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倭鏡伝  作者: あずさ
4話「友情射程距離」
35/153

4封目 球技大会、迷走なう

 何だかんだといって球技大会当日。

 自分たちのクラスの出番はまだ大分後なので、春樹と蛍はグランドの隅で雑談をしていた。

 それにしてもこの天気の良さはまさしくスポーツ日和だ。


「おまえは種目、何だっけ?」

「バスケだよ。何か知らないけど、隼人くんに引き込まれて……」

「……そういやそうだったな。咲夜の奴、やたらおまえら兄弟に懐いてるし」

「そうみたいだね……」


 懐く、という表現が正しいのかは微妙だった。

 しかしよく春樹の家に押しかけてくるのも事実である。

 それもこれも、隼人も大樹もほとんど意地になっているからだ。

 以前に隼人が言っていた「距離」で言うならば、隼人が一歩詰めれば同じだけ大樹も下がっているような状態なのである。

 はっきり言ってキリがない。

 どちらかが妥協すれば話は早いというのに。


「杉里くんはサッカーだよね?」

「ああ。でもこの暑さなら中のバスケの方が良かったかもな……」

「そうかな……どっちもどっちだと思うけど。中は中で蒸すだろうし……」


 言って、苦笑する。

 わざわざやる気がそがれるような会話をしてどうするのだろう。

 話を変えようと口を開きかけると、こちらに駆けてくる一つの影に気づいた。


「春兄! あ、蛍も!」

「あ……大樹か。隼人くんかと思った」

「げっ、あいつも来んの!?」

「うん。今は手洗いに行ってるけど」


 告げると、大樹は思い切り顔をしかめた。

 それを見て、大体の事情を知っている蛍が苦笑する。


「……久しぶりだな、日向弟」

「おう! な、蛍は何に出んの?」

「俺はサッカーだけど……」

「んじゃ、しっかり応援してやるからな♪ 頑張れよっ」


 にっと笑顔を向ける大樹につられたのか、蛍もぎこちなくだが笑顔を返す。

 普段蛍は無表情が多いので、何だかその光景は微笑ましく思えた。

 どうでもいいが隼人に対する態度とずい分違う。それも仕方ないのかもしれないが。


「……と、そろそろ時間じゃない? サッカーの人が集まってるよ」

「そうだな。……じゃ、また後でな」


 小さく手を上げた彼が小走りに離れていく。

 それを春樹は黙って、大樹は手をぶんぶんと振って見送った。

 それとほぼ入れ違うように隼人が戻ってくる。


「――あ、本当に来てくれたんだ」


 目を丸くした隼人が大樹にそう声をかけ、それから「ただいま」と春樹に続けた。

 春樹も短く「おかえり」と返しておく。

 一人不機嫌になったのはもちろん大樹だ。


「オレは春兄を応援しに来たんだからな」

「Oh,お兄さん思いだね! ナイス兄弟愛」

「…………」


 やはり隼人とマトモな会話を続けるのは難しいようだ。

 春樹としてはいい加減慣れてきたが。


「すいませーん。そこの倉庫からサッカーボール、取ってくれませんか?」

「え?」


 聞き慣れない声に振り向くと、女子が懸命に呼びかけていた。

 体育委員の子だろう。その声は当然のように自分たちへ向けられている。

 それはもちろん、自分たちが一番倉庫の近くにいたからなのだが。


 とっさに立っていた大樹と隼人が動いた。

 大樹が先に足を踏み入れる。


「うわ、暗っ」

「足元気をつけた方がいいよ」

「わかってるっての。……サッカーボールってこれでいいのか?」

「だね。――はい、春樹クン」


 大樹からボールを受け取った隼人が、それを倉庫の中から投げ渡した。

 春樹は真っ直ぐ飛んできたボールを受け止め、そのまま女子に渡してやる。

 それにしてもナイスコントロールだ。

 自分は待っていただけなのに、ボールは狂うことなく自分の手元へやってきた。


 女子が笑顔で礼を言ったので、春樹もそれに微笑むことで返した。

 そのまま彼女は小走りで先生たちのところへ向かっていく。


 それを見届けた二人が出てこようとして――突然封御が光った!


「――え!?」


 ばんっ!!

 とっさのことに反応が遅れた。

 すごい勢いで閉められた扉に慌てて駆け寄る。


(ビクともしない……!?)


 押しても引いても、断固として扉は譲らない。

 二人が閉じ込められた!?


