8封目 「おかえり」
夢だった。
それは懐かしくて、ふわふわと曖昧でおぼつかない、昔の夢だった。
広い広い森の中。
心細さでいっぱいの中、地面に転がったまま顔を上げる。
"……どうしたの"
その声はびっくりするくらい無感情で、大樹は何度か瞬いた。
こぼれそうだった涙はそのせいでどこかに消えた。
"どうしたの"
再び問われ、返事をしなければと大樹は慌てて言葉を探す。
しかし探すまでもないほど、自分の置かれた状況は明らかなものだった。
だけどそれを認めるのは、とても難しくて。
"どうしたの"
三度目。
いよいよ大樹は諦める。
再び泣きたい気持ちになりながら、渋々と答えを押し出した。
「……まいご」
"まいご"
「はるに、と、いたのに、いなく、な、て」
自分の状況を把握すればするほど悲しくなる。
泣かないようにと思うと言葉が詰まった。
そんな大樹に、相手はゆっくりとある方向を示すのだ。
"あっち"
「……?」
"あっち"
大樹は言われるがままに顔を向ける。
しかし森は深くて、一体何があるのか分からない。
再び涙も消えきょとんとしていると、相手はゆるりと尾を振った。
歩き出す。
"こっち"
ついてこい。
そういうことなのだと、大樹は遅れて気づいた。
慌てて立ち上がる。相手はどんどん進んでいく。
ゆらゆらと揺れる尻尾を、見失わないように一生懸命追いかけた。
***
「……ん……?」
ふと腕の中で呻くような声が聞こえた。
春樹は驚いて大樹を見る。
しばらくぐずるように目をきつく閉じていた彼は、ややして、そっと瞼を持ち上げた。
「大樹?」
「……。……おはよ?」
どっと疲れる。
おはよ、じゃない。
そんな暢気に済ませていいものではない。
どれだけ自分が心配したことか!
とはいえ、今の大樹を責めるのは酷な話だろう。
"力"の消費はいつにも増して著しい。
今目を覚ましたことがイレギュラーなのだ。
本来は回復も兼ねて寝ているべきなのである。
「……あれ、ここ……」
「覚えてるか? おまえ、もっちーたちに捕まったんだよ。今、近衛兵の人たちも来てるからあとは任せて……」
春樹の言葉に、大樹が気だるげに視線を巡らせる。
そして航一郎の姿を認めた瞬間、彼は意識を覚醒させたようだった。
「春兄! あいつ!」
「ちょ、大樹?」
「あいつ……!」
「わ、こら、落ち着けってば! 大丈夫だよ、あとは他の人たちが捕まえてくれるから……」
「違う! 春兄、あいつ渡威だ!」
「――え?」
「渡威が憑いてるっ!」
――!?
大樹の言葉に呼応したのか。
唐突に相手の姿がぐらついた。
何か白いものが飛び出し、彼の体はどっと崩れ落ちる。
「親父!」
渚が駆け寄ろうとするが――数人の近衛兵に阻まれた。当然もっちーも動けない。
そして。
皆が見守る中、四本の足と九本の尾が悠然と姿を現したのだった。
「九尾……?」
呆然と呟く。
しかし額に核があるため、九尾の狐――日本では階級の高い妖怪としても有名だ――そのものではないようだった。
とはいえ、ほっそりとした面はまさに狐のようで。
渡威が鳴く。
巧みに操られた尾がこちらに向かってくる。
呆然としていたせいで反応が遅れ、気づいたときにはそれらが体に巻き付いてきた。
ボリュームがあるせいで包まれたと言った方が正しいかもしれない。
「わ!?」
引っ張られる!
"ご主人!"
