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倭鏡伝  作者: あずさ
7話「街角に佇む訪問者」
57/153

1封目 あの黒くて鋭いスリリングなやつ

“倭鏡”

 それは鏡を通して存在する異世界である。

 その存在を知る者はほとんどいない。


 そこは地形も言語も日本と酷使しているが、比べるなら圧倒的に倭鏡の方が自然に多く囲まれていた。

 だからといって市場や工場も決して劣っているわけではない。


 その原因の一つとして、そこの人々が特に自然を愛しているからだというのはもちろん挙げられる。

 だがさらに言えば、そこの人々は機械にばかり頼る必要もないからなのだろう。

 何せ倭鏡の人々にはなぜか不思議な力が備わっているのだ。

 その種類は人それぞれによって千差万別であり、ここではっきりと述べることは出来ない。

 だが、その力が人々の生活を助けているのは明らかであった。

 火や水を操ることの出来る者は特に活躍の場が多い。

 そしてここは、一人の王によって今は平和に――それも最近はとある件で少々グラつきかねない状況だが――治安されているのだ。


 そんな倭鏡と日本を行き来出来る、ある意味不思議な少年――日向春樹は、今、一つの難関に直面していた。


(な、な、何でこんなに……)


 敵は全部で六体。

 どれも大きく手強そうなものばかりだ。

 黒々とした(からだ)につぶらな瞳、突き出る嘴はひどく頑丈そうな……“カ”のつく物体。


 それが自分の目の前で群れているのを見て、春樹の背を嫌な汗が伝った。


(お……落ち着け。さりげなく通れば多分大丈夫……!)


 目が合えば()られる、と春樹は本気で思った。

 そう意識してしまうと不自然に鼓動が速まってしまう。

 とにかく素早く、さりげなく通りすぎれば――。


「春兄?」


 ふいに後ろから呼ばれ、ぎこちなく振り返る。

 そのときの自分はワラにでもすがるような顔をしていたと思う。


「大樹」


 春樹はホッとして弟の名を呼んだ。

 普段は生意気で喧嘩っ早く無鉄砲な奴だが、こんなときにはとてつもなく頼もしく見えてしまう。

 いつもは必要以上に小さなその背丈も、気のせいだろうが一回りほど大きく感じられた。


「何止まってんだよ? 早く学校行こうぜ……って」


 駆けてきた彼は、目の前の状況を見て言葉を止めた。

 納得したようにこちらを見上げてくる。多少呆れの色を込めながら。


「まだ治ってなかったのかよ? 春兄のカラス嫌い」

「その名前も聞きたくないっ」


 おぞましさに首を振る。あんなもの「カのつく物体」で十分だ。


「……そこまで嫌いなのに、よく今まで他の人にバレてないよなぁ」

「ポーカーフェイスは得意な方だから」


 とはいっても、この件に関しては本当に毎回ギリギリである。

 実際いつバレてもおかしくない状況ばかりだったろう。

 運が良かったのだとも言える。


「そ、それより大樹……」

「またぁ? オレだって疲れるんだぜ?」


 ぎこちなく笑いかけた自分に、大樹がうんざりとした顔を向けてくる。

 そんな彼に、春樹は必死に手を合わせた。

 背に腹は代えられない。命あってこその人生だ。


「そこを何とか! このとーり!」

「……今日の夕飯」

「ハンバーグでどうだ!? デザートもつける!」

「よっしゃ、乗った!」


 必死な自分に、大樹がにっと笑ってみせた。

 彼は元気にカラスの群れへと駆けていく。

 毎度ながらよくそんな度胸があるものだ。自分にはまず無理である。

 そんな敵に自ら向かっていく真似など出来そうにない。


 しみじみと感心しながら、春樹はじっと成り行きを見守った。

 目の前でピタリと止まった大樹に、カァカァ鳴いていたカラスがふいに静まり返る。


「“な、お願いなんだけどさ。ちょっとの間でいいから、そこどけてくんね? ……え? ちげーよ、そうじゃなくて。オレの兄ちゃんが怖がってんの。な、ホントちょっとだから! ……はあ? 誰もおまえらのモンなんてとらねーよ。ダイジョーブ!”」


