5封目 謝罪と噂
善は急げ。そんな言葉を振りかざすわけではないが、みんなは早速調査を開始することにした。
しかし、自分たちに警察のような力があるはずもないので専門的なことは出来ない。とりあえず手掛かりだけでも見つけられればと、みんなは手始めに聞き込むことに専念した。そのターゲットは主に葉の中学時代の友人、先生、そして――瀬名の両親。
「……いいの?」
家の前に立ったまま、拓真が念を押すように尋ねてきた。傘をさしているせいで彼の顔はよく見えない。
「何がだ?」
「割り振り。あんたの友達なのに大樹たちに行かせて大丈夫なの? こっちは俺がいれば誰でも大丈夫だけど」
そう。確かに葉の決めた分担は少々おかしいのかもしれなかった。葉の友人の元へ春樹と大樹を向かわせ、自分と拓真が両親の元へ向かうのだ。
――全く面識のない二人に聞き込みをさせるより、葉自身が友人の元へ出向くのが普通だろう。両親の方は拓真さえいれば何とかなる。極論を言ってしまえば拓真だけでもいい。
だが。
「いいんだよ」
葉はぶっきらぼうに答えた。じっと前を見据える。
「チビ樹は人見知りなんてしねぇし、春樹もちゃんと承諾したからな」
「ふーん……」
拓真が曖昧にうなずく。それには興味を示さず、葉はわずかに肩をすくめた。
(ったく……)
確かに春樹は文句も言わずにこちらの案にうなずいた。それは彼が葉の気持ちを見抜いたからだろう。
ただ――葉自身が、瀬名の両親に会いたいという気持ちを。
(鋭い弟を持つってのも複雑な気分だな)
「それじゃ、行くよ?」
「……ああ」
葉がうなずいたのを確認した拓真が、呼鈴も鳴らさずに家のドアを開けた。すんなり開いたのとほぼ同時に足を踏み入れる。葉も続いて中に入ったところで、拓真は気を改めるかのように一度大きく息を吸い込んだ。声を張り上げる。
「……お母さん! ただいま!」
「――やぁね、そんな大声出して」
そう言って部屋から出てきたのは小柄な女性だった。エプロン姿の彼女は、葉の姿を見るなり足を止めてしまう。自分の頭のてっぺんから爪先まで眺める彼女の目が、何度かパチパチと瞬いた。
「やだ、こんな格好でごめんなさい。お料理の途中だったものだから」
「いえ」
「えっとあなたは……?」
「お母さん。この人は日向葉……さん。兄貴の友達だよ」
「え……?」
拓真の言葉に、彼女は大きく目を見開いた。そこには動揺が浮かんだように思えたが――そう思った次の瞬間には、彼女の目元は幾分和んでいた。
「そう、ですか。何のご用かしら? あ……お線香を上げに来てくれたとか?」
「……はい。よろしいですか?」
「ええ、もちろん。きっとあの子も喜ぶわ」
柔らかく彼女が笑む。その微笑みはやはり瀬名の母親であることを実感させ――ツキリと、胸の奥が痛みを訴えた。
その痛みを無視し、葉は案内する彼女の背を追う。拓真も少し遅れてそれに続いた。
「どうぞ」
案内されたのは、少々狭い一室。
その奥にひっそり佇む仏壇はどこか瀬名らしく、写真の彼と目が合った葉は、小さく苦笑を漏らさずにはいられなかった。
「……よぉ、瀬名。久しぶり……だな」
ポツリと呟き、仏壇の前に腰を下ろす。控えめに微笑む彼をじっと見ているのはまだつらかった。それはあまりにも記憶と似すぎていて。
葉は線香を手にとり、ほとんど事務的に行為を終えた。ゆっくりと昇る煙に知らずため息がこぼれる。
(……ここに来るまでに、三年もかかっちまった)
――案外、記憶は薄れていないものだ。
今でも思い出せる。彼の声。彼の笑顔。彼の言葉。
そして……。
(瀬名……。おまえはまだ……)
――まだ、怒っているのか?
