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倭鏡伝  作者: あずさ
4話「友情射程距離」
37/153

6封目 Let’s enjoy!

 信じられなかった。目の前の光景も、隼人の言葉も。


「おい……何言ってんだよ? ジョーダンだよな……?」


 タチの悪い冗談だと笑おうとしたが、それはただ失敗に終わった。

 震える声で呟き、しっかり封御を握りしめる。

 しかし隼人の様子は変わらなかった。

 少女の霊に話しかけられてからぼんやりしたままだ。


 クスクス……くすくす……


「!!」


 笑い声にハッとすると、少女が大分近くまで来ていた。

 逃げようと思うのに、これ以上は体がすくんで動けない。


 自分でも情けないとは思う。

 しかし誰に何を言われても構わない。

 苦手なものは苦手、怖いものは怖いのだ!


「こ……こいつに何したんだよ!?」


 無理に声を荒げると、少女がふいにこちらを見た。口元で笑う。


『……お友達になってあげたの……』

「友……?」

『だってこの子は私と一緒なんだもの……』

「なんっ」


 慌てて隼人を見るが、やはり彼に反応らしい反応はない。

 それが何だか悔しかった。


『これで私たちは独りじゃないよ……』

「ひとりじゃ……ない……」

「咲夜!? しっかりしろよ! おい! 咲夜!」


 どんなに叫んでも彼に自分の声は届かない。こんなに近くにいるのに。


(どうすりゃいいんだよ!?)


 泣きたい気持ちで封御をさらに強く握り――いつの間にか封御の光の色が変わっていることに気づいた。

 これはセンサーが反応している色だ。


(渡威……!?)


 大樹はとっさに周りを見回した。

 しかしこれでは近くにいることしかわからない。

 どこかに潜んでいるのか、それとも。

 アレが、そうなのか。


「…………」


 わからない。

 少女の額は前髪で隠れ、渡威が憑いている証の核の有無は確認出来そうにない。

 それに例え渡威だとしても、霊自体に憑いているなら怖いことに変わりはなかった。

 考えただけで背筋が寒くなる。


『怖かったよね……痛かったよね……』

「……!?」


 少女の声に、隼人がビクリと反応を示した。

 正直、大樹としてもビクビクものだが。


『憎いでしょ……? みんな……みんな……』

「にくい……」

『周りはみんな敵ばかり。頼れるものは何もない……』


 小さく静かに、そして歌うように少女は続ける。

 囁き声とほとんど変わらないそれは、なぜかとてもよく響いて聞こえた。


『でも大丈夫……こっちに来れば大丈夫だよ。アナタはヒトリじゃない。私がいてあげる……。だから、ねえ……おいで?』

「…………」

「咲夜!?」


 ふらりと隼人が立ち上がる。まるで何かに引き寄せられるように。

 そんな彼には生気というものがまるで感じられなく、大樹はゾッとしてしまった。


『そう……こっちだよ。私と同じ、かわいそうな子……』


 クスクスクス……

 くすくすくす……

 クスクスくすくすクすくスくすクス……


「…………っ!」


 大樹はぎゅっと握る拳に力を入れた。

 正直怖い。ものすごく怖い。

 体だってガクガク震えているし頭もおかしくなりそうだ。いっそ泣いてしまいたい。


 でも、でも――!


 ガッ


 大樹は隼人と少女の間に割り込み、彼の腕をつかんだ。力任せに揺さぶる。


「し……しっかりしろよ! なあ!」


 こうして彼と向き合っている今だってまだ怖い。言葉を出すのにも結構な苦労だ。

 けれどここには自分と彼、そしてさらに言うなら少女の霊の三人しかいない。

 春樹を待っているような時間もない。

 ここで自分が動かなきゃ、誰が彼を助ける!?


「お、オレがついてるからっ! だからだ……ダイジョーブだから! なっ!?」

「…………」

「おまえ独りじゃないだろ!? 日本来て友達出来たんだろ!?」


 ぎゅっと、彼の腕をつかむ手に力を込める。

 とにかく必死だった。もう、自分が何を言いたいのかすらわからない。


「バスケ楽しみにしてくれてる奴もいるって言ってたじゃねーか! そいつらは友達じゃねーのかよ!? おまえのこと、好きだって思ってくれてるんじゃねーのか!?」

「え……?」

「周り、見ろよ……もっとよく見てみろよ! おまえ本当に独りか!? 近すぎて見えねーだけなんじゃねーのか!? なあ!?」

「……大樹クン……?」


 ふいに名を呼ばれ、顔を上げる。

 そこには戸惑ったような隼人の顔があった。

 元に――戻った!?


