エピローグ 名前を呼ぶ距離
さすが口で言うだけのことはある、と言うべきか。
バスケの試合で見事華麗なプレーを披露してくれた隼人は、その日からさらに人気が上がったようだった。
特に女子の間ではちょっとした有名人のようなものだ。
時には休み時間にわざわざ人が見に来たりもする。
それに戸惑うことなくにっこりと対応する隼人に、春樹は少々尊敬に近い感情すら抱いた。
彼は将来大物になるかもしれない。
「春樹クン」
つい先程まで女子と談笑していた彼がふいにこちらを振り返った。
春樹は帰り支度をしていた手を止める。
「何?」
「これから帰るのかい?」
「うん、そのつもりだけど……」
「オレもなんだ。どうせだから途中まで帰ろうよ」
言いながら、素早い動作で彼自身の鞄を持つ。
これでは断りようもなかった。
きっと彼の頭の中では一緒に帰ることはすでに確定しているのだろう。
そのことに小さく苦笑した春樹は、それでも笑顔でうなずいた。
別に断らなければならない理由もない。
二人は一緒に校舎を出た。
今日も球技大会に負けないほどの晴天である。
「それにしてもやったね、球技大会」
「まさか優勝するとはオレも思わなかったな。みんなナイスプレーだったよ」
「隼人くんもたくさん点、入れてたしね」
もしかしたらクラスで一番の得点源は彼だったかもしれない。
そう思うほど、確かに隼人は大活躍だったのだ。
ちなみに女子の黄色い声援も彼が人一倍受けていた。良い身分である。
「オレは有言実行するタイプだから♪」
「?」
「ほら、前に大樹クンに言ったろ? 勝利をプレゼントするって」
「ああ……。肝心の大樹はほとんど見てなかったみたいだけどね、ゲーム」
あの別れた後、大樹は蛍に連れられ保健室に行ったらしい。
そこで少し休んでいたらすぐに落ち着いたらしいが、それでも体育館に現れたのは本当に最後の最後だけであった。
ちなみに今はもうピンピンしている。
「まあ、腰が抜けちゃったなら仕方ないさ」
「……その話題、出来るだけ本人の前で言わない方がいいよ」
念のために忠告しておく。
やはりその件については大樹も少々気にしているらしく、その話に触れると思い切り怒るのだ。
そのせいで昨晩も彼は葉とケンカしていたりする。
相変わらず葉が大樹をからかい、一方的に大樹が負けるというパターンなのだが。
だが、それでふてくされた大樹をなだめるのは自分の役目なのだ。
春樹としては、もう少しその辺を葉に考慮してもらいたい。
「わかってるよ。……ところで、球技大会の話に戻るんだけど……みんなの間で春樹クンの話が出たの知ってる?」
「え? 僕?」
「そう。サッカーでもバスケでも、パスだけはやたら上手いって」
「…………」
だけ、を強調されたと思うのは気のせいだろうか。
「……一応褒め言葉として受け取っておくよ」
ため息と共にそう吐き出すと、隼人は楽しげに笑い声を上げた。
それが実に楽しそうで春樹はただ苦笑する。
どうも彼の笑いのツボはわからない。
「春兄―っ!」
ふいに元気な声が飛び、春樹は反射的に身構えた。
しかしいつものように塊が飛んではこない。
声の主の大樹は、校門の近くでブンブンと手を振っていた。
――少々恥ずかしい。彼は人目を気にするということを知らないのだろうか。
「大樹……大声出すな……」
「んなことよりさ! 春兄一緒に帰ろ……げっ」
笑顔だった大樹が一瞬で顔をしかめる。
その原因はやはり、自分の隣にいる隼人の存在だろう。
大樹は今でも彼を苦手としている。
それだけ最初の印象が悪すぎたのだろうか。
「やあ、大樹クン」
「……春兄、オレやっぱ先に帰ってる」
「え? あ、うん……」
「それは残念だね」
大樹のあからさまな態度も気にならないのか、隼人はにっこり微笑みかけた。
そんな彼を、大樹はじっと睨むように見ている。むしろ睨んでいる。
そして何を思ったのか――彼は思い切り舌を出した。
いわゆる「あっかんべー」のようなものだろうか。どうでもいいが幼稚すぎる。
「大樹、おまえ隼人くんに失礼……っ」
「んじゃ後でな、春兄! ……隼人も。じゃなっ」
「あ、こら!」
こちらが叱るより早く、大樹はさっとこの場を離れた。
ローラースケートを履いていた彼の姿はあっという間に見えなくなる。
――それにしても、今何か違和感を感じたような。
その「何か」はとても小さなことのようですぐにはわからなかった。
そのことに頭をもたげつつ、春樹は隼人を振り返る。
その当の彼はどこか呆けたような表情をしていた。
そんな、驚くようなことなどあっただろうか?
「本当に失礼な奴でごめんね。ていうかもしかして……ますます距離、広がってない?」
苦笑気味に言うと、ようやく隼人も我に返った。
彼はふっ、と笑みをこぼす。
勝気な、嬉しそうで楽しそうな笑みを。
「いや……まだまだこれからさ」
■4話「友情射程距離」了




