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倭鏡伝  作者: あずさ
4話「友情射程距離」
34/153

3封目 大暴投ゆえのホームラン

 朝の挨拶なんてほとんど限られている。

 元気に「おはよう」と言ったり、少し丁寧に「おはようございます」と一礼したり、


「あ、隼人くんおはよう」

「グッモーニン」


 ――投げキッスをおまけしたり。

 自分の席で何となく読書に耽っていた春樹は、朝から奇妙な光景を目の当たりにして苦笑した。

 今日も隼人は絶好調のようだ。

 投げキッスされた女子と二、三言楽しげに会話している。

 普通なら引かれてしまいそうなものだが、やはり美少年がやると様になるのだろう。

 得だよな、としみじみ思う。


 そんな自分の元へ、鞄を置いた隼人がニコニコと歩み寄ってきた。

 自分の隣、つまり蛍の席に腰を下ろす。

 一瞬何か言いかけた春樹だが、まだ蛍がやって来る様子はなかったので思い直した。


「おはよ、春樹クン」

「おはよう」

「朝から読書?」

「え? あ……うん。何となく」


 言われ、慌てて鞄の中にしまう。

 「別にいいのに」と呟いた彼に、「もう読んだやつだから」と笑って答えた。

 事実だし、本を読みながら話すのはさすがに失礼だろう。


「そういえば、大樹クンだっけ?」

「え? ……僕の弟がどうかした?」

「昨日、急に元気がなくなったみたいだったから少し気になってね」

「……えーと」


 何のことか思い当たった春樹は言葉に迷った。

 あれは元気がない、というよりも硬直していただけだ。

 しかし原因である隼人に自覚はないようだし、直接そう言ってもいいものだろうか。


「隼人くんの挨拶にビックリしたんだよ、きっと」


 無難な線で答えると、隼人が不思議そうに目を丸くした。


「大樹クンもシャイなのかい?」

「だからそうじゃなくて……」


 ここは日本だという自覚が、果たして彼にあるのだろうか。


「……つまり、オレの挨拶が気に入らなかったと?」

「いや、気に入らないっていうか……苦手意識を持っちゃったっていうか……」

「NO!」


 嘘はつけなくて言葉を濁らせた自分に隼人が唐突に叫んだ。

 その突然の行為に思い切り驚く。

 春樹は心持ち後ろに椅子をズラした。

 何かあれば逃げる気満々だ。


「春樹クン!」

「はい!?」

「オレは博愛主義なんだ」

「――はい?」


 真剣な顔をするから何を言うのかと思えば、何だそれは。

 しかし呆気に取られている春樹も気にならないのか、彼はなおも熱弁を振るう。

 正直勘弁してほしい。全くもってついていけない。


「博愛主義のオレが苦手意識を持たれるなんて……間違ってるだろ?」

「え、えーと……?」

「きっと大樹クンはオレを誤解しているんだ」

「誤解のしようもない気がするけど……」

「ここは是非その誤解を解かないと!」

「これ以上深入りするのは逆効果じゃないかな……」

「そんなわけで、今日は春樹クンの家にお邪魔するね」

「…………」


 ちっとも会話をしている気になれず、春樹はそれ以上何も言えなかった。

 どうしたらこれほど食い違うことが出来るのだろう。

 会話をキャッチボールに例えるなら大暴投の連続だ。

 もしくは、キャッチボールのつもりで投げた球をホームランされたといったところか。


「そもそも何で誤解されたのか……。あ、もしかして大樹クンは人見知りするタイプ?」


 それは明らかにない。

 即座に胸中で否定したが、それを春樹が口にすることはなかった。

 ならどうしてか、と問い詰められても困るからだ。

 代わりに曖昧に首を傾げておく。


「基本的に、好意には好意を返す奴なんだけど」


 単純なせいか、彼の構造はいたって明快である。敵か味方か。好きか嫌いか。

 気に入っている相手には突拍子もなく飛びつくし、からかいや敵意にはすぐムキになる。

 だが、隼人はどこか納得がいかないようだった。怪訝そうに眉をひそめる。