「大樹! 隼人くん!」

「春兄!?」


 切羽詰まった声が聞こえ、それでも少し安心する。何とか無事なようだ。


「大樹、封御が光った! 渡威が近くにいるんだ! 何か声、聞こえないか!?」


 大樹には人以外の声を聞く“力”がある。

 それは当然、彼が倭鏡の人間だからだ。

 その“力”は渡威にも例外なく及ぶ。


「…………」

「大樹っ?」

「……もうあんなところには戻りたくないって、そう言ってる! でもどんどん小さくなって……! 春兄、これ以上は聞こえねえ!」

「小さく……?」


 ということは、普通に考えてここからどんどん移動しているのだろう。


(それに戻りたくないってことはさっきまで倉庫にいたってこと……で……)


 何気なく考え、ハッとする。さっきのサッカーボール!?


「大樹、見当はついた! 助けるから少し待ってろ!」


 言うなり、春樹は返事も待たずに駆け出した。




◇ ◆ ◇



「春兄!」


 どんなに扉を叩いても無駄だった。

 それ以前に、すでに扉の向こうからは人の気配が感じられない。

 それでも大樹はやめようという気にはなれなかった。ある意味必死だ。


「春兄! 春兄っ!?」


 ――ふいに背後から手をつかまれた。

 声は予想通りの主のもの。


「ストップ。……手が傷つくだけだよ」

「放せよ!」


 怒りに任せて手を振り払おうとするが、やはり相手の方が力はある。思うようにさせてくれない。

 それがますます苛立ちを募らせた。


「そんなに春樹クンを信用出来ないのかい? 彼が助けてくれると言ったんだ。オレらはそれを信じて待てばいい。……そうだろ?」

「……っ、うるせえ! オレはおまえといるのがヤなの!」


 怒鳴ってからハッとする。言いすぎた。


 バツが悪い思いで隼人を見たが、この暗がりでは彼がどんな顔をしているかわからない。

 ちなみに先ほど光っていた封御は今は沈黙を続けている。

 渡威が離れている証拠なのだ。


「……どうやら完璧に嫌われたみたいだね」

「う……や、その」

「まあ、それはわかってたし大樹クンの自由だよ。オレは紳士を目指してるからね。こんなところでくじけないとも」

「はあ……?」


 相変わらず彼は意味がわからない。

 だが一つわかったのは、あの妙な挨拶は「目指せ紳士」の精神が原因の一つということだろう。何てハタ迷惑な。


「でも、一つ頼みがあるんだ」

「……何だよ?」

「見ている限り、大樹クンはとてもわかりやすいんだよね。名前の呼び方でも大体の好感度がわかるし。気に入ってる人は大抵下の名前で呼ぶだろ?」

「……それは……」


 意識したことはない。

 だが、よく考えてみれば違うとも言えなかった。

 ちなみに彼のことは、「おまえ」だの「咲夜」だのと呼んでいる。


「そこで、だ。別にオレのこと嫌ってても構わないから、せめて隼人って呼んでよ」

「…………は?」


 真剣な眼差しに思わず呆気に取られる。

 ――あ、頭痛くなってきた。


「……どことなく矛盾してねーか、それ?」

「気のせいだよ」


 言い切りやがった。しかもきっぱりはっきりと。


 本当に変な奴と関わってしまったものだ、と大樹はため息をつきたい衝動に駆られた。

 今日はとことん運が悪い。

 こんな暗くてじめじめした場所に、よりにもよってこんな奴と二人きりだなんて。


(春兄、早く戻ってこねーかな……)


