2封目 異世界×跡継ぎ=超展開?
バタバタ……ガチャ、
バンッ!!
「葉兄に怒られたら春兄のせいだからなっ!」
「しょーがないだろ!? 委員会があったんだよ!」
――学校から帰ってきた二人は、朝と同様騒がしく家へ駆け込んだ。
靴を揃えようともせずバタバタと居間へ走る。
春樹は下校中も大樹に責められっ放しだった。
確かに一緒に帰ると言い出したのは自分だし、大樹を待たせてしまったのも悪かったと思う。
だが、自分だって遅れたくて遅れたわけではないのだ。不可抗力ではないか。
そこまで考えた春樹は、居間に入ると切れた息を整えた。
目の前に置いてある大きな鏡へ歩み寄る。
この鏡は、おそらくこの家で一番大きなものだろう。
春樹と大樹なんてすっぽり収まってしまう。
そんな大きな鏡を前にして、春樹は一度、隣に立つ大樹と顔を見合わせた。
「……行くぞ、大樹」
「おうっ」
二人はそっと手を伸ばし――……手が鏡へ触れると、そのまま中へ入り込んだ。
◇ ◆ ◇
――……目を開けると、そこは本の山だった。
多少薄暗いその部屋は、自分たちの他には誰もいないのかやけにしんとしている。
春樹は唯一光が射し込む窓の外へ目をやった。
何日かぶりに見る景色に無意識に目を細める。
地形も言語も日本とほぼ同じ、市場なども盛ん、ただ日本より断然緑の多いこの世界――「倭鏡」。
地球とは違う、鏡を通して存在するもう一つの世界……俗に言う「異世界」というものがここに、存在した。
「うっわ、相変わらずすげー本」
ふいに聞こえた大樹の声で我に返る。
「そうだ、早く葉兄のとこ……」
「なっ、春兄! オレ、ちょっとみんなに会ってくる!」
「――は?」
言葉を遮られ、春樹は思わずすっとんきょうな声を上げた。
大樹の瞳があまりにも輝いているのでたじろいでしまう。
そりゃ、みんなに会いたい気持ちもわかるが……。
「ちょっと待……っ」
「すぐ戻るって!」
「大樹!」
どんなに呼びかけても無駄だった。
奴の耳には全く届いていない。
「~~~~目的、完璧に忘れてるし……」
走り去る大樹を見てため息をつく。
どうしてこうも自分ばかり苦労するのだろう?
世の中は不公平だと、つくづくそう思う。
春樹はそっと部屋を出た。
広くて長い廊下に出ると、小走りで一番上を目指す。
この建物はかなり大きいが、小さい頃よく大樹と追いかけっこなどをしていたのだ。
大体の構造は頭に入っている。
小さい頃によく迷ったのも、事実だけれど。
――難なくお目当ての部屋にたどり着いた春樹は、ドアを開けようとして一瞬躊躇した。
一呼吸置き、そっと手を触れる。
カチャリ、と微かにドアの開く音が、した。
「遅え」
「うっ」
じろり、と威圧感のある眼で睨まれ思わず固まる。
無理に笑顔をつくるが冷や汗が出るのを止められない。
「あの、学校で委員会があって、それで……」
「大樹の奴は?」
「――外に飛び出してった」
「……相変わらずだな、あいつは」
どうやら呆れたらしく、彼はこれでもかというくらい深々とため息をついた。
そんな彼を春樹は上目で眺める。
目つきと口が悪いことで有名な、実の兄であり倭鏡の王でもある、日向葉を。
「あのぅ……葉兄? 今日は一体何の用が?」
「あ? ……ああ、実は跡継ぎのことなんだけどよ」
「へ?」
意味がわからなくて顔を上げる。
跡継ぎ?
葉はつい先日王になったばかりだ。
今まで王だった父がちょっとした病気にかかってしまい、急遽長男の彼が王を務めることになったのである。
突然のことにやはり反対もいた。
だが、元々彼にも実力はあったので、一度王になってしまえばそれらの意見もほとんどなくなった。
こうして倭鏡は平穏無事に治められてきたのだが……。
そんな葉は十八歳。
跡継ぎの心配をするにはまだ早いのではないだろうか。
「……もしかして葉兄、子供出来たの!?」
「アホかてめえ」
即答されて言葉に詰まる。
否定するだけならまだしも、アホまで言わなくてもいいと思うのだが……。
「じゃあ一体……?」
「おまえらのどっちかに継いでもらおうと思ってよ」
「――はい?」
完璧に春樹の思考が停止した。
何も考えられず、目をまん丸にして兄の顔を凝視する。
今聞こえた言葉は空耳だろうか?