「……飲み物は紅茶で大丈夫?」
そっと入ってきた母親に、葉はハッとして顔を上げた。わずかに肩の力を抜く。
「いえ。お構いなく」
ゆるく首を振ると、離れて座っていた拓真が大袈裟に目を丸くした。たった一日、いや半日ほど一緒にいただけで自分の「俺様」ぶりを感じ取っていたのだろう。確かに普段は遠慮なんてするようなキャラではない。
だが、今ばかりは葉もそんな気にはなれなかった。
「……あの」
妙に重い頭を上げて彼女を見る。こちらを見ていた彼女の表情は思いがけず穏やかで、少しばかり葉を戸惑わせた。用意していたはずの言葉が形を成す前に崩れてしまう。
そんな自分に、彼女はわずかに頭を下げた。
「……ありがとう」
「……え……?」
「あの子の友達でいてくれて。こうして線香も上げてくれて。……ありがとうございます」
予想していなかった言葉に目を瞠る。それと同時に苦いものが込み上げ、葉は顔を歪ませた。彼女を直視出来ない。こちらを見ているのであろう拓真のことも。
「……恨まれていると、思っていました」
「え? ……どうして?」
「どうしてって……」
一瞬言葉に迷い、下を向く。苦い後悔は喉にまで込み上げ、決して消えることはなかった。
拳を握り――吐き出す。小さく、けれど強く。
「俺は何もしてやれなかった……っ!」
あんなに側にいて。あんなに話して、笑い合っていたのに。
自分は何もしてやれなかった。悩んでいたかもしれない彼に気づいてやることも出来なかった。
それどころか。
「俺があいつを追い詰めたんだっ……」
どうしてあのとき、彼の気持ちを尊重しなかったのだろう。信じてもらえない、と自分ばかりが被害者のように感じてしまったのだろう。もっと落ち着いていれば。もっと落ち着けるほど自分が子供でなければ。
そうすればもしかしたら――彼は、今も隣で笑っていてくれたかもしれないのに。
「日向葉さん、って言ったわよね」
穏やかな声音で彼女が微笑む。葉は黙ってうなずいた。
「あなたの名前はよく瀬名から聞いていました。内気な子だったけど……ずい分明るい表情をすることが多くなって。それはあなたのおかげだったんだと、私も夫も思っています」
「それは……」
「それに、あの子はああ見えてしっかりしていたと思うの。もちろん『もう子供じゃない』なんて言える歳でもなかったけど……ちゃんと自分の意志というものを持てる子だった。こんなこと言ったら親馬鹿みたいでしょうけど」
「いえ。……俺も、そう思います」
クスクスと笑った彼女に首を振る。確かに瀬名はそんな奴だった。だからこそ自分も彼と一緒にいるようになったのだ。
「だから、ね。あの子がああなったのは……きっと、あなたのせいなんかじゃないと思うの。あなたを見ても、私には感謝の念しか浮かんできません。恨むなんて持っての他」
「けど……」
「それでも納得出来ないなら、一つだけお願い」
言葉を遮られ、思わず瞬く。彼女は一呼吸置き、そっと微笑んだ。
「これからもあの子のことを忘れないで……あの子と……瀬名と、友達でいてください」
「――――」
一瞬驚き、ゆっくりと瀬名の写真へ目をやり。
葉は――黙って頭を下げた。
いったん母親が席を外すと、その場の空気は少々気まずいものとなった。
葉の方は特に構わなかったが、拓真は何を言えばいいかわからなかったのだろう。何度も口を開いてはためらう素振りを見せている。
「……悪いな」
沈黙を先に破ったのは葉だった。ポカンとした拓真を見やる。
