表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭鏡伝  作者: あずさ
4話「友情射程距離」
36/153

5封目 過去からのいざない

「――怖い?」


 思ってもみなかっただろう言葉に、大樹がきょとんと目を丸くした。

 そんな彼に隼人は小さくうなずく。


「怖いって何が……」

「大樹クンはさ」


 遮り、倉庫の中を見回す。

 つられて大樹も周りに目をやった。

 彼は相変わらず怪訝そうだが、さっきまでのイライラした様子は消え失せている。

 自分の話に興味を持ったからだろう。

 隼人としてもその方がやはり気は楽だ。

 自分だって好きで相手を怒らせているわけでは――たまにしかない。


「この倉庫について、何か知ってる?」

「……は?」

「春樹クンから聞いてないのかい?」


 にっこり微笑みかけると、彼は戸惑ったようにこちらをじっと見てきた。

 どうやら本当に知らないらしい。何ともわかりやすい反応だ。


「ここにはちょっとした怪談話があるんだけどね」

「かいだん……?」

「学校案内のときに話してもらったんだ。オレ、割とそーゆうの好きだしね。あっちにいた頃はそういった話もわんさかあったし」


 ちなみに「あっち」とはイギリスにもアメリカにも当てはまる。

 どちらもなかなか本場という感じだ。

 だが、隼人自身がそういった経験をしたことは一度もない。


「へ……へえ」

「それがひどい話なんだよ。いじめられていた女の子がよくここに閉じ込められていたんだ。もちろん一人で、だよ。時にはここで実際に暴力を振られたこともあったらしい。……そうやっている内に、やっぱりつらくなったんだろうね。その女の子はここに閉じ込められているとき、とうとう自殺しちゃったんだ。それからここにはその女の子の霊が出るって噂……が……」