 ――ハタから見れば、少々変な子に思われるかもしれない。

 しかしもちろん彼は独り言をしゃべっているわけではない。

 あれはれっきとした会話なのだ。ただし、カラスとの。


 大樹には人以外の声が聞こえる能力がある。

 それは先ほども説明したように、彼も倭鏡の人間だからだ。

 ちなみに自分は“セーガ”と呼ばれる生き物を召喚出来るのだが……。


「春兄! 少しの間どけてくれるって!」

「本当に? ……わああっ!?」


 ホッとしたのも束の間。

 たくさんのカラスが一斉に飛び立ち、春樹は思い切り悲鳴を上げてしまった。

 一斉に飛ぶなんてひどすぎる。心臓が止まるではないか!


「春兄、そんな大袈裟な……」

「だって一気に……。一羽ずつひっそりと僕の視界から消えてほしかった……」

「無茶言うなって。ほら、早く行こうぜ?」

「……そうだね」


 手を引かれ、春樹もやっと気を取り直す。

 確かにいつまでもこんなことをしていたら遅刻だ。

 それにいつカラスが戻ってくるかもわからない。

 その危険を避けるためにも、早くここから進まないと。


「あ、猫だ!」


 ふいに大樹が駆け出した。

 その先には確かに一匹の黒猫が佇んでいる。あの大きさはまだ子猫だろうか。


「“見たことないな~……。おまえ、どこから来た?”」


 瞳を輝かさんばかりに大樹が話しかけている。

 彼は“力”が関係しているのかいないのか、動物が大好きなのだ。

 といっても春樹だって別段動物が嫌いなわけではない。むしろ好きなくらいだ。カラスという物体を除いては。


 しかし、大樹の声は虚しくも無視される形となった。

 猫がふいとソッポを向き、そのまま軽やかに離れていってしまう。


「あ……」


 珍しいことであった。

 大樹自身にもがっかりした様子が見てとれる。


「……一言も口きいてくんなかった」

「動物にも嫌われたか?」

「動物にも、って何だよ。にもって」

「いや、別に」

「春兄~? それが助けてもらった奴の態度かよっ?」


 それを言われると痛い。


「ごめん、あれは本当に助かったよ」


 妥協して礼を述べると、満足したのか、彼はふにゃりと笑顔になる。

 その一転した表情は、彼の顔の筋肉はよほど柔らかいのではないかと思わせた。

 本当にコロコロと表情が変わる奴だ。観察日記でもつけられるのではないだろうか。


「へへっ♪」

「じゃ、行こっか」

「おう!」


 二人揃って歩き始める。

 しかし、数歩もいかない内に大樹が足を止めた。

 後ろを振り返る。不思議そうに首を傾げながら。


「どうかした?」

「いや、何か……」


 曖昧に呟いた彼はしばらくじっと動かなかった。やがて肩をすくめる。


「気のせいかも」

「何が?」

「誰かに見られてる気がしたんだけどさ」

「え?」


 思ってもみなかった言葉に、春樹も反射的に振り返った。

 しかし人影は一つも見当たらない。

 基本的に家に囲まれているここだが、中途半端な時間帯のせいかガランとしている。

 あえて言うならば、どこか近くの家から笑い声、怒鳴り声が聞こえてくる程度だ。


「……誰もいないけど」

「だから気のせいかも、って言ったじゃん」

「ハイハイ。ふてくされるなって」

「むー」


 頬を膨らませる彼に小さく笑い、再び歩き出す。


「…………」


 その様子を、一匹の黒猫が物陰からじっと見つめていた。



◇ ◆ ◇



「……春兄、ダイジョーブか?」


 校門の前で心配そうに訊かれ、春樹は無理に笑顔を向けた。


「……何とか……」

「ならいいけどさ。ま、あとは学校入るだけだし頑張れよ!」

「うん。そっちこそ気をつけろよ?」

「ダイジョーブ!」


 力強くうなずいた彼が元気に走り出す。

 「また後でなー!」と叫ぶ彼に、春樹は軽く手を上げることで応えた。

 彼が友達らしき人に声をかけるのを見て、春樹も学校へと歩き出す。

 それにしても。


(何なの、あのカラスの群れは……)


