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倭鏡伝  作者: あずさ
4話「友情射程距離」
33/153

2封目 暴走・爆走・マイロード

 普段よりも疲れているのは、気のせいだろうか。

 そんな疑問を自分に投げかけながら、春樹ははっきりと答えを導くことが出来た。

 気のせいなんかではない。

 はっきりきっぱり自分は疲れているし、その原因だってすでに明確済みだ。


「……隼人くん……」


 ためらいがちに呼びかけ、ちらりと後方を見やる。

 ようやっと外靴に履き替えた隼人は、その呼びかけににこやかに応じた。

 立ち上がり、軽く自分の元まで駆けてくる。


「何?」

「いや、どこまでついてくるのかと思って……」


 悪い意味に聞こえないように注意しながら言うと、彼は数度目を瞬かせた。


「途中まで帰る方向一緒だからって先生に言われたんだけど? あ、もしかして迷惑?」

「そーゆうわけじゃなくて……」

「一緒に帰る恋人、いるんじゃないのかい?」

「……いません」


 楽しげに笑う彼にため息をつく。

 そんな自分を見て、彼はさらに笑い声を上げた。


「意外だね」

「え……何が?」

「春樹クンにラヴァーがいないのが」

「……そう?」


 出来ればこの話題から離れてほしいと思いつつ、それは口にしなかった。

 言ったところで彼は聞いちゃいないだろう。

 それは今日一日一緒にいただけで十分わかってしまった。

 何せ学校案内の後、彼はほとんど春樹にべったりだったのだ。

 とはいっても、もちろん寄ってくる女子の相手も欠かさない。

 ――というより、春樹をも巻き込んで相手にするわけだが。


 そんな彼の行動は確かに男女の間でも大差ない。

 彼の言う「男女平等」はあながち冗談ではないようだ。

 それに問題があるとすれば、男女みんな、女子扱いのような気がすることだろうか。


「成績優秀で、クラスリーダーで、優しくて。いかにもモテそうだろ? 紳士として合格出来るとオレは思うよ」

「何かそういわれると別人みたいだけど」

「Oh,おまけに謙虚だったね」

「はあ……」


 もちろん褒められて悪い気はしない。

 だが、そこまで言われると苦笑するしかなかった。

 何とも言えない。

 礼を言っておくべきなのか、そんなことはないと否定しておくべきなのか。


「まあ、ガールズはたまに強引さもほしいみたいだけど? ……あ、春樹クンに足りないのはその押しの強さかもしれないね」


 ――放っとけ。

 ベラベラと好き勝手なことを話す彼に、春樹は何度目かのため息をついた。

 だが、どんなに「ついていけない」と思っても、あちらから頼ってくる以上見捨てることが出来ない。

 結局のところ、そういった面では春樹はやっぱり「いい人」なのだ。


「春る――ん」


 ふいに甲高い声が飛んだ。

 春樹はぎょっとして振り返る。

 こんな大勢の中、大声でこっ恥ずかしい呼び方をする人はある程度限られている。


「……先輩……」


 校舎から跳ねるように駆けてきたのは、想像通りの三人の少女。


「センパイ?」


 興味津々といった様子で隼人がひょっこり顔を覗かせた。

 そんな彼に小さくうなずいておく。


「二年の先輩だよ。あの髪の短いのが木村先輩で、ポニーテールなのが林先輩。その後ろを歩いてる眼鏡をかけたのが森本先輩」

「木に林に森……。ナイスな組み合わせだね」


 隼人が楽しげに呟く。

 しかしまあ、それは春樹自身も抱いた感想だ。


「春るん、今帰り?」


 駆けてきた木村は、ニコニコとそう尋ねてきた。

 元気印一番みたいな彼女の問いに、春樹は苦笑を押し隠してうなずく。


「はい。先輩もですか?」

「そうなの。今日は新しいCDが出るから早く帰ろうと思って」

「ところで、その子って例の転校生!?」

「え? あ、はい……」


 横から木村を押し退けるように顔を出してきたのは林だ。

 この三人の中で最もミーハー属性の強い彼女は、やはりこういったことには目敏い。

 心なしか瞳がキラキラと輝いている。


「きゃー本当に金髪! 美少年って噂はマジもんだったのね!」

「それは光栄ですね、センパイ」