オマエラ ノ ドッチカ ニ 継イデ モラウ ?
「葉兄!?」
「そんなにビビるなよ」
「ビビるなって……聞いてないよそんなこと!」
「今言ったばかりだからな」
「いや、そんなあっさり……」
当然だと言わんばかりの彼に言葉をなくす。
春樹の頭はすっかり混乱してしまっていた。
「あのな、言っとくが何も今すぐってわけじゃないんだぜ? さすがにそれは無理があるしな。おまえらが俺くらい……それか成人するくらいまでは俺が何とかやってやる」
「……何で僕たちに? 葉兄、そのまま続ければいいのに」
「だって面倒だろ」
――ずるっ
「葉兄!?」
思い切りコケてしまった春樹は葉に詰め寄った。面倒? 面倒!?
「そんな怖い顔するなって。元々俺は“王”ってタイプじゃねーんだよ。親父がどうしても、って頼んできたから仕方なくやってんだし」
「そんなこと言ってるから反対する人が出てきたんだよ……」
「ま、時間はまだまだあるんだ。二人でよく考えとけよ。俺としては大樹のヤローに政治関連は向かねーと思うけどな。あいつバカだし」
そう言った葉の顔は口調と裏腹に優しく見えた。
思いがけないことに口ごもってしまう。
「……そりゃ、確かに大樹は生意気で短気だし、変なとこで素直だったりひねてたりするし、とにかく落ち着きがないし」
「ガキだからな」
「そのクセすぐ泣くし、でも気づいたら笑ってることも多くて」
「……要は感情の起伏が激しいんだろ」
「何度言っても言うこと聞かないし、勝手に人の物借りてくし、そのうえ壊すしっ」
「……おまえ、大樹にだけはいつも厳しいよなー……」
ポンポンと飛び出してくる言葉の数々に、葉が小さく苦笑する。
だが、自分は何一つ間違ったことは言っていない。
彼のことを一番知っているのはきっと自分だろう。
だてに長年振り回されてきたわけではない。
そしておそらく、その関係はこれからもずっと続くのだろう。
「あいつを甘やかしたら絶対ダメになるよ。すぐ調子乗るんだから」
「それは俺も賛成だ」
「……でも……」
春樹は一度言葉を切った。
少し声のトーンを落とす。
「……何だかんだいって、みんなは大樹の周りに集まるんだ。大樹っていつも明るいし人懐っこいから、さ。確かにケンカ腰になることも少なくないけど……。とにかく、人を引きつけるような何かを持ってて。……それに……」
「それに?」
「よくわかんないけど、大樹を見てると大きな“力”みたいなものを感じるんだ。それが何なのかはわからないし、ただ漠然と思っただけだけど。だから将来的には、きっと僕より大樹の方が――」
「――相変わらず、おまえの洞察力には舌を巻くぜ」
「え?」
思わず顔を上げる。
そこには、まるで「さすが我が弟だ」と言いたげな葉の顔があった。
しばらく見つめ、パチパチと瞬いてしまう。
「葉兄も感じたの? 大樹を見て?」
「……まあな。でも、あんま気にすんじゃねーよ」
「それってどういう……」
――バンッ
「春兄――――、葉兄いた――――?」
突然の音と底抜けて明るい声に心臓が飛び跳ねる。
慌てて振り向くと、当然ではあるが声の主の大樹が立っていた。
こんなに遅れたのにちっとも悪びれた様子がない。
そんな彼を見て、葉が口の端を軽く上げた。
「よぉ、チビ樹」
「チビじゃないっ」
びしいっと指差して即訂正しているが、これは毎度の光景だ。
この二人は何かと口ゲンカが多い。
そしてその八割がくだらないものばかりだ。
(っていうか葉兄がからかうからいけないんだけど)
一人呟き、お馴染みの光景をぼんやり眺める。
丁度、大樹が頭をぐりぐり掻き回され悲鳴を上げているところだった。
「おまえがチビじゃなきゃ他の奴らは何だ? 巨人か? ゴジラか?」