「え? 悪いって……?」
「ちゃんとした聞き込み、出来なくてよ」
「……別にいいよ。最初から期待なんてしてない」
葉に、というより両親に、だ。
確かに、両親が何か知っていたならとっくに何らかのアクションを起こしているはずだろう。それがわからないからこうして三年も経ってしまったのだ。
「……でも俺、ちょっと見直した」
「あ?」
「お母さんがあんなに強い人だったなんて、さ。……あんた、またここに来なよ。大樹たちを連れてきてもいい。……今日はお父さんは仕事でいないけど……お父さんもきっと、あんたと話してみたいと思うよ?」
「……そうだな。俺も、瀬名の父親ってのはどんなもんか気になる」
言いながら小さく笑う。ホッとしたようにつられて笑った拓真が、ふと口をつぐんだ。側に置いていた鞄からゴソゴソと何かを取り出す。それは白いシンプルな封筒。最近のものではないのか、どこかしら薄汚れたような……。
「これ……」
「……?」
「俺が言ってた、兄貴の手紙」
「な、に?」
突然のことに、わずかに語尾が掠れてしまった。葉はまじまじとそれを凝視する。
「…………」
見てもいいのかと目だけで問うと、拓真はコクンとうなずいた。渡され、逸る気持ちとは裏腹にゆっくり、丁寧に手紙を開いていく。
少々右上がりの、けれどとても丁寧に綴られたソレ。
『拓真へ。
この手紙が拓真の手に渡るかはわからないけれど、もし、拓真の手に渡ったら。
一つだけお願いがあります。
日向葉という僕の友達に、僕の代わりに謝ってください。
葉は悪くないのに、きっと僕のせいで彼を傷つけてしまったから。
僕は葉に嫌われたくなくて……そのせいでひどいことを言ってしまったから。
だからどうか、僕の謝罪の気持ちを彼に伝えてほしいんです。
ごめんなさいと。本当にごめんなさい、と。
それから拓真。君にもごめんなさい。
こんなことを頼んで、最後まで駄目な兄で――』
手紙は唐突に終わっていた。きっと途中で書くのをやめたのだろう。それは新たに書き直そうとしたからなのか、途中で何か用事でも入ったからなのか。
「変な手紙でしょ?」
読み終えたのを確認してから、拓真が大袈裟に肩をすくめる。彼の表情には泣き笑いに近いものが潜んでいた。
「弟に敬語なんかで書いて。やたらよそよそしい、律儀な文で。ほんとバカみたい」
「……瀬名らしいな」
「ほんと。……そーゆうところが『お堅い』って言ってんのに……わかってないんだから」
ポツリと呟かれた言葉は一見冷たいようで、妙に優しさが込められていた。聞いた葉もこっそり微笑ってしまう。
「……ねえ? あんたに一つ、質問してもいい?」
「質問?」
「言ったよね、あんた。兄貴の未来が視えたとき……その“力”をコントロール出来なかったって。それは偶然?」
「……いや」
かぶりを振り、もう一度瀬名の手紙に目を落とす。無意識にため息がこぼれた。
「“力”ってのは……一種の本能みてぇなもんでな」
「ほん、のう?」
「自分の、もしくは大切な者を守るために……本人の意思とは関係なく働くことがあるんだ。顔面にボールが飛んできたら反射的に目ぇ閉じたりするだろ? あれと似たようなもんさ」
そのことを知ったのは皮肉にも――瀬名がいなくなってからだったけれど。
「……そっか」
呟いた彼が、そっと微笑う。それはハッとするほど人懐っこく、また、瀬名を思い出させた。
「何だかすっきりした」
「そうか?」
「うん」
うなずき、瀬名の写真を見る。そしてもう一度こちらへ目を向けた彼は静かに囁いた。
