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倭鏡伝  作者: あずさ
5話「影の自分にご注意あれ!」
42/153

2封目 わざわざ来る灯台下暗し

 モヤモヤとしたものが晴れることはなく、春樹は複雑な気持ちで学校を出た。

 道は生徒でごった返している。

 早く家に帰りたくて急ぐ者、友達同士で賑やかにおしゃべりを楽しみながら歩く者など様々だ。


(……ドッペルゲンガー、かぁ)


 蛍が嘘をついているとは思えなかった。

 だがにわかに信じろというのにも無理がある。

 そんなのはお構いなしにはしゃぐ隼人がいるものだから、春樹は終始苦笑しているしかなかった。


「……あれ?」


 春樹はふと足を止めた。

 校門の前に立っている、ひょろりとした影に目を丸くする。

 あの見覚えのある人物は……。


「ユキちゃん?」


 呼びかけると、立っていた少年――沢田雪斗はにっこり笑った。軽く頭を下げる。


「あ、ハルさんどうも~」

「こんにちは。どうしたの、こんなところで? 今日は大樹と一緒じゃないの?」

「いえ、それが~……」


 彼が困ったように笑い、ひょいと体をズラす。そこにはしっかり大樹がいた。

 ――雪斗に隠れて全く見えなかった。


 うっかり本当のことを言ってしまうと大樹が拗ねるのは明白なので、春樹はあえてコメントしなかった。触らぬ神に崇りなしだ。


「え……と、もしかして二人で待ってたの?」

「はい。といってもー用があるのはダイちゃんだけなんですけどー」

「え?」

「今日はちょっと変なことがあって~」


 ここで話しているのもちょっと……ということで、三人はとりあえず歩き出した。

 春樹と大樹はもちろん、雪斗も途中まで帰り道は一緒だ。話す時間はちゃんとある。


「変なことって?」

「それがドッペルゲンガーの騒ぎでー……もう一人のダイちゃんが出たんですよー」

「え? ……大樹も?」

「へっ? 春兄もなのか!?」

「うん、まあ……」


 曖昧にうなずく。はっきりと確証があるわけではなかった。それに見たというのは蛍のみだ。

 けれど最近噂になっていることを考えれば根拠もなく否定することは出来ない。


「とりあえずそんなことがあったんで、あまり一人にならない方がいいかなあって」

「それでユキちゃん、大樹に付き合って待っててくれたんだ」

「そんなとこです~」


 あははー、と彼独特の笑い声が上がる。

 妙に気の抜けるソレに、春樹もつられて笑ってしまった。


「でも、おもしろいんですよ~? そのドッペルゲンガー、ダイちゃんより頭いいみたいで~」

「ユキちゃん!」

「だってそうだよねー?」

「う……そりゃ、まあ……」


 にっこり笑われ、大樹が言葉を詰まらせる。

 何があったのか知らないが、その反応からして雪斗の言うことは本当なのだろう。


「とりあえず大樹、ユキちゃんにちゃんとお礼言っとけよ?」

「わかってるよ。ユキちゃんサンキュッ」

「あははー別にいいよー。ダイちゃんの側にいると楽しいし」


 おっとり笑う雪斗に、大樹が「そうか?」と首を傾げる。

 そんな二人を見て春樹は小さく笑った。

 何だかんだといって、やはりこの二人はいいコンビなのだろう。

 さすが幼稚園からの付き合いだ。


「あ、じゃあ僕はここで~」


 曲がり角で雪斗が足を止めた。春樹と大樹も自然とつられる。


「何かあったときは連絡ください。僕でも少しは力になれるかもしれませんから~」

「うん、ありがとう」

「またなユキちゃん!」


 大樹がぶんぶんと手を振った。

 それに小さく笑った彼は、少し控えめに手を振って角を曲がっていく。

 彼の姿が見えなくなると、二人は再び歩くのを再開した。


「……それにしても、僕もおまえもドッペルゲンガーの騒動に巻き込まれるなんてね……」


 偶然とは恐ろしいものだ。

 いや――果たして偶然なのか?


