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倭鏡伝  作者: あずさ
5話「影の自分にご注意あれ!」
43/153

3封目 エセ関西弁注意報

 ――え?

 春樹は思わず手を止めた。

 聞き覚えのない声に耳を疑う。

 今のは自分ではないし、大樹でもない。かといって周りに他の人もいない。

 そこから導き出された結果は一つ。


「「と……渡威がしゃべったあ!?」」


 驚きのあまり、二人は思い切り後退った。

 こんなことは初めてだし本で読んだこともなかった。

 前代未聞だ。不意打ちすぎる!


「うーん……ナイスリアクションや」


 楽しげな声に顔が引きつる。

 それでも目を逸らすことは出来なかった。

 目の前で声を発する、どろどろした謎の物体を凝視するしかない。

 ――奇妙だ、ものすごく。


(お、落ち着け……渡威は未知数なんだから……)


 何があってもおかしくない。何でもありな生物だとも言える。

 一度そう開き直ってしまえば割と気は楽だった。

 春樹は封御を握りしめ、気を取り直そうと深呼吸をくり返す。


「……大樹。渡威には変わりないんだし封印するぞ」

「うぇ? あ、おうっ」

「な!? 封印って……ちょう待ってや!」

「そこで待つバカはいないよ」

「話! 話があるんや!」

「……話?」


 必死な渡威に、春樹はわずかに目を丸くした。大樹と顔を見合わせる。

 不思議そうな顔をした大樹は、こちらを見てどうするのか意見を求めているようだった。

 春樹としても判断に困る。こんなケースは考えたこともなかったからだ。


「……話って?」


 すぐ構えられる程度に封御を下ろすと、渡威がホッとしたように息を吐き出した。

 その様子もやはり奇妙でしかなかったが、ここで言ったところで意味はない。仕方ないので放っておく。


「まず……ワイは敵とちゃうねん」

「敵じゃない……?」

「せやから二人に危害加える気もあらへん。その辺は安心してや」


 疑わしい発言の数々に呆気に取られる。何なのだろう、この渡威は。


「じゃあ、そのニセモノくさい関西弁は一体……?」

「日本ではコレが人気っちゅー話を聞いたんや♪ どや、カッコええやろ?」

「明らかに偏見だと思うけど……」


 別に関西弁が格好悪いと思うわけではないが、その主張にはつい首を傾げたくなる。

 単なる個人の価値観の問題ではないだろうか。


「とりあえずワイの説明しますわ。ワイ、ちぃとばかし特別やから」

「特別?」

「普通の渡威は何かに憑いて動くやろ? でもワイはちゃうねん。それも出来るんやけど……ワイの場合、その憑いた物の持ち主に化けることが出来るんや」


 その言葉にピンとくる。

 やはり最近のドッペルゲンガーの噂は渡威が原因だったのだ。


「じゃあ僕たちの時計やローラースケートは……」

「貸してもらっただけやで? 化けていられる時間も、持ち主がよう使うてるものの方が長かったりするみたいやし」

「んじゃオレのプリン食ったのもおまえか!?」


 だん! と勢い良く大樹が前に進み出た。

 突然の行動に渡威はもちろん、春樹も多少驚いてしまう。

 さっきまで大人しかったと思えばすぐこれだ。


「ま、まあ……興味本位で覗いたらうまそうやったからつい……」

「オレだって食いたかったのに!」

「か、堪忍してや! 出来心やねん!」

「……いいから話進めて……」


 うんざりとため息をつく。

 食べ物の恨みは恐ろしいとよく言うが、何もこんなときに持ち出さなくてもいいだろう。

 この話をプリンの言い合いだけで終わらせる気か。


「とりあえず、変身出来る能力があるってのはわかったけど」

「それだけやないで!」

「? まだ何かあんのかよ?」