「大樹!」
セーガとルナが駆け寄ろうとし、周りも焦りに浮き足立つ。
が。
「あ、待って待って! タンマ!」
「……大樹?」
意外にも周りの動きを止めたのは大樹で、思わず春樹も抵抗の手をやめてしまった。
どのみちモフモフすぎて、自力では抜け出せそうになかったのだが。
さらに尾も大人しくなった。
大樹の行動に興味を覚えたのだろうか。
頬に触れる毛がチクチクとこそばゆい。
「えーと……おまえ、えっと。こっちの言葉は分かんのか?」
渡威はゆっくりと瞬いた。
それはうなずきの代わりのようで、大樹は「そっか」と笑みをこぼす。
「んじゃそのままで聞いてくれな。オレ、さすがに今は"力"使ってしゃべれねーし。……昔、助けてくれたのってお前だよな?」
「昔……?」
「おう。夢見て思い出したんだけどさ、すっげー昔、オレと春兄が迷子になったときあったじゃん。こっちの森で……あれ、何してたんだっけ? んん?」
「……お前が『チョウチョ飛んでた』とか言って勝手に突き進んでいったときとか?」
「うっ……そ、そんなの覚えてないんだぜ」
あからさまに視線を泳がせる彼にため息を一つ。都合のいい頭だ。
「とにかくそこではぐれて、迷っちゃってさ。そしたらこいつが、春兄のところまで道案内してくれたんだよな。多分春兄も見てるはずだぜ」
「……」
古すぎる記憶ではっきりとは思い出せない。
しかし、だからこそ大樹の話が間違いだと否定することもできなかった。
春樹は言葉に窮して黙り込む。
仮に大樹の話が本当だとして、それが――何に繋がるというのか。
大樹は向き直る。
ぽふぽふと、なだめるように尻尾に触れた。
「話、聞いてほしかったんだよな?」
渡威は、答えない。
答えたくないのか。答えられないのか。
「……俺が、通訳……というか、説明……させてもらっていいですか」
「もっちー……」
名乗り出たもっちーに視線が集まる。
この場で通訳が可能なのは大樹ともっちーだけだった。
彼への疑念は晴れないが、それでも助かるのは確かだ。
何より、春樹は話を聞いてみたい。
なぜ、彼は――裏切ったのか。
「……俺らの本来の目的は……和解、でした」
「……和解……?」
「信じられないのは分かります。初めは封印されていた腹いせのように暴れていた渡威もいましたし、目的が変わった後も途中で引けなくなって、目的と手段がごちゃごちゃになっていた節があるのは認めます。ただ、俺たちだって封印されずに……ヒトと共にあることを認めてほしかった」
周りに戸惑いとざわめきが広まる。
油断はできなかった。にわかには信じられない。
だから春樹は、思わず語調を強めて口を開く。
「待ってよ。それと今回の、今までの騒動に何が関係あるの? それなら何で大樹を無理矢理連れてった? そんなの、大樹を利用しようとした説明には……」
「神託がいただければと、思いました」
神託。それは神の言葉。神によるお告げ。
大樹が瞬く。
「しんたく?」
当人だというのに明らかに分かっていない。
まず発音がものすごく怪しげだ。
しかし改めての説明は面倒なので放置しておくとしよう。
それは共通の認識だったらしい。
もっちーもまた気にした素振りを見せずに話を続けた。
「俺たちが言ったところで誰も信じられないでしょう。だけど神からの言葉なら信憑性もあるのではないかと……だから神託をいただこうと、そう、思ったんです」
「けど」
「それともう一つ。今までの大樹サンの発言力では政治的に影響を与えるのは困難でした。それはルナサンの件でも分かっています。――だけど、大樹サンに神懸かりが可能であることを周りが知ったら? 大樹サンの発言にも力が出ると、無視できるものではないと……そう、思いませんか」
「それこそ信じられないよ」
切り捨てる。鋭く、はっきりと。
「それなら僕らにそう言えばいい。大樹に直接頼めば良かったんだ。もっちーが僕らから離れてまで……今までの関係を断ち切ってまでやるなんて、それこそ矛盾してる」