 クスクスクス……


「……変な笑い方すんじゃねーよ」


 ムッとして睨む。

 今は冗談に付き合っている余裕はない。


 しかし隼人は肩をすくめた。

 ご丁寧にため息までつけてくれる。


「オレだって、こんなときに意味もなく笑うほどクレイジーじゃないよ」

「へっ? だって今……、!」


 反射的に彼の腕をつかみ、思い切り横へ跳ぶ。

 次いでガラガラと何かがなだれ落ちてきた。

 慌てて封御に光を灯し、自分たちがいたところを照らしてみる。


「……元々安定感はなかったんだ」


 放心したように隼人が呟いた。

 その崩れてきたものの中に砲丸のようなものを見つけ、大樹もさすがに冷や汗が吹き出そうになる。

 頭や足元に落ちてきていたらシャレにならない。


「大樹クン、Thanks! 命の恩人だね!」

「や、でも気づいたのは偶然……って頭をなでるなあっ」

「Why? 感謝の気持ちを表したのに」

「オレはそれやられんの嫌なの!」


 そもそも、感謝の印に頭をなでるなんてバカにしているのだろうか。

 歳はたったの一つしか違わないというのに。


 彼は自分を怒らせるためだけに存在しているのではないか。

 そう思いたくなる心境の中で、大樹は隼人がじっとこちらを見ているのに気づいた。

 その興味深そうな視線に多少たじろぐ。


「な……何だよ?」

「いや……大樹クンって物事をはっきり言うよね」

「はあ?」

「そこでもう一つ頼みたいんだけどさ。オレのどこが嫌なのか教えてくれない?」

「どこ……って……」


 思わぬ頼みに呆気に取られる。

 しかし隼人は真剣なようだった。

 ――どうも調子が狂ってしまう。


 大樹は軽く息をついた。

 この際だ。はっきり言ってしまおう。


「まずその変な態度!」

「変な態度?」

「男女平等だか何だか知らねーけどな、オレにとっちゃ気色悪いだけだぜ。特に最初に会ったときの挨拶!」


 あれは今思い出しただけでも寒気がする。

 下手すればトラウマになりそうだ。


「でも、手の甲にキスは紳士の決まりだろ?」

「男にするなんて聞いたことねーよ」

「じゃあオレが偉大な初めの一歩を踏み出したことになるね」

「だからそーじゃなくてっ!」


 すっとぼけたことを言う彼に声を荒げる。

 今なら春樹の苦労が少しわかるような気がした。

 ツッコミって疲れる。精神的に。


「その訳わかんねーとこも苦手だ……」

「訳がわからない? オレが?」


 隼人が目を丸くしたので投げやりにうなずいておく。

 彼は本当に自覚がないのだろうか。

 だとしたら末期だ。もう手に負えない。


「ふざけてんのか本気なのか区別つかねーしさ。オレ、咲夜が何考えてんのかさっぱりわかんねー」


 不機嫌にそう言ったとき、大樹はハタと気づいた。

 封御の光に照らされた彼の顔に、悲しそうな笑顔が浮かぶのを。


「それはね、――怖いからだよ」




◇ ◆ ◇



 大樹たちが閉じ込められている間、春樹はどこか祈るような気持ちで走っていた。

 あの場所は大樹にはちょっとまずい。いや、かなりまずい。


(隼人くんが余計なこと、言わなきゃいいけど……)


 そう願う半面、それは無理だろうという気持ちもあった。

 期待が裏切られるのはよくあることだ。だからこそ急がないと。


 春樹が駆け込んだとき、まだ準備中のようで試合は始まっていなかった。

 そのことに対し少しホッとする。

 もし試合が始まっていては手足の出しようがなかった。

 そもそも、渡威の憑いたボールなんか使ったら試合がどうなってしまうか。


「あの、すいません! そのボール……っ」

「日向、ちょうど良かった!」

「……え?」


 人の波を割って入っていった自分をクラスの友達が呼び止めた。

 その瞬間嫌な予感に襲われる。

 そしてそれは、当然のように当たっていて。


「ちょっと手違いがあって人数が足りないんだ。まだバスケまでは時間あるだろ? 頼む、ちょっと入ってくれ」

「え? ……えええええっ!?」


 あっさりゼッケンを渡されて焦る。

 ちょっと待て! 何なんだこの展開!


「あの、僕困……っ」

「このままじゃ俺らのクラス、失格だぜ?」

「…………!」


 そうなったら自分のせいだというのだろうか。

 手違いがあったにしても、それは自分には関係ないのに。


「大丈夫、みんなでフォローしてやるから!」

「いや、そうじゃなくて……僕には大事な用事が……」

「よっしゃ、優勝狙うぞーっ!」

「「「おーっ!!」」」

「…………」


 やけに団結力がいいのは素晴らしい。そりゃあもう。


 もはやヤケ気味になった春樹は、観念してチームの輪の中に入っていった。

 そこで蛍に驚いた顔をされ、曖昧に笑っておく。

 もうどうにでもなれ。


 しかしやはり気がかりなのは倉庫のことで、春樹は心の中で手を合わせた。


(大樹、ごめん……)


 少し待ってろと言ったが、その「少し」は長引きそうだ。

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