 隼人はふと言葉を止めた。

 目をパチクリとさせて大樹を見る。


「大樹クン?」

「! な……な、何だよ?」

「顔色が悪いよ?」

「なんっ……う、うるせー! 何でもねーよ!」


 何でもないわけがないだろう。

 顔は真っ青だしいつも以上にどもりまくっている。

 それでいて何でもないと言い張る彼の根性はある意味天晴れかもしれないが。


「何だよその目っ? 何でもねーって言ってんだろ!? こんなの別に全然怖くなんかっ……」


 言いかけ、ハッとしたように口を閉じた。――自爆したようだ。


「……くっ……」

「わ、笑ってんじゃねーよ! こらーっ!」


 今度は真っ赤になって怒る彼に、ますます笑いが止まらない。

 何て忙しい人なのだろう。見ていて飽きない。

 むしろ笑いすぎてお腹が痛いくらいだ。


「ソーリー。怖がらせるつもりはなかったんだ」

「だから怖くなんか……っ」

「それにしても意外だね。大樹クンが怖いのダメだなんて」

「だから違っ……」


 真っ赤になって否定してくるが、それ以上は言葉が続かないようだった。

 低く唸っている。

 彼がしゃべればしゃべるほど墓穴を掘るという事実に気づいたのだろうか。


「~~大体、結局何が怖いんだよっ? その話が怖いわけじゃねーだろ?」

「まあ、オレにとってはね」


 あっさりうなずくと、それはそれで悔しかったらしい。

 大樹がわずかに顔をしかめた。それを見て小さく笑う。

 その笑いを自嘲的なものに変え、隼人はポツリと呟いた。


「――オレも同じなんだ」

「? ……同じ?」

「オレもいじめられていたんだよ」

「……え?」


 大樹の瞳が揺れ、曇る。

 それを見ているとますます自虐的な気持ちになった。止めようがないほどに。


「別に悪いことをしたわけじゃないのにね。ハーフってだけでいじめられたこともあった。それに妬み。あれは本当に怖いし醜いね。全く、馬鹿馬鹿しいほどに」

「……さく、や?」

「……意外だった?」


 笑いかけるが、大樹は何も答えなかった。

 信じられなさそうにこちらを見ているだけだ。

 その奥底にあるのは何だろう。

 不審か、軽蔑か、哀れみか。


「身体も心もボロボロで、さ。だから日本に逃げてきたんだ」

「…………」

「それからだね。オレが人の本心と向き合うのが怖くなったのは」

「本心と……?」


 よくわからない、というように大樹が小首を傾げた。

 そんな彼に、隼人は再び自嘲的な笑みを浮かべる。


「そう。大樹クン言ったよね? オレが何考えてるのかわからないって」

「言ったけど……」

「……怖いんだよ。本気で言った本心を拒絶されるのが。オレ自身を踏みにじられるのが。だからごまかす。演じる。何事にも挫けないような、明るくて調子のいい、友好的な“オレ”をね」


 そこまで一気に言い、隼人は深く息を吐いた。

 今までの自嘲的な笑みを打ち消す。


「だからかな。君がうらやましかったよ、大樹クン」

「へっ? ……オレ?」

「いつだって本気で真っ直ぐだったからね。それはもう、オレにはないものだから」

「……咲夜、でもよ」

「さて、この話は終わり!」


 大樹が何か言いたげにするのを遮り、隼人はあえて声を張り上げた。

 彼に何か言う隙を与えない。


 同情されるのかと思うとどうしてもダメなのだ。

 人の口からそんな言葉は聞きたくなかった。

 自分はそんなかわいそうな人間ではない。そう思いたい。


「こんな場所でこんな話、暗くなってしょーがないね。やっぱりパーッとしてないと。それにしても春樹クンはまだかな? 早くしないとバスケに出れなくなっちゃう。そうしたらオレの活躍を楽しみにしているガールズが……」


 くすくすくす……

 クスクスクス……


「……今の、大樹クンかい?」

「……ちげーよ」


 わかってはいたが、不機嫌そうな声が返ってきた。

 とりあえず空耳というわけではないらしい。

 しかしここにいるのは自分と大樹の二人だけのはずだ。

 なのに今の笑い声は。


(……ガール?)


 まさか、とは思う。しかしどこかでもしかして、とも思う。


(でも、いくら何でも――)


『見ぃつけた……』

「!?」


 まるで自分の考えに反応したかのように、すっと音もなく少女の姿が浮かび上がった。

 黒い髪が所々はねた、背は低めの少女。

 前髪が多少長いせいで顔まではよく見えない。

 ただ口元は笑っている。


「な、な、な……っ」


 突然のことに驚いたのか、大樹が後退ってきた。

 ぶつかりそうだったので軽く肩をつかんで支えてやると、それにすらビクリと身体を震えさせる。

 どうやらよほど過敏になっているらしい。


「何だよアレぇ!?」

「大樹クン、落ち着いて……」

「やだ! もー帰るっ!」


 帰るも何も、自分たちは今閉じ込められているというのに。


「霊が必ずしも悪さをするとは限らないよ」

「霊!? じゃやっぱあれはユーレイなのか!?」

「あー……えっと……」


 十中八九そうだろうな、とはさすがに言えない。

 言えば大樹がどれだけパニックに陥ることやら。


 しかし自分だってこうして霊を目の当たりにするのは初めてなのだ。

 よく落ち着いていられるものだと自分でも感心する。

 大樹の取り乱しように逆に冷静になってしまっただけな気もするが。


「やだあっ! 春兄――――っ!!」

「ちょ、大樹クン……あまり騒ぐと霊を刺激するかもしれないし……」

「…………っ!」


 今の一言は有効だったらしく、大樹が慌てたように口を閉じた。

 霊を怒らせるのは嫌だったのだろう。当たり前かもしれないが。


『やっと見つけた……私の仲間……』

「仲間?」


 クスクス、クスクス。

 少女の笑いは止まらない。


『私と同じ……』

「……おなじ……」

『ねえ……おいで?』


 ――――!?


「咲夜!?」


 大樹の声はどこか遠かった。頭に流れてくる映像に掻き消される。


 それはそう、例えばここと似たような倉庫の中の光景。

 または教室。グランド。トイレ。

 どこでだって自分は大勢に囲まれ、そして一人だった。


 投げられたものは何だった?

 嘲笑? 侮蔑の言葉? それとも奴らの汚い手足か?

