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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「主よ我が加護の元へ」
96/153

「あのじーちゃん、ほとんどバケモンだよなっ」


 頬を膨らませた大樹がぼやき、春樹は曖昧にうなずいた。

 化け物呼ばわりは失礼だが人間離れしているのは事実だろう。

 しかも……よく考えてみればその血は自分たちにも受け継がれているわけだからますます複雑である。

 もしかすると自分たちもあんな風になるのだろうか。


(……まさかね)


 とてもじゃないが想像出来ない。


「しかも春兄の悪口言いやがって!」

「別に悪口じゃないって」


 バケツを振り回す彼に苦笑する。

 どうやらさっきのが演技だとわかったせいで、彼の怒りはボルテージを上げたようだった。

 こんなことなら教えない方が良かったかもしれない。


「だって杖ぶつけてきたじゃん!」

「あれはぶつけたって言わないだろ」

「でもォ~……あっ!」

「え?」


 大樹の声が弾んだ。そう認識するより早く彼は駆け出していた。

 振り向き、先程の不満顔が嘘のように笑顔を向けてくる。


「春兄! 川あった!」


 彼の指差す先には、確かに大きな水面。


「うわ……思ってたより大きいんだ」

「しかも水きれいだぜ♪」

「ホントだ。澄んでる」


 しゃがみ込み、そのキラキラと反射する水面に微笑む。

 流れはとても穏やかで、それがますます心を落ち着かせた。

 鬱葱とした木々から目の前が開けたことも原因だろうか。


 耳を澄ませばわずかに流れの音が通りすぎていく。

 風がやんわりと吹くたびに木々のざわめきもそれに加わった。

 春樹は何となくホッと一息つき――。


 ばしゃんっ


「……ばしゃん?」

「春兄――っ! すっげー冷たいぜ! あっ、魚もいる!」

「……大樹……」


 川の中ではしゃぐ大樹に呆れるしかない。

 早速水汲みという目的を忘れている彼は、やっぱり東雲より記憶力が悪そうだ。


「大樹! 着替えないんだぞ!?」

「ダイジョーブだって! それより春兄も来いよーっ♪」


 何が大丈夫なのだろう。もう全身びしょ濡れではないか。


「あのね……」


 文句を言いかけ――ふいに春樹は肩の力を抜いた。そう急ぐこともないだろう。

 日が暮れるにはまだ早いし、セーガと東雲にも積もる話があるはずだ。

 そのために春樹はセーガを置いてきたのだし、少しのんびりするくらいが丁度良いかもしれない。


「春兄ってば!」


 いつの間にか大樹が近くまで戻ってきていた。彼は楽しそうにこちらを見上げてくる。


「春兄も入ろうぜ♪ 冷たくて気持ちいーから!」

「僕はちょっと……」

「早く早くっ」

「うわっ、引っ張るな!」


 人の話を全く聞いていない大樹に慌てる。反射的に踏ん張り――。


 びゅ……っ


「わ……っ、たっ!?」


 ――何かが頭上をよぎり、二人はバランスを崩した。

 春樹は何とか踏み止まったが、大樹の方はそうもいかない。

 思い切り後ろの方に倒れ込み、派手な水しぶきを上げることとなった。


「ぶわ!? いって……何だよもーっ」


 尻もちをついたまま頭をぶるぶる振った彼は、まるで犬か猫のようだ。


「大樹! 大丈夫!?」

「ケガはしてねーけど……」


 顔をしかめ、春樹が差し出した手をつかんでくる。とりあえず春樹は大樹を引っ張り上げた。

 服が大量に水を含んでいるせいで心なしいつもより重い。


「一体何が……」

「! 春兄っ!」

「!?」


 とっさに振り返る。それより一瞬早く、大樹の封御が春樹の視界を遮った。

 彼は力任せにソレを振り払う。


 ギャンッ


 その鳴き声に息を呑む。これは――。


「さっきの……」


 自分たちを襲ってきた奴らだ。


『シンニュウシャ』

『シンニュウシャ』


 ゾロゾロと数が増してくる。動きが鈍いためますます気味が悪い。

 それにしても――冗談じゃない!


「おい! オレたちは敵じゃ……」

「大樹!」


 鋭く叫び、彼の手首をつかむ。春樹は一気に駆け出した。


「春兄!? 説明すればあいつらも……!」

「無駄だよ! あっちの仕事は侵入者の駆除、ただそれだけだ!」


 あんな数を相手にしていてはキリがない。

 だが先程のことを考えてみると、東雲だけは別だろう。

 彼は長年ここに住んでいるので侵入者とはみなされていないはずだ。

 とりあえず東雲の元に行けば――。


(……っ!?)


 ふと、視界の隅で何かを捉えた。

 自分の中の何かが「見るな」と告げるのに、なぜか目ははっきりとソレに焦点を当ててしまい。



「――――っ!!」







「春兄!?」


 突然崩れ落ちた春樹に、大樹は思わず焦ってしまった。必死に彼を揺さぶる。


「春兄! 春兄っ!」


 明らかに様子がおかしい。こちらの声が耳に入っていないうえに震えている。顔色も真っ青だ。

 あの春樹が訳もなくこんな反応をするはずがない。だが、一体何があった!?


(ただ逃げてて……、っ!?)