「一度変身したら、何もなくてもその姿になれるんや。まあ一定の時間だけやし、ワイが覚えてるもの限りやけどな。せやから……」


 どろり、と再び物体が動く。

 それは素早く形をつくり上げた。

 人の形になった、と思ったときにはもう完成している。


「うわ、オレが二人!」

「どや?」

「その姿でエセな関西弁話されても……」


 違和感がありすぎて混乱しそうになる。

 しかしその反応に満足したらしく、大樹に化けた渡威はにっこり笑った。

 再び液体のような姿に戻り始める。

 今の変身はただのパフォーマンスだったらしい。サービス精神満載だ。


「ワイの簡単な説明はこれくらいやな」

「……それじゃ、こっちからいくつか質問していい?」

「どーぞ?」


 何でも来い、と言わんばかりに渡威が構える。

 春樹はとっさに頭の中を整理した。


「まずいきなりだけど、どうして僕たちの側に? 僕たちに化けて周りを騒がせて……何が目的なの?」

「……興味あったんや」

「「興味?」」


 意外な言葉に、春樹と大樹は互いに顔を見合わせる。これで何度目だろう。


「ここ最近、渡威に少しずつ変化が起きとる。……倭鏡の人間がこっちに来ない理由、二人は知っとるやろ?」

「え……? 地球には倭鏡と相反するエネルギーがあるから、だよね? 何らかのひずみが出来たり本人に害が及ぶ可能性が高い……から……」


 そこまで言って思い当たる。まさか!?


「そ。渡威も倭鏡の生き物や。例外じゃあらへん」


 淡々と述べる渡威に絶句する。

 事態は予想とは違った方へ転がっていたようだ。それも急速に。


「けど、その影響が渡威にとって幸か不幸だったのかはわからん。渡威に今までより複雑な思考回路が生まれてきとるのは確かや。ほんで……今まで好き勝手に動き回っとった渡威が命令(、、)を理解し、それに従うようなった」

「命令ぃ? 何だよソレ?」


 大樹が疲れたように顔をしかめた。

 彼は難しい話が苦手だからだろう。今も頭がパンクしないよう頑張っているのかもしれない。

 そんな大樹をちらり、と渡威が見やったような気がした。

 この姿では正確な動作を認識するのは難儀だが。


「……その命令で狙われてるんは、あんたら二人やで」

「んな!?」

「……やっぱり」

「春兄!?」


 ボソリと呟いた自分に、大樹が驚いたように振り返った。

 責めるような視線に苦笑してしまう。


「知ってたみたいやな?」

「何となくそう感じてただけだけど。僕らが何もしなくても渡威の方からやって来ることも多かったし。それに……こっちにいる渡威を封印出来るのは僕らだけだから、僕らさえいなきゃ渡威にとって後は楽だよね?」

「さすがやな」


 渡威が妙に楽しそうに呟くが、どうも緊迫した様子はない。むしろのんびりとしている。

 話の内容は割と大変なものなのに。


「ところで一つ気になるんだけど……その命令っていうのはどこから?」

「はっきりしてるわけやないけど、きっと歌月のとこやろ」


 歌月家というのは渡威の封印を解いた者だ。最近急に日向家と仲が悪くなったらしい。

 その辺の事情は子供の春樹たちにはよくわかっていないが、この渡威の予想はおそらく当たりだろう。

 命令を受けているはずの彼自身がはっきりしていないというのは妙な話だが。


「とにかく、や。二人は渡威から狙われとる。でもさっきも言ったように、渡威には複雑な思考回路が出来始めてるんや。そうしたら当然……命令とやらに背いてでも自分の意思で動きたがるような物好きが出てきますやろ? ワイみたいな☆」


 言いたいことはわかるが、語尾の星マークはちょっとどうかと思う。


「で、ここからが本題!」

「ほ、本題?」


 声を張る渡威に春樹は多少たじろいだ。まだ何かあるというのか?


