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倭鏡伝  作者: あずさ
6話「七転八倒九起」
51/153

3封目 吸引力の変わらない、

 本当にどうしたものか。

 あの後も職員室のドアを勢い良く開けすぎて思い切り注目を浴びてしまった春樹は、恥ずかしいやら情けないやらでがっくりと肩を落とした。

 面白いほど気分が落ちているのが自分でわかる。

 メーターで表してみたいくらいだ。


 ヤケ気味に思った春樹は、一度深くため息をついた。

 重々しく家のドアを開ける。


「ただいま……」

「おかえり、春樹サン」


 ずい分下から声がし、視線を落とす。

 そこには一つの、小さな怪獣のぬいぐるみ。


「もっちー」

「大樹サンならとっくに帰ってきとるで? ……ボーッとしてどないしました?」

「あ、いや……何でもない」


 首を傾げるもっちーに慌てて笑ってみせる。

 この「もっちー」と呼ばれるぬいぐるみ、実は立派な生き物だ。

 自分たちが封印しなければならないはずの渡威が憑いたもので、自分たちの仲間志願をしてきた変わり者である。

 結局それは受け入れられ、今に至る。

 もっちーは今日もニセモノくさい関西弁を使いながら元気なようだ。


「春兄!」

「……大樹」


 居間から大樹が顔を出した。彼はこちらの姿を見るなり駆けてくる。


「おかえり! 今日は遅かったな?」

「うん……ちょっと色々あって」

「色々?」

「別に大したことじゃないけど……」

「……春兄?」


 どうも歯切れの悪い自分に、大樹が顔をしかめた。怪訝そうに見てくる。

 その瞬間、頭の中に激しく警鐘が鳴り響いた。


 やばい。


「どうしたんだよ、春兄。何か変だぜ?」

「僕は別に……」

「朝だってぼんやりしてたし。具合悪いのか?」

「ちが……」


 違う。違う。違う。

 ――ウルサイ。


「ぜってーおかしいって! なあ、何で教えてくれないんだよっ?」

「何で……って……」

「春兄っ!」


 両腕をつかまれ、カッとなった。反射的に振り払う。

 警鐘が――弾けた。


「何でもないって言ってるだろ!?」

「はる……」

「うるさい! 僕のことなんか放っておいてよっ!!」

「春兄……?」


 大樹の瞳が動揺に揺れる。

 それを見た春樹はハッとした。思わず口を手で覆う。

 こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。


「ごめっ……」


 謝らなければならない。そう思うのに声が最後まで出なくて。


「…………僕、……部屋で勉強してくる……」


 小さく告げると、春樹はバタバタと部屋へ向かった。

 追い抜く際に大樹がこちらを振り返ったが、あえてそのまま無視をする。

 合わせる顔などなかった。今の大樹は悪くない。ただの自分の八つ当たりだ。


 バタン!


(~~最悪だ)


 ドアを閉めるなり、春樹はズルズルと座り込んだ。

 自分の情けなさにため息が出る。


(最低だ、自分……)


 勝手に悩み、失敗し、八つ当たりをしてしまうなんて。

 本当に勉強をする気にはなれず、春樹はそのままぼんやりと考え込んだ。

 どうすればいいのだろう。

 とりあえず、もう少し落ち着いたらきちんと大樹に謝らなければならない。それだけは確かだ。


『何か変だぜ?』


「…………」


 自分でもわかってはいた。

 だからこそ焦る。

 ここまで感情がコントロール出来ないなんて、まるで自分が自分じゃないみたいだ。

 気味が悪い。不安になる。――怖い。


(何なんだよ、もう……)


 ふいに芽を出した感情が気に食わなくて、慌ててソレを打ち消す。

 少し調子が悪いだけだと言い聞かせることにした。

 自分は昔から、いったん調子が崩れるとズルズルとダメになってしまう傾向がある。今回もきっとそれだ。


「春兄っ!」


 突然、ドアが激しく叩かれた。

 放っておけば蹴破ってきそうな勢いに慌てる。


「な……大樹?」

「春兄、渡威が出た!」

「渡威が……!?」


 さっきの出来事のせいでバツが悪い、などと思っている暇はなかった。考え事も後回しだ。


「出たってどこに?」


 鋭く問い、立てかけておいた封御を手に取る。

 渡威を察知するセンサーの光が淡く光っているのを見て愕然とした。

 何で気づかなかった!?


「庭。今、もっちーが引きつけてるから。急ごうぜ!」

「あ、ああ……」


 大樹にも先ほどのやり取りを気にした様子がないのが救いだった。

 再び自己嫌悪しそうだったのを吹っ切り、大樹の後に続く。

 庭へ出ると、いきなり何かが顔面に向かって飛んできた。しかもすごい速さで。


「わっ! ……もっちー?」

「ど、ども……」

「もっちー! ダイジョーブか!? ケガは!?」

「大丈夫、吹っ飛ばされただけや」


 自分に抱えられた状態のもっちーがフルフルと頭を振る。

 その様子に春樹はつい苦笑してしまった。なかなか頑張ってくれていたようだ。


「ありがとう、もっちー」

「ええって。それより春樹サンは? 気分、優れないんやろ?」

「大丈夫だよ」


 こんなときにワガママなど言っていられない。

 そもそも、別に体調が悪いわけではないのだ。


「そんでもっちー、渡威の奴は!?」

「さっきまでそこに……大樹サン、後ろ!」

「!」


 もっちーの言葉に、とっさに大樹が右へ避ける。そこへ大きな掃除機が現れた。

 ――掃除機?