「……あんたは、人殺しじゃないよ」
◇ ◆ ◇
雨も夜には止みそうだ。
傘の隙間から空を見上げ、春樹は心の中で呟いた。天気予報でもそんなことを言っていたし、このまま雨足が弱まればそれは間違いないだろう。こうして歩いている今も少しずつ雨の勢いが衰えているのがわかる。
それはいい。いいのだが。
「~~大樹!」
さっきから顔をしかめていた春樹はとうとう声を張り上げた。少しばかり目元に力を入れ、隣を歩く弟を睨みつける。
「傘、回すなってば!」
「へっ? 何だよ急に?」
「急じゃない。何度も言ってるだろ」
それは事実だった。大樹は一種の癖のように傘をクルクルと回すので、雨の日はほぼ確実に注意するハメになるのだ。
しかしまあ、彼が元々落ち着きのない奴であるのは知っているし、ある程度仕方ない部分はあるのかもしれない。ただでさえ雨が降っているせいで動きが制限されてしまうのだから。
(いやいやいや)
妥協しそうになった自分に首を振る。それとこれとは別問題だし、やはり他人の迷惑にもなりうる。そして何よりも――飛んでくる水しぶきがうざったい。
「大樹」
「なあ春兄。駄菓子ってうまいな!」
「は?」
キラキラと目を輝かせて言われ、出鼻を挫かれた春樹は思わず間の抜けた声を上げた。左手に傘、右手に駄菓子を装備した大樹をまじまじと見やる。ちなみにその駄菓子はつい先ほど春樹が彼に買い与えたものだ。
――なぜ駄菓子を買ったのか。それは葉の友人を訪ねるためであった。さすがに住所だけで家を探し出すのは困難だが、葉が地図を描くような手間をかけるはずもない。だから春樹たちは近くの店に入り、手っ取り早く道を尋ねる方法をとったのだ。そこで駄菓子を買ったのはささやかな礼の気持ちである。詳しく教えてもらったのに何もしないで店を出ていけるほど、春樹の神経は図太くはなかった。
それにしても、食べながら片手で傘を回すなんて妙なところで器用な奴だ。普段は絶望的なほど手先が不器用だというのに。
「んで? 家はまだなのか?」
「うーん……話によるとこの辺なんだけど……」
「あ――――っ!」
「!? どうしたっ?」
「水あめ落としたぁ~……」
「…………」
がっくりとうなだれる彼にため息をつく。こいつは今回の目的をきちんと理解しているのだろうか。緊張感というものが欠片もない。さっき彼が食べていた駄菓子の食べカスほども。
「……ちゃんと拾えよ」
どこか本題とズレた注意をし、大樹も素直にそれに従った。食べ物になり損ねた哀れな水あめは、彼が食べて空になった袋へ押し込まれる。もう二度と日の目を見ることはないだろう。もったいないが仕方ない。
「さて……」
改めて周りを見る。アパートだとは聞いていたが、いくつかそれらしい候補はあるようだ。
「春兄、アパートの名前は?」
「……聞いてない」
「はあ?」
大樹が大袈裟に目を丸くした。だがその反応には春樹も納得だ。春樹だって「はあ?」と言ってやりたい。
「何で?」
「僕に言わないでよ。葉兄が聞き忘れたんだから」
葉は事前に相手と連絡をとったらしいのだが、大樹と同じ質問をした春樹に、彼は「忘れてた」と答えたのだ。あっさりきっぱり、「ついうっかり」と言ってきたのだ。その後、ちゃんと確認してくれるように頼んでも無駄だった。得意の「めんどくせえ」の一点張り、しまいには「何とかなるって」などと言いやがった。何とかしなければいけないのは自分たちだというのに!