『……許せない……』

「!?」


 ハッとする間もなく少女が目前にまで迫っていた。

 先の尖った何かを突きつけられる。

 ふいに前髪の隙間から覗いた少女の眼に、大樹は思わず息を呑んだ。

 やはり足がすくみそうになる。

 怒りや憎しみなどで塗りつくされた眼……。


『あなたに……こんな経験がある? ギリギリまで追い詰められて、身動きがとれなくて……もう死ぬしかないって、死んじゃってもいいやって思うようになって……』

「な……」

『ないでしょう?』


 くすくす……クスクス……


『そんなあなたに私を邪魔する権利なんてないの……。せっかく……せっかく私と同じ子を見つけたのに……!』

「ど……どこが同じなんだよ!? おまえと咲夜なんて全然違うじゃねーか!」


 思わず叫び、我に返る。

 わざわざ相手を挑発してどうするんだ!?


 だがここまできては後に退けない。

 自分にも意地というものがある。

 こうなりゃヤケだ。

 神様仏様、いやもう誰でもいいからどうかお見守りください!


「こいつはおまえと違って生きてるんだよ! そりゃ、訳わかんねーことばっかするし何かムカツク奴だけど……ちゃんとやり直そうとして日本に来たんだぜ!? 頑張ってんじゃねーか!」

『……!?』

「大樹クン……?」

「てめーと一緒にすんな! こいつはまだ負けてねーんだから! 勝手にリタイアさせんじゃねえよ!」

『……うるさい……っ! おまえなんか、おまえなんか私の気持ちなんてわからないくせに!』


 少女が声を荒げる。

 その中には明らかに戸惑いが隠れていた。それを隠そうと必死なのだ。


『おまえらみたいなのが悪いんだ! 弱い人の気持ちを考えないから! そんな奴らがいるから!』

「……違うよ」


 ふいに呟いたのは隼人だった。二人は一斉に彼を見る。


「そんな人たちばかりじゃないよ。オレはそれ、日本に来て知ったから。オレらの気持ちがわからなくたって、……だからこそいい付き合いを出来る人たちもいるしね。同じなだけじゃダメなんだ。同じで、慰め合って、安心して……もちろんそーゆうのも大切なのかもしれないけど。でも、それだけじゃオレは前へ進めない」

『うるさい……うるさいうるさいうるさいっ!!』


 少女が大樹に向かって手を振り上げた。

 それより早く封御を構え、額目がけて――突く!


 カッ――!


 一瞬眩い光が辺りを包み、そして静かに沈黙した。

 そっと目を開けてみれば、少女の姿はどこにも見当たらない。

 まるで最初から何もいなかったかのように。


 ころり、と足元に“玉”が転がり落ちてきた。

 ビー玉のようなそれは、渡威が封印された状態であることを示す。

 つまり。


「……渡威……だった……」


 呟き、思わずへたり込む。

 あれはほとんど賭けだったのだ。

 あの少女が渡威だという確信もなく、例えそうでも突いた場所が核とズレていたら……。

 怖い。怖すぎる。


「大樹クン!? 大丈夫!?」

「お、おう……」


 元気に返事をする余裕もなかった。ぐったりと息を吐く。


「……さっきの幽霊、大樹クンがやっつけたのかい?」

「やっつけたっていうか……そんなもん」

「Excellent!」


 彼が小さく叫んだが、それがどういう意味なのかはわからなかった。

 発音が本場すぎる。ただでさえ英語なんてよく知らないのに。


「……ところで大樹クン?」

「……何だよ」

「いつまで座ってるつもりだい?」


 ぎくり

 そんな表現がぴったりな様子で大樹は固まった。冷や汗が流れる。


「あ、もしかしてケガしたんじゃ!? ほら、さっき物が落ちてきたときに……」

「ちが……っ」

「じゃあ幽霊をやっつけたとき?」

「……それも違う」


 そもそも自分はケガなどしていない。


「What? それじゃ一体?」

「うっ……」


 そう訊かれるとつらかった。

 だがいつまでもこうしているわけにもいかない。

 大樹としても早くこんなところからは出たいのだ。


「…………た……よ」

「え? 何?」

「~~~~腰抜けたんだよっ! 悪いか!?」


 こっちは大の苦手な幽霊と戦ったのだ。

 こんな暗くジメジメした場所で! あんな心細い状態で!

 それが終わったとたん体中の力が抜けてどこが悪い!?