 言葉で切りつけられた痛みは今でも忘れない。忘れられるものか。

 あれだけ深く、何度も何度もえぐるように切りつけられた傷がどうして消えたりなんかする?


 その傷口は今だって簡単に開く。そして噴き出してくるのだ。

 忘れようとしているものも、何もかも。鈍く重い痛みを伴って。自分を覆いつくしてしまうように。


『助けて』


 その言葉は果たして奴らに届いていたのだろうか。

 確かに奴らとおなじ言語でしゃべったはずなのに。そう、何度も何度も。声がかれても!


『消えろ』

『死ね』


 そう言って醜く口元を歪めたのは誰だったか。もうわからない。わかりたくもない。

 わかっているのは一つだけ。

 ココ ハ 苦シイ。

 ここにはいたくない――。


「咲夜! おい、咲夜!」


 少女がゆっくりと近づいてきた。

 大樹は反射的に後退ったようだが、隼人は動けない。それは恐怖のせいか、それとも。


 くすくす……クスクス……


『行こうよ、私と一緒に……そうすれば独りじゃない……』

「……いっしょに……」

「おい……咲夜? 咲夜ってば! おい!」


 隼人はぼんやりと顔を上げた。

 焦りと怯えが入り混じった大樹と目が合う。


 ――…………?