素直にそのまま話せば、大樹は快く引き受けただろう。
それも裏切る前なら尚更だ。
もっちーと一緒にいたがった、誰よりも彼を仲間と認めていた大樹だから想像は難くない。
もっちーとしてもその方がすんなりと事を運べたはずなのだ。
だが、もっちーはかぶりを振った。
できればそうしたかったんですけど、と、小さな呟きを漏らす。
「仮に今までの関係を続けていたとして。春樹サンは、そんな状態で大樹サンの言葉に説得力を感じますか?」
「……それは」
「大樹サンが俺らに肩入れしているとは思いませんか? 本当に中立的な立場から物を言っていると、そう思えますか?」
「だからって……!」
「大樹サンや春樹サンから離れて、中立……むしろ敵対的な立場になって。それでも神が認めてくれるなら、ヒトも認めるのではないかと……そう考えたんです」
もっちーの告白は淡々と続く。
視界の端で、大樹が眉を寄せるのが分かった。
「それにこちらも一枚岩じゃないもので……大樹サンの"力"に懐疑的な渡威もいました。だからこそ知らしめる必要があったんです。ヒトにも、渡威にも、大樹サンたち自身にも」
「……勝手だとは、思わないの? 何も話さないで、裏切って、脅かして……それで大樹を無理矢理"特別"に仕立て上げようとして?」
「思います。だけど……春樹サンや大樹サンなら、見放さないで俺たちのことを聞いてくれるんじゃないかって思ってました」
「……」
勝手だ。本当にどこまでも勝手な言い分だ。
あまりにも身勝手すぎて、春樹は感情の整理に困ってしまった。
何に優先順位をつければいいのだろうか。
困惑を隠せないまま、大樹に視線を向ける。
彼はどんな気持ちでもっちーの告白を聞いているのか。
きっと春樹以上にもっちーを気に掛けていた彼が、どう――。
「えっと……よく分かんねーけど、裏切ったわけじゃなかったんだな!」
「え゛」
「ほら春兄! オレの言った通りだったろー! なんか絶対意味があるんだって!」
「おま……いや、そりゃそうかもしれないけど……えぇえぇ……」
何だそのあっけらかんとした対応。何だそれ。何だそれ。
唖然として言葉のない春樹を後目に、九尾の渡威がすり寄る。
大きな尻尾が不安定に揺れた。
「『憑くにはどうしたって相手が消耗する。そういう意味でも時間がなく、無理を強いるほかなかった』」
もっちーが通訳をしているのだろう。
彼は倒れている航一郎に視線をやりながら目を伏せた。
「お前ら……! 親父を利用してやがったんだな……!」
「……それについては否定できないな」
「このやろう!」
「待って、歌月くん。まだ話は終わってないよ」
許せない彼の気持ちも分からなくはない。
しかしこちらとしてもまだ話を打ち切るわけにはいかないのだ。
どう話を進めようか思案する。
そのとき、急に頭に重みを感じた。勢いで前のめりになる。
「うわっ」
「重!?」
「『重いなんて失礼なの』『そうなの』」
「……に、人形?」
「あ、お前ら!」
引きはがした大樹が声を上げる。
「ぶっちゃけ忘れてた! てかどこにいたんだ?」
「『気を失ってたの』『ビックリしたの』」
「ふぅん……? よくわかんねーけど大変だったんだな?」
「『ぶっちゃけ大樹のせいなの』『そうなの』」
「うぇ!?」
――気の抜ける会話だ。
そして淡々と通訳をするもっちーもやめてほしい。
今の男性の姿でその口調はいかがなものなのか。
引きはがした人形を高い高いの要領で持ち上げた大樹が、ふいにおかしな顔をする。
「……なぁ、春兄?」
「ん?」
「何で封印、しなきゃなんねーのかな」
「何で、って……」
大樹の言葉は唐突で、春樹はすぐに答えることができなかった。
なぜ封印するのか。なぜ?
逡巡する。
封印しなければならないものだと思っていた。
それが当たり前であり、常識のように思っていた。
(初めは人々の生活を害すると言われていたから、だっけ?)