 小さくガッツポーズなんかしている彼女たちの前に、隼人がすっと進み出た。

 そのことに彼女たちから黄色い声が飛ぶ。まるで芸能人のサイン会だ。


「オレは咲夜隼人っていいます。よろしくお願いします、センパイ」

「……礼儀正しいのね」


 フフ、と森本が口元で微笑う。

 その際にキラリと眼鏡が光を放った。

 何だかその様子が品定めをしているようで、春樹としては妙に落ち着かない。


「お姉さん、どんどんよろしくしちゃうわよー」

「ね、今度どこかに遊びにいかない? 色々案内してあげる!」

「素敵なレディからのお誘いじゃ断れませんね」

「やーもう、この子ったらぁ」


(……何なの、このノリ……)


 キャーキャー騒いでいる彼女たちを遠巻きに眺めながら春樹はやや唖然としてしまった。

 隼人を見て、彼はホストに向いていると思ってしまったのは自分だけだろうか。

 そうじゃないと願いたい。


 そんなことを考えているとふいに森本と目が合った。

 何を思ったのか、彼女はスタスタと歩み寄りがっちり手を握ってくる。


「大丈夫、春るんの相手も忘れないから」

「はい? あの……」

「あー! 何勝手に春るんを独り占めしてんのよ! 私も私も!」

「いえ、あの」

「もちろん春るんも遊びに行こうねー」

「はあ……」


 語尾に思い切りハートマークがつきそうなにっこり笑顔を向けられ、曖昧に返してしまう。

 呆気に取られていると、ハタと木村が顔色を変えた。

 彼女特有の大声で叫び出す。


「あー! 早くしないとCDが売り切れちゃう! プレミアなのに!」

「あ、ホント」

「今ならまだ間に合うわよ……走らないと微妙だけど」

「よし走る! それじゃまたね、春るん、隼人くん!」


 言うが早いか、彼女は二人の手を取って突っ走ってしまう。

 林と森本から抗議の声が上がっていたようだが、木村の耳には全く届いていないようだった。

 何はともあれ、彼女たちは今日も三人一セットで行動を共にするらしい。


 嵐が去ったことにボーゼンとしていると、「ヒュウ♪」と短い口笛が聴こえた。

 その正体はもちろん隼人だ。彼は楽しそうな笑みを浮かべている。


「愛されてるね」

「あはははは……」


 もう知らない。笑っとけ、自分。


「……そういえば、例の挨拶やらなかったね?」

「三人もいたからね。あれは一対一専用」

「って問題はそこなんだ……」


 たくさん周りに人がいるから、とか外だから、というのは関係ないらしい。

 もし相手が一人だったならここでも彼は跪いたのだろう。

 自分のときはあまり人のいなかった教室で良かったと心底思う。


「とにかく、僕らもそろそろ帰……」

「春兄―っ!」

「うわぁ!?」


 後ろから急に飛びつかれ、春樹は思わず悲鳴を上げた。

 ぐるりと首を後ろの方へ向け、背中にへばりついている小さな影を見下ろす。

 真っ先に目に入ってきたのは多少色素の薄い髪で、春樹はため息をつかずにはいられなかった。

 本日の嵐、第二弾の登場だ。


「大樹……心臓に悪いから急に飛びつくのはやめて……」

「それより春兄もこれから帰るのかっ?」

「そうだけど」

「オレも今終わったとこ! 一緒に帰ろーぜ?」


 無邪気に笑う彼に、別に構わないという意味も込めて苦笑する。

 この元気の塊は、日向大樹といって春樹の弟である。

 隣の小学校に通っているのだが、どうやら今日は授業の終わるタイミングなどが合ったらしい。

 基本的に小学校の方が早く終わるのだが、掃除当番だったり、彼が放課後も遊んでいたりするとたまにこうやって鉢合わせするのだ。

 ちなみに自分たちの間には一学年しか差がないのだが、しばしばもっと離れているように見られる。

 それは小柄な彼が幼稚に見えるのか、自分が年より大人びて見えるせいなのかは定かでない。


 満足のいく答えを得ることが出来た大樹はご機嫌な様子で春樹から離れた。

 そこでようやっと、第三者の存在に気づく。


「うっわー金髪! 何なに、外人!?」


 遠慮というものを知らない彼はぶしつけなほどまじまじと隼人を眺めた。

 勢いの余りか腕までつかんでいる。


 春樹は額に手をついた。

 初対面の相手になんて態度だ!