(全くもう)
どうしようもない兄に腹立たしさを覚えながらメモに目を落とす。相手は女性で、姓は相沢。備考としては最近一人暮らしを始めたらしい。
(親から仕送りをもらってるとしてもそこまで立派なところじゃない、かな。かといって女の人だからあまり古汚いところは嫌がるだろうし……。となると……)
あまり特別な事情がない限り無難な住まいだろう。そうなるとこの辺には二つほど候補が残る。
「大樹。あっちのアパートとこっちのアパート、どっちに相手がいると思う?」
「へっ? ……こっち?」
「理由は?」
「勘」
「よし」
うなずき、春樹は大樹の指差したアパートへ向かった。ポカンとしていた大樹も慌てて追ってくる。
こぢんまりとした、けれど壁を見る限りでは割と新しそうなアパート。一つ一つ名前を確認していき……。
「――あった」
メモに記されていたのと同じ名前を見つけ、春樹は小さく声を弾ませた。大樹を振り返り、笑顔の彼と手を合わせる。パチンと軽く音が弾けた。
(ホント、大樹の勘は当たりやすいね)
ただし無心の場合は、だ。彼は直感に優れているものの、相手の罠にはおもしろいほど引っ掛かる単純さも持ち合わせている。
ピンポーン
『……はい』
呼鈴の後にややあって出たのは、女性にしては幾分低めの声だった。わずかに緊張し、春樹は呼吸を落ち着けてから口を開く。
「あの、日向です。そちらへ向かうと電話を入れたんですけど……」
『……え?』
戸惑ったような反応があり、何かあったのか、中が妙に騒がしくなる。二人はそれでも辛抱強くドアの前で待つことにした。中には複数の人間がいるのか声が飛び交っているようだ。
――嫌な予感がする。
「あの……」
中から顔を覗かせたのは、少々ふっくらとした女性。こちらを見る目には明らかに不審の光が潜んでいる。
ああやっぱり。内心でそう思いつつも表情には出さず、春樹は律儀に頭を下げた。相手の警戒を少しでも解くよう、微笑みも浮かべながら。
「初めまして、日向春樹です。相沢さんですね?」
「え、え? 日向って……」
「電話では言い忘れていたと思うんですけど……兄の、日向葉の代理で来ました」
きっとあの兄は「誰が」行くかなんて言わなかったに違いない。彼なら十分にあり得るし、彼女の様子からも確信出来る。
ほとんどボーゼンとしていた彼女は、しばらく自分たちを見つめたままだった。やがて春樹の言葉を理解したらしく、大きく目を見開き、
「うっそ、葉の弟――――っ!?」
――こちらが目を回しそうなほどの大声で叫んだのだった。
しかし騒ぎはこれだけでは終わらない。彼女の声に驚いた人たちが中からゾロゾロ出てくる。見たところ彼女と同年代のようなので、恐らく今日のために彼女が集めてくれた、葉の同級生だろう。
「何だって? 弟?」
「うわ、可愛いっ」
「あまり似てないー!」
「……えーと……」
自分たちはどうすればいいのだろう。
あっという間に囲まれてしまい、さすがに途方に暮れる。それに気づいた彼女――相沢が、パンパンと手を叩いて注目を集めた。
「ハイハイ! まずは中に入ろ! ここで騒いでたら怒られんのは私なんだからね!」
「一番初めに騒いだのっておまえだよな」
「るっさい!」
茶化した男性を彼女が思い切り殴りつける。その威勢の良さに他に文句を言う者がいるはずもなく、春樹と大樹もみんなの流れに押し流され――。
なぜか、輪の中心に座らされてしまった。
(えぇっと……)
気まずい。好奇の視線がザクザクと全身に刺さってくる。
まるで珍獣扱いだな、と春樹は場違いな感想を抱いた。
「えっと、何だっけ? 君が日向春樹くん?」
「あ……はい。こっちが一つ下の大樹です」
「ども」
春樹に押されるような形で大樹が頭を下げる。つられたように「こちらこそ」と頭を下げた相沢が、コロコロと楽しげに笑った。
「でもビックリ。てっきり本人が来るもんだと思ってたから」
「すいません。兄が面倒だからと伝えていなかったみたいで」
申し訳なさを滲ませて呟くと、周りが一斉に吹き出した。何事かと思っている内にそれは爆笑へと変化を遂げる。
「らしい! らしすぎる!」
「変わってねーっ!」
「あ、あの……?」
一体何だというんだ?