初めの初めは、そんなごく簡単でありきたりな理由だったように思う。
そして突然その封印が解かれたのだ。
解かれた封印は、封じなければならない。
何より渡威を放っておけば、襲ってくるものや周りを騒がせるものが多かったはずだ。
――中にはかつての自分たちのように、渡威に助けられた者もいたのかもしれないけれど。
とにかく、心を落ち着けて話を整理する。
まず、歌月航一郎には九尾の渡威が憑いていた。
そして途中の経緯はともかく、最終的な渡威の目的はヒトとの共存。
そのために大樹の"力"を利用し、神託をもって人々の理解を得ようとした。
(……急にそんなこと言われたって……)
どうすればいいのか。
春樹は途方に暮れて周囲を見渡した。
何か、誰かこの場を解決してくれないものか。
『王令だ』
ふいに凜とした声が響いた。
そのボリュームに春樹は慌てて耳からイヤホンを離す。
せめて前触れくらいはほしい。耳にも心臓にも悪い。
そんな春樹はさておき、みんなの注目が一度に集まる。
機械を通しても堂々たる響きで話すその相手は兄――否、まさしく王のもの。
その声が告げる。
『その場にいる全渡威を封印しろ』
――場が一瞬で静まった。
「葉兄!?」
真っ先に声を上げたのは大樹だった。
彼はひしと人形を抱きしめる。
「葉兄、何言ってんだよ!? 話聞いてたろ! こいつらは……!」
『もう一度言うぞ。これは王令だ』
「葉兄!」
九つの尾が膨れ上がる。
それは警戒か、怒りか、悲しみか。
『話を、しようじゃねぇか』
「……葉兄?」
『話し合いの場を設けてやる。だからこっちに来い……と言いたいところだが、話し合いがまとまらなくなってまた暴れられても困るからな。一旦封印させてもらう。それなりの場を用意したら封印を解いてやるから、それから改めて話そうじゃねえか』
「……『そのまま封印を解かないつもりではないのか?』」
『そこの狐っぽい奴と、あとは……もっちーだったか。少なくともまずお前らは、渡威の代表として話し合いの場に参加させよう。約束する』
「『信じられるとでも?』」
『信じろ。これは条件だ』
葉の言葉は押し潰さんとばかりに強い。
『信じてほしいというなら、お前らも信じてみせろ。言うことが聞けないなら交渉決裂だ。そのまま全渡威を封印する。もちろん封印は厳重に施し、お前らにはそのまま寝ててもらうことになる』
淡々と厳しい言葉を連ねる葉に、九尾の渡威は動かない。
ぐぅ、と喉の奥を鳴らした。
もっちーが緩く苦笑する。
その表情で両手を顔の横にまで上げてみせた。お手上げのポーズだ。
「……腹立つなあ。どのみち選択の余地はないじゃないですか。交渉決裂も何も、そもそも交渉になってないですし」
『悪いな。俺は勝てない勝負はしない主義なんだ』
飄々と言ってのけた彼は、まあ、と呟きを落としてからわずかに間を開けた。
『大した効果もない慰めをしてやるなら、これはいわば全国中継だろ? 俺とお前らの約束については倭鏡の民全員が証人だ』
「はは。『そこでもヒトを信じろということか……』だ、そうです」
『話が早い。面倒くせぇことが手っ取り早く済む奴は、俺は好きだぜ?』
しばしの沈黙。
九尾の渡威が顔を天井に向け、甲高く一声鳴いた。
それが合図だったのだろう。残っていた渡威も次々と伏せていく。
近衛兵たちが渡威を封印していく。
それを横目に、もっちーがバンダナを軽く整えた。
「春樹サンも、大樹サンも。なんていうか、すいませんでした」
「……もっちー。お前、あのぬいぐるみ、どうした?」
ぬいぐるみ。
おそらく以前もっちーが憑いていた怪獣のぬいぐるみのことだろう。
唐突にも近い大樹の質問にもっちーは瞬く。
それから曖昧な笑みと共に歯を見せ、ぐしゃぐしゃと大樹の髪を掻き撫ぜた。
「おわ!?」
「大切にリボンを巻いてあります」
「……それは可愛すぎるというか、似合わないんじゃないかなぁ」
「ちょ、春樹サン手厳しい」