 ――気づいた。近くに突っ伏している黒い影に。


「春兄! アレ見たのか!?」


 こちらの声にも彼はただ首を振るばかり。

 しかしわかる。これは「否定」ではない。「拒絶」だ。


 大樹は知っていた。

 カラスを大の苦手とする春樹だが、彼が最も過剰になるのはただのカラスではないことを。

 こんな反応を示すのは、カラスの死体にだということを。


「しっかりしろよ! 春兄!!」


 何とか引っ張り上げようとするが無駄だった。今の自分の力では彼を支えることは出来ない。

 ましてや連れて逃げるなんてことも。


「春兄……っ!」


『シンニュウシャ』

『シンニュウシャ』


「!?」


 とっさに春樹をかばう位置に立つ。封御を握る手が汗ばむのを感じた。

 あいつらが――もう追いついてきた!


「いい加減にしろよ! オレたちは敵じゃねえっ!」

『シンニュウシャ』

「“違うっ!!”」


“力”で声を荒げると、ふと相手の動きが止まった。顔を見合わせるような素振りを見せる。

 その反応には大樹の方まで戸惑ってしまった。

 もしかすると、相手は今までこちらの言葉を理解していなかったのだろうか。

 侵入者と言っていたものだから、てっきり通じているのだとばかり思っていたが……。


『“違ウノ違ウ”』

『“乱スノ許サナイ”』


 ――冷静に“力”で耳を澄ませば、様々な言葉が聞こえてくる。


(つーことは、こいつら、『シンニュウシャ』しか言えなかったのか……?)


「……大樹……」

「! 春兄ダイジョーブか!?」

「……大樹、おまえ先に行ってろ」

「なっ……何言ってんだよ!?」


 とんでもないことだ。まだ相手の戦闘意志は消えていない。

 かといって春樹が完全に回復したわけでもない。

 それなのに!?


「今ならきっと逃げれるから……」

「春兄はどうすんだよ! まだ震えてるくせにっ」


 少しは落ち着いたのだろうが、まだショックが抜けていないのは明らかだ。


 それは春樹自身もわかっているのだろう。

 彼は震えを押し隠そうとするように強く拳を握った。


「セーガと……東雲さんを呼んできて……」

「春兄を置いてけるわけねえじゃん!!」

「このままじゃ二人ともアウトだろ!?」


 聞かない自分に苛立ったのか、春樹の声は荒かった。

 その勢いにビクリと固まったが、ふと大樹の頭に浮かんだことがあった。


「そーだ……! セーガは!? 春兄呼べるだろ!?」


 直接呼びに行く必要はない。

 セーガを召喚出来る春樹なら、この場にいながらセーガを呼び出せる。


 この名案に顔を輝かせた大樹だが――春樹はひどく悔しそうに目を閉じた。


「……出来ないんだ……」

「え?」

「さっきからやろうとしてるんだけど……繋がらないんだ……っ!」







 頭の中がめちゃくちゃだった。

 例のものを見たとたん頭が真っ白になり、

 次いでセーガと通じないことで焦りが冷静さを呑み込んでしまった。

 セーガを呼び出すには少なからずとも集中力を要する。

 こんな状態ではますます呼び出すことなど出来ない。


(忘れなきゃ……っ!)


 何度も思い出す黒い影。忘れろ、来るな、――消えてしまえ!


「春兄!」

「――……っ」


 止まらない震えに悔しさが込み上げる。立とうと思うのに、走ろうとしているのに!


(こういうことだったんだ!)


 重みを増して東雲の言葉が蘇ってくる。

 どんなにセーガが優れていても、主人が召喚出来なければ何の意味も成さない。

 どんなに素晴らしいものでも、それがいかに発揮されるかは扱う者次第……。


『シンニュウシャ』

『シンニュウシャ』


(セーガ……っ!!)



――“呼んだか?”




 ……え?



 声にならない疑問が、ゆっくりと春樹の頭の中を流れていった。

 半信半疑でその答えを導きつつ、おそるおそる顔を上げる。


 その先にある“答え”は――見事に期待と一致していた。


「セーガ!」


 大樹のはしゃいだ声で改めて認識する。セーガだ。セーガがいる!


「セーガ……どうして……」


――“呼ばれなくても、主人の身に何かあればすぐ察知出来る”


 口の端を上げて答えた彼に、春樹は余計な力がスルスルとほどけていくのを感じた。

 全く――なんて頼もしいことか!


――“悪かったな、遅くなって”


「そんなこと!」

「そうだぜ! 来てくれるなんてさっすがセーガ♪」


――“ふっ……坊主は元気そうだな”


 小さく笑ったセーガが顔を引き締める。周りはセーガの出現で戸惑っているようだった。

 多少は怯えているのだろうか。先程より引き気味だ。


「セーガ。こいつら、多分そんなに悪い奴じゃねえよ」


――“……ああ。あいつらは東雲殿を守ろうとしているだけだ”


「東雲さんを……?」


 大分落ち着きを取り戻し、春樹もようやく立ち上がった。とっさに大樹が支えようとしてくれる。


――“ずい分親しくしているみたいだからな”


「僕たちが東雲さんに害を加えるかもしれない、って思ってるの?」


――“そんなところだ”


 うなずき、セーガが前に出る。その際に彼はチラリとこちらを見た。低く唸る。


――“……主人。命令は?”


「あ……。――相手に怪我を負わさないで追い払うこと、出来る?」


――“御意”



 静かに呟き、セーガが駆け出す。

 彼が主人の命を忠実にこなすのに、時間は五分とかからなかった――。



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