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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「護る者と護られる者」
81/153

 守りたいと思ったのは、運命(さだめ)なのか。



†† 護る者と護られる者 ††



「よぉ、セーガ。おまえの主人、決まったんだって?」

「……ああ」


 ある意味同業者とも言える友に話しかけられ、寝そべっていたセーガは短く言葉を返した。

 そんな自分に、友は嘆息をプレゼントしてくれる。


「おまえも大変だな。人間のお守りなんてよ」

「……今更だ」


 自分自身でも思うことだが、そんなことを口にするのも馬鹿らしかった。

 これは昔からの決まりなのだ。


 己の主人は、己では選べない。

主人が決まれば――――その方の一生が尽きるまで、己の限りを捧げる。


 契約のようなそれは、なぜ、そしていつ始まったのかもわからない。

 ただ、長い間続けられてきたことだけは確かだった。


 自分にはそれを破る術も、理由もない。


「で、おまえの主人は男か? 女か?」

「男だ。昨夜生まれた」

「何だ、可愛い子ちゃんじゃねーの。ますますご愁傷様」

「……興味ないな」


 相手が誰であろうと、必要なのは実行すべきことを正確に行うことのみだ。


「……つまんねー奴」


 友が肩をすくめるような仕草を見せ、ヤレヤレと呟く。

 友はそのまま、途方もなさそうな青空を見上げた。


「ま、俺らにとっちゃ男も女もただのガキんちょか」

「……そういうことだ」


 小さくうなずき、ふわりと羽を広げる。それを眺めていた友がぽつりと呟いた。


「いい奴だと……いいな」

「…………」

「とんでもない奴だったら言えよ。俺が抗議しに行っちゃる」

「ふっ……頼もしいな」

「馬鹿。おまえ、本気にしてないな?」

「いや……頼りにしてるぜ、ちゃんと」


 そう笑ってやると、友は一瞬呆気にとられ、それから一緒に笑い出した。


「滅多に褒め言葉を言わねーようなおまえがそう言うんだ。本当なんだろうな」


 それには返事をせず、セーガは無言のまま立ち上がった。友が、にっと笑ってみせる。


「グッドラッグ」

「……そっちも、な」


 そう笑い飛び立つと、今度こそ友は何も言わずに見送った。




***



 ――我が主人と正式に対面したのは、主人の物心がつき、

 主人が自分の存在をはっきりと認識してからだった。


「セーガ!!」


 力強い響きと共に、何かに引き寄せられる感覚。


 それに慣れていた自分は、その力に抗うことなく身を任せた。

 これから始まるであろう新たな自分の使命を他人事のように感じながら。


 ――目を開けると、真っ先に視界が捉えたのは驚きにわずかに目を瞠った少年。


 それが主人、だった。


 彼は驚きを打ち消し、嬉しそうな笑顔をつくる。そしてそっと……自分に手を触れた。


「セーガ」


 呼び出したときとは違い、優しく柔らかい響き。

 まだほんの小さな子供とは思えないほど、その響きはしっかりしていて。


「僕は日向春樹です。……よろしくね、セーガ」


 一度ペコリと頭を下げた彼が、何の穢れも知らないような顔で微笑む。


 そんな彼に、自分は忠誠の証を込めてすり寄った。

 その意味はきちんと通じたらしく、彼は嬉しそうに自分を抱きしめる。




 ――自分の役目だとか、そういったものには関係なく。


 無意識の内に「守ってやらなきゃ」と思った。



 どんっ



 ……不意に感じた衝撃は、なかなか鋭いものだった。

 何事かとそちらを見やれば、これまた小さな少年の姿。


「大樹!」


 主人が注意するのも気にならないのか、少年は顔を輝かせてこちらを見ている。

 彼が主人の弟だということは知っていた。

 何せ自分は、主人の中からずっと世界を覗いてきたのだから。


――“……元気な坊主だ”


 思わず呟くと、少年が首を傾げた。大きく首を振り始める。


「ダイキ」

――“?”

「オレ、日向大樹。ボーズって名前じゃないぞっ」


 ……自分の言葉がわかるのか。


 半ば感心しつつ、チラリと主人を見やる。

 それに気づいた彼は、再び楽しげな笑顔を向けてくれたのだった。



***




「セーガ、どうしたの?」


 不意に呼ばれ、セーガは顔だけを後ろへ向けた。そこに主人の姿を認め、ある程度姿勢を正す。

 あからさまにやるとあちらが慌てるのだ。我が主人ながら何て面白い奴だ。


 歩み寄ってきた春樹は、ふと空を仰いだ。微笑む。


「月、見てたんだ」

――“……ああ”

「あ、今日はお疲れ様。ごめん、いつもくだらないことで呼び出しちゃって……」

――“……前から気になっていたんだが。なぜ、頼む?”

「……え?」


 きょとん、と彼はこちらを見てくる。自分はため息をつきたい衝動に駆られた。


 我が主人は、はっきり言って主人としては変わっている。今の言葉遣いだってそうだ。

 本来ならもっと敬語を使ってやるところだが、堅苦しいからと主人直々にやめさせられた。

 ……といっても主人本人には直接言葉が聞こえているわけではないので、雰囲気か何かで感じ取ったのだろう。

 主人はそういったことにはやたら鋭い。



――“おまえは主人だ。いつも遠慮しているみたいだが……もっと命令していいんだぜ?”

「……命令なんて出来ないよ。セーガは僕たちの、大切な仲間なんだから」

――“……ふっ”

「? ……嬉しそうだね?」

――“いや……友の心配は、いらぬものだったと思ってな”


 小さく笑い、再び空を仰ぐ。ひっそりと浮かぶ月に目を細めた。



 ――主人は、最初に思ったよりも割りと危なっかしい面を持っていた。

 妙なところで抜けていたりするし、時に無茶をし、自分はよくハラハラさせられる。

 それは今でも言える。ある意味守り甲斐があると言ってもいい。

 それは決していいことではないのだけれど。


 ただ――あの瞳も、昔から変わらない。


 自分を心から信頼し、優しく見てくるあの瞳の輝きは、ずっと。




――“ここまで信頼されちゃ……応えてやらなきゃな?”

「え? 今、何か言った?」

――“いや……”


 曖昧に言葉を濁す自分に、彼が小さく微笑う。

 彼の小さな手が、そっと自分の頭をなでた。


「いつもありがと。これからも頼りにしてるよ」

――“……御意”



 いつまでも守ってやる。

 大切な、我が小さき主人。





■「護る者と護られる者」完

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