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倭鏡伝  作者: あずさ
15話「神様のいうとおり?」
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エピローグ 「  」

8封目も同日投稿しております。

「……おぉ」


 それはどこか眠たげでもっさりとした声だった。

 寝るところだったろうかと一瞬気が引け、しかし、考えてみればこの男はいつでもこうだったと思い直す。

 そうしてドアを開けた春樹だったが、その春樹を押し退け、すっかり元気になった大樹が先に中へ入っていった。


「見舞いに来てやったぞ!」

「なんだ、元気だな。生きてて良かった、良かった」

「んな!? 生きてるに決まってんだろー!」

「いやぁ、ほら、お前の兄ちゃんが死にそうな顔で心配してたから。もしかしたらって」

「え」

「野田さん、何のことです?」


 にっこりと笑みを深めて小首を傾げる。

 その威圧感に仁は口をつぐみ、大樹に向けて手首を返した。

 次の瞬間には小さな造花が彩られている。黄色で明るい花だ。


「まあ、なんだ、その。お祝いってことで」

「……入院してる奴にもらってもさぁ。なんか逆じゃね?」


 大樹にしてはマトモなツッコミを入れつつ、もらえるものはもらう主義な彼は素直にその花を受け取った。

 それを満足げに眺めた仁は、顔を緩やかにこちらに向ける。


「で、どうだったんだ」

「……まだ一件落着とは言えないですけど。ひとまず休息、というところでしょうか」

「ふぅん」


 興味があるのか、ないのか。

 どちらつかずな曖昧な調子で息をついた彼に、春樹はため息をついた。

 どのみち彼に反応など期待していない。


「なんか辛気くさい部屋だねぇ!」


 カラッとしすぎた声が部屋に響く。

 仁が目を丸くするのと、ショートカットの女性が顔を出すのはほぼ同時だった。


「……歌月汐穂さんです」

「あぁ、あの」


 少しだけ話を聞いていた仁が、ぼんやりと彼女を見ながら呟く。

 覇気のない彼と生命力に溢れすぎた彼女は非常に対照的で、同じ空間にいることがどことなく違和感だ。


「何でまた」

「しばらく倭鏡で航一郎さん……あ、彼女の旦那さんのことなんですけど。その旦那さんの療養に付き添うことになるんで、日本を見納めにと」

「へぇ」

「いやぁ、関係ない輩がお邪魔してすいませんねえ。すぐお暇しますから!」

「いや、まぁ、それはいいんだが」


 仁が呆気に取られている。

 それはどこか物珍しく、春樹は感心してしまった。

 百合といい汐穂といい、母とは強いものだ。


「そんなわけなので、今回は生還報告で顔を出しに来たんですよ。一応」

「一応、ねえ」

「あぁ、あと……」


 言いかけ、春樹は若干言葉に迷う。

 しかし彼相手に言葉を選ぶのも馬鹿らしく、ため息と共に上着のポケットを探った。


「野田さん、これ」

「ん?」

「何といいますか……まぁ、一応使わせていただきましたといいますか、役に立ちましたといいますか。ですから、ありがとうございます」


 差し出したのは、彼から受け取った鈴。

 それを仁の手に乗せ、春樹は笑った。


「本当にお守りかもしれませんね」

「へえ、そりゃ、また」

「だから野田さんもどうぞ。早く退院できるかもしれませんよ」

「……これ、返したかっただけじゃないだろうな、なあ」

「あれ、バレましたか」


 あっさりと言ってのける。

 とはいえ、感謝の気持ちは本当だ。

 この鈴がなければ危なかった――かどうかまでは定かでないが、鈴のおかげで助かった場面があったのは確かだった。

 しばし手の中でそれを弄んでいた彼は、何度目かの「ふぅん」でそれを片づけた。

 ひょいと手の中から消してみせる。お馴染みの手品だろう。


「春兄、そろそろ時間だぜ?」


 大樹の言葉で腕時計に目を走らせれば、確かに頃合いのいい時間だ。

 春樹は一つうなずく。


「行くのか」

「はい。やらなきゃいけないことがありますから」

「ふぅん。あぁ、そうだ。今度来るときは、あれだ、ケーキが食いたい」

「図々しいですね……」

「ずりぃ! オレもケーキ食いたいー!」

「お前は黙れっ」

「何だよ! こいつだけずりぃじゃんか!」

「そもそも野田さんにだって持ってくる約束なんてしてないだろっ」

「え、なんだ、ダメなのか。ケチだな」

「あなたも黙ってください」


 収拾がつかなくなり、ますますやかましくなりそうになった、その瞬間。


「あっははは。それ以上騒ぐと、病院でうるさくしてたって百合ちゃんに言っちゃおうかねえ」


 そんな汐穂のさばさばとした脅しに、春樹と大樹はぴたりと言い合いを止めたのだった。



 *



「春樹くんたちには迷惑かけちゃったね」

「いえ……そんなこと」


 病院を出てから汐穂に言われ、春樹は緩く首を振った。

 本当の気持ちだ。

 結局のところ、歌月家は渡威によって躍らされた被害者でもあるのだろう。

 また以前のように――とまでは難しいのかもしれないが、これから少しずつ分かり合えればいいなと思う。


 大樹が吹き荒れる落ち葉を追いかける。

 そんな彼に「あんまりはしゃぐなよ」と声をかけ、春樹はそっと息をついた。

 まだ日が出ている昼下がりだというのに、外の風は相当冷たさを増している。秋も終わりだろうか。


「もしかしたら、これから大変かもしれないけど。何かあったら遠慮なく言うんだよ?」

「はい……ありがとうございます」


 これから葉の言う「話し合い」に向かう。

 そこからきっと、何かが終わり、また、何かが始まる。

 それがどんな方向に転がっていくのか、今の自分たちには分からないけれど。


「……」

「春兄!」

「ちょっ」


 物思いに耽りそうな刹那、大樹が急に背中にのし掛かってきた。

 いつの間に背後に回ったのか。油断も隙もない。

 振りほどき、小言を口にしようとするがそんな気配をものともせず、彼の元気な声が背中で弾ける。


「何とかなるぜ! ダイジョーブ!」


 何の根拠があるのかも分からないが、それはそれは、疑いようもないほどに自信満々で。

 頼もしいやら、逆に不安になるやら。

 春樹は思わず笑ってしまった。


「……そうだね」


 一人では難しいかもしれないけれど、きっと二人なら。

 みんなと、なら。

 まだまだ先の見えない、不安の多い白い地図だって、鮮やかに埋めていけるのだろう。

 だからきっと大丈夫だ。


 それももしかしたら神様の言うとおり――なのかは、定かでないけれど。



■15話「神様のいうとおり?」了


倭鏡伝END

これにて「倭鏡伝」、完結です。

補足的な追加話はその内書くかもしれませんが……大方の風呂敷は畳みましたので、ひとまず。

随分と前に書き始めたものなので未熟な点も多いのですが、それでも楽しんで書くことができた作品です。

ここまで子供たちの冒険にお付き合いくださった方、本当に本当に、どうもありがとうございました!


現在、新しく「妖怪ネットワークどっとあや」も連載を始めました。

宜しければ、どうぞこちらでもお付き合いいただけると幸いです。

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