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第一章第九部


「じゃあ、今日は時間も遅くなってきたし、二人ともそろそろ上がってくれてかまわないよ」

 時計を見上げてそう言ったシジマの言葉に釣られて、ジョーも時計を見上げれば、時刻はもう午後9時を回っていた。

「あ、はい。じゃあ、お先に失礼します」

 そう言って自分の学生鞄を手にしたジョーは、だが背後からの視線を感じて、そろりと後ろを見た。そこに居たのは思った通り、ハジメだ。ハジメも帰るつもりなのだろう、肩に背負うように学生鞄を持っていたが、先に帰る様子はなくて、じっとジョーの背中を見ている。

 その監視するような視線になんだか落ち着かない気分がしたが、オフィスを出さえすれば振り払えるだろうと、ジョーは足早にカリオペのオフィスを出た。

 だが、その希望的観測は外れることになる。

 廊下を歩くジョーの十歩後を、ハジメは離れることはなかった。ジョーが歩調を早めれば、ハジメも足を早める。逆に先に道を譲ろうと遅く歩いても、ハジメはその歩調に合わせてくる。

 ハジメが何をしたいのか解らないまま、ジョーは9階のエレベーターホールにやってきていた。

 ジョーが下へ向かうボタンを押せば、思ったよりも早くエレベーターの扉が開いた。ジョーは気疲れにため息をつきたい気分でエレベーターに乗り込む。そして、その視線を遮断してしまおうと、階数指定もしないままに扉を閉めるボタンを強く押した。だが。

 がこん!という音がして、ジョーははっとした。誰かの手がエレベーターのドアに挟まっていて、無理にこじ開けようとしているのだ。すぐに安全装置が働いて、エレベーターのドアがするりと開くと、そこにはハジメが無表情のまま立っていて、何も言わずにエレベーターに乗り込んでくる。

「1階行くんだろ、早くボタン押せよ」

 ぽかんと口を開けてそのハジメを見ていたジョーだが、ハジメの不機嫌そうな声にはっとして、反射的に1階のボタンを押す。エレベーターの扉はまた閉まり、エレベーター内は完全に二人だけの密室になってしまった。

 ジョーはおそるおそる、ハジメを見る。

「…なんで」

「…え?」

 ゆっくりと降りていく独特の浮遊感の中で、ハジメは小さく呟いた。その言葉の響きがなぜか悲しそうに聞こえて、ジョーは戸惑いの声を上げる。

 だが、そんな風に聞こえたのも最初だけで。次の瞬間には、ハジメはじろりとジョーを睨み付けた。

「…なんでお前はこの仕事をしてるんだ…?」

 その問いに、ジョーはごくりと唾を飲み込み渇いた喉を湿らせた。

「人の…役にたつ仕事がしたいからだよ…」

「人の役に、ねぇ…。でも、人の役に立ちたいってだけなら、どんな仕事でも良かったんじゃねぇの?」

「そ、それは…」

 確かに、それはそうだ。どんな仕事でも大抵はみんな大なり小なり人の役にたっているから仕事と呼べる訳で。迷いの表情を見せたジョーに、ハジメはにやりと笑ってみせる。

「素直になれよ。どうせ金だろ?ここ、給料だけはいいもんなぁ。あとは自分が特別な人間だって思えるからか?金と優越感。そんなとこだろ?」

 またハジメが仕掛け始めたジョーへの攻撃。だがその時、先ほどハジメの頬を張ってしまった後と同じように、またのぼりかけた血がすっと体中に四散していく感覚がして、その感覚がジョーにわずかながら力を与えてくれる。

「…違う」

 だから、言うことができた。

「確かに最初は給料がいいっていうのもここを選んだ理由だったよ。ここの本当の仕事を知ってからは優越感みたいな感情があったのも、否定しない。けど、俺は本当にここの仕事に誇りを持ってるよ。対象者の子供からの手紙を初めて貰った時、本当に嬉しくて、誇らしくて…だから…」

 ジョーが言い募るようにそう言った時、がくんとエレベーターが止まる。階数表示を見れば、もう既に1階までノンストップで降りてきていたようだ。

 すっとエレベーターの扉が開き、1階のエレベーターホールが二人の目の前に拓ける。それがタイムリミットであったかのように、ハジメははっとため息をついた。

「…今日は、ぎりぎり合格点をくれてやるよ」

 それだけ言って、ハジメは片手を挙げてエレベーターから降りていく。ジョーは慌ててそのハジメを追いかけるようにエレベーターから飛び出し、呼び止めた。

「あ、おい!なんなんだよ、なんでお前は俺を試すようなことばかり言うんだ?何か、理由があるのか?」

 その問いかけに、ハジメはだるそうに少しジョーの方へ体を傾けただけで、答えない。その代わり、忌々しく吐き捨てるようにこういった。

「ここの仕事は…そんな立派なモンじゃねぇんだよ。誇りなんて持ってるだけ無駄だ。ただ、忠実にミッションを重ねていけばいいだけなんだよ。俺も、お前も、シジマたち社員だって、みんな操り人形…ただのモノなんだからな」

 あとはもうジョーを振り返ることもなく、ハジメはセキュリティゲートのある出口に向かっていった。一人置き去りにされたジョーは、その場でぼんやりとハジメに言われた言葉の意味を探していた。

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