「オレは好意の塊を注いでるよ」

「んー……ああ、隼人くんの場合その好意の方向がねじ曲がってるからだよ」

「……何気にひどいね、春樹クン」


 さらりと答えた自分に隼人がジト目になる。

 笑ってごまかしておいたが間違ったことを言ったとは思わなかった。

 むしろ限りなく正解に近いだろう。


「こうなったら力一杯好意を注ぐことにするよ! オレに不可能はない!」

「だから逆効果だってば……」

「まずは距離を縮めないとね」

「距離?」

「心と心の距離さ。近い方が友情を感じることが出来るだろ?」

「え、えーと……?」

「そんなわけで協力してくれるよね、春樹クン?」

「いや、あの……」

「頼りにしてるよ、クラスリーダー」


 関係ないだろう、それは。

 そう心の中だけでツッコミつつ、春樹はこっそりため息をついた。

 諦めとも呆れともいえる心境に根こそぎ体力を奪われる。


(普通の会話が恋しい……)


 ごく当然のことを求めるのは、そんなにいけないことだろうか。




◇ ◆ ◇



 高く大きく描かれる弧。

 その軌道に合わせ、大樹は軽く手を突き出した。

 ぽすっ、と手に軽い衝撃を感じる。


「ユキちゃん、さっきから高いボールばっか」

「ごめん~。でも僕、これしか投げられなくて~」


 小さく口を尖らせると気の抜けるような笑顔が返ってきた。

 見慣れたその反応に大樹は肩をすくめ、軽くボールを投げてやる。

 相手の沢田雪斗は、それを危なっかしくもグローブでキャッチした。


「もう少ししたら宿題やるー?」

「そーだな……やんなきゃ春兄がうるせーし」

「あははー。やっぱダイちゃん、ハルさんに頭上がらないんだねー」

「そんなんじゃねーよ」


 ムッとして言い返すと、彼は再び「あははー」と笑ってボールを投げた。

 反射的にグローブを構えるが、高く上がりすぎてなかなか落ちてこない。

 相変わらずヒョロヒョロした球だ。まるで投げた本人を表しているような。

 それは本人も承知しているらしく、彼はぼんやりと球の行方を見守りながら呟いた。


「前から思ってたけど、僕の球ってあまりキャッチボールに向かないね~」

「でも明日の体育は野球だし……わっ!?」


 ぐん、と球が勢い良く風に流される。

 高すぎたせいで風の影響も強かったのだろう、球は面白いほど飛距離を伸ばしていった。

 自分の頭上をあっさり越え、それでもまだ遠く旅立とうとする球に慌てるしかない。


「なっ、ちょ……っ」

「あ……ダイちゃん、後ろ~!」

「へっ?」


 どんっ


「ったぁ~~……。悪い! ダイジョー……」


 ぼと


 捕獲者のいなくなった球は虚しくも二、三メートル先に一人落下した。

 だがそれを見届ける者すらいない。

 まるでお約束のように人とぶつかった大樹は、その相手が誰かを知って硬直していた。

 あまりのことにパニックを起こしかけている。

 ようやく硬直が解けたのは、相手がにっこりと微笑みかけてからだ。


「やあ、大樹クン」

「な……っ、なああああっ!?」

「人を見て逃げるなんて失礼だね」

「うわ、いいから手ぇ放せ!」


 つかまれた手を慌てて振り払う。

 硬直が解けた今もパニックは治まらなかった。

 なぜ、どうして彼がここに!?


「――って春兄! どーゆうことだよコレ!?」


 春樹の姿を見つけ、すごい勢いで詰め寄る。

 春樹は隼人の影でコソコソしていた。ちょっぴり怪しい。


「いや、どーゆうって言われても……」

「何でコイツ……さく、さ、さー……」

「咲夜隼人?」

「そう、それ! 何でそのサクヤハヤトがここにいるんだよ!?」


 どんなにわめいても、春樹はごまかすようにあやふやに笑うだけだった。

 そんな彼にイライラする。

 こういうときの春樹には何を言っても無駄だとわかっているからだ。

 白を切り通すに決まっている。


「オレの名前、覚えてもらえなかったんだね」

「気にすることないよ。あいつが物覚え悪いだけだから」

「春兄!」


 弟の恥を他人に暴露している場合か!


