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倭鏡伝  作者: あずさ
3話「君はここにいる」
23/153

6封目 陰と陽

 一瞬、雨かとも思った。

 けれどそれは、明らかに違ったもので。


「うわ……っ!?」

「杉里くん!?」


 ソレは、まさに水の壁と言っても良かった。

 反射的に春樹が身体を退いた瞬間、その水の壁は、ぐるりと蛍を囲んでしまう。

 春樹はとっさに周りを見回した。何が起こった!?


「春兄――――っ!!」


 異変に気づいた大樹が駆けてくる。後ろにはみいも一緒だ。


「春兄、噴水!」

「は!?」

「噴水に渡威が憑いてるっ!」


 ――――!?


 思ってもみなかった言葉に愕然として、春樹は思わず立ちすくんだ。

 こんな妙な現象だからこそ、頭の中のどこかで「やっぱり」と冷静に思う自分もいたが。


(もしかして、封御に反応して襲ってきた!?)


 あのタイミングだ。その可能性は十分に高い。


「杉里くん! 大丈夫!?」

「ああ、何とか……。ただ、すごい勢いで出られそうにない」


 返ってきた言葉は彼らしいものだったが、やはり焦りがにじみ出ていた。当たり前である。

 むしろ、この不可解な状況でよくここまで冷静になれるものだ。

 そんな場合でないとわかっていてもつい感心の念が込み上げてくる。


「待ってて、今何とかするから!」


 と言ってみたものの――どうやって?


(とにかく渡威を封印しないと……!)


 封御を握り直し、噴水を睨みつける。

 上の方に渡威が憑いている証拠の“核”が見えた。

 そこに狙いを定め―― 一足早く駆け出した影があり、春樹の足は無意識に動くことを拒んだ。


「大樹!? おまえ、封御も持ってないのに何す……っ」

「せえ……のおっ!」


 こちらの声は全く届いていないようで、彼は思い切り何かを噴水に向かって投げつけた。

 その、勢いよく飛んでいった何かに唖然とする。

 スケボー!? 何でそんなものを!?


 がしゃんっ


 真っ直ぐに噴水へ向かっていたスケボーは水の塊によって叩き落された。

 だが、渡威がそちらに気を取られたせいなのか、蛍を囲んでいた水の勢いが先程より弱まる。

 それを春樹は見逃さなかった。


 手を水の中へ突っ込み、力の限りに引っ張り出す!


「…………っ」


 バランスを崩しながらも蛍が転がり出るや否や、水の勢いが一気に増した。

 それに息を呑みつつも、水の壁から抜け出せたことにホッとする。

 しかし緊張を解く暇もなく水の塊が襲ってきたので二人は慌てて物陰に隠れた。


「春兄! 蛍! ダイジョーブか!?」

「何とかね……」

「俺は平気だけど……」


 駆けつけてきた大樹に力なく答える。

 ただし蛍に限っては、妙に申し訳なさそうな声音だった。

 春樹と大樹は同時に彼を凝視してしまう。

 その視線に戸惑った彼が、バツが悪そうに微かに目を伏せた。


「……悪い。アレ、あの中に落とした」

「いいよ、杉里くんのせいじゃないから」


 アレ、が封御を指すと気づいて苦笑する。

 正直残念ではあるが、これは本当に蛍のせいではない。

 むしろこんなことに巻き込んでしまった自分たちが謝るべきだろう。

 彼が封御を拾わなければ、彼自身が渡威に襲われることはなかったのだから。


「ってゆーか春兄! 血っ!」

「……血?」

「腕! ケガしてるっ!」


 大樹の悲鳴じみた声に、春樹はつられるように自分の腕を見た。

 流れている赤い液体にぎょっとする。

 さっきまで切羽詰まっていたせいか、全然、本当に全く気づかなかった。

 一体いつの間に怪我をしたのだろう。やはり蛍を引っ張り出したときだろうか。


「うわあ……」

「春兄ダイジョーブか!? 痛くねえ!?」

「とりあえず痛みはそんなに……イタッ! 痛い痛いっ! 揺するなバカ!」


 心配してくれるのは嬉しいが、悪化させてどうする!


