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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間 「空色未来」
28/153

「――本当に好きだよね、空兄……」


 春樹は苦笑し、隣で寝転がっている彼に目を落とした。

 その当の彼は、頭の後ろで手を組みながらこちらを見上げる。


「ん? 何が?」

「だから、ひなたぼっこ」

「ああ」


 納得したようにうなずいた空が、にっと歯を見せて笑った。


「気持ちいーだろ?」

「まあ……」


 否定はしない。元々こうやってぼんやり考え事をするのは好きだ。

 さらにポカポカしていて気持ち良く、ウトウトもしてしまうだろう。

 空が遅刻してきたのにもどこか納得がいく。


 ちなみに大樹は少し離れたところでセーガと遊んでいる。

 いや、遊んでもらっていると言った方が正しいだろうか。

 ほとんど春樹がセーガに彼の子守りを頼んだようなものだ。

 文句も言わずそれに従ってくれたセーガには本当に感謝である。


「それにしても、空兄って封御の修理なんか出来るんだ……。知らなかった」

「おっ? 春樹、おめー知らなかったっけ? 俺の今の仕事」

「うん……。だって空兄、コロコロ仕事変わるんだもん」

「ま、一応未成年だし? あんま長く雇ってくれるとこなくてよ。ほっとんどバイト生活だったからな~……。でも今、俺ってば工場で働いてんの」

「工場?」


 得意げに笑う彼に目を丸くする。何だかあまり彼のイメージには合わなかった。

 今までの彼の仕事と比べても、多少タイプが違うように思える。


「あ、何だよその顔? 意外だと思ってんな?」

「うん、正直に言うと……」

「こう見えても俺、結構手先は器用なんだぜ?」

「でも空兄、手先の勝負じゃほとんど僕に負けてたよね」

「……大樹には負けたことないからいーんだよ」

「あの大樹と張り合う時点でちょっとどうかと……」

「っかー、オシオキ!」

「!?」


 起き上がった空にいきなりデコピンを食らわされ、慌てて額を押さえる。

 ただのデコピンにしてはやたらヒリヒリする。赤くなっていないといいが。


「~~~~何するのさ……」

「生意気なこと言うから悪い」


 空がカラカラと楽しそうに笑う。どうやらデコピンで満足したようだ。

 こちらとしてはちっとも嬉しくも楽しくもないが。


「……ま、空兄の性格は何となくわかってるし仕方ないけど」

「ほぉ? 俺の性格?」

「うん。だって空兄、葉兄と似てる部分も多いし。類は友を呼ぶって本当だよね」

「俺があいつとぉ? そりゃ聞き捨てならねーぜ、春樹。俺はあいつほど俺様で自分勝手な奴じゃねーよ」


 面白くない、とでも言いたげに空が顔をしかめる。

 そんな彼に思わず笑ってしまった。

 彼は本当に自覚していないのだろうか。


「話はぐらかすのが上手いとことか、人を自分のペースに巻き込んじゃうとことか。あと……あまり自分が思ってること、はっきり言葉にしないとこも似てるかな」

「言葉にしない……?」

「どうでもいいことは結構はっきり言うのに、大切なことに限って言わなかったりするでしょ? 自分で気づけ、みたいな放任主義っていうか……。代わりに態度で表してくれたりもするけど、それも遠まわしでちょっとわかりにくいんだよね。本当に困った人たちだよ」


 言って、小さく苦笑する。

 それで疲れるのはこっちなのだから勘弁してほしい。

 しかも、葉の場合わざとそうして反応を楽しんでいる面もあるのでますますタチが悪い。


「葉がそうだってのは何となくわかるけどよ、俺は別に……」

「僕らを連れ出したのは、葉兄のためでしょ?」

「――――」

「あそこで騒いでちゃ、いつまでも休むこと出来ないもんね。ここ最近、葉兄の仕事ってハードだったし」


 ぼんやり雲を眺めているのに、不思議と言葉はスラスラと出てきた。

 そんな自分に少々ポカンとしていた空だが、やがて肩をすくめる。

 それからまた、楽しそうな笑みを浮かべ始めた。


「あーらら。バレてやんの」

「二人が何だかんだ言って信頼し合ってるの、昔から知ってたしね。普段は憎まれ口ばかりだけど」

「お見事。相変わらず鋭いなー、おまえ」

「どうも。……でも」


 一度言葉を切ると、空が不思議そうに顔を覗き込んできた。

 目が「でも?」と先を促している。

 そんな彼を見て、春樹は多少彼から顔を背けた。

 むすっとした顔を表に出さないよう注意しながら呟く。


「……連れ出されたのは、ちょっと許せない。僕だって葉兄が疲れてるのは知ってたし、こんなことされなくても早く出ていくつもりだったよ?」

「……ぷっ……あは、あははははっ!」

「な……空兄!?」


 いきなり笑い出す彼に慌てる。

 何て失礼な。変なことなんて言ったか!?


