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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「主よ我が加護の元へ」
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 老人がぐるりと自分たちを見回した。

 そこでセーガの存在に気づいた彼が、にっこりとセーガに話しかける。


「セイ坊じゃないか」

――“御主人……?”

「久しぶりじゃの」


 ということは、目の前のこの老人が東雲なのだ。

 セーガの元主人であり、春樹たちのひいひいじいさんなのだ。


 …………。

 …………。


「「ええ――――っ!?」」


 これが――これが「ひいひい」!?


「う、ウソだぁ! ふつーにじーちゃんって感じじゃん! つか超元気じゃん!」


 失礼ながら大樹が指を差して喚く。しかし春樹も同じ気持ちであった。


 確かに老人ではある。髪は白いしシワも多い。

 けれど足腰はしっかりしているし(何せきちんと二足歩行出来ている)、

 言葉もちっとも怪しくない(少々嘘くさい老人口調だが)。

 セーガのことを覚えている辺り、ボケている気配も全くない(むしろ物忘れの激しい大樹の方が危険だ)。


 これでひいひいじいさんだなんて!?


「わしゃ生涯現役じゃ」


 棺桶に頭から突っ込み、足までどっぷり浸かっていそうな年齢のはずの彼は見事に言い切った。

 それだけでなぜか春樹たちは圧倒されてしまう。


「で、坊主たちは?」

「あ……僕は日向春樹です。東雲さんですよね? 僕ら、兄に手紙を見せてもらって……」

「オレは日向大樹だぜ!」

「春樹に大樹……。ああ、葉とかいう小僧に弟が生まれたと聞いとったが、それが坊主たちなんじゃな」

「はあ、まあ」


 曖昧に答えつつも唖然とする。


(あの葉兄を小僧呼ばわり……)


 親戚なのだし、年齢を考えると確かに彼には「小僧」で十分なのかもしれない。

 それでもやはりすごいことのように感じてしまうのは、

 春樹たちが普段から葉に振り回されまくっているからだろうか。


「まさか本当に来るとはの。じゃが……」


 ふと、東雲が目を細めた。じっと二人を見つめる。何か奥のものを探り当てようとでもするように。


「ふん……なるほど。確かに小僧の弟じゃ。揃いも揃って癖のある“力”ばかり持ちおって」

「え?」


 思わぬ言葉に瞬く。

 葉の“力”はいわゆる予知であり、それが癖のあるものだとはすぐに納得出来た。

 だが、今の言い方はまるで――。


「のぅ坊主」

「……春樹です」

「ならばハー坊じゃ」

「は」


 ハー坊?


「昔からペットの類いには坊をつけててな。だからセーガのこともセイ坊じゃった」

「……僕もセーガもペットじゃありませんけど」


 さすがにいくらかムッとして返すと――東雲は聞こえない素振りで大樹を見た。

 いきなり見られた彼が大袈裟にたじろぐ。


「な、何だよっ?」

「お主はター坊じゃな」

「へっ? ……オレ、<たいき>じゃなくて<だいき>だぜ!?」


 大樹は慌て、春樹も少々唖然として東雲を見やる。

 漢字自体はどちらでも読めるので間違う人もいるだろう。

 だが、東雲の場合耳で聞いたのだ。間違えようがない。それとも、やっぱり耳が遠いのだろうか?


