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倭鏡伝  作者: あずさ
7話「街角に佇む訪問者」
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エピローグ 人を射んとすれば

「大樹、モタモタするな!」

「ちょ……春兄! 待ってくれよ!」

「昨日は学校休んじゃったんだから、今日遅刻するわけにいかないでしょ!」

「だからって……まだ余裕あるだろー!」


 走り出した自分に、大樹が切羽詰まった悲鳴を上げる。

 しかし文句を言いつつも自分のスピードについてくる彼は、すっかり体調も元通りのようだ。

 お気に入りのローラースケートで春樹のすぐ後ろをキープしている。


「春兄、きっちりしすぎだぜ?」

「おまえがアバウトすぎなの。――あ」

「ぶっ!?」


 急に止まった自分に、大樹が思い切り衝突した。

 さすがに転びはしなかったが、打ち所が悪かったようで涙目で顔面を押さえている。


「何すんだよ春に……」


 抗議しようとした声が、スッと音を失ってしまう。


 春樹も信じられない思いで目の前を凝視していた。つ

 い先日見たばかりのシルエットに、これは現実なのかと疑わずにはいられない。

 それほど彼は唐突にこの視界に入ってきたような気がしたのだ。

 もちろんそれは気のせいで、彼は最初から待ち伏せでもしていたのだろうが。


「歌月くん……」


 ぼんやり声をかけ、初めて渚が動きを見せた。

 だが、彼が歩み寄るより早く大樹が前に割り込んでくる。自分をかばうように。


「何だよおまえ!」

「ちょ……大樹!」


 敵意むき出しな彼を慌てて押さえつける。

 そうでもしなければ飛び掛かりかねないだろう。


「ってこら! 唸るな! 爪を立てるな!」

「……おまえの弟は動物か?」

「いや、いつもはもう少し人間らしい行動をしてくれるんだけど……」


 ペットをしつけている気分で苦笑する。

 これではまるで、敵を威嚇している猫状態だ。

 兄としては「ちょっとどうよ」と思わずにはいられない。

 このまま野生に帰られたらどうしよう、などと本気でいらぬ心配をしてしまう。


「まあ、エサを与えればすぐ大人しくなるから……」

「春兄! こいつ春兄をさらったんだぞ!? わかってんのか!?」

「大樹」

「だって! 今度は何するかわかんねーじゃん!」

「大樹!」

「…………っ」


 厳しい口調でやめさせると、大樹はひどく傷ついた顔をした。

 表情を歪ませ、力任せに春樹の腕を振り払う。


「~~~~春兄のアホ―――――ッ!!」

「って学校そっちじゃないし!」


 どこへ行く気だどこへ!?