「大樹! 失礼だろ!?」

「いや……パワフルボーイだね」


 一瞬驚いたように目を瞠った隼人はすぐに笑顔で対応した。

 それから恭しく大樹の手を取り、地に膝をつける。本当に一対一ならやる気らしい。

 ひくり、と大樹の顔が引きつる。


「君の兄さんには世話になるよ」

「ってすでに予定入り!?」

「オレの名前は咲夜隼人っていうんだ。君は大樹クンというんだね?」


 ――無視しやがった、コイツ。


「そ、そーだけど……」


 引きつった顔のまま機械的に答えた大樹は、救いを求めるようにこちらを見た。

 しかし自分にはどうしようもない。

 彼のある意味儀式的な行為が終わるのを待たねば。


 そんな自分たちの微妙な空気を知ってか知らずか、彼はより一層「にっこり」を強くする。

 知っていてやっているなら少し憎たらしい。


「以後お見知りおきを」


 そう言って彼は手の甲に――


「んなっ!?」

「は……隼人くん!?」


 二人はほぼ同時にぎょっとし、そして固まった。

 帰ろうとしていた生徒の何人かも何事かと足を止めている。

 何事もなかったかのような顔をしているのは隼人一人だ。


 彼は平然と立ち上がり、ついでにウインクまでプレゼントしてくれた。


「オレはギャラリーが多い方が燃えるタイプなんだ♪」

「意味わかんないし……」


 だからってキスはないだろう、キスは。

 いくら手の甲だとしても。


 しかし隼人は気にした様子もなく、涼しい顔で自分たちから離れた。

 今度は何をするのかと訝っていると彼はそのまま校門へ向かってしまう。


「See you」

「は? ちょ……隼人くん!?」


 笑顔で別れの挨拶を向けてくる彼に春樹は慌てて声を上げた。

 これだけ妙な騒ぎを起こしておいて一人帰るつもりだろうか。

 しかも「一緒に帰ろう」ということを言い出したのはあっちなのに。


 どうやら後半の部分は彼にもわかったらしい。

 「ああ」と思い出したように呟くのが聞こえた。

 その先にどんな言葉が続くのだろう、と春樹は思わず身構える。


「大丈夫。オレはお邪魔虫になるほど無神経じゃないよ。是非兄弟水入らずの時を楽しんでくれたまえ」

「はあ……?」


 楽しんでくれ「たまえ」って何だ。「たまえ」って。


 うっかり妙なところを気にしてしまった春樹は隼人を引き止める口実を失った。

 爽やかに彼が去っていくのを呆気に取られたまま見送る。

 それを境にギャラリーと化していた周りの人々もポツポツと帰っていき――。


「大樹。おい、大樹!」


 ハッとして大樹を見る。

 彼はショックの余りか未だに硬直していた。

 かわいそうに。今回ばかりは春樹も大樹に同情する。


 肩をつかんで揺すってやると、彼はようやく我に返った。

 それと同時に今さっきの出来事を思い出したのか、彼は肩をわななかせる。


「春兄、何だよアレ!? 気色悪いっ!」

「うーん……彼が言うには“男女平等”の結果らしいけど……」


 自分に説明を求められても困る。

 隼人はどうも未知数で理解しにくいのだ。

 根本的に自分とは何かが違う人種なのではないだろうか。


(それにしても……)


