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倭鏡伝  作者: あずさ
3話「君はここにいる」
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プロローグ はじまりの雨

「ごめんね」


 呟きと共に、“彼女”の涙がポタポタと自分の頬へ伝い落ちた。この冷たい雨の中、そこだけがやけに熱く感じる。


 ――泣かないで。


 そう伝える言葉を持てないことに、ひどく痛みを覚えた。ただ顔を上げることしか出来ない。身体に広がる無力感。


「本当にごめんね……」


 再び“彼女”が呟くと、一度、自分を強く抱きしめた。温かい、そして心地良い“彼女”の鼓動。

 雨なんて気にならなかった。ただ、震える“彼女”の身だけが心配だった。


 ――泣かないで。

 自分は、ホラ、大丈夫だから。


 そう言う代わりにそっと“彼女”へ触れると、“彼女”は静かに自分を離した。涙をぬぐい、優しく自分の頭をなでる。その手すら微かに震えているのに、それを隠すように。


「……ごめん」


 今にも崩れてしまいそうな、儚くて悲しい、けれど綺麗な笑み。


「バイバイ――……」




 ――それからどれくらい、こうしていたのか。

 行き交う人々をぼんやり見ていたら、時間の感覚はとっくに失われていた。容赦なく打ちつけてくる雨が冷たい。

 “彼女”が置いていってくれた可愛い傘は、いつの間にか風で飛ばされていた。けれど拾いに行く気にもなれず、結局ここを動かないままだった。いや、もしかしたら動けなかったのかもしれない。自分でもよくわからない。わかっているのは、たった一つのことだけだ。

 悲しいときは、いつも雨。


「うわ、びしょ濡れ」


 ふいに聞こえてきたのは、声変わり前の少年の声。

 その声がすんなり飛び込んできたことに驚いた。そろりそろりと、顔を上げてみる。


「こんなところでどうしたんだ?」


 ――――…………。

 自分は答えなかった。答えなど持ち合わせていなかった。

 少年は気にした様子もなく、何かをポケットから引っ張り出す。


「風邪ひくぞ?」


 そう言って、布のような何かでくしゃくしゃと自分の頭をなで回した。少しクラクラしたが、なぜか逆らう気になれず、自分はただじっとしていた。

 ふと、少年の手が止まる。


「わかってる! 今行くーっ!」


 どうやら誰かに呼ばれたらしい少年が、慌てたように立ち上がった。こちらへ笑う。


「じゃあな」


 その笑顔に、心がひどく騒いだのはなぜなのか。


 ――……マッテ。

 待って。お願い。


 とっくに見えなくなったその背に呟き、身体に力を込める。少年が残していった布――白いハンカチのようだ――をくわえ、よろめきながらも歩き出した。


 いつの間にか、空には光が射していた。



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