エピローグ 「 」
8封目も同日投稿しております。
「……おぉ」
それはどこか眠たげでもっさりとした声だった。
寝るところだったろうかと一瞬気が引け、しかし、考えてみればこの男はいつでもこうだったと思い直す。
そうしてドアを開けた春樹だったが、その春樹を押し退け、すっかり元気になった大樹が先に中へ入っていった。
「見舞いに来てやったぞ!」
「なんだ、元気だな。生きてて良かった、良かった」
「んな!? 生きてるに決まってんだろー!」
「いやぁ、ほら、お前の兄ちゃんが死にそうな顔で心配してたから。もしかしたらって」
「え」
「野田さん、何のことです?」
にっこりと笑みを深めて小首を傾げる。
その威圧感に仁は口をつぐみ、大樹に向けて手首を返した。
次の瞬間には小さな造花が彩られている。黄色で明るい花だ。
「まあ、なんだ、その。お祝いってことで」
「……入院してる奴にもらってもさぁ。なんか逆じゃね?」
大樹にしてはマトモなツッコミを入れつつ、もらえるものはもらう主義な彼は素直にその花を受け取った。
それを満足げに眺めた仁は、顔を緩やかにこちらに向ける。
「で、どうだったんだ」
「……まだ一件落着とは言えないですけど。ひとまず休息、というところでしょうか」
「ふぅん」
興味があるのか、ないのか。
どちらつかずな曖昧な調子で息をついた彼に、春樹はため息をついた。
どのみち彼に反応など期待していない。
「なんか辛気くさい部屋だねぇ!」
カラッとしすぎた声が部屋に響く。
仁が目を丸くするのと、ショートカットの女性が顔を出すのはほぼ同時だった。
「……歌月汐穂さんです」
「あぁ、あの」
少しだけ話を聞いていた仁が、ぼんやりと彼女を見ながら呟く。
覇気のない彼と生命力に溢れすぎた彼女は非常に対照的で、同じ空間にいることがどことなく違和感だ。
「何でまた」
「しばらく倭鏡で航一郎さん……あ、彼女の旦那さんのことなんですけど。その旦那さんの療養に付き添うことになるんで、日本を見納めにと」
「へぇ」
「いやぁ、関係ない輩がお邪魔してすいませんねえ。すぐお暇しますから!」
「いや、まぁ、それはいいんだが」
仁が呆気に取られている。
それはどこか物珍しく、春樹は感心してしまった。
百合といい汐穂といい、母とは強いものだ。
「そんなわけなので、今回は生還報告で顔を出しに来たんですよ。一応」
「一応、ねえ」
「あぁ、あと……」
言いかけ、春樹は若干言葉に迷う。
しかし彼相手に言葉を選ぶのも馬鹿らしく、ため息と共に上着のポケットを探った。
「野田さん、これ」
「ん?」
「何といいますか……まぁ、一応使わせていただきましたといいますか、役に立ちましたといいますか。ですから、ありがとうございます」
差し出したのは、彼から受け取った鈴。
それを仁の手に乗せ、春樹は笑った。
「本当にお守りかもしれませんね」
「へえ、そりゃ、また」
「だから野田さんもどうぞ。早く退院できるかもしれませんよ」
「……これ、返したかっただけじゃないだろうな、なあ」
「あれ、バレましたか」
あっさりと言ってのける。
とはいえ、感謝の気持ちは本当だ。
この鈴がなければ危なかった――かどうかまでは定かでないが、鈴のおかげで助かった場面があったのは確かだった。
しばし手の中でそれを弄んでいた彼は、何度目かの「ふぅん」でそれを片づけた。
ひょいと手の中から消してみせる。お馴染みの手品だろう。
「春兄、そろそろ時間だぜ?」
大樹の言葉で腕時計に目を走らせれば、確かに頃合いのいい時間だ。
春樹は一つうなずく。
「行くのか」
「はい。やらなきゃいけないことがありますから」
「ふぅん。あぁ、そうだ。今度来るときは、あれだ、ケーキが食いたい」
「図々しいですね……」
「ずりぃ! オレもケーキ食いたいー!」
「お前は黙れっ」
「何だよ! こいつだけずりぃじゃんか!」
「そもそも野田さんにだって持ってくる約束なんてしてないだろっ」
「え、なんだ、ダメなのか。ケチだな」
「あなたも黙ってください」
収拾がつかなくなり、ますますやかましくなりそうになった、その瞬間。
「あっははは。それ以上騒ぐと、病院でうるさくしてたって百合ちゃんに言っちゃおうかねえ」
そんな汐穂のさばさばとした脅しに、春樹と大樹はぴたりと言い合いを止めたのだった。
*
「春樹くんたちには迷惑かけちゃったね」
「いえ……そんなこと」
病院を出てから汐穂に言われ、春樹は緩く首を振った。
本当の気持ちだ。
結局のところ、歌月家は渡威によって躍らされた被害者でもあるのだろう。
また以前のように――とまでは難しいのかもしれないが、これから少しずつ分かり合えればいいなと思う。
大樹が吹き荒れる落ち葉を追いかける。
そんな彼に「あんまりはしゃぐなよ」と声をかけ、春樹はそっと息をついた。
まだ日が出ている昼下がりだというのに、外の風は相当冷たさを増している。秋も終わりだろうか。
「もしかしたら、これから大変かもしれないけど。何かあったら遠慮なく言うんだよ?」
「はい……ありがとうございます」
これから葉の言う「話し合い」に向かう。
そこからきっと、何かが終わり、また、何かが始まる。
それがどんな方向に転がっていくのか、今の自分たちには分からないけれど。
「……」
「春兄!」
「ちょっ」
物思いに耽りそうな刹那、大樹が急に背中にのし掛かってきた。
いつの間に背後に回ったのか。油断も隙もない。
振りほどき、小言を口にしようとするがそんな気配をものともせず、彼の元気な声が背中で弾ける。
「何とかなるぜ! ダイジョーブ!」
何の根拠があるのかも分からないが、それはそれは、疑いようもないほどに自信満々で。
頼もしいやら、逆に不安になるやら。
春樹は思わず笑ってしまった。
「……そうだね」
一人では難しいかもしれないけれど、きっと二人なら。
みんなと、なら。
まだまだ先の見えない、不安の多い白い地図だって、鮮やかに埋めていけるのだろう。
だからきっと大丈夫だ。
それももしかしたら神様の言うとおり――なのかは、定かでないけれど。
■15話「神様のいうとおり?」了
倭鏡伝END
これにて「倭鏡伝」、完結です。
補足的な追加話はその内書くかもしれませんが……大方の風呂敷は畳みましたので、ひとまず。
随分と前に書き始めたものなので未熟な点も多いのですが、それでも楽しんで書くことができた作品です。
ここまで子供たちの冒険にお付き合いくださった方、本当に本当に、どうもありがとうございました!
現在、新しく「妖怪ネットワークどっとあや」も連載を始めました。
宜しければ、どうぞこちらでもお付き合いいただけると幸いです。