「ワイを二人の仲間にしてくれへん?」


 擬音語にするなら「さらり」がいいだろうか。

 そんなことを思ってしまうほど渡威の「本題」とやらはあっさり自分たちの耳に飛び込んできた。

 あっさりしすぎていて、一瞬意味がつかめなかったくらいだ。


「「……えええええ!?」」

「二人ともナイスタイミングやなあ」


 同時に同じ反応をしたのがよほど楽しかったのか、渡威がのんびりと笑い出した。なんて呑気な。


「ちょっと待ってよ……本気?」

「ワイはいつでも本気やで?」

「でも渡威が仲間って……。おまえ……えーと名前は?」

「渡威に名前なんてあらへん」

「そーなのか? じゃあ……」


 呟き、大樹が難しい顔をして渡威を見る。

 何やら考え込んでいるようだ。時折妙な唸り声が聞こえる。


「……何かアメーバーっぽいから略して“アバさん”?」

「何やねんソレ!? それにこれは移動しやすいからで、ワイにはちゃんともう一個の姿もあるんやで!」

「え?」


 よほど「アバさん」が嫌だったのか、渡威が急に形をつくり出す。

 何事かと思って見ていると、それはどんどん変化を遂げ……。


 全体的に丸々とした、けれど長い耳はどこかウサギを連想させる物体。

 大きさは人の顔ほどだろうか。

 にょっきり突き出た尾のようなものはゆらゆらと揺れている。


 ――やばい。


 春樹がそう思ったときには遅かった。

 おそるおそる大樹を見れば、彼の瞳は異様に輝いている。

 彼は意気揚々と渡威を指差した。


「“もっちー”!」

「丸くてもちもちしてたらみんな“もっちー”かい」


 思わずツッコむ。彼は同じ理由で怪獣のヌイグルミにも同じ名前をつけているのだ。

 ちなみにそのヌイグルミは、今は部屋に丁重に飾られている。

 それはともかく、今の大樹には春樹の言葉など耳に入っていないようだった。

 彼は嬉々として渡威を抱きしめる。


「な、おまえもっちーな!」

「ぐえっ……あの、大樹サン苦し……」

「春兄、オレもっちーほしい!」

「阿呆っ!!」


 予想はしていたが、やっぱりか!


「無理に決まってるだろ、渡威なんて。そこらのペットとは違うんだぞ? そもそも、僕たちは渡威を封印しなきゃいけないんだから」

「それは渡威が悪いことするからだろ? もっちーが大人しくしてたら問題ねーじゃん」

「そんな簡単に済む問題じゃないって……」


 うんざりと言い、大樹から渡威を引き離そうとする。

 しかし大樹は頑なだった。がっちりつかんで手放そうとしない。

 そのせいで苦しむはめになっている渡威――もっちー――はご愁傷様だ。

 けれど、もっちーが大樹の好きなタイプの姿をしていたのがそもそもの運の尽きだったのだ。

 彼の好きなものの範囲はなかなか広い。

 可愛いものにも格好良いものにも異常な反応を示す。

 今回は前者だろう。

 彼の基準では、基本的に小さなものはみんな「可愛い」に分類されてしまうのだから。


「春兄いいだろっ? もっちーだって仲間になりたがってるんだし」


 そのもっちーの命が彼の腕の中で消えかかっていることに、果たして彼は気づいているのだろうか。


「……わかったよ……」


 春樹はため息をついた。

 これ以上押し問答を続けていてもキリがない。


「こうなったら葉兄に訊こう」

「……葉兄にぃ?」


 大樹が多少顔をしかめた。そんな彼に小さくうなずく。


「葉兄、王様だし。渡威を封印するように言ってきたのも葉兄なんだから、ちゃんと意見、聞いた方がいいだろ?」

「うーん……」


 そう。一番上の兄日向葉は、現在倭鏡を治める一王なのだ。

 少し前までは父がその役目を果たしていたのだが、その父が病気で倒れて以来、長男の彼が王の座を継ぐことになったのである。

 ちなみに父は今、母に看病されながら病院で安静中だ。

 こうして考えると改めて自分たちは王家の一員なんだな、と思い出す。

 忙しい学生の日々を過ごしているとつい忘れそうになるのだ。

 倭鏡では多少なりとも敬われる存在であるはずの自分たちが、テストやら委員会でバタバタしているのはどんなものなのだろう。

 そう考えると少しおかしい。


「でも、あの葉兄だぜ?」

「…………」


 不満そうな大樹に言葉に詰まる。

 「あの」に何が当てはまるのかは大体見当がついた。


 人をからかうのが生きがいな?

 「面倒くさい」が口癖な?

 挙句、「面倒だからおまえらのどっちかが跡を継げ」と弟に王の座を譲ろうとしているような――そんな、兄。


 春樹も段々、葉に訊いたところでマトモな答えが返ってくるだろうかと心配になった。

 何せ彼には常識が通じないのだ。世界はきっと彼を中心に回っている。

 自由奔放と言えばまだ聞こえはいいが、あれは単に「俺様」で「王様」なだけな気がする。


「……でも、言わないわけにもいかないだろ」


 やっとのことで言葉を押し出すと、大樹も渋々うなずいた。早速倭鏡へ行く準備に取りかかる。

 といっても、居間にある大きな鏡の中に入り込めばいいだけだ。


「あ。そういえば、その姿のままじゃもっちーも怪しまれるよね」

「もう名前決定してるんかい……別にええけど」

「もっちー、何かに憑いててもらえる?」

「何でもええんですか?」

「うん、不自然なものじゃなきゃ……」

「なあ、春兄、もっちー! これは!?」


 話に割り込んだ大樹が笑顔で差し出したのは、丸々として少々可愛らしい怪獣のヌイグルミ――元祖もっちーだった。

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