第一章第三部
「試験…ですか?」
翌日、学校が終わった後いつものようにチーム・エウテルペのオフィスに出社したジョーは、白衣の社員の一人に呼び止められ、その事実を通達されていた。胸に「シジマ」と書かれたネームプレートをしたその社員はこくりと頷き、書類に目を通しながら説明をはじめる。
「君たち潜入者が実力・経験の高い順に、チーム・カリオペ、クリオ、エウテルペ、タレイア、メルポメネ、ウラニア、テルプシコラ、エラト、ポリュムニアの9つのチームに分割されているのはもう解っているだろう。君は現在、3番手のチーム・エウテルペに所属しているわけだが…」
そこまで言って、シジマは書類から視線を上げ、ジョーを見る。
「現在、最高峰チーム・カリオペの人手は少々足りていない状態でね。そのため、下位チームからカリオペに移籍することの出来る優秀な人材を捜しているんだ。君は潜入経験も豊富だし、実力も高いのは今までの担当案件を見れば明らかだ。最後に実践試験に合格さえしてもらえば、一足飛びでチーム・カリオペに抜擢ということになるが…どうかな?」
矢継ぎ早に飛ぶそんな説明に、ジョーは少々混乱した。…自分がチーム・カリオペに勧誘されているのだと解るまでに、少々の時間を有する。
そして、そのことに実感を持つにつれ、ジョーはじんわりと後頭部が熱くなるのを感じた。それが、最高峰のチームに移籍出来るかもしれないという興奮や歓喜なのか、あまりに急な話に焦りや迷いを感じているのか、ジョーには解らなかった。だが。
「すごいじゃないか!」
端で話を聞いていたのか、サキチがそう言って近づいてきてジョーの背中をバンと叩く。少々痛い。
「カリオペっていったら、みんなの憧れだろ?どんな高い難易度のミッションでも受けられるようになるんだろ?」
どうやら、頬を上気させてそう言い募るサキチは当人であるジョーよりも興奮しているらしい。それほど、下位チームに所属する人間のチーム・カリオペに対する憧れは、強い。二番手のチーム・クリオを飛ばして即チーム・カリオペに抜擢という話もスクープ性があるのだろう。
(どんなミッションも…)
ジョーは小さく、はぁと熱っぽいため息をついた。
ジョーにとってこのムネモシュネ企画での仕事は誇りだ。困っている人々に、自分たちだけが出来る仕事。下位チームでのミッションを軽視するつもりは全くない。だが、カリオペに行けば、もっともっと幅広い人たちからのミッションを受けることが出来るかも知れない。
次第にジョーの中でも焦りや迷いは薄らいでいった。そして、ジョーは唇を引き結んでシジマを見上げる。
その様子に、ジョーの覚悟が決まったと感じたのだろう。シジマは念を押すようにして、ジョーに確認をとる。
「試験を…受けてくれるね?」
ジョーは何度か瞬きをし、握った拳を胸に置く。
そして、然りとシジマの目を見ながら頷いた。
「はい、その試験、受けさせてください!」
※
実践試験とは、つまり、実際にチーム・カリオペが受け持つ難易度のミッションを遂行することを指す。
【今から各種認証を行います。スリープポッドに横になり、じっとして下さい】
ジョーがいつものようにスリープポッドの中に横たわり、首に掛けていたヘッドホンを耳に当てて目を閉じると、聞き慣れたシステム・ニュクスのオペレーションボイスが聞こえてくる。
【社員№20035、チーム・エウテルペ所属、コードネーム・ジョーと確認されました。これよりシステム・ニュクスへの同期を開始します。…対象者の入眠を確認。対象者の夢への潜入可能時間は最大90分。90分以内に全てのアトラクタの箱を解錠し、対象者の記憶を復旧してください】
ジョーはその落ち着いた女性の声に導かれるように胸の前で手を組み、深く沈み込むようにスリープポッドに体を預けた。心臓は幾分駆け足で逸っていたけれども、緊張はそれほどしていないように感じる。
オペレーションボイスに重なるようにして、どこかで聴いたような、しかしどこか奇妙な感覚のするクラシック音楽が耳を擽り、同時に、脳の芯から抗うことも出来ない眠気がやってくる。
【システム、オールグリーン。…潜入を開始します…】
くん、と背中を引かれるような重い眠りへの誘いの後、ジョーの意識は肉体から滑り落ちるように、夢の中へ。