「だってリボンって」
「淡くて柔らかい素敵な色合いのピンクですよ?」
「ますます不気味だよ」
「もっちーだもんな!」
「大樹サンどーゆう意味!?」
ふいに訪れた賑やかさ。
それはどこか懐かしささえ感じさせて。
春樹は息をつく。
大樹もそれにつられたのか一度言葉を引っ込め――ニッと、笑ってみせた。
「ちゃんと見せろよ。大事にしてるか確認してやるんだからな。約束だからな!」
「……そうですね」
いくらか肩の力を抜いたのを見て取り、春樹は封御で彼の額を突いた。
白い光が視界を埋める。
しかしそれも一瞬で、あっさりと玉が床を転がった。
拾い上げると、それはひやりと冷たく、何だか妙に心もとない。
封印されている彼らもこんな気持ちなのだろうか。
大樹がくるりと振り返る。
もふりと、また大きな尾が自分たちの頭を行き来した。
「……おう。今までちゃんと聞いてやれなくてごめんな。……ん、あのときはサンキュ! それからお前らはあんまイタズラばっかすんなよ!」
人形たちがキャラキャラと笑い声を響かせる。
九尾は一声呟くように声を奏でた。
それを最後に大樹が彼らの額を突く。
目映い光と共にその存在感は小さく失せた。
妙に場が広々と感じられるのもいっそう喪失感を際立たせる。
どちらからともなく春樹と大樹は顔を見合わせた。
――まだ終わってはいない。いないけれど。
「……ほんとにお前は、心配かけて」
「あっ、何だよそれ! オレだって春兄のこと心配しまくってたんだからなー!」
「それ以上にお前のせいで僕の胃は大変なんです」
「それは春兄の胃が弱いからなんだぜっ」
「悪かったな」
ジト目で呟き――あまりの馬鹿らしさに思わず吹き出す。
全く。どうしてこうなのか。
「大樹!」
「へっ? ……ルナ!?」
「無事だったんだね……本当に良かった」
「……ん、さんきゅっ」
「ううん。こっちこそありがとう、だから」
「うぇ?」
「あはは、何でもない」
きっと、言いたいことは互いにたくさんあるのだろう。
それでも彼らは、それを言葉にするより、笑みを交わすことを選んだようだった。
渚、航一郎も連れられていく。
とにかくこの場は一件落着だと、春樹は緊張していた肩の力を抜き――。
『おら、チビーズ。ぼうっとしてんじゃねぇぞ』
「チビじゃねー!」
「……葉兄?」
無粋な兄の言葉に大樹は相変わらずの反応だが、それはさておき。
『話し合うっつったろ。……とはいえ、チビ樹はまず回復が先だな。さっさと休め。これは命令だ』
「何だよそれ!?」
『通訳がいるんだよ。あの餅だか何だかわかんねぇ奴ばかりに任せられるわけねぇだろ』
確かに渡威の言い分と人間の言い分、どちらも聞ける役は必要だ。
言葉が通じるのと通じないのとでは互いの理解も大きく異なる。
「それは分かるけど。僕も何かあるの?」
『あ? 決まってんだろ』
さらりと肯定した彼は、これまたさらりと言葉を吐く。
『春樹はチビ樹の通訳だ』
……。
…………。
「どーゆう意味だよ!?」
「……なるほど」
「春兄!?」
大樹の悲鳴じみた声がガランとし始めた空間に響く。
それはあまりにも素っ頓狂で、ルナがたまらず肩を震わせた。
「ちょ、ルナ! ルナー!?」
「ごめっ……あは、あはは。ほんと、大樹は大樹だ」
「どーゆう意味だってばー!?」
――やれやれ、だ。
春樹はため息をつき、彼の頭に思い切りハリセンをかましてやった。
すぱんと小気味いい音が響きわたる。馴染んだ感覚が手に伝わってくる。
「!? 何す……っ」
「おかえり」
呆れや、安堵や、様々な思いを込めながら一言。
初めはぽかんとこちらを見上げていた大樹だったが、じわじわと表情の変化が訪れた。
彼の表情筋は本当に豊かなものだ。
そう思わせるほどの笑みをにぱりと浮かべ、彼は思い切り飛びついてくる。
危ないだろ、そう小言を言うより早く、元気な声がぎゅうぎゅうと飛びかかってきた。
「ただいま!」