「僕、もしかしたらって思ったことがあるんだけど」

「ん?」

「そのドッペルンゲンガーって……渡威のせいじゃないかなって」

「渡威の……?」


 きょとん、と大樹が見上げてくる。

 春樹は難しい顔をして考え込んだ。


 渡威。

 それはまだまだ未知数な生物である。そもそも地球の生物ではない。“倭鏡”という異世界から逃げ出してきたものなのだ。

 人や物に憑き悪さをする彼らは、少し前までは厳重に封印されていた。

 その封印がひょんなことから解けてしまった今、その地球に逃げてきた一部を再び封印するのは春樹たちの役目である。

 自分たちは二つの世界を行き来する、ちょっとばかり忙しい学生なのだ。


 最近よく遭遇する怪奇現象のほとんどが渡威のため、春樹はこの考えに行き着いた。

 もちろん根拠などないし、何でも不思議なことを渡威に結びつけるのは安直かもしれないが……。


「渡威ならオレ、気が楽なのになあ」


 ぽつり、と大樹が呟いた。

 春樹は苦笑して「そうか?」と聞き返す。この場合、渡威である方が厄介ではないだろうか。


「それなら別に怖くもねえし」

「? ……オバケは怖いのに?」

「……オバケは訳わかんねーじゃん。得体知れない物体っていうか」

「渡威も十分謎な物体だと思うぞ……?」

「渡威は封印の仕方もわかってんじゃん。だからダイジョーブ」


 あっさり肩をすくめた彼に納得する。

 対処法がわからない分オバケや幽霊の類いは確かに不安な部分もあるだろう。

 大樹の場合は何だかんだと言って単に怖がりな気もするが。


 ちなみに渡威を封印する方法はいたって簡単である。

 封御と呼ばれる対渡威用の武器で、渡威の額に存在する核を突くだけだ。

 その封御は倭鏡にしか存在しない鋼材でつくられている。

 渡威がいつどこに出るかわからないため、春樹も大樹もそれを常備するようにしていた。

 収縮機能がついているためそれほど持ち運びには困らないのだ。


「まあ、とりあえず相手の出方を見ないとこっちは動きようがないけどね」


 家へ着いた春樹はそう結論づけた。中に入ろうと鍵を取り出す。

 が。


(……あれ?)


「? どうしたんだよ、春兄」


 急に動きを止めた春樹を不審に思ったのか、大樹がひょっこり覗き込んでくる。

 だが、春樹は何も答えなかった。じっとドアを睨む。


「春兄?」

「……鍵が開いてる……」

「へっ?」


 今朝はきちんとかけたはずだ。しっかり確認したのを覚えている。間違いない。

 しかし鍵が開いてしまっているのも事実で、そこから予想されるのはどれも嫌なものでしかなかった。

 何とか血の気が引いていくのを抑える。

 しっかりしなければ。ここで動転していても仕方ない。


「もしかしてドロボー!?」

「大樹、声が大きいっ」


 近所の人に聞かれても困るし、万一まだ泥棒が中にいてももっと困る。


「春兄、とにかく中見てみようぜ!」

「うん……」


 正直あまり気は進まなかった。

 しかし確認してみないことには警察に連絡することも出来ない。


 カチャ……

 慎重に開かれるドア。わずかな隙間から見える中。


「…………」


 荒らされている様子も、人の気配もない。

 ひとまず春樹はホッとした。

 開けた瞬間泥棒とご対面、なんて最悪な場合も想像してしまったのだ。


 しかし油断は出来ない、と思ったところへ大樹も下から覗き込んできた。

 彼はきょろきょろと中を見回し――勢い良く立ち上がった!


「あ―――――っ!!」


 ガンッ


「「~~~~っ」」


 二人同時にうずくまる。

 勢い良く立ち上がった大樹の頭は、当然のように春樹に直撃したのだ。

 自分は多少屈みこんでいたのでその威力は一切殺されることもない。


 先に回復したのは大樹の方だった。

 この石頭め、と少々憎らしく思う。

 それとも普段叩かれまくっているせいで慣れてしまったのだろうか。


「春兄! ローラースケートが戻ってる!」

「……え……?」


 痛みで涙目になっていた春樹は、気を取り直して家の中を覗き込んだ。

 大樹には警戒心というものがないらしくドアは全開だ。もうどうにでもなれ。


「ほらっ、オレのローラースケート!」

「本当だ……」

「もしかして鍵開けた奴、コレ戻しに来てくれたんじゃねーの?」

「……おまえはそのためだけに人の家の鍵をこじ開けるのか、おい」


 ウキウキとローラースケートを抱きしめる彼を半眼で睨む。

 嬉しい気持ちはわかるがもう少し真面目に考えてほしかった。

 真剣に色々と心配してしまった自分が馬鹿みたいだ。


「もしかして春兄の時計もあるんじゃねーか?」

「あのなあ……そんなわけ……」


 ――あったよ。


 春樹は思わず自分の目を疑った。

 今朝はなかったはずの机の上に、自分の時計がちょこんと寝転がっている。

 まるでなくなっていたのは気のせいで、そこにあるのが当然だというように。


 混乱の波が一気に押し寄せてきて、春樹はズキズキと頭が痛むのを感じた。

 すっきりしないまま台所へ向かう。何か冷たいものでも飲んで落ち着こう。


(……って……あれ?)