「あはは。あのね、君らのお兄ちゃんって割とモテてたの知ってた?」
「え?」
「葉兄がぁ?」
「恐れてる人が大半だったんだけどさ。女子の中にはそのワイルドなところがいい、なんていう子もたくさんいて。まぁ顔もいい方だったと思うしね」
ワイルド。――何だか語弊があるように感じるのは、二人が普段の葉をよく知っているからだろうか。
「女子って物好きな子も多いし。だから結構告白もされてたみたいなんだけど」
「ムカつくのはここから! あいつ、そーゆう子たちに何て言ったと思う?」
「「「めんどくせえ」」」
ピタリと、声が揃った。周りの人の声も、相沢の声も、もちろん春樹と大樹の声も。とたんにどっと笑いが起こる。
(学校でもこうだったわけね……)
複雑な気分で苦笑する。ここまでくると筋金入りだ。きっと今後、二度と直ることはないだろう。
「あぁ、おかしい。私に連絡くれたのも、私が出席番号一番だった、って理由だと思うな」
その可能性は十分に高い。むしろ間違いないだろう。
「……ってこっちばっか話してても困るか。訊きたいこと、あるんだって?」
「あ、はい。実は……」
「日比谷瀬名って知ってるか?」
「大樹!」
単刀直入すぎる大樹に慌てる。そもそも年上相手に何て口の利き方だ!
「日比谷瀬名……って……」
「俺らが中学で同じクラスだった?」
「確か死んじゃったんじゃ……」
戸惑いはザワザワと広まった。みんな顔を見合わせている。
ここで春樹もしっかり頭を切り替えた。今までは緊張感が欠けていたが、ここからはそうはいかない。少しでも有力な情報を得なければ。
「今、ちょっと気になることがあって色々と調べているんです。瀬名さんのこと、何でもいいので知りませんか? 例えば瀬名さんが亡くなった日、どこに行く予定だったのかとか」
「んなこと言われても、俺らそこまで親しいわけじゃなかったしなぁ……」
「普通に話すことはあったけどね」
「うん。他愛ない話は割としたけど、お互いプライベートなことってあまり干渉しなかった気がするな」
「……そうですか」
やはり聞き込むくらいでは無理だったのだろうか。こんな結果も予想していたとはいえ落胆を隠せない。
「ホントに何も知らないのか? どんな食べ物が好きだったかとかさぁ」
「逆に知らねぇような……。あ、そういえば」
ふと男性が顔を上げる。みんなの視線が一斉に彼に集まり、彼は居心地悪そうに頭を掻いた。
「あいつ、何か危ないことしてたみたいだぜ?」
「え……危ないこと、ですか?」
「ああ。噂なんだけどな」
「あ、その噂なら私も聞いた。でも誰も本気にしてなかったよ。ねえ?」
「うん、全然気にしてなかった」
みんながウンウンとうなずく。しかしいまいち意味がわからなかった。
「そーゆうことしそうになかったってことか?」
だが、それならそもそも噂が流れるはずがない。
「あー……何ていうのかな。そういう噂が流れて当然だったからこそ、みたいな」
「流れて当然……?」
「君たちにはちょっと言いにくいんだけど」
相沢が困ったように言葉を濁した。構わない、と春樹は目だけで先を促す。そこでようやく彼女も続けた。
「葉と仲良かったから、さ。瀬名も普通じゃない、何かある奴なんだって考えるのが当然だったんだよね。もちろん半分は冗談だったし、だからみんなもその噂を本気にはしなかったんだけど……」
「…………」
何となくわかるような気はした。葉といることで噂は広まり、けれど大樹の言う通り、そんなものとは縁のなさそうな瀬名が対象だったため本気にする者は少なかったのだ。もちろん瀬名自身は噂を聞いていい気分にはならなかっただろう。だが、恐らくそこまで悪意のあるものでもなかったように思える。これはただの推測であるが……。
