと楽しそうに笑っていたハジメは、ジョーの呟きのような声に不機嫌そうに振り返る。そこには強い意志を秘めたジョーの瞳があった。

 ジョーは顔を上げて、今度こそ強い口調で言い放った。

「絶対、失敗しない。それに、お前の挑発にももう乗らない」

 そのジョーの強い決意表明に、ハジメは唇を歪める。それは、不快故のものなのか、それとも楽しみ故のものなのか。ジョーにはどちらとも取れなかった。それに、ハジメはすぐにジョーに背を向けてしまう。

「ま、いつまでそんな虚勢が続くか、見ててやるよ…」

 だが、その声は先ほどまでの言葉にあった棘がいくらか和らいでいて、ジョーはひとまず彼の過激な洗礼を乗り越えられたのかも知れない、と密かに肩をなで下ろすのだった。

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