「ダー坊は何か変じゃ」


 ……別に耳の問題ではなかったらしい。


「~~~っ! じゃあそっちはひぃーちゃんだからな!」

「ひぃーちゃん?」

「ひぃひぃじーちゃんの略!」


 ……普通に名前で呼べばいいだろう。確かに「ひい」をやたら言うのは疲れるが。


「まあ良かろう」


 ――あっさり流され、大樹が発散し切れなかった不満に唸る。

 それをたしなめた春樹は再び東雲に見られた。なぜかギクリとしてしまう。


「ハー坊。お主、セーガという響きから連想する言葉を言ってみい」

「連想する言葉、ですか?」

「そうじゃ。いくつでもいい」


 うなずかれ、戸惑いが大きくなる。

 とりあえず言われたようにしようと、春樹はセーガを見ながら首を捻った。

 セーガ。せいが。


「……美人。銀河。公家の家格……」


 字を当てはめると、順に「青蛾」「星河」「清華」だ。


「他には?」

「きよらかでみやびやかなことや、しょうか。多くの人材やそれを育てること……?」


 これらは「清雅」「笙歌」「菁莪」である。

 少しずつ苦し紛れになってきたかもしれないが。


 ふぅ、と東雲がため息をついた。それは安堵のものではなく、失望を表すもの。


「何じゃ……一番肝心なものが出てこないとは」

「こら! 春兄をバカにすんな!」

「大樹!」


 突っ掛かっていく大樹を慌てて引き戻す。

 いくら自称「生涯現役」とはいえ、大樹の元気すぎるエネルギーは老体に負担がかかりかねない。

 目の前で心臓発作でも起こされたらたまったものではないだろう。


「あの……」

「まあ良い。……だがな、一つ言っとくぞ?」

「?」


 彼の目は真剣だった。それは眼光だけで大樹を黙らせてしまうほど。


「ハー坊はセイ坊に頼りすぎとらんか?」

「頼り……すぎ?」

「そうじゃ」


 東雲がうなずく。

 ――そう思ったときには目の前の彼の姿が消え、代わりに背後から杖らしきものを突きつけられていた。


 驚愕と緊張。それらが一瞬で駆け巡り声すら出ない。


「春兄!」


――“……御主人”


 セーガが呻くような声を出す。

 それは東雲の行動を諌めるものか、それとも春樹の身を案じるものか。春樹には判断が出来なかった。


「……主人が非力じゃと、セイ坊も力を十分に発揮することなど出来ん」

「…………はい」


 感情を押し殺してうなずくと、ようやく突きつけられていたものが離れた。

 それはやっぱり杖のようで、……って。


 ――なぜか、それを見た春樹にはピンと来てしまった。あれは仕込み杖だ!


(~~~~何者?)


 護身用かもしれないが恐ろしすぎる。


「さて」


 ちっとも気にした様子のない東雲がふいに笑顔になった。二つのバケツを突き出してくる。


「ハー坊とター坊にお願いじゃー。水汲んできてくれ」

「は!? 何で!?」

「ター坊。年寄りは労らんと」

「そーゆうセリフは年寄りっぽいことしてから言えよっ」


 確かに大樹の気持ちはわかる。今更年寄り面されてもこちらとしては複雑だ。


「ター坊のいけず」

「いけ……?」

「うっ! ……うぇっほげっほ。じ、持病の癪が……!」

「へっ? だ、ダイジョーブか!?」


 うずくまった東雲に大樹が慌てる。

 しかし春樹は見てしまった。東雲の口元がわずかに笑みをつくったのを。


「水が、水がほしい……!」

「わ、わかったから! すぐ行ってくるから休んでろよ!」

「それじゃこのバケツを……。この道に沿って行けば川に着くからの……」


 ぜぇぜぇと荒い息のまま彼がバケツを手渡す。

 手渡された大樹は真剣な面持ちでうなずいた。しっかりとバケツの取手を握り締める。


「行こーぜ春兄!」


(……何であんな嘘くさい演技で騙されるんだろ……)


「春兄っ?」

「……わかってる」


 急かされ、春樹はため息まじりにうなずいた。東雲を振り返る。


「行ってくるんで、東雲さんはここにいてくださいね?」

「わかっておる。気をつけて行くんじゃぞ~」


――“……飛んでいくか?”


 その方が速いだろ、とセーガが翼を広げる。それを、春樹はやんわりと断った。


「水を汲むだけだし……セーガはいいよ」

――“だが……”

「それより、東雲さんといてあげて?」


 そっと笑いかけ、


「春兄! 早くー!」

「うわ、勝手に行くな!」


 春樹は、セーガがうなずく前に駆け出した。

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