「……ぷ……っ」

「ってこら! 笑うんじゃねえっ! 大体誰のせいで……っ」

「いや……ソーリー。あまりにも必死だったから」


 謝りながらも笑いをこらえきれていない。

 くそう、と恨めしく思う。

 あんなに一生懸命になって助けてやることもなかったかもしれない。


 ぶつぶつ不満がっていると、目の前で隼人が屈んだ。

 何のつもりかと怪訝に見上げる。


「立てないんだろ? 連れていってあげるよ」

「なっ……やだ! ぜってーヤダ!」

「Why?」

「おまえに借りなんてつくりたくないっ」


 しかもおんぶというのが拍車をかける。そんな恥ずかしいのはごめんだ。


「それは奇遇だね」

「……は?」

「オレも借りはつくりたくない主義なんだ」

「……?」


 だから何だというのだろう。さっぱり意図がつかめない。


「大樹クンは物が落ちてきたとき、オレを助けてくれたよね? さっきの幽霊の件についてもそうだ。オレはその借りを返したいんだよ。借りっ放しは嫌だからね。それとも大樹クンは、オレにそのチャンスすらくれないというのかい?」

「う……っ」


 隼人の意見は確かだと思わせた。

 自分にはぐうの音も出ない。それが何だかやたら悔しい。


「もしかして大樹クン、まだここにいたい?」

「~~あーもーっ! わかったよ! こんなとこにいたいわけあるかっ、ちくしょー!」


 わめくと、「やっぱりパワフルボーイだね」と隼人が笑った。そんな彼を軽く睨んでおく。


「それにしても……紳士としては、人を運ぶならお姫様ダッコが良かったんだけどね」

「んなことしたらコロス」


 むすっとして告げると、隼人がこらえきれなかったかのように笑い出した。

 ――やっぱり、彼はよくわからない。



◇ ◆ ◇



「大樹! 隼人くん!」


 二人が倉庫から出てきたのを見て、春樹は慌てて駆け寄った。

 にっこり笑った隼人とムスッとした大樹が出迎えてくれる。


「やあ、春樹クン」

「春兄遅いっ!」

「……二人共無事だったんだ……」


 ホッとして肩の力を抜く。

 見たところ二人共大した外傷もないようだった。


「……大樹はどうしたの?」

「え!? ……いや、これは別に何でも……っ」

「腰が抜けちゃったみたいでね。歩けないようだからオレがおぶることにしたんだ」

「ってこら! あっさりバラすなあっ!」

「うわ、ストップ! 背中で暴れたら落ちるよ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ合っている――騒いでいるのはほとんど大樹だが――二人を見て呆気に取られる。

 何なのだろうこの元気。自分の心配は取り越し苦労だったのだろうか。

 とにかく無事だったのは喜ばしいことで、春樹は安堵の息をついた。

 そこでふと気づく。そろそろ時間だ。


「隼人くん。慌ただしくて悪いんだけど、もうすぐバスケが始まるよ」

「Oh,それは急がないと」

「じゃあ日向弟は俺が見といてやるよ」


 心配で見に来たらしい蛍が、ひょいと隼人の背から大樹を下ろした。

 軽く支えるような形で大丈夫かどうか聞いている。


「あ。そういや蛍、サッカーは? 勝ったのか?」

「……腰が抜けた状態でサッカーの勝敗気にするなんて、おまえ大物だな……」


 何やら妙な世間話を始めたようだ。

 ――大樹のことは蛍に任せておいて大丈夫だろう。


「それじゃよろしくね、杉里くん」


 頼み、身軽になった隼人と共に体育館に向かう。

 その間隼人はずっとクスクスと笑っていた。何だか気味が悪い。


「……どうしたの、隼人くん? 何かおもしろいことでもあった?」

「いや……日本に来て良かったと思ってね」

「……え?」

「毎日が楽しいよ。嫌なこともいつか忘れられるんじゃないかって、そう思える」

「……それは良かったね」


 小さく返し、微笑む。

 春樹には詳しいことはわからないし、知りようもない。

 けれど彼の嬉しそうな表情はホンモノなのだろう。

 それだけは春樹にもわかる。


「おもしろい兄弟にも会えたしね」

「って、まさかそれ僕たちのことじゃ……」

「Yes」

「…………」


 さも当然だ、という様子の隼人に対し反応に困る。

 おもしろいとはどういう意味なのだろう。いいのか、悪いのか、変なのか。

 前者はともかく、後者二つはやだなと思う。


「それにクラスリーダーが春樹クンで良かったよ」

「え……?」

「クラスがあったかいからね」

「――どうも」


 思わず口ごもる。

 そんなことを言われるとは思わなかったし、言われたこともなかった。

 そんな自分に隼人が小さく笑った。若干スピードを速める。


「試合、頑張ろうね」

「そうだね。せっかくサッカーも勝ったんだし。やるなら優勝目指さなきゃ」

「それじゃ。――Let’s enjoy!」


 隼人の掛け声と共に、彼の手と自分の手を合わせる。

 パチン、という軽い音になぜか笑いが込み上げた。

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