「うあっ、ちょっ、やめろよ葉兄!」
「やめてください、だろ?」
「葉兄のうどの大木――いででででっ」
ぎゅうぎゅう頬をつねられ、さすがに今度の悲鳴は切羽詰っていた。
それにしても何と噛み合っていない会話なのだろう。
むしろ会話なのかすら怪しい。
「バカのくせに無駄な言葉ばっか覚えやがって……生意気なのはこの口か? ああ?」
春樹は、大樹の口調や性格は葉のせいだとしか思えないときがある……。
「あの、葉兄……そろそろやめた方が」
「――ちっ。確かにのんびりしてる場合じゃねーな」
多少物足りなさそうに葉が大樹から離れる。
ようやく解放された大樹は涙目で頬を押さえていた。
よほど痛かったらしい。
「~~~~っ」
「その涙目で睨むのはやめろ。小動物をいじめちまった気分になるじゃねーか」
「いや……あまり事実と相違ないと思うけど……」
「春樹、何か言ったか?」
「いいえ何もっ」
ぶんぶんと大きく首を振る。
――それにしても、ずい分話が横道にそれてしまった。
大樹もようやくその事実に気づいたらしく、「ん?」と大きく首を傾げた。
「……春兄、オレたち何でここに来たんだっけ?」
「葉兄に呼ばれたからだろ……」
「――あぁ! そっか!」
そっか、ではない。本件を忘れてどうする。
「葉兄ー、用件って何だよ?」
「ん? ああ……春樹に教えてもらえ。二度も言うなんてめんどくせえ」
「何だよそれっ!」
釈然としないままに叫ぶが、葉は相変わらず涼しい顔をしている。
それどころか大きため息までついてきた。
「だってよ……おまえ、春樹と違って物わかりわりぃもん」
「う……うるせーっ! 葉兄の説明が悪いんだ!」
「俺に限ってそれはない」
「何でだよ! 葉兄、いつも『面倒だから』って説明省くじゃん!」
「――気にするな」
「するって!」
「うわ、こら! 大樹!」
春樹は慌てて大樹を押さえた。
このままでは突っ込んでいきかねない。このパターンで何度彼が返り討ちにあったことか。
元気なのは結構なことだが、春樹としてはもう少し頭を使ってほしい。
「帰ったら僕がちゃんと説明してやるから……」
「だってよ春兄~~~~」
どうも納得出来ないらしく、なおも自分の腕の中でもがいている。
だが、春樹は決して大樹を逃がさなかった。やはり春樹の方が力はあるのだ。
「じゃ、葉兄……僕たちそろそろ帰るから」
「おう。……そうだ、ついでに親父とオフクロに会ってけよ」
「うん、そのつもり。相変わらず病院の方にいるの?」
「ああ。城で休めって言っても聞きやしねえ」
顔をしかめる葉に小さく笑う。
これは葉なりに心配しているのだ。
「じゃあね、葉に……」
「こら――――っ! オレと勝負しろ、葉兄――――っ!」
往生際悪く大樹が叫ぶが、春樹は思い切り無視することにした。
無理に引きずっていく。
すると、てっきり葉も無視すると思っていたのに返事が返ってきた。
それはやっぱりからかいの言葉で、背を向けていた春樹にも「にやり」と音が聞こえてきそうな、意地の悪いものだったが。
「身長が百五十を超えたら相手にしてやるよ。せいぜい牛乳を飲んで背伸ばしな、チビ樹」
「~~~~っ!!」
ドバンっ!!
「大変です!! 王!」
――大樹の怒りも、血相を変えた男の乱入に遮られた。部下の一人だろうか。
大樹もすっかり大人しくなり、きょとんとした顔をしている。
「どうした?」
「は、それが……」
―― 一瞬で“王”に変わる、葉の鋭い眼。
口元の笑みもない。からかうような声もない。
「――……。行くぞ、大樹」
「……うん……」
珍しくぼんやりとうなずいた大樹を連れ、春樹はそっと城を出た。




