エピローグ いつでも、どこでも
「春樹、どうかしたのか?」
訪ねたとたんそう問われ、春樹は自分の予想が外れたことを知った。
それでも念のため、と持ってきた質問を口にする。
「大樹、ここに来てない?」
「チビ樹が?」
葉が怪訝そうに眉を上げた。
何やら書き留めていた手を休め、低く唸る。
「少なくとも俺のところには来てねーな」
「そっか……。じゃあ外にでもいるのかな」
「チビ樹の奴がどうかしたのか?」
「どうっていうか……帰ってきたらいなかったから」
あんなことがあった後だから友達と遊びに行ったようには思えなかった。
一応彼の幼馴染みである雪斗に電話してみたが、そこで手に入れた証言は「ダイちゃんはさっさと帰っちゃいましたよ~」だったのだ。
なのでもしかしたら、と思って倭鏡に来たのだが……。
「俺のとこに寄らないで、親父たちのとこにでも行ったのかもしれねえな」
「ってあの病院に!? 一人で!?」
そんなまさか、と思わずにはいられない。
もちろん可能なのだが、ここから病院までは結構距離があるのだ。
だから普段は春樹がセーガを出して空中移動している。
それを徒歩で行くなんて、片道はともかく往復はつらいのではないだろうか。
「別に大丈夫だろ。あいつ、おまえよか体力あるし」
「やめてよ、僕が貧弱みたいな言い方」
「俺は別にそんなつもりで言ったんじゃねーけどな?」
にやり、と笑う葉にため息をつく。睨みつける気にもなれなかった。
確かに墓穴を掘ったのは自分だ。葉の言葉にどんな意図が隠されていたとしても。
「――あ、そうだ」
「あ?」
「葉兄に残念な知らせがあるんだけど」
「残念な知らせ、だあ?」
「うん。……大樹の封御が壊れた」
渡威の攻撃にずっとさらされていたので所々ひびが入ったりしていたのだ。
みいの件もあったので大樹には話していないが、葉には当然報告しておくべきだろう。
ちなみに春樹の封御は何ともない。
相反する力を持つ大樹が無理に使ったのにも関わらず。
そもそも、どうして彼にあの封御が使えたのか。
そのことをポツリと蛍にこぼしたが、そのときは「火事場の馬鹿力ってやつじゃないか?」と訳のわからない答えが返ってきた。
そんなんでいいのだろうか。蛍は真面目に言ったつもりだろうが、理屈になっていない気がする。
「封御が? じゃあ今度持ってこい。修理してもらうから」
「え?」
思っていたよりもずっとあっさりした声が返ってきて、春樹はきょとんと葉を見上げた。
雷が落ちる覚悟もしていたのに。
「何だよ?」
「あ……いや……」
不機嫌そうに睨まれ、慌てて首を振る。
わざわざ地雷を踏むのも嫌なので春樹は適当に笑ってごまかしておいた。
大樹を探すのを口実に逃げようとする。
だが、ふと湧いた疑問が春樹の足を無理に止めた。
「……ねえ、葉兄」
「あ?」
「葉兄は……視えてたの?」
何を、とは決して言わない。言いたくもない。
だが、葉にはきちんと伝わったらしい。彼は淡々と答えてきた。
「……ああ」
「!」
予想していたこととはいえ、やはり衝撃が走るようだった。
信じられない思いで言葉を繋げる。
「あのとき……? 大樹がみいの話して……葉兄が顔しかめた、あのとき!?」
「……そうだ」
「何で!?」
あのときからすでにわかっていたのか。みいがどうなるのかも全て。
いや、わかっていたからこそ彼はあんな話をしたのだろう。
生き物が死ぬ覚悟があるのか、だなんて。
「何で葉兄、言ってくれなかったの? 言ってくれれば……みいも大樹も、悲しい思いなんかしなくて済んだかもしれないのに!」
「――視たくて視たわけじゃねえよ」
「そりゃ、そうだろうけど……」
葉の持つ力である“予知”はコントロールが難しくて厄介だと聞いたことがある。
勝手に視えることもしばしばあるだろう。
それ以上話さない葉を見て、春樹はため息をついた。
微かに頭を垂れる。
「……ごめん。葉兄がその力嫌ってて、あまり使わないようにしてるの知ってるのに……」
「いや、おまえの反応も当然だろーよ」
嫌なことがあるとわかっているなら、出来る限りそこを避けて通りたい。
それは多くの人が思う心理だ。
「でも、葉兄は未来に干渉なんてしたくないんでしょ? だから視ても滅多に話さない。……今回みたいに」
「まあな。未来なんか視えても楽しみが減るだけだしよ。それよりもっと便利な力がほしかったんだが」
「うわ、すごいワガママ」
「うるせ」
小さく笑った自分に葉が軽く睨んでくる。
彼は懐から煙草を取り出した。自分が止めるのにも構わず火をつけてしまう。
――悔しいが、その姿はよく様になっている。
「……ま、物事には意味があるもんだ」
「は?」
「悲しみは乗り越えてこそ意味があるもんだろ?」
「…………」
何となく言いたいことはわかった。
葉は時に会話で人を振り回す癖があるので本当の真意を当てるのはかなり難解である。
結局いつも辿り着くのは言葉では表し難い「何となく」なのだが――まあ、もしかしたらその「何となく」こそ大切なのかもしれない。
「でも僕、今の大樹は見てられないよ……」
深々とため息をつく自分に、葉が煙を吐き出して苦笑する。
「ま、あいつなら何とか……」
バンッ!!
唐突にドアが開いた。
蹴破られでもしたのかと思うほどの勢いに二人はぎょっとする。
そんな二人の目の前にひょっこり顔を出したのは、もう見慣れてしまった少年。
「あれ? 春兄も来てたのか?」
「だ……大樹!? おまえ今までどこに……!」
「病院。な、葉兄! オレ、ちょっと遊んでくるな! 春兄も一緒に行こーぜっ」
「は? こら! 待っ……」
返事も聞かずさっさと飛び出してしまう。
春樹は呆気に取られ、すがるように葉を見上げた。
そんな自分の反応に対し、彼は満足げな笑みを浮かべる。
ほんのちょっぴり優しさの入り混じった目を、もう見えなくなった少年に向けて。
「……もう、大丈夫みたいだな」
◇ ◆ ◇
外に飛び出すと真っ先に光が目に差し込んできた。
キラキラとするそれを多少手でかばい、大樹は空を見上げる。
眩しすぎるほどの青空に、わずかに目を細めた。
一度振り返り、後から駆けてくる足音に笑顔で手を振る。
「春兄! 早く――――っ!」
忘れたりはしない。
君といた時間。君の温もり。
いつだって。どんなときだって。
君はここにいる。
■3話「君はここにいる」了