 さっきまで彼と一緒にいたことは覚えている。閉じ込められているという事実も。

 けれど。


「……誰……だっけ、君……?」

「咲夜……!?」


 彼の瞳に絶望に近い色が浮かんだ。

 それがなぜなのか、自分には――わからない。




◇ ◆ ◇



 ピーッ

 高らかに鳴ったホイッスルに、春樹はどっと息をついた。

 ようやく前半終了だ。

 勢いに流されて出場させられてしまったが、大樹たちのことが気になって全く集中出来なかった。

 散々だと憂鬱になる自分に、クラスの友達がにこやかに話しかけてくる。

 皮肉なことに、それは春樹をサッカーに巻き込んだ張本人だ。


「日向、おまえパスルート見つけるの上手いな!」

「え……そ、そう?」

「周りが見えてるっていうかさ」

「どうも……」

「この調子で後半も頼むぜ!」

「……あはははは……」


 勘弁してほしい。本気で。

 引きつり笑いを浮かべていると、横から蛍がやって来た。

 こっそり耳打ちしてくる。


「日向、弟と咲夜はどうした? ていうか何でおまえがここに?」

「それが……」


 説明に困り、周りを見回す。

 幸い自分たちを気にしている者はいないようだった。これなら大丈夫だろう。


「実は渡威が出たんだ」

「渡威……ってあれだよな、おまえが探してるっていう変な生き物?」

「そう。そのせいで大樹と隼人くんが倉庫に閉じ込められちゃって」

「閉じ……!? おまえ、サッカーなんてやってる場合じゃないだろ」

「そうなんだけど……」


 それを言われると痛い。

 だが、自分でもどうしてこうなってしまったのかわからないのだ。

 勢いとは恐ろしいものである。


「サッカーボールに渡威が憑いてて、それを追ってきたんだよね」

「サッカーボールに? ……変わったところなんてないぞ?」

「そこなんだよ、問題は」


 うなずき、ただのサッカーボールと化しているものを見る。

 いつの間にか封御から反応も消えていた。ただただ沈黙している。


「問題っていうのは?」

「……さっきまで封御はしっかり反応していたんだ。このボールに対して。それは間違いないんだよ」

「それが急に消えたのか?」

「うん……」


 そういった渡威がいないとも言い切れない。

 しかし何だか釈然としなかった。

 春樹はそっと封御に触れ、じっと考え込む。


 この封御は渡威に反応する。

 それもあれだけ強い光となれば渡威本体に間違いない。

 だが、その憑いていたはずのボールは今は沈黙している。

 それも急に、本当に唐突に消えたのだ。

 徐々に離れていったのならまだ納得は出来るが、その場合、封御の光も少しずつ弱くなっていくなどの反応を見せるはずである。

 それなのに……。


「僕の勘じゃ、このボールには渡威本体が憑いてたんじゃないんだよね」

「……? だって反応、してたんだろ?」

「……あのね。もしかしたら、渡威が憑いているのものがこのボールに憑いていたんじゃないかと思って」

「……は?」


 訳がわからない、と蛍が顔をしかめる。

 そんな彼に春樹は苦笑した。

 確かに今のは説明になっていないかもしれない。


「……渡威は生きているものに憑くとは限らないんだよ」

「生きているもの以外……っていうと……」

「それは物かもしれない。……すでに死んでいるものかもしれない」

「幽霊ってこと、か?」


 信じられなさそうな蛍にうなずいておく。

 本で読んだが、すでにそういった前例は記されていた。


「それなら納得も出来るんだ。幽霊なら消えたりしてもおかしくないだろうし……」

「ってことは、あの倉庫の……? あの噂は本当だってことか?」

「そこまでは僕にもわからないよ。あくまでもこれは僕の考えだから」


 だが、考えれば考えるほどそうだと言う気がしてならなかった。

 出来ればそうであってほしくないのに。


(嫌な予感ほどよく当たるしな……)


「……あまりみんなも知らないようなマイナーな噂だし、ただのデタラメだと思ってたけどな。っつーか、おまえが学校案内のときに言ったの聞いて初めて知ったくらいだし」

「まあ、僕も林先輩に聞いたから知ってたんだけどね」


 まさか、ミーハーで噂好きな先輩がこんなところで役立つなんて。人生わからない。


「……日向弟と咲夜の奴、大丈夫なのか?」

「隼人くんは大丈夫だと思うけど、大樹がおばけや幽霊って全然ダメで」

「……やばいんじゃないか、それ?」

「だよねえ……」


 今頃どうなっているのか考えると気が気ではない。

 隼人が大樹に幽霊の話をした時点できっとアウトだろう。

 ただでさえ大樹は隼人を嫌っている節がある――というのは謙虚な言い方かもしれない――のに、これ以上ややこしくなっては救いようがない。


「……杉里くん。僕、やっぱり二人を見てくるよ」

「ああ、そうした方が……」


 がしっ


「どこ行くんだよ日向。後半始まるぞ」

「え……あ、あの具合が悪くて……」


 いきなりがっちりつかまれた手に顔を引きつらせる。何てタイミングの悪い。

 蛍も慌てているようだった。

 しかし口下手なせいで助ける口実が浮かばないらしい。

 困ったように成り行きを見守っている。


「そうかそうか。おまえ病弱っぽいもんな」

「いや、そこまでじゃないけど……ていうかそれ、皮肉?」

「いやいや。で? どこへ行く気なんだ? 保健室があるはずの校舎とは逆の方へ向かおうとしてたみてーだけど」


 鋭い指摘にぎくりとする。どうしてこんなときに限って鋭い!?

 友達の嫌味に近い言葉攻めに耐えつつ、春樹は深呼吸をくり返した。

 落ち着け、落ち着け自分。


「保健室だなんて……行くわけないよ」

「? だって具合悪いんだろ?」

「どんなに具合が悪くても応援はしなきゃ。だってみんな頑張ってるもん」

「日向……」

「でも、この体調じゃみんなの力にはなれないから。足手まといにはなりたくないし……。だから隅で応援して……」

「――感動した!」

「……え?」


 がっちり組まれた肩に焦る。ちょっと待て。


「そんな立派な心意気のおまえを誰が足手まといだなんて思うもんか! 大丈夫、みんなで全力でフォローしてやる! 俺はおまえの味方だ!」

「え、いや、そんな……」


 そんなことは望んでいないから、どうか抜け出させてほしい。

 しかしすでに聞く耳は持っていないようだった。

 勝手にみんなで盛り上がっている。

 その迫力にはさすがの春樹も口を出せない。


「……何でこうなるかな……」

「……熱血バカには何を言っても無駄みたいだな」


 蛍に同情の目を向けられ、春樹はがっくりと肩を落とした。

 そうしている内にホイッスルが鳴ってしまう。もう逃げられない。

 さあ、後半戦の始まりだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