 自分のときは、人のいないときで本当に良かった。

 大樹には悪いが、春樹は心の底からそう思ったのだった。




◇ ◆ ◇



「――てなことがあったんだよ! あ~~思い出しただけでハラたつ!!」


 大樹の喚き声は部屋中に響いた。

 その大きさに春樹は耳をふさぎたい衝動に駆られる。

 それは話を聞かされている一番上の兄・日向葉も同じようで、彼はどこか不機嫌そうな顔をしていた。

 ただでさえ目つきが悪いのでなかなかの迫力だ。

 まさか彼の怒りが爆発したりしないだろうか。

 どうもそればかりが心配である。


「葉兄! ちゃんと聞いてんのかよ!?」

「聞いてるっつーの。つーか、そもそも俺はそんなに暇じゃねーんだ。時間つくってやっただけでもありがたいと思え」


 低い声で告げた葉がじろりと大樹を睨む。

 しかし葉の言うことはもっともだ。確かに彼は忙しい。

 何せ彼は――“倭鏡”を治める王なのだから。


 “倭鏡”とは簡単に言ってしまえば異世界である。

 鏡を通じて存在しているのだが、地形や言語はほぼ日本と共通していると言って良い。

 ただし“倭鏡”には変わった生き物もウヨウヨしているし、ここの人々は不思議な力を持っている。

 それは自分たちも例外ではない。

 自分たちの父親は“倭鏡”の人間なのだ。

 その辺の説明は省略しておくとして――とにかく、王様というなかなかハードな仕事を抱えつつ、こうやって話を聞いてくれる彼には感謝する必要があるかもしれない。


「とか何とか言って、これを口実に仕事サボりたかっただけだったりしてね」

「春樹、何か言ったか?」

「え!? いや……その、何も……」


 にっこりと嫌な笑顔を向けられ、春樹は思わず口ごもった。

 曖昧な笑みを浮かべて適当にごまかしておく。


(……図星だったのかな)