「そだ。そういや瀬名、葉に見せたいものがあるって言ってたかも」
「見せたいもの?」
相沢のセリフはやけに唐突だった。それは彼女自身、思い出したのが唐突だったからなのだろう。その証拠に彼女は思い出そうと頭を悩ませている。
「いつだっけなあ……確か死ぬ数日前に話してて、だから私、『結局何を見せたかったんだろう』って不思議に思ったような……」
「他に何か言ってましたか? 具体的じゃなくても、どんなものかだけでも」
「秘密だってはぐらかされた気が、する。でも……あ、えと、何だっけ。外にあるみたいなこと言ってたかな? そこで子供に会ったとか」
「子供ぉ?」
大樹が思わずすっとんきょうな声を上げた。確かに脈絡がない。
「あ、それなら俺も覚えてるぜ。やたら楽しそうに話してたから何となく印象に残っちまって……。確か小三くらいのガキで、妙に気が合ったって」
小三。となると多分大樹と同年代だ。
「妙に語尾が伸びてて面白い子だって言ってたような……」
ふと、春樹と大樹は顔を見合わせる。考えていることは明らかに同じだった。いや、けれど、まさか。でも。
「「それって――」」
「日比谷瀬名~?」
突然訪れて尋ねた自分たちに、沢田雪斗はきょとんと首を傾げた。大樹の幼馴染みである彼は相変わらず間延びしている。春樹たちの知り合いで、今までの条件に彼はピッタリ当てはまっていた。もちろん世の中には似たようなキャラがごまんといることは承知の上だが。
「いきなり言われても~……」
「小三、もしくは小二くらいの頃だと思うんだけど」
「どっか外で会ってねぇか!? 眼鏡かけた兄ちゃん!」
「名前だけじゃピンとこないかなぁ」
言いながら、ウンウン唸っている。春樹は一枚の写真を取り出した。相沢から拝借したクラス写真だ。
「ちょっと写りは悪いけど……」
「…………」
「葉兄に見せたいものがあるって言ってたらしいんだ。多分ユキちゃんと会った場所にそれがあると思うんだけど……どうかな?」
「…………」
「ユキちゃん!?」
雪斗はしばらく黙ったままだった。じっと写真を見たまま記憶を巡らせている。
そして――ふいに、ポンと手を打った。笑顔で。
「思い出しました。確かに会ったことありますよー」
「本当!?」
「はい」
「ユキちゃん! だったら何で最初に教えてくれなかったんだよ~!」
「な、何でって言われても~」
ガクガクと揺さぶられて雪斗が困ったように声を上げる。確かに大樹の言い分は無茶だ。雪斗は今やっと思い出したわけだし、そもそもこちらの事情を知らない。協力してくれただけでも感謝するべきだろう。
「それに僕、当時はダイちゃんに話したよー? 多分、会ったその次の日~」
「え゛」
「あははー。まあ、三年前じゃ覚えてないのも無理ないよ」
確かにそうだ。雪斗が覚えていたこともまたすごい。自分たちもほとんどダメ元で尋ねたというのに。
そんな思いを顔に出すと、雪斗がそれに気づいた。へらりと笑う。
「結構、話してて印象的だったんですよー」
「え……?」
「多分、葉さんに見せたいものもわかります」
「それって……」
思わず息を呑むと、彼はにっこり笑って大樹を見た。目の合った大樹が瞬く。
「僕もダイちゃんに見せたいなぁって思ったもん」
「へっ?」
「わからないー? 僕、たまに色んな場所教えるよね? ヒントはー、僕の好きなことが出来る場所―」
「ユキちゃんの好きな……? ――あっ」
さすが幼馴染みなのか、大樹がパッと顔を輝かせた。それに満足した雪斗は改めてこちらに向き直る。そして彼はゆっくりと口を開いた。