「ダイちゃん、大丈夫~?」


 ふいにのんびりとした声が聞こえ、大樹はその声のする方へ向き直った。

 球を拾ってきた雪斗がこちらへ歩いてくる。

 おっとりした彼の登場に大樹も落ち着きを取り戻した。

 彼がたどり着くなり大丈夫だと小さく告げておく。

 良かった、と笑顔になった彼が、隼人を見てわずかに目を丸くした。


「……どちら様?」

「あ、彼は昨日僕のクラスに転校してきた……」

「咲夜隼人です。ヨロシク」


 ニコリと人のいい笑顔を見せ、隼人は軽く頭を下げた。

 例の挨拶はやらないらしい。

 後で気づいたが、右手に野球ボール、左手にグローブの相手ではそれも仕方ないだろう。


 少々事情を呑み込むのに苦労したらしい雪斗はそれでもほのぼのと笑顔を浮かべた。

 ペコリ、と彼も頭を下げる。位置的には隼人よりもやや深いだろうか。


「ご丁寧にどうも~。ダイちゃんの幼馴染みの沢田雪斗ですー」

「おさななじみ?」

「はい。幼稚園の頃からダイちゃんとは一緒なんですよ~」

「へえ……」


 隼人が興味深そうに相槌を打った。

 大樹、雪斗と交互に見比べる。

 そこに浮かぶのは、妙に楽しげな笑み。


「まるでデコボコだね」


 ――ぶち


「…………殴る」

「うわ、こら大樹!」

「ダイちゃん落ち着いて~!」

「やだ! 一回でいいから殴る!」


 突っ込んでいこうとする自分に、慌てて春樹と雪斗が止めに入った。

 しかし大樹の怒りは治まらない。むしろヒートアップだ。


「ダイちゃん、凸凹なんて言われ慣れてるじゃん~」

「そーゆう問題じゃねー!」


 確かにそれは事実だ。

 クラスで一番小さな大樹と一番大きな雪斗は、一緒にいるとよく「凸凹コンビ」と言われる。

 ある意味クラスの名物と言っても良い。

 だが、それをたった二度会っただけの奴が言うか!?


 暗に(といってもほとんど直接的な気もするが)「小さい」と言われて、大樹は雪斗のようにヘラヘラ笑ってなどいられない。

 背が低いことは自分にとって一番のコンプレックスなのだ。


「ソーリー。悪気があったわけじゃないんだ」

「どこがっ……」


 怒鳴りかけ、彼が本当にすまなそうにしていることに気づいた。

 喉にまで込み上げてきていた言葉を無理に押し戻す。

 気を取り直そうというのか、隼人が再び微笑みかけてきた。


「そうそう。今度の月曜日に球技大会があるんだ。見においでよ」

「球技大会ぃ?」


 いきなり変わった話題に不審さを隠せない。

 大樹は春樹を振り返った。


「それって春兄も出んの?」

「まあ……学校行事だしね。でもそんな大したものじゃないよ? 親も数人見にくる人はいるみたいだけど……」

「ダイちゃん、見に行けば~? 来週の月曜ならちょうど休みだし~」

「ばっ……ユキちゃん!」


 余計なことをしゃべる雪斗に慌てる。

 断る余地がなくなってしまったではないか。


「いいじゃん。どうせダイちゃんも見てみたいんでしょ~?」


 にこやかに言われ言葉に詰まる。

 そりゃ、興味がないとは言わないが。


「……ユキちゃんは?」

「僕は家族で出かけなきゃいけないから~」


 ごめんねー、と雪斗が苦笑気味に謝った。

 大樹としては不満だが仕方ない。

 ここで文句を言ってもどうにもならないだろう。


「応援してくれれば、もれなく勝利をプレゼントしてあげるよ?」


 キザなセリフに、ウインク一つ。

 ――彼が自分の嫌がることばかりしていると思うのは、きっと気のせいではない。

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