第一章第五部
ジョーが目を覚ますと、まず目に飛び込んできたのは心配そうにスリープポッドの中のジョーを見つめるサキチとシジマの姿だった。
(帰って…きたのか…)
それを見て自分が現実の世界に戻ってきたことを悟ったジョーは、いつものようにヘッドホンを外してから上半身を起こそうと腕に力を入れた。だが、その腕はがくがくと震えて力が入らず、身を起こすことができない。
「おい、無理するなよ」
サキチがそう言って、ジョーの手を引いて体を起こすのを手伝ってくれる。そのサキチの掌が少し汗ばんでいるのを感じた。
「さっきまでお前、すごい苦しそうに呻いてたんだぞ。まるで悪夢をみてるみたいに…」
サキチの言葉に、ジョーは目を瞬かせる。
悪夢…確かにあの光の渦に晒されたのは苦しい経験だったかもしれない。だけど、不思議とあれが悪夢のようだったと思うことは出来なかった。
だが、それを言葉にする前に、シジマの言葉が割って入ってきた。
「…しかし、君は確かにミッションを成功させてきた。不用意に怖がらせるといけないと思って黙っていたんだが、チーム・クリオの主立った潜入者にもこの対象者のミッションを受けて貰ったが、誰一人として成功した者はいなかったんだ」
シジマの言葉に、ジョーとサキチは目を丸くした。
「失敗…したんですか?」
「そうだね。ただこれは試験だし、対象者もそのことは織り込み済みと聞いているから、困ったことにはならないはずだけど…」
そこまで言って、シジマは余計なことまで言ってしまったかという苦笑いをしてから、ジョーに右手を差し出した。
「何にせよ、試験合格おめでとう。明日から、晴れて君はチーム・カリオペの一員だ」
「チーム・カリオペの…俺が…?」
実感が沸かない。ジョーは自分の掌を見つめた。
自分はあの光の渦に耐えただけで、他に何もしていない。果たしてそんな自分に、本当にその資格があるのだろうかと、視線を彷徨わせる。
「正式な異動命令は明日、最上階の社長室で言い渡されるよ。服装はいつもの制服でいいけど、着崩したりしないできちんとすること」
「社長に会えるんですか!?」
システム・ニュクスの開発者であり管理者、ムネモシュネ企画の社長でもある男、名をアマガミという。だが、彼がアルバイトの潜入者たちの前に姿を現したという話は今まで一度も聞いたことがなかった。ムネモシュネ企画の入るビルの最上階である十階をほぼ使い切った広い社長室はいつも厳重な警備とアマガミしか知らない暗号で閉ざされていて、アマガミはその生活の殆どをその社長室の中で過ごししているのだと専らの噂であった。
もちろん、ジョーも今までアマガミに会ったことはない。サキチも、ピナもそうであろう。
「確かに基本、社長は君たち潜入者の前に姿を見せることはない。僕たち正社員の中にだって、社長の姿を見たことがある者は数えるほどしかいないというしね」
シジマは質問に答えるようにそう言って、曖昧な微笑みを浮かべた。その雰囲気から察するに、シジマもアマガミに会ったことがないのかも知れない。だが、シジマはすぐに小さく頷く。
「だけど、今回は特例なんだ。今回の試験の合格者にはぜひ会いたいと仰っているらしいよ」
あまりのことの連続にジョーは目を見開いて言葉を無くす。ジョーは自分を過小評価するつもりはない。だが、そこまで特別扱いされるような人間だとも思っていないのだが。
「まだ、ちょっと混乱しているのかな。だけど、君は確かにチーム・クリオの人間も失敗するようなミッションをやり遂げた。自信を持ってくれないと困るんだ」
シジマの言葉が、じんわりとジョーの胸に染み渡る。諭すような言葉はだいぶジョーの不安を和らげてくれて、ジョーはあからさまにほっとした顔をしていただろう。
「カリオペへ移籍の上に社長にも会えるなんて、VIPみたいな待遇だな。さすがジョー、俺の愛後輩だ!」
「誰が愛後輩だよ、気持ち悪い。大体、俺とお前の入社時期は一週間も違わないじゃないか」
その緩んだ雰囲気に乗っかって、調子のいいことを言うサキチに、条件反射で突っ込みを入れるジョー。突っ込みを入れてから一瞬考え込むが、すぐにジョーは理解した。
先ほどのシジマの直接的な言葉もそうだったが、今のおどけた言葉がサキチなりの気遣いなのだと。
「…すまないな」
「…なにが?」
俯いたジョーの呟き、サキチのとぼけた声。ジョーはふと息を吐くと、顔を上げた。
「…愛しいお前を置いてカリオペへ行ってしまう俺を許してくれってことだよ」
「ちょ!鳥肌立った!それほんと気持ち悪いからやめて!」
軽口の応酬に、ジョーは自分の肝がだいぶ据わってきたのを感じた。
そうだ、カリオペに異動になったからって、社長に会えるからって、何も変わらない。ジョーはジョーだし、一所懸命にミッションをこなすのも変わらないだろう。
「はは、仲がいいんだね」
シジマが微笑ましそうにジョーとサキチ、二人を見て首を傾げた。
その言葉に二人はきっと目を剥きシジマに異を唱える。
「「いいえ、仲良くありません!」」
仲良くハーモニーを奏でた二人は気まずそうな顔を見合わせ、シジマが小さく吹き出すのを聞いていた。