 冷蔵庫を開けた春樹は再び頭を抱えるハメになった。

 正直、ここまで妙なことが続くと「またか」と思わないでもない。いい加減にしてほしい。


「……大樹、おまえプリン食べた?」

「はあ?」


 うんざりと声をかけた自分に負けず劣らず、大樹が思い切り怪訝そうな声を上げる。

 身に覚えがないのだろう。春樹もそれは承知していた。


「昨日買っておいたのになくなってるんだよね」

「…………」

「大樹?」


 とてとてと台所に入ってきた大樹には元気がなかった。

 というよりもボーゼンとしている。いつもの彼らしくない。


「大樹……?」

「春兄……今、ずっとここにいたよな……?」

「え? うん、まあ……玄関から真っ直ぐ来たけど」

「……オレ、今春兄が二階に行くの見た……」

「――はあ?」


 最初、ぼんやりとした口調に意味をつかみ損ねた。

 眉を寄せ、彼の言葉を反復する。


 自分が? 二階に? 行くのを見た?


「……何だって?」


 ありえない事実にさらに眉を寄せる。

 しかし大樹が嘘をついているとは思えなかった。

 彼の嘘ならすぐに見抜ける自信がある。


「後ろ姿しか見てねーけど、あれはぜってー春兄だったぜ!?」

「でも僕、帰ってきてからまだ二階には行ってないし……」


 呟き、ふとあることに気づいた。

 槍状の棒――これが先ほど説明した封御だ――が淡く光っていることに。


「……大樹。これ」


 彼に封御を差し出し、目の前でよく見せる。それを見た彼の顔もパッと輝いた。


「渡威か!?」

「うん、センサーが反応してる。おまえが見た僕がそうなのかわからないけど……少なくともこの家に潜んでいる可能性は高いね」

「よっしゃ、捕まえるぜ春兄!」

「あっ、こら!!」


 いきなり走り出した大樹に慌てる。

 どうして彼はこうも「猪突猛進」という言葉が似合うのだろう。

 普通、こういうときはもう少し慎重になるものではないだろうか。


 しかしそんなことを言っても今更でしかなく、春樹は急いで大樹の後を追った。

 一気に二階に駆け上がり、唯一閉まっていたドアを思い切り開ける。

 ちなみにそこは少し前まで母が使っていた部屋だ。


 どばんっ!!


「!?」


 すごい物音に、中にいた人影がビクリ、と体を跳ねさせた。


「……うわ……」


 まるで鏡、だった。

 鏡で見た自分が勝手に動いている。見ていて気持ちのいいものではない。


 思わず凍りついた自分をよそに、大樹が一歩進み出た。

 彼は封御をびしっと渡威へ向ける。


「渡威! オレらの家にわざわざ来るなんて灯台下暗しだぜ!」

「……バカ」

「春兄!? 何だよバカって!」

「こーゆうときは飛んで火に入る夏の虫って言うんだよ」


 情けなくてため息が出る。

 彼が灯台下暗しなんて言葉を知っていたのはまだ偉いと言うべきなのかもしれないが。


「あ……相手が近くにいるときに使うんだから一緒だろ!?」

「意味が全然違うっつーの」

「いーじゃんちょっとくらい!」

「おまえが変な発言をするたびに兄として恥ずかしいんだってば」


 ヤレヤレ、とかぶりを振った春樹はその辺にあったクッションをぶん投げた。

 クッションがソロソロと逃げようとしていた渡威の目前を横切り、その先の壁へ激突する。

 それに驚いたのか渡威の動きがピタリと止まった。


「……逃げようだなんて思わないでよ?」


 散々人を巻き込み悩ませた挙句、ドサクサに紛れてトンズラしようとするなんて何て根性なんだ?


 じりじりと詰め寄ると、それに比例して渡威の顔が引きつった。

 しかし、その渡威は自分と同じ顔をしているのだから奇妙に思えてならない。

 と――。


 どろり


「っ!?」

「は……春兄が溶けたあ!?」

「……渡威が、って言ってくれ。頼むから」


 だが溶けた、という事実はほとんど正しかった。

 自分の形をしていたものがあっという間に崩れ、床に液体のような何かが溜まっていく。


「春兄……何だよコレっ?」

「……多分、渡威の本当の姿じゃないかな……」

「へっ?」


 渡威の形は様々なのだ。固体もあれば、液体に近いものがあってもおかしくないかもしれない。


「そういや僕ら、渡威そのものを見るのは初めてだよね……」


 半透明のどろどろした物体を眺めながら、春樹はボーゼンと呟いた。

 今まで自分たちが見てきたものは、大抵渡威が物に憑いた姿だったのだ。

 一体化しているとはいえ渡威自身の姿ではない。


 今更のようなことを考えながら、春樹はじっと目を凝らす。

 どろどろしたソレにぼんやりと見える模様があった。

 それは渡威全てに共通して存在する核だ。そして渡威を封印出来る、場所。


「とにかく封印しちゃわないと……!」


 呟き、思い切り封御を振り上げ――。


「ちょ……ちょいタンマぁ!!」

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