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第一章第四部


 墜ちる、墜ちる、墜ちる。

 肉体から切り離されたジョーの意識は広大な空間を墜ちていく。まるでスカイダイビングでもしているみたいだ。

 ここはすでに対象者の夢の中。夢の中の世界の様相は人によって千差万別あるが、これほど広く深い夢はジョーにとって初めての経験だった。

(さすが、カリオペのミッションってことか…)

 ジョーは風圧に耐えながら、素早く脳裏で「右手に傘」をイメージする。すると何もなかったはずの右手にピッと光の線が走り、瞬時に開いた状態の傘を形取った。次の瞬間には、右手に大き目の黒い傘が握られていて、その傘が風を孕み、落下速度を少しずつ緩めていた。

 物質の具現化は潜入者のもっとも基本的かつもっとも必要不可欠なスキルだが、余り複雑な物質の具現化は時間がかかってしまう。ジョーは敢えて単純な「傘」を選んだのだ。

 勿論、現実世界でこんなことをしても無意味だが、ここは夢の世界。半分の現実と、半分の非現実が入り交じる世界。また、意志の強さが夢を操る強さにもなる世界だ。

 傘を巧みに使って円を描くように滑空しながら夢の中を降りていく。

 夢の世界は一年ごとに階層で区切られており、目当てのアトラクタの箱がある階層まで降りる必要があるのだが、今回のミッションの対象者の夢はとても風変わりだった。一層ごとの区切りが明確ではないのだ。区切りを抜ける時、沼にはまりこんだような違和感はある。だが、それは降り立てるほどの明確な区切りにはなっておらず、目にも見えない。それが、この果てなく続いているような広く深い夢の世界を作り出しているらしい。

(この夢の持ち主はどんな人なんだろう…)

 いつもなら、対象者の簡単なプロフィールは潜入者にも公開される。それがアトラクタの箱を開けるための重要なヒントになることもあるからだ。

 だから今回も、ジョーはシジマに対象者のプロフィールの公開を求めたのだが、このミッションは対象者のプロフィールが非公開なのだと言われただけだった。シジマが言うにはカリオペに回ってくるミッションには、身分を明かしたくない対象者からの依頼も含まれるのだそうだ。その口ぶりからすると、多分、シジマ自身も今回の対象者がどんな人物なのか、知らないのだろう。

 そんなことを考えながら、どのくらい降り続けた頃だろうか。

(底だ…!)

 薄ぼんやりと足元に白い床が見え始めた。

 ジョーは落下する速度を緩めながら、慎重にその白い床に降り立つ。傘に余計な力がかかって、二、三歩だけよろけたが、ほぼ完璧な着地。

 長く気を遣う空中での時間の終わりにふうと小さくため息をついてから、傘をたたみながらジョーは辺りを見回した。

 そこは殆ど何もない世界だった。上層とおなじ、どこまでも続きそうな広い空間。足元の堅い感触の白い床も空間と同じにどこまでも広がっていた。

(アトラクタの箱は、ある。けど…)

 ただ一つ、目の前に置かれたアトラクタの箱を見る。

 だが、ジョーは戸惑っていた。そのアトラクタの箱には解錠するための鍵穴も、ギミックもない。それどころか。

(棺…だよな、これ)

 そのアトラクタの箱の形は死者を葬る為の棺そのままで、一瞬、開けてしまってもいいのだろうかという不安がジョーを苛んだ。

 だが、すぐに首を振ってその不安を追い払う。

 これが、自分の仕事なのだ。対象者だってこの記憶を取り戻したいと願っているのだから。

 言い聞かせるようにしてジョーはアトラクタの箱の前に膝をつく。そして、そっと左の掌で箱に触れた。

「…ッ!?」

 その掌にちりっとした痛みが走り、ジョーは顔を顰めた。だが、その驚きに手を退くより先に、アトラクタの箱が変化を示し始める。

 はじめは小さな光だった。ジョーが触れた辺りがぽつと柔らかい光を帯びたのだ。だがそれはすぐに爆発的な光の渦になる。まるで閃光弾が炸裂したかのような眩しさに、ジョーの視界は奪われる。

(…ッなんだ、この光!?)

 ジョーは遅ればせながら腕で光を遮り、視界を確保しようとするが、光が強すぎて意味を成さない。それどころか上下左右の感覚さえ曖昧になり、自分が立っているのか、それとも既に倒れ伏しているのかも解らなくなる。

(…駄目だ…もう…意識が…)

 あまりの光の強さに、ジョーは自分の意識が薄らいでいくのを感じた。このまま意識を失ってしまうのだ、このミッションは失敗に終わるのだと覚悟を決める。だが。

 その時、脳裏に蘇るものがあった。

 それは今までジョーが担当したミッションの対象者やその家族から届いた礼状の文面。特に一生懸命に書いただろうことが解る子供からの礼状。

 皆、記憶を無くして苦しかった胸の内や、それを解消してくれたジョーへの感謝の気持ちを素直にぶつけてきてくれて、それを見ただけで照れくさいような、誇らしいような気持ちになるのだ。

(そうだ…この対象者もきっと苦しい思いをしてる…)

 ジョーはぐっと腹に力を込めて意識を強引に引き上げる。そして両手を広げ、前に突き出した。アトラクタの箱に触れようとしてしたことだったが、それは丁度光を迎え入れるような、抱くような仕草になっていた。

(…?)

 その時、ジョーは見えない指先に柔らかいものが触れたのに気づいた。それが何なのかしばらくは解らない。だが、その柔らかいものが両手の指に絡むようにしてきたのをきっかけに、それが何なのか直感する。

 手だ。何者か…この手の柔らかさは女性かも知れない…の手が、ジョーの手指に指を絡ませ掌を合わせるようにしているのだ。

 普通はぞっとするかも知れない。この光の中、何者とも知れない者に手を取られているのだから。だが、ジョーはその手がとてもしっとりと、優しい気がして逆に肩の力を抜く。

 そして、ジョーは見えない相手が微笑んだのを感じた。見えた訳ではなく、ただその気配が伝わっただけだったが、それに釣られてジョーも小さく微笑んだ。

 次の瞬間、光は急速に収束していく。それと同時に見えない相手の手はするりと離れていった。

 残されたジョーはぼんやりと立ちつくしていた。手の主らしき人物はどこにもおらず、元通りの広大な空間にどこまでも白い床が続いている。

 ただ、アトラクタの箱は綺麗に消え失せていて、呆然としたジョーの背後には。


>MISSION CLEARED !!


 ミッションが滞りなく終了したことを告げるサインが明滅していた。

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