プロローグ 平和という名の地獄
そこは、薄暗い部屋だった。
冷え冷えとした空間に無機質な音が響く。
部屋の中央にあるのは大きなカプセル。
「……本当に実行なさるのですか?」
一人の青年が静かに尋ねた。彼の機械に触れる手が止まり、無機質な音も自然と存在を失っていく。
尋ねられた男はニヤリと笑った。
「もちろんだ」
「しかし……」
「君は耐えられるか? この平和という名の地獄の世界に」
「…………」
「私には無理だ。耐えられない。――壊してみせる」
狂っている。
そう青年は思ったが、それが男に通じることはなかった。男は恍惚とした表情でカプセルを見上げる。
カプセルの中には培養液。
そして――眠っている、ヒト?
「……私は……平和が、好きです」
「……なら、なぜこの研究に?」
「…………」
「……ああ。君には金が必要だったんだな。家族のために」
「……私の選択は間違っていたのでしょうか」
「さあね」
男は投げやりに首を振った。そこに興味などはまるでない。
「わかっているのは、これは平和を壊す研究ということだ。そして……後戻りは出来ない」
「……はい」
「もうすぐだ」
男がカプセルを撫でる。愛しむように。子を宿した母の腹をさするように。
男の目が細く、緩やかにカーブを描く。
「もうすぐで完成だ。私の可愛い――可愛い化け物」