「いや~悪い悪い。おまえも相変わらずだなーと思って」


 空ががしがしと髪を掻き乱してくる。

 さっき大樹にやっていたようなソレに、春樹は多少慌ててしまった。

 彼なりに「いい子いい子」と撫でているつもりだろうが、彼の力は半端ではない。

 自分たちには痛いくらいだ。


「そういやおまえ、初対面の俺にも敬語使うようなガキだったもんな~」

「空兄が嫌がったからやめたんだけどね……。でも、年上の人に敬語使うのは当たり前じゃ……」 

「やだよ。俺、ただでさえ苦手なのにさ。今くらいならまだしも、こんなちっちぇーガキにまで気ぃ遣われたら逆に居心地ワリーもん」

「そーゆうもん……?」

「そーゆうもん。だからその後、俺ってば大樹見て安心したもんね。いかにもガキらしいガキで」


 ――それはそれで、大樹にとってはあまり嬉しくない言葉な気がする。

 むしろそれを聞けば憤慨してしまうだろう。


「ま、話戻すけどよ。おまえらを連れ出したのは……」

「空兄ーっ!」


 がばあっ

 そんな擬音がつきそうな勢いで大樹が空の背中に飛びついてきた。

 さっきまで話していた春樹はいきなりのことに半歩ほど身を引いてしまう。

 どうしてこいつはこうも毎回唐突なんだ。


「大樹……俺にタックルを食らわせるなんてナイス根性だ。どうした?」

「空兄も遊ぼーぜ! さっきから春兄と話してばっかじゃん」


 それじゃつまんない、と大樹が空をがくがくと揺さぶる。

 されるがままの状態だった空は、怒るでもなく軽く大樹をたしなめた。手を離させる。


「それもそうだな。よし、お兄さんがいっちょ遊んでやろう」

「やりっ♪ な、春兄も遊ぼーぜ!」

「あ……僕はいいよ。もうちょっと見てるから、みんなで遊んできな」

「……ちぇ」


 やんわり断る自分に、彼は明らかにがっかりした顔を向けた。

 そういったところは本当にわかりやすい。

 つまんないというオーラがひしひしと伝わってくるようだ。


「大樹、先にセーガのとこ行ってろ。今行くから」

「おう!」


 空の助け舟により、大樹の顔がパッと笑顔に戻った。

 彼はそのままセーガの元へと元気に駆けていく。やはり単純だ。


 それを追おうと、空も伸びをしながら立ち上がった。


「あいつも、相変わらず元気の塊みてーだな」

「……空兄。さっきの続きは?」

「ん? ああ……『おまえらを連れ出したのは』ってやつか? あれはだな……」


 ふっと、彼が口の端を上げた。笑う。


「『本当に、久々におまえらと遊びたかったせいでもある』、だ」

「――……」


 一瞬呆気に取られ、そんな自分に彼はさらに笑い。

 春樹は思わず苦笑が込み上げるのを止められなかった。


「……ホント、空兄には敵わないや」

「そりゃ、おまえの兄貴とも結構長い付き合いだしな。俺は手強いぜ?」

「うわ、すごい説得力あるし」

「だろー?」


 カラカラと彼お得意の笑いをしているが、全くもって笑えない。何て恐ろしい。


「あ、そーだ」

「?」

「春樹の封御も渡せ。修理ついでに、ちょっとやりてーことあるから」

「え……でも……」


 それでは、もし渡威が出てきたときに対処出来なくなってしまう。


 そんな心配を見抜いたのか、空は余裕ありげに笑ってみせた。

 そんな彼はやっぱり頼もしい。普段がどうであれ。


「大丈夫。明日の夜には返せるから」

「――やりたいことって?」

「ナ・イ・ショ♪」

「はあ……?」

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