 渚の横を通って先に進んだのはいいものの、そのままあらぬ方向へ走り去ってしまう。

 一体彼は何を考えているのだろう。

 何も考えていない、に百円賭けたいが。


 しばらくボーゼンとしていた二人に、やがて気まずい空気が流れ始めた。

 沈黙がやたら重くて、春樹は慌ててそれを振り払う。

 ひとまず愛想笑いを付け加えることでその場を打開した。


「えっと……ごめんね。あいつ子供で」


 しかし、よく考えてみれば大樹は自分たちの会話を知らないのだ。

 ああやって警戒を表すのも無理はなかったかもしれない。

 だからといって極端すぎるのも否めないが。


 まあ、それはともかく。


「それで一体……」

「……親父に訊いてみた。理由は何なのかって」

「本当? それでお父さんは何て……?」

「……今は教えられない、ってよ。上手くはぐらかされたみてーだけど。親父って結構頑固だし、あれはこれ以上訊いても無駄だろうな」

「……そっか」


 それはある程度予測していた結果だ。

 だが、こうも面と向かって言われるとやはり小さな失望を感じる。

 期待せずにはいられなかった分余計に。


「でも」


 ふいに渚が語気を強めた。真っ直ぐこちらを見てくる。


「俺は親父を信じてる。だから……今後も、こっちはこっちで好きにやらせてもらうぜ」

「……わかった。残念だけど仕方ないね。でも、こっちだって仕掛けられたときはそれなりの対応をさせてもらうからね?」

「望むところだ」


 ふん、と彼が鼻を鳴らして笑った。

 春樹も一応「了解」程度の笑みを浮かべておく。

 最善な状況としてはやはり無駄に争いたくなかったが、そういうわけにもいかないだろう。仕方ない。

 こうして互いに正々堂々と「宣言」出来る状態になっただけでも良い方だ。そういうことにしておく。


「あ、けど一つだけ教えといてやる」

「?」

「あえて最初におまえを狙った理由」

「え……」

「親父が言ってた。ここの言葉で言うなら、『人を射んとすれば先ず馬を射よ』だって。それだけだ」

「…………」


 人を射んとそれば先ず馬を射よ――?


 すぐに本意を汲み取ることは出来なかった。

 しかし渚の様子からしても、これ以上情報を得ることは出来そうにない。

 そろそろ時間的にも限界だ。


「……教えてくれてありがとう」


 とりあえず礼を述べ、春樹はため息をついた。もう行かなければ。


「僕、もう行くよ。大樹も探さなきゃいけないし」

「ああ」


 うなずきつつも、渚は動かない。

 こちらが行くまで消えるつもりはないのだろう。

 だが春樹は特に構わなかった。

 彼の性格からして、今すぐ何かを仕掛けてくるとは考えにくい。

 それならただの見送りと相違ない。

 そのまま渚の横を通り過ぎようとし――。


「あ、でも」


 ふいに、春樹は言いそびれていたことを思い出した。

 通りすぎる際に、ボソリと彼へ囁く。


 自分を連れさらったという事実は、今回はチャラにしたけれど。


「僕、カラスに襲われた恨みだけは忘れてないから」


 ――僕って執念深い方なんだよね。


 そう笑顔で告げ、春樹は今度こそその場を駆け出した。



「……やっぱあいつは敵に回したくねえ……」


 そう言って渚が顔を引きつらせたのを、春樹は知らない。



◇ ◆ ◇



 大樹は割とすぐ近くにいた。

 春樹は慌てて駆け寄り、勢い良く彼の腕をつかむ。


「大樹」


 ハッとしてこちらを見上げた彼は、拗ねたように顔を背けた。

 しかし完全に無視をする気はないようで、恨めしそうに横目で見てくる。


「……何であんなシッポのことなんかかばうんだよ」

「……そんな目で見ないでよ」


 一瞬「シッポ」が何を指すのかわからなくて苦笑した。渚の髪を見てそうインプットされたのだろう。

 それにしてもバリバリいじけモードだ。

 とはいっても、彼の膨れっ面を見ると少しホッとしてしまう。

 やはりキレたときよりもこの方が彼らしい。また、扱いやすいというものだ。


「大樹、早く学校行くぞ?」

「……春兄のバカ」

「はいはい」

「春兄甘すぎ! お人好し! あいつは敵なんだろ!? なのに……!」

「そのどうしようもない僕を、おまえは守ってくれるんだよね?」

「――――」

「いつもありがと。これからも頼りにしてるよ」

「……へへっ♪」


 言葉巧みにすり替えると、大樹はコロリと笑顔になった。

 差し出した手をぎゅっとつかんでくる。さすが単純だ。


 半ば大樹を引っ張るような形で、春樹は学校に向けて歩き出した。

 今度は大樹も素直についてくる。少々落ち着きないが。


(……人を射んとすれば先ず馬を射よ、か……)


 故事成語の一つである。それは確かだ。

 どうして渚の父親が知っているのか不思議だが、大方、日本人である渚の祖母に聞いたものなのだろう。


(……目的を達成するには、それと最も関係のある者を手に入れるべきだっていう意味だよ……ねえ?)


 大将を倒すためには、まずその大将が乗っている馬を倒せばいい。

 簡単に言えばそういうことである。


 しかし、いまいちわからない。

 それと今回のことに何が関係あるのだろう?


 確かなのは、何かが動き出しているということだけだった。

 静かに、けれど確実に。自分たちの知らないところで。


「あ、カラス」

「ええ!?」


 ――とりあえず今の春樹にとって、何よりもの敵は歌月ではなく、目の前の黒い生物なのかもしれない。




■7話「街角に佇む訪問者」了

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