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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「主よ我が加護の元へ」
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「その様子じゃ手こずったみたいじゃの」


 ――むかっ。


 セーガに連れられ、先に帰ったという東雲の家にやって来た二人を迎えた言葉に、

 大樹は思わずカチンと来た。汲んできた水を乱暴に床に置く。

 水は表面を揺らし、しかしそのままこぼれることなく落ち着いた。


(手こずったみたいじゃの、だとぅ?)


 確かに最初の方は「手こずった」に分類されるのかもしれない。

 乗り切ることが出来たのも主にセーガのおかげだ。


 だが――何も言わずいきなり水汲みに行かせた奴が何て言い草だ!


「大樹」


 気配を悟った春樹がそっとたしなめる。そんな彼を、大樹はややムッとして見上げた。

 どうしてこの兄はこんなときまで相手をかばうのだろう。

 今回、何よりも大変だったのは彼自身だというのに。


「特にハー坊」

「え?」

「お主……セイ坊を呼べなくなるとはどーゆうことじゃ?

 今回はたまたま出していたから良かったものを……」

「てめっ」

「大樹!」


 カッとなった瞬間、鋭い制止をかけられた。納得出来ずに春樹を見る。

 だが、彼は目で「やめろ」とだけ告げ、東雲に頭を下げた。


「すいません。未熟でした」

「……ハー坊。ワシもむやみに責めるわけじゃない」

「はい」

「ただ、やはりセイ坊のことに関しては見過ごすわけにはいかなくての。

 ハー坊もわかっとるんじゃろ? このままではダメだと」

「……はい」

「ふむ……。それなら良いが。

 まあ、ハー坊もセイ坊を持っとるからにはやはり王にならなければいかんしのぉ。

 そのためにも努力は……」

「っ、僕は!」


 ――初めて、春樹が東雲に声を荒げた。

 しかし一番驚いたのは春樹自身らしく、彼は戸惑ったように口元を手で覆う。

 その瞳は動揺に揺れ、落ち着くにはしばし時間を要した。


「春兄……?」

「……あの」


 こちらの呼びかけには答えず、春樹は静かに顔を上げた。

 平静を装おうというのか、先程のことは忘れたかのような口調で口を開く。


「もう日が暮れて暗いので……今晩はこちらに泊めてもらっても良いでしょうか」

「……ああ。最初からそのつもりじゃよ。部屋はその角を右に曲がったところじゃ。見てみるといい」

「……ありがとうございます」


 一礼し、春樹がそのまま行ってしまう。セーガもするりとそれに続いた。

 その場に残っているのは、大樹と東雲のみ。



 …………。


 ……………………。


 ――何かイライラしてきた!



「じーちゃん!」

「何じゃ。ひぃーちゃんじゃなかったのか?」

「んなもんどっちでもいい!」


 ひぃーちゃんもじーちゃんも、とりあえずひいひいじーちゃんの略にはなる!

 そんなことより!


「何で春兄に意地悪ばっかすんだよ!?」

「ありゃ意地悪とは言わんよ」

「だって! セーガ呼べなくたってしょーがねえじゃん! 誰だって苦手なモンあるし!」


 むしろ春樹の場合、ああなることの方が珍しいのだ。今回は運が悪かった。

 だがいつもならああはならない。それなのにあんなにネチネチと責められては彼が可哀相だ。


「そう言われてものぅ」

「じーちゃん、悪い奴じゃねえのに……何で春兄にばっかり!」

「? ワシは元からこんな性格かもしれんぞ?」


 東雲が不思議そうに首を傾げる。

「悪い奴じゃない」と思われる理由がわからなかったのだろう。


 大樹は釈然としないまま東雲を見やった。口を尖らせる。


「……悪い奴だったら、あいつらがあんな必死にじーちゃんを守ろうとするわけねぇじゃん」

「ただ、ワシがあいつらを操ってるだけかもしれん」

「それくらい声聞けばわかるっつーの」


 あいつらの声は真っ直ぐ飛んできた。

 それは心から必死に守ろうとしている証拠だ。操られている者の声なんかではない。


「……ほう」


 東雲が興味深そうに相槌を打った。まじまじと見てくる。


「耳だけでなく心でも声が聞けると?」

「え、や……ってゆーか……ぇえっと」


 そんな大袈裟なものではない、と思う。ただ何となくそう感じただけなのだ。理屈ではない。

 ふぅ、と東雲がため息をついた。それが何を示すのかはよくわからない。


「“力”と違って性根は真っ直ぐか」

「へっ……?」


 思わぬ言葉に目を丸くする。訳がわからなかった。――“力”?


「……何じゃ。ター坊も気づいとらんのか」

「何がだよっ。んなことより春兄に謝れってば!」

「ター坊」


 静かな言葉には力があった。気圧され、ぐっと動きを止める。

 東雲は無表情に口を開いた。不気味なほどゆっくりと。


「お主の“力”は――」



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