 ここに来るまでに何羽目にしただろうか。考えるだけでぐったりしてしまう。


(あんなに大樹が頼もしく思えたのは初めてかも)


 今までもこんな経験はあったが、ここまで回数を重ねたのは初めてだ。

 “力”を使うには多少なりとも疲れるので、大樹には感謝しなければならないだろう。

 特に彼の場合、「聞く」のはともかく「話す」のは精神力を使う。

 今夜はデザートを多めにしてやった方がいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、春樹は思わずため息をついた。

 カラスごときにビクビクしている自分が情けない。

 しかし嫌いなものは嫌いなのだ。


「春るーん」


 ふいに甲高い、元気な声が飛んできた。

 振り向こうとした矢先に飛びつかれ、春樹は思い切り転びそうになる。

 それでも何とか踏ん張ることが出来たのは、一重に大樹で慣れていたためだ。

 彼の飛びつきはもっと勢いがある。

 というより、勢いと突拍子のなさのみで構成されている。


「は……林先輩!?」

「春るんおはよう」

「おはようじゃなくて……何するんですか、いきなり」

「やんもう、春るんったら赤くなっちゃって!」


 ポニーテールの彼女が楽しげに笑う。

 そんな彼女はなぜか一人であった。

 普段なら他に二人連れ、常に三人一組で行動しているのに。


 そう不思議に思っていると、やや遅れて残りの二人も駆けてきた。

 考えていた通り、やっぱり彼女たちは三人で一組らしい。


「こらー! あんた、何抜け駆けしてんの!?」

「ふふーん。早い者勝ちってや・つ」


 怒鳴り込んだ木村に、林がいけしゃあしゃあと言ってのけた。

 木村はまだ不満げに色々とわめいている。相変わらず元気な人だ。

 その様子を呆気に取られて眺めていた春樹は、ふいに森本に両手をとられた。

 ぎゅっと握られて少々焦る。


「春るん、彼女の毒牙にはかからないようにね……」

「はあ……」


 ――だからどうか、眼鏡を光らせるのだけはやめてほしい。


 元気印の木村、ミーハー少女の林、ミステリアスな森本。

 この三人の少女の出現に、春樹はますます疲れるものを感じた。

 この三人は何かと春樹に構ってくるのだ。委員会やクラブはおろか、学年にすら共通点はないのに。


「全くもう! 急に飛びついたりして、春るんも困ってるでしょ!」

「だーって、カラスがいて怖かったんだもん」


 全く怖がった素振りを見せず、林があっさりと答える。

 反対に春樹はビクリと体を強張らせた。

 今、嫌な単語を聞いたような。


「あ、でも確かに多かったかも。今って繁殖の時期だっけ?」

「さあ……。最近、急に増えているのは確かね。気が荒いのも多くて、被害も割と拡大しているみたい……」


(うわああ……)