「……掃除機だな」

「掃除機だね」


 思わず二人で当たり前の感想を述べてしまう。

 所々傷があり古そうなのは、ゴミ捨て場にでも捨てられていたからだろうか。


「ゆ、油断したらアカン! 渡威が憑いとるんやで!」

「そうだけど……」


 渡威特有の“核”を見つけ、春樹は一応うなずいた。

 封印するには封御でその核を突けばいい。

 問題はどう近づくかだ。掃除機に憑いた渡威がどう動くのか……。


 じっと見ていると、急に掃除機が震え出した。

 それがスイッチだったらしく、ものすごい勢いで吸い込み始める!


「うわ!?」

「んなっ」


 危うく自分たちまでその吸引力に巻き込まれそうになり、二人は慌てて手近なものにつかまった。

 何てムチャクチャな攻撃なのだろう。

 春樹としては、近所のものまで吸い込まれていないかとヒヤヒヤする。


「春兄! これ手離したらアウトだと思うか!?」

「掃除機に食べられる可能性は高いと思うよ」


 掃除機の餌になる。

 そんな人生を送った人がこの世に何人いるだろうか。


「で、でも手ぇ痺れてきた……」

「確かにこのままじゃキリないし……」

「何か案ないのか!?」

「……あの掃除機より大きいもので口をふさぐとか」


 そうすればこれ以上吸い込まれることはない。

 安全に封印出来る可能性が上がるというものだ。


「よっしゃ! もっちー、何かに憑いてでっかくなれ!」

「な、何か嫌な役目やなー……でも仕方あらへん」

「頼んだぜ!」

「ほな……」


 決心したもっちーがその辺に転がっていたタイヤに憑いた。

 一回りも二回りも大きくなってから、自ら掃除機に近づく。

 吸い込み口をふさごうとし――。


 ぱくん


 ――掃除機は、想像以上に許容範囲が広く柔軟(?)だったらしい。

 吸い込み口は今までより大きく開き、あっさりそのタイヤを飲み込んだ。


 …………。

 …………。


「も……もっちーが食われたぁ――――!!」


 我に返った大樹が半泣き状態で叫ぶ。

 春樹もついボーゼンとしてしまった。何だ、今の。

 あれなら家中のゴミをかき集めても全て片づけてくれるんじゃないだろうか――って、そうじゃなくて。


「春兄! もっちーが……もっちーがぁ~~~~」

「落ち着けよ……。多分封印すれば戻ってくるから」

「そ、そっか……そーだよな! 噛み砕かれたわけじゃねーし! 丸呑みだからダイジョーブだよな!」


 果たして、そういう問題なのだろうか。

 そんなことを考えつつ、春樹は渡威に顔を向けた。

 もっちーを丸呑みしたソレは徐々に吸引力を小さくしていく。

 怪訝に思っていると、やがてソレは本格的に活動を止めた。

 一度またぶるりと震える。


 一瞬の間の後、今度は思い切り吐き出してきた!


「もっちー!」


 くるくると飛んできたもっちーを大樹がキャッチする。

 戻ってきた彼は多少目を回しているようだった。フラフラしている。


「え、えらい目に遭ったわ……」

「ごめんね、僕らのせいで。でも……もっちー、中で何かした?」

「思いっ切りデカくなってやったんや。せやから耐え切れなくなって、中のモン全部ぶちまけようとしたっちゅーわけやな」


 確かに、渡威にとっては中から破裂させられそうになったのだ。

 中のものを吐き出したくもなるだろう。

 ただ、それすら攻撃に変えてしまう機転が憎らしい。


「げっ……植木鉢ぃ!? うわ、テレビ! 何でこんなもん吸い込んでんだよ!?」


 降ってくると言っても過言ではない物体の数々に、大樹が切羽詰った悲鳴を上げた。

 いちいち言うのもどうかと思うが、彼の気持ちもよくわかる。

 そんなものに潰されてしまったらひとたまりもない。


「大樹、とりあえず避けて……っ」


 指示しようとした矢先、渡威と目が合ったような感覚に襲われた。

 それは気のせいではなかったらしく、渡威が勢い良く様々な物体の塊を吐き出してくる。

 こちらに狙いを定めて。


「――――!」


 とっさに叫んだ春樹は、ふいに愕然とした。

 すくんでしまったかのように足が動かない。


「春兄っ!」


 隙を突いた大樹が、渡威の核へと封御を突き出す。

 掃除機が淡く光ると同時に、春樹に向かっていた塊が激しい音を立て地に伏せた。

 ホッと息を吐いた大樹が駆けてくる。


「危ねー……間一髪ってやつだぜ。っつーか春兄、どうしたんだよ? 急に止まっちゃって」

「…………!?」


 大樹の言葉は自分の耳に届かなかった。

 信じられない出来事に取り乱してしまった春樹は、ただただその事実を消そうと首を振る。

 まるで言葉など忘れてしまったかのように、最初は口を開くことさえ出来なかった。


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 こんなことがあるはずがない。あっていいはずがない。


「おい、春……」

「……ガ? セーガ……セーガッ!」

「春兄……?」


 大樹が戸惑ったようにこちらを見てくる。

 それ以外は何も起こらない。何も。


 ――決定的、だった。


 春樹はボーゼンとその場に立ち尽くす。


「……どうしよう……セーガが出せなくなった――」

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