第一章第一部
目の前に置かれたのは金庫のように黒光りする一抱えほどの箱。しかし、その材質は金属などではなくて、もっと強固なものに思える。また、取っ手も扉もついてはおらず、側面にぽつんと鍵穴のようなものがついているだけだった。
その箱を前にした少年はぺろりと唇の端を舐めると、手にした小さな鍵を箱の鍵穴に差し込み、慎重に回す。
カチリ。
小気味よい解錠音。それと共に、あれだけ強固に見えた箱がふわりと煙のように形を崩し、霧散した。そのかわり、箱のあった場所にはパズルのピースのようなものが不思議な緑の光を発しながら浮かんでいる。
箱を解錠した少年がそのピースを手に取ろうとすると、その不思議な光はすぅと失せ、素直に少年の手に収まってきた。そして、ピースを確認した少年が学生服のポケットから同じようなピースを幾つか取り出すと、待ち侘びたかのように全てのピースが少年の掌からふわりと宙に舞い上がり、カチカチと音をさせながら組み合わさっていく。
カチン、と最後のピースが組み上がったその瞬間、その完成したパズルはすうと空間に解けていった。
>MISSION CLEARED !!
目の前で明滅するその文字に、少年は満足げに頷いた。
※
少年が目を覚ますと、遠くに見慣れた清潔な明るい天井が見えた。そして、目だけをきょろりと動かして辺りを見回せば、どこかの研究所のような計器類やパネル、いくつものモニター。歩き回る白衣の職員。
(ああ、戻ってきたんだな…)
寝起きのぼんやりとする頭で考えながら、上半身を起こす。その少年の頭からずるりとヘッドホンが落ちそうになって、少年は慌ててそれを手で受け止めた。
(あぶな、コレ、壊すとすげー怒られるんだったよな…)
今度はしっかりとヘッドホンを首にかけて、少年は辺りを見回す。
少年は広い部屋の中に幾つか並んだ、カプセルのような形をした近未来的なベッドの上にいた。眠っている間は閉まっているのだろう防護壁は既に甲虫の翅鞘よろしく出入りの邪魔にならない角度まで上がっていたし、ベッドにはすぐに起き上がれるようにと足元に向かって軽く傾斜がついていたが、少年は存外もたもたとベッドから起き上がる。
「ジョー!」
学生服の皺を気にしてか、上着の裾を引っ張っていると不意に名を呼ばれた。少年、ジョーが辺りを見回すと、背後、今までジョーが眠っていたベッドの向こう側から、上がった防護壁に手をかけて一人の少年が笑顔を覗かせる。
平均的な身長のジョーからすると、その少年は少しばかり上背があって、肩幅もやや広め。だが、その愛嬌のあるくりくりとした瞳と凛々しいと言っていいだろう造作の顔が微笑むと、どこか人懐こい大型犬を思わせた。
「ああ、サキチか」
「やったな、エウテルペで受け持てる最高難易度のミッションを成功させた!」
そう言いながら笑顔の少年、サキチはもう片手に持っていた紙コップをジョーに差し出した。ジョーは「サンキュ」と軽く礼を言いながらそれを受け取る。どうやら暖かいお茶のようで、喉の渇いていたジョーはそれを一口呷って口の中を湿らせた。
「今回のって、どういうミッションだったっけ?」
サキチの問いにジョーは軽く視線を上げ、暗唱するようにしながら紙コップを手で弄ぶ。
「依頼主は若いサラリーマン。会社の重要書類をどこかに置き忘れたらしくて、その記憶の復旧」
「なるほどね」
ははあ、と納得したような声を出してサキチは頷くと、着ている学生服のポケットから一通の封筒を取り出した。ピンクを基調にした封筒には可愛らしいうさぎのキャラクターが踊っている。
「ま、でもお前としては、最高難易度のミッション成功よりも、こっちの方が魅力的かな?」
その封筒を見て、ジョーの顔がぱっと明るくなった。サキチが無造作に出してきた封筒を、手にしていた紙コップをベッドのサイドボードに置いてまで、大切なもののように両手で受け取る。
封筒の宛名欄には「むねもしゆねきかくのひとえ」と拙い字で大書きされていた。それを見ていると、ジョーはどこか甘酸っぱく誇らしいような気持ちになるのだ。
「それ、あれだろ?この前、お前が受け持ったミッションの対象者の娘さんからの礼状だろ?」
「ん、そうみたいだ」
「まったく、礼状貰って嬉しいのは解るけど、なんでお前は子供からの礼状だとそんなに喜ぶんだろうな。ロリコンか?」
サキチの軽口に、ジョーは軽く手刀で彼の額を打った。痛くはないはずだが、サキチは大げさに頭に手をやる。
「わー、ひでー!せっかく手紙持ってきてやったってのに!」
「子供が一生懸命書いてくれたかと思うと、感慨もひとしおだろ?…それだけだよ」
ジョーは紙コップと一緒にサイドボードに置かれていた私物らしい通学鞄を取ると、普段は使わない内ポケットに手紙を慎重に差し込んでから鞄を閉じた。
「なんだ、今見ないのか」
見せてくれないのか、という含みのある言い方でサキチが残念そうな声を上げるのに、ジョーは小さく苦笑して通学鞄を肩に掛け、一度揺すり上げた。
「今日はこれで上がりだし、家に帰ってからじっくり見るよ」
ひらり、とサキチに軽く手を振って、ジョーは部屋の出口へと向かう。サキチの「お疲れさん」という労いの言葉が背後からかかった。