 ふふふ、と口元だけで笑う森本に寒気を覚える。

 そんな恐ろしいことをあっさり言わないでほしい。


「う、嬉しそうですね、森本先輩」

「ふふ……だって気になるじゃない、不思議なことがあると。原因を色々と考えてみるのも面白いし」

「ふーん? んじゃカラスの件、原因は何だと思うの?」

「そうね……カラスは不吉な象徴であることが多いし。何か危険なことを伝えているのかもしれないわ。例えば、何かの崩壊とか……」

「うっわ。私そーゆうのパス! ……あれ? 春るん、顔色悪くない?」

「え!? いえ、あの……っ」


 木村に顔を覗き込まれ、春樹は慌てて取り繕った。

 しかし完璧には誤魔化せなかったらしい。彼女たちは不思議そうに顔を見合わせている。


「何? 風邪?」

「いや、そんなこと……」

「お腹の調子が悪いとか?」

「そうじゃなくてですね……」

「……恋煩いね」

「違います」


 あまりの見当違いなものにきっぱり否定する。

 すると彼女たちは一斉に「なんだぁ」とため息をプレゼントしてくれた。

 春樹としては苦笑するしかない。

 どうして女子というものはこうも恋愛話が好きなのだろう。

 期待するのは勝手だが、「なんだぁ」って何だ、「なんだぁ」って。


「やあ春樹クン。センパイに囲まれてどうしたんだい?」

「あ、隼人くん」


 突然肩に手を置いてきた少年に、春樹は多少ホッとした。

 この場を打開できるかもしれないと期待したのだ。


 彼の名前は咲夜隼人。

 日本人の母親、イギリス人の父親から生まれたハーフである。

 そのせいか、きれいな金髪にスラリとした手足などと容姿には大分恵まれている。

 何もしなくてもちょっと目を引いてしまう人種だ。


「隼人くん」


 そんな彼の登場に、先輩たちの目も一際強く輝いた。

 ミーハー属性の強い林なんかはダントツだ。

 それに慣れている隼人の対応はスマートだった。彼はにっこりと笑顔を向ける。


「おはようございマス、センパイ方。今日もキレイですね」


 とたんに上がる黄色い声。

 春樹は他人事のようにそれを聞いていた。

 こんなやり取りは毎度のことだ。もはやツッコむべきところではない。


「春樹クンもグッモーニン」

「……おはよう」

「今日も美人サンだね」

「…………」


 ――今のは、ツッコむべきだったろうか。


 しかしこういったこともすでに日常となりつつあるので、春樹はただ引きつり笑いを浮かべておくことにした。

 隼人は少し――いや、大分おかしいところがあるのだ。

 彼は「男女平等」をモットーとしているらしく、女性に使うべきセリフを男性に吐くこともしばしばである。

 また、行為も然り。

 そのせいで大樹は隼人を苦手としているが、隼人はむしろ大樹を気に入っているようだ。

 その二人の板ばさみ状態である春樹は少々頭が痛い。

 最近では放っておくのが一番だと思えるようになってきたが……。


「……っと、のんびりしてる場合じゃなかった」

「え? ……どうかしたの? まだ時間には余裕あるけど……」

「オレ、今デンジャラスちっくな状況でね」

「は?」


 デンジャラス。

 ということは、危険な状況?


「きゃあっ!」


 唐突に木村が叫んだ。

 何かと思い振り向いた春樹は、思わず目を丸くする。

 血の気がざっと引いたのを、妙に冷静に感じることが出来た。


 カラスが低空飛行で向かってくる!?


「走るよ春樹クン!」

「ちょっ、何で僕まで!?」


 叫びながらも仕方なく走り出す。

 しかし――怖い! 本気で!


「隼人くん、一体何したの!?」

「え? これといっては特に……。ちょっと蹴った石が当たっちゃっただけさ」

「そりゃカラスも怒るよ!」

「そんな、軽くなのに……。それなら、その後間違って幼鳥を踏みそうになったことの方が原因っぽくないかい?」

「そんなことまでしたの!?」

「Oh,でもワザとじゃないよ! 結局踏まずに済んだし!」


 そんなこと知るか!