 冗談のつもりだったのだが、「めんどくせえ」を口癖とする彼なら十分にあり得る。

 何ていい加減な王様なのだろう。こんなんで大丈夫なのだろうか。


「なあ! オレの話聞けってば!」

「うっせーなチビ樹。そんなことくらいでガタガタ騒ぐんじゃねーよ。その隼人って奴がちょっと変わってるってだけだろ」


 呆れたように言われ、大樹が不満そうに顔をしかめた。

 横で聞いていた春樹も苦笑してしまう。

 あれは「ちょっと」だろうか。「大分」の間違いではなく。


「そんな顔するなよ。可愛くなくなるぜ?」

「はあ!?」

「落ち着けって、大樹姫」

「ひ……めぇ?」


 大樹の語尾が不自然なほど跳ね上がった。顔も引きつっている。

 どうやら葉の遊びが始まったようだ。

 彼は人をからかうことを最大の楽しみにしている。


 それにしても大樹がそういう扱いに対して愚痴っていたのを承知で……いや、だからこそそうからかうのだからタチが悪い。

 はっきり言って敵には回したくないタイプだ。


「ん? どうした姫。何か言いたそうだな?」

「誰が姫だっ! ふざけんなよ葉兄!」

「怒るなよ姫。カルシウム不足かもしれねーな、姫。だから牛乳飲めって言ってんのによ。このままじゃいつまで経っても大きくなれねーぜ、姫」

「連呼すんなあっ!!」


 叫ぶと同時に、大樹が封御を突きつけた。

 槍に似たソレは、先日修理と改造をしてもらったおかげで新品同様である。


「って大樹! 封御を向けるのは渡威の前だけにしろって言ったろ!?」

「だって春兄! 葉兄が……!」

「お兄ちゃんの言うことは聞かなきゃな、姫?」

「~~~~シメるっ!!」


 二人のやり取りに春樹は頭を抱えたくなった。

 どうしてこの兄は火に油を注ぐのだろう。どうしてこの弟は、こうも単純なのだろう。

 もう知らない、とヤケ気味に思う。

 勝手にケンカでも漫才でもしていればいい。どうせ自分が心配しても無駄なのだから。


「ほら、姫はそんな物騒なモン持ってちゃダメなんだぜ?」

「だから何度も……っ!」


 大樹が目をつり上げるより早く、葉が封御を片手でがっちりとつかんだ。

 大樹がハッとするのにも構わず、彼はぐっと封御を彼自身の方へ引っ張る。

 大樹がバランスを崩すのと同時に、また封御のあるところに触れ――


 ぴろりろり~♪


 …………。

 …………。


 封御から間の抜けた音が発せられ、大樹はもちろん、春樹も目が点になった。

 その隙を突いてか、葉が大樹の腕をつかんでねじ伏せる。


「い……っ!?」

「あんなマヌケな手に引っ掛かるなんて、めちゃくちゃカッコ悪いな~?」

「なっ、そっ……葉兄のヒキョー者~~~~っ!」

「誰が卑怯者だ。自分の封御にビックリする方が悪い」

「いや……誰でもビックリすると思うよ、あんな場面で鳴らされちゃ」


 音が音なだけに、余計に。

 しかし葉はうなずかなかった。いかにも、な顔をして言ってのける。


「それは修行不足だ」

「……えーと」


 どう反応すればいいのだろう、この場合。


「……とりあえず、そろそろ放してあげたら?」

「それもそうだな。チビ樹に本気で泣かれちゃ面倒だし」

「チビ樹ってゆーなあっ」

「あーハイハイ」


 投げやりに返事をした葉は大樹を春樹の方へ押しやった。

 ついでに封御も投げて返してやる。


 この封御というのは対渡威用の武器である。

 そしてその渡威とは、先程の“倭鏡”の説明でも言っていた、ウヨウヨしている変わった生き物の一つだ。

 人や物に憑いて悪さをする困った存在で、そのせいもあり今までは封印されていた。

 その封印が解かれ、なおかつその一部が地球の方へも逃げ出したというのだから途方もない話である。

 だからこそ自分たちが封御を持ち歩くハメになっているのだが。


「くっそー……」


 封御を受け取った大樹が悔しそうに葉を睨んだ。

 まあ、確かに毒づきたくもなるだろう。

 毎回こうしていじめられ――否、遊ばれていれば。


 そんな大樹の睨みなど全く気にならないようで、葉がニヤリと意地悪く笑う。


「もっとデカくなったら相手にしてやるよ」

「なっ」

「まずは“チビ樹”から卒業することだな」

「~~~~っ!!」


 大樹が悔しさに顔を歪ませた。

 しかし言い返す言葉すら出てこないようで、彼は散々唸った後に思い切り指を差す。

 もちろんその先にいるのは葉だ。


「覚えてろよ葉兄――――っ!」


 ものすごく負け犬っぽいことを叫んだ彼はくるりと踵を返した。

 そのまま猛ダッシュで部屋を出ていく。春樹も唖然とするほどの速さだ。

 ばん! と力任せに扉が閉められ、春樹は反射的に首をすくめた。


「元気一杯だなー」

「いや、元気っていうか……。いい加減大樹で遊ぶのやめなよ」

「だっておもしれーんだもん」


 さらりと答えた彼に脱力する。

 実の兄としてその態度はどうかと思うのだが。


「……僕ももう行くね」

「ああ。何かあったら連絡よこせよ」

「わかってる」


 うなずき、春樹は急いで部屋を出た。

 少し先に大樹の姿を見つけ、若干歩調を速める。


 彼はぶんぶんと封御を振り回していた。

 溜まりに溜まった怒りのせいだろう。気持ちはわかるが危ないったらない。


「だあ! もう! ムカツク~~~~っ!」

「大樹……危ないからやめろよ」

「春兄! だってオレ、何も悪いことしてないのに!」


 まあ、確かに今回は彼に非があったわけではない。

 強いて言うならうるさいところかもしれないが。


 春樹は嘆息すると、まだ振り回されている封御を片手でつかんだ。

 やんわりと下ろさせ、彼の耳元で囁く。


「――冷蔵庫に、買ってきたプリンが入ってるから」

「! ……食っていいの?」

「うん」

「やった!」


 彼の顔が一瞬で輝いた。

 そう思った次の瞬間、彼はすでに笑顔を見せている。

 恐ろしく切り替えの早い奴だ。

 ここまでくると呆れるのを通り越して感心してしまう。


「……幸せだろうね、そこまで単純だと」

「へっ?」

「ううん、何でも。さ、帰ろっか」

「おう!」

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