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某日、日向春樹と日向大樹は封御の修理のため倭鏡へ来ていた。
先日渡威を封印しようとした際、大樹のものが壊れてしまったのだ。
早速兄の葉へ封御を差し出す。
「はい、葉兄。持ってきたよ」
「おう。……ったく、もう無茶な使い方すんじゃねーぞチビ樹」
「オレが壊したわけじゃねーよっ」
睨まれた大樹が慌てて反論する。
しかし、嘘ではないにせよ彼に全く責任がないとも言えなかった。
彼が封御をなくしたりしなければこんなことにはならなかったかもしれない。
というより八割方ならなかっただろう。
「ところで葉兄、封御の修理って誰がやるの?」
ふとした興味で尋ねると、葉が思い切り顔をしかめた。春樹は思わず数歩後退る。
ただでさえ目つきが悪いのに、そんな顔をされては睨まれているとしか思えない。
「本当は今この場にいるはずの奴なんだけどよ。呼び出した時間はとっくに過ぎてんのに全然来る気配がねえ」
「呼び出した……?」
「おーっす」
首を傾げた瞬間、ばん、と実にタイミング良くドアが開いた。
ビックリしてそちらを見ると、そこには一人の男性が立っている。
それはよく見れば、懐かしい顔で。
「「空兄!?」」
春樹と大樹は同時に叫んでいた。
いち早く大樹が駆け出し、彼に思い切り飛びつく。
「空兄久しぶりーっ!」
「お、大樹」
やすやすと大樹を受け止めた彼は、春樹の記憶でもどこか懐かしい、人懐っこい笑顔を見せた。
「相変わらず小さいなー、おまえ」
「なっ!? これでも、この前会ったときより二センチ伸びたんだぜっ」
「ふっ、まだまだ甘いな。俺は五センチだぜ?」
「げっ……空兄、これ以上伸びる気かよ……」
「目指せ二メートルだ♪」
カラカラと笑いながら歩み寄ってくる。
彼の名前は出雲空といって、葉の親しい友人であった。
気さくなお兄ちゃんタイプで、自分たちが小さいときもずい分遊んでもらったものだ。
だからこそ、実の兄弟というわけでもないのに「空兄」と呼び慕っているわけだが。
「ったくてめーはよォ。どれだけ遅刻したら気が済むんだ」
――――え?
春樹は葉と空の顔を交互に見やった。会話の流れからすると、もしかして彼が?
「怒るなって。これでも全速力で来てやったんだから」
「ほぉ。んじゃ一時間と十三分のこのタイムラグは何だ?」
「いやー。天気がいいから思わずひなたぼっこを」
「それのどこが全速力だっ!!」
のんびりの頂点を極めてるじゃねえか、と葉が毒づく。
しかし普通の人なら逃げ出すであろう彼の剣幕にも、空は少しも動じる様子がなかった。
あっさり笑い飛ばしてしまう。
「せかせか生きても早くじじいになるだけだって」
「てめーは若くてもじじいでも変わんねーだろうよ」
「いや、今は青春を生きるし。じじいになったら梅こぶ茶でもすすりながら将棋しよーぜ?」
「んな人生計画に俺を巻き込むんじゃねえっ」
ことごとくすっとぼけた答えを返す空に、葉が思い切り怒鳴り散らした。
それでも空は、平然と「怒っちゃイヤ」だの「ストレスはハゲの元」だの言い放つ。
そんな言い争いを数分続けた後、とうとう葉が折れた。彼はぐったりと息を吐く。
「……てめーを相手にした俺がバカだったよ……」
そんな二人の様子を眺めていた春樹は小さく苦笑した。
これは今までにも何度も見てきた光景である。
空とは久しく会っていなかったが、どうやら全く変わらないようだ。
「空兄と母さんくらいだよね、葉兄をこんな風に相手出来るの」
「うん? 何言ってんだよ春樹。俺なんて真海ちゃんに比べたらまだまだ」
「ばっ、空っ!!」
「「――まみちゃん?」」
聞いたことのない名前に、春樹と大樹は顔を見合わせた。
その様子に空も目を丸くする。
「何? おまえ、弟クンたちに真海ちゃんのこと話してねえの?」
「……うるせーよ」
「葉兄? その真海ちゃんって誰だ?」
ありふれる好奇心には勝てなかったらしく、大樹が不思議そうに葉の顔を覗き込んだ。
だが、葉は無情にもソッポを向いてしまう。
「知るか」
「何だよソレ! いいじゃん、教えてくれたって!」
「知らねえって言ってるだろ」
「そんなこと言って~! なあ、ちょっとくらい……」
葉の腕をぐいぐい引っ張って大樹がせがむ。
それでも少しの間だんまりを通していた葉だが、彼にもやはり限界があった。
むしろ彼は短気な方の部類だろう。
ぐわしとばかりに大樹の頭をつかみ、ぐっと顔を近づけて睨みつける。
「チビ樹……それ以上騒ぐならその口ぬいつけてやろうか……?」
「なっ」
「大樹大樹。真海ちゃんってのはな、コイツのこ…」
「だあ! 空、てめーはコレ持ってさっさと失せろ!」
ものすごい勢いで封御が宙を切る。
それを難なく受け取った空が、ヤレヤレと言わんばかりに肩をすくめた。
そのまま封御をしまってしまう。
やっぱり彼が修理するのか、と春樹はぼんやり納得した。
それにしても、何だか自分だけ置いてきぼりではないだろうか。会話に入っていけない。
「そんなカリカリしなくたっていいだろ?」
「させてんのはてめーだ」
「うっわ、すげー言いがかり」
「まるまる事実だよ、このド阿呆」
あくまでも被害者ぶる彼に、葉がだるそうに吐き捨てる。
まだ何か言いたげだった空もこれ以上はヤバイと思ったらしく、彼は大きく息をついた。
何を思ったのかにっこり笑い、自分たちの肩に手をかけてくる。
「んじゃお詫びに、チビ共の面倒見てきてやるよ」
「あ?」
「よっしゃ、外行くぞ子供たちーっ」
掛け声と共にぐいぐいと引っ張られていく。
さすがに慌てたがやはり力で抵抗することは出来なかった。
ズルズルと引きずられてしまう。
「え? そ、空兄?」
「さって、どこ行くか?」
「遊園地みたいなトコっ!」
「……大樹、おまえ俺の懐の寒さを知らねえな?」
空が軽く睨み、大樹の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
それに抗議する大樹をあっさり流し、彼は窓の外を見る。
「天気もいいし、ここはやっぱり――」