 そう怒鳴り飛ばしたくなるのを無理に呑み込み、春樹はひたすら走った。

 すれ違う生徒が不思議そうに見てくるのを気にする余裕もない。


 校内に入り込み、隼人が駆け込んできたとたんピシャリとドアを閉めてしまう。

 勢いの余りぶつかってくるのでは、と思われたカラスだがそんなことにはならなかった。

 手前で止まり、何度か周りをウロウロした後にその場を去っていく。

 さすがに賢いようだ。あまり動きに無駄がない。


「……行ったかい?」

「みたいだね……」


 答えながら、どっと息を吐く。

 もう呼吸が苦しい。汗が噴き出してきそうだ。


「……何やってるんだ、二人して?」


 ふいに、低い少年の声が耳に入った。

 それは当然のように春樹と隼人に向けられていて、二人は一斉に振り返る。

 そこで目にしたのは、上靴に履き替えたばかりらしい杉里蛍の姿。

 彼の眉は不審そうに寄せられている。


「杉里くん……」

「ちょっとスリリングな冒険をね」


 こちらが答えるより早く、すでに立ち直ったらしい隼人が間に割り込んだ。

 いくらか汚れた下駄箱へ歩いていく彼を軽く睨む。

 あんなスリル、二度といるものか。


 蛍はますます不審そうに首を傾げた。

 隼人からマトモな答えを引き出すのが難しいと心得ている彼は、無言でこちらに視線を送ってくる。

 そんな彼に、春樹はとりあえず精一杯の笑みを浮かべることにした。

 彼が常識人で良かったと心から思う。


「隼人くんがカラスにちょっかい出したらしくて……僕まで巻き込まれちゃったんだよね」

「……それは災難だったな」

「Oh,ちょっかいだなんて人聞きの悪い。まあ……カラスが嫌いな春樹クンには悪いことしたと思うけどね」

「「……え?」」


 春樹、蛍は揃って隼人を見た。

 蛍はすぐにこちらを見てきたが、春樹は隼人から目を離せない。


「は、隼人くん? 今何て……?」

「え? だから、春樹クンはカラスが嫌いなんだろ? さっきの反応を見てればわかるよ」

「でも咲夜、あれは特別にカラスが嫌いな奴じゃなくても怖いと思うぞ……?」

「No! オレが言うんだから間違いないよ!」

「……どうなんだ、日向?」

「え?」


 二人に見られ、春樹は思い切り戸惑った。

 反射的に笑顔をつくるが、どうも上手く出来ている気がしない。


「僕は別に……カラスなんて……」

「じゃあ今日、オレと一緒に帰ってカラスと対決してくれるかい?」

「……思いっ切り遠慮しときます」


 泣きたい思いで首を振る。

 そんなことをしたら命がいくつあっても足りない。

 これ以上寿命が縮むのは嫌だ。ただでさえ心労が多くて大変だというのに。


「日向、本当にカラスがダメなのか?」


 驚いたように訊かれ、仕方なく春樹はうなずいた。

 ここまでくれば、もう隠していても無駄だろう。

 それならいっそ認めてしまった方がいい。


「一体どこが……?」

「だって!」


 不思議そうな二人に顔を上げる。

 春樹はわずかに顔をしかめた。考えるだけでも寒気がするのだ。


「あんなに黒々としてて目が丸くて嘴も爪も鋭くて……! 何でも食べるんだよ!? ゴミを漁るんだよ!? しかもカァカァカァカァ!」

「それってかなり理不尽な怒りじゃないか……? 特に最後……」


 困ったように蛍が頭を掻く。

 春樹も曖昧にうなずいた。

 ひどいことかもしれないが、結局は生理的に受け付けないのだ。

 昔ひどい目に遭ったから、というわけではない――はずである。

 今はひどい目に遭っている気もするが。


「オレ、たまにガァガァ鳴くカラス見るけど?」

「多分それはハシボソガラス。さっき僕らに向かってきたのはハシブトガラスだね。……っていうか隼人くん、ほんとうにやめてよ、カラスに近づくの。五、六月なんて特に凶暴なんだから。幼鳥を守るために親鳥は殺気立ってるし」

「……嫌いなくせに詳しいな、おまえ……」


 ボーゼンと呟かれ、肩をすくめてみせる。

 そこで予鈴が鳴り、三人はようやく教室へ移動することにした。

 周りの生徒もバタバタとしている者が多い。


(あーあ……)


 朝だけでこんなにカラスに会うなんて、今日は厄日ではないか。

 そう思った春樹は、憂鬱さにため息をつかずにはいられないのだった。

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