「――日向。手、ちょっと貸せ」

「え?」


 ボソリと言われ、何事かと目を丸くする。

 蛍は鞄から真っ白なスポーツタオルを取り出した。

 きっとこの後、空手に行くつもりだったのだろう。

 そのタオルを、多少きつめに春樹の腕に巻きつけていく。


「……止血、しといた方がいいだろ」

「え……でもいいの? このタオル新しいんじゃ……」

「……この状況でタオルの心配してどうするんだ」


 呆れられ、それもそうだと納得する。

 確かに優先順位としては、タオルより怪我の治療の方が上だろう。


「ありがとう、杉里くん」

「……俺は別に……」


 笑顔を向けると、蛍が気まずそうに顔をそらした。

 今ではこれが怒っているわけではないとすぐにわかる。

 やはり彼は照れ屋なのだ。


 春樹は軽く腕の調子を見てみた。

 そんなにひどくはないと思う。出血の割に傷は浅かったようだ。


(これなら何とか大丈夫かな……)


 というより、大丈夫だと思うしかない。

 春樹は何度か深呼吸し、そっと噴水の方へ目をやった。

 こちらの姿が見えないからか、今は比較的大人しい。

 けれど油断は出来ない。


「……大樹、渡威は何か言ってるか?」

「おう。何か、ぶっ壊されるんならみんなもぶっ壊してやるって感じのこと言ってたぜ?」

「それって工事のこと……?」

「じゃねーの?」


 よくわからないようで、大樹が困ったように肩をすくめる。

 春樹も考え込み、小さく唸った。

 渡威は憑いたものに同調するのだろうか。

 二宮金次郎に憑いた渡威が「勉強しろ」と言い、オルゴールに憑いた渡威が歌っていた辺り、どうもそれっぽい。

 とにかく隙を見て近づこうと、春樹は封御を握りしめ……


(あ、れ?)


 ハタとして動きを止める。――封御が手元にない!?

 まさか自分まで落としたのだろうか。

 そう青ざめた春樹は、その考えとは別の嫌な予感がした。

 その嫌な予感を振り払いたくて、ソロソロとゆっくり振り返ってみる。

 しかし無情にも、その嫌な予感はどんぴしゃりで。


「大樹!!」


 自分の封御をちゃっかり持っている彼に叫ぶ。

 どうしてこう、勝手なんだおまえは!


「それは僕のだろ!?」

「だって春兄、利き腕ケガしてるだろ。でもオレの封御は渡威にとられちまってるし……だったら、春兄の封御でオレが封印するしかないじゃん?」

「でもそれはっ」

「……俺も、そうした方がいいと思うけど」


 横から口を出され、勢いよく蛍を振り返る。

 彼は戸惑ったようにこちらを見ていた。


「俺には何が起こってんのかよくわかんねーし、下手なこと言えないけど……でも、怪我してるのに無理は良くないだろ。ここは弟に任せた方がいいんじゃないか?」

「だよな!?」


 パッと大樹が顔を輝かせた。

 そんな彼に憤りに近いものすら感じる。

 確かに蛍の言うことは正論だ。それに問題すらなければ!


「“みいもここで待ってろよ”」

「あ……大樹!」

「すぐ済むから!」


 止める隙すら与えてくれず、大樹が物陰から飛び出した。

 とたんに水の塊が飛んでくる。

 それを何とかよけながら走っていく彼を春樹は慌てて追いかけようとした。

 だが、すぐに蛍に腕をつかまれる。もちろん怪我をした方とは反対の腕だ。


「今おまえが出ていったら意味な……」

「ダメなんだって!」

「ダメ?」

「大樹にあの封御は使えないんだっ!」

「は……?」


 ミャアー……


「!!」


 みいの鳴き声にハッとすると、丁度大樹が核を突こうとしているところだった。

 彼が思い切り封御を突き出し――あと数センチというところで、封御の柄についていた玉が強く光り出す。


「な……!? っ、わ……うわあああっ!?」

「大樹!」


 まるで見えない力に押し返されたように、大樹が軽く数メートル吹っ飛ばされた。

 しかしダメージはそうひどくなかったようで、すぐに飛び起きる。


「い……てぇなもーっ! って……うわ、わわわわっ!」


 キレる暇もなく追撃がやって来て、大樹は危なっかしくもそれらから身をそらした。

 さすがにそのまま突っ込むのは危ないと判断したらしく、彼は慌ててこちらに戻ってくる。


「な……何だよ今の!?」

「だから止めたんだよ……。先に説明しておかなかった僕も悪いけど」

「どーゆうことだよ! 教えろって春兄!」


 急かす大樹に、小さくため息をつく。

 渡威の様子をこっそり窺いつつ、春樹はおもむろに口を開いた。


「あのな、倭鏡の人間は……大きく二つに分けることが出来るんだ」

「二つ?」

「“陰”の力を持つ者と“陽”の力を持つ者に、ね。その力は生まれついてのものだし、どっちがいいわけでも悪いわけでもないよ。ただそうやって区別されているだけで」


 ちなみに、両親が“陰”だからといってその子供も“陰”の力を持つとは限らない。

 若干その可能性は上がるようだが、ほとんど遺伝の影響はないとされていた。

 本当にそれは個別のものなのだ。


「ここで問題なのが、僕は“陰”でおまえが“陽”ってこと」

「父さんは?」

「父さんも“陰”だよ」

「……葉兄は?」

「葉兄も“陰”」

「ええ!? じゃあオレだけ!?」

「……遺伝は関係ないんだってば」


 そんな、仲間外れにされたような顔をされても困る。

 こればかりはどうしようもない。


「封御はその“力”を元にして封印してるんだ。だから僕が使っている封御はおまえには使えないし、おまえが使っている封御は僕には使えない。拒絶反応が起こるっていうのかな。おまえが吹き飛ばされた原因はソレ」


 ちなみに、普通の人間が使おうとした場合は何の反応も起こらない。


「……要するに、血液型の違う人同士が輸血しちゃいけないのと同じことか?」

「あ、そんな感じ……って」


 口を挟んだ蛍にうなずきかけた春樹は、ハタとして動きを止めた。

 そういえば、彼には何の事情も説明しないでベラベラと話してしまった。

 しかし蛍は、気にした様子もなく平然とした顔で腕を組んでいる。大変なんだな、とでも言いたげに。


「あの……杉里くん? 今の話とかこの状況、不思議に思ったりしないの……?」

「は? ……十分不思議だと思うけど」

「いや、それにしちゃ何も訊いてこないし……平然と話聞いてるし」

「今はそんな場合じゃないだろ。質問よりアレを何とかする方が先だ。それで……おまえらは、アレを何とかする方法を知ってるみたいだったから」


 だから大人しく話を聞いていたんだ、と淡々と言われ、春樹は苦笑に近い笑みを浮かべた。

 なかなか賢明な判断だと思うが、それにしても順応力があるものだ。

 ある種のマイペースでもあるのではないか。


「うーん? つまり……オレは封御を取り返さなきゃいけないってことだよな?」

「そういうことになるけど……その前に僕の封御を返せって」


 彼が持っていても意味がないのだ。まるで猫に小判、豚に真珠である。


「――や、借りとく」

「大樹!?」

「盾くらいには使えると思うし」

「盾って……!」


 人の物を勝手に盾にするなんて何事か。

 しかしやはりと言うべきか大樹は聞く耳を持っていなかった。

 しゃがみ込み、呑気にみいに話しかけたりしている。


「“もうちょっとの辛抱だからなっ。これが済んだら、蛍の家でも一杯遊ぼうぜ!”

 ……いいだろ、蛍?」

「……ああ。構わない」

「よっし! “じゃ、みいはもう少しここで待ってろよ。危ないから”」


 笑顔でみいをなでた彼が、気合いを入れるように立ち上がった。

 手には当然のように春樹の封御を握りしめている。離す気は毛頭ないようだ。


「そんじゃ、取り返してくるな!」

「ってちょっと!? 作戦も何も考えないで!?」

「何とかなるっ!」

「なったら最初から苦労しないって!」


 とんでもないことを口走る彼に思い切り叫ぶ。

 アホかおのれは。それではさっきの二の舞だ。


「何でそう無理なことばっかするわけ!?」

「……無茶してケガした春兄には言われたくねえし」


 ――ごもっとも。

 じゃなくて! 納得させられてどうする自分!?


「それとこれとは別……!」


 叫ぶが、すでに大樹は噴水に向かって駆け出していた。

 春樹は小さく舌打ちし、彼を追いかけようと足に力を入れる。

 しかしそんな自分を押し止めるような形で蛍が素早く前に出てきた。

 追い抜きざまに囁いてくる。


「俺がフォローしてくる」

「フォローって……!」


 戸惑うが、彼はそのまま大樹を追いかけてしまった。

 取り残された春樹は、もはやボーゼンとした状態で立ち尽くしてしまう。

 どうしてこう、自分の周りには人の話を聞いてくれない人ばかりなんだ。


「ああもう……っ」


 もどかしい思いで毒づき、二人の後を目だけで追う。

 二人共自分の怪我を心配してくれているのはわかった。

 だからこそ大樹はあんなに強引に話を進めたし、蛍までもが自ら動いた。

 その気持ち自体はありがたい。

 が。


(心労が増えるだけだよ……)


 寿命が縮んだらどうしてくれよう。

 ――それに、何も出来ない状況がひどくもどかしかった。

 自分が情けない。

 こんなときこそ、きっちり動かなければいけないのに。


「だいたい、大樹だって最近力使いすぎてるんだから……」


 あまり無茶をしては危ない。

 そう心配した矢先、春樹の心配が的中してしまったのか、大樹が急にふらついた。

 慌てて体勢を立て直そうとする彼に、チャンスとばかりに水の塊が襲ってくる。

 さっきよりも鋭いソレに大樹がハッとしたように顔を上げた。

 春樹も思わず息を呑む。


 ――間に合わない!?


「